注意:この話の時間軸は五軍の合戦(ホビットの冒険)後で指輪戦争前です。それから、今度のヒロインさんは白うさぎです。
話の内容は脱力系です。
ここまで読んで危険と判断された方は、見なかったことにしてお戻りください。そして記憶から抹消してください。


追加:エルロンドがどんな扱われ方をしていても大丈夫、という方のみ進まれることをお勧めします。














それでは、よろしいでしょうか?





では、物語のはじまりはじまり〜〜〜。












世界迷作劇場 2
不思議の国の……














ACT1 白うさぎとの遭遇


ここは闇の森。
その名の通り、昼も夜もまっくらな森です。
この森には森エルフたちが住んでいました。
彼らの王様はスランドゥイルといいます。


ある日スランドゥイルはお供を連れて狩りに出かけました。
この森には質の良くない真っ黒な生き物がたくさんいるので定期的に退治しなければならないのです。


スランドゥイルが森の中でもひときわ大きな木の側を通った時のことです。
木の幹にある、大きなうろの中から、なにかが這い出てくる気配がしました。
反射的に弓を構えると、それ目がけて矢を放ちます。

「ひゃああああっ!!」

うろの中からは女の子の悲鳴がしました。
スランドゥイルは驚いて、慌てて中を覗き込みます。

中には真っ白な髪に真っ白な肌の女の子が頭をかかえて震えていました。

「すまぬ。てっきりクモだと思ってしまった。けがをさせてしまったか?」
スランドゥイルが声をかけると、女の子は恐々、顔を上げました。
女の子の目はピンク色をしていました。

「いいえ、とっさに伏せましたから。反射神経には自信がありますので」
女の子はもぞもぞと這い出てくると、パン、と服の埃を払いました。
そうしてちょっと怒ったように言いました。
「それにしてもひどい方ですね。わたしをクモと間違えるだなんて。わたしにはあんなにたくさんの足はありませんよ!」

スランドゥイルはもう一度すまぬ、と言うとちょっと頭を下げました。
「ところでそなたは誰だね?なぜこの森におるのだ?」

「わたしは白うさぎのと申します。なぜここにいるのかは、まあ、ちょっとした手違いです。出口を間違えてしまったようで」

「……白うさぎ?……出口?」
スランドゥイルはまじまじとを見つめました。
スランドゥイルだってウサギくらいは知っていますが、目の前にいる自称うさぎさんは、どう見ても女の子にしか見えません。

「それはいったいどういう意味かね?」
「申し訳ありませんが、それを説明している時間はないのです。わたしはこれから女王様のもとへ伺わなければならないのですから。女王様はとても時間に厳しい方で、遅刻をしようものなら首をちょん切られてしまうのです」

それを聞いてスランドゥイルはびっくりしました。
「遅刻で斬首だと?」
「はい。女王様は時間以外にもとても厳しいお方ですから、毎日何人もの家来が首をちょん切られているのです」
「そなた、なぜそのような暴君に仕えているのだ?いや、誰もが自分の望む主に仕えられるわけではなかろうが……」

スランドゥイルはちょっと考え込むと、に優しく言いました。
「なにもそのようなところに戻ることはない。そなたさえ望むのなら我が王国に迎え入れよう。森に住むのがいやなのならば、東に人間の住む町もあるぞ」
「いいえ。ご親切はありがたいですが、やはりわたしは行かなくては」
はにっこり笑うと、またうろの中に入って行きました。

スランドゥイルはそれをとても不思議な気持ちで見ていました。
最後に顔だけ出して、女の子がさようならと言うと、女の子はすっかり見えなくなりました。

「レゴラス!」
ふいにスランドゥイルは鋭い声で息子の名を呼びました。

「なんでしょうか、父上」
「そなた、皆を率いて城へ戻れ。そして私が戻るまで、私に代わって国を治めよ」

王様の息子はびっくりして目を丸くします。
「父上!?」
「内政干渉などする気はないが、知ったからには捨て置けぬ。あの娘、無事に着くのならよいが、私が射かけ、話しかけたせいで斬首の憂き目にあうかもしれん。やはり放っておくわけにはいかぬだろうよ」

そう言うとスランドゥイルは、の後を追ってうろの中に入りました。
うろの中は外から見るよりも広く、そして真っ暗でした。



スランドゥイルは奥に向かってどんどん歩いて行きました。
すぐに木を突っ切るくらいは歩いたのに、まだまだどんどん、先に進めるのです。

すると、ふいに地面の感触がなくなって、穴の中に落っこちてしまいました。
しかしそのスピードはとてもゆっくりしているので、スランドゥイルはあまり怖いとは思いませんでした。

スランドゥイルは落ちていきます。
どんどんどんどん落ちてゆきます。
どこまで落ちてゆくのかまったくわかりません。
エルフの感覚をもってしても、この落下時間はとても長く感じました。
このままでは中つ国の反対側に出てしまうのではと、少し不安になりました。


やっと着地すると、そこは薄暗い廊下のようでした。
廊下の先を見ると、ちょうどの長くて白い髪が消えるところでした。
「待て、!」



ACT2 大きな扉 小さな扉


を追ってスランドゥイルが廊下を抜けると、がらんとした部屋に出ました。
すでにの姿はありません。
部屋の奥には大きな扉と、スランドゥイルにはくぐれそうもない小さな扉が並んでいました。
スランドゥイルは迷うことなく大きな扉に向かい、ノブを回しました。
しかし、カギがかかっていて開きません。
念のため、小さい方のノブも回してみました。
やはり開きません。

「う――む」
スランドゥイルは辺りを見回すと、おもむろに大きな扉から少し離れたところに立ち、勢いをつけて扉に体当たりをかけました。

1回、2回、3回。

べきり、と蝶番の壊れる音がしました。
スランドゥイルがノブを引っ張ると、扉の向こうから大量の水が流れ込んできたのです。

「どわあっ!」
スランドゥイルは慌てて扉を元のようにはめようとしました。
しかし水の勢いに押されてなかなかうまく行きません。

なんとか苦労して扉をはめ込むと、思わずテーブルの上に突っ伏してしまいました。
「ん?」
こんなテーブルがあったか?

スランドゥイルの記憶では、この部屋には家具の類は一切なかったはずなのです。
よくよく見ると、テーブルの上には小さな箱が置いてありました。
開けてみると、中には金色のカギと小瓶が入っていました。
スランドゥイルがそのカギを小さい扉の錠に差し込むと、扉はあっさりと開きました。
しかし、だからといってどうにもなるものでもありません。
扉はスランドゥイルよりも大分小さいのです。

小さな扉からは少しずつ水が流されて行きます。
とはいっても、実は壊れた大きな扉の隙間からは、まだ水が流れ込んでいたので、水の量は減りも増えもしていないのですけど。

残っているは小瓶だけです。
そして小瓶には【わたしを おのみ】というタグがついていました。
怪しいことこの上ありません。

他に方法があるわけでもなし、仕方がない。
スランドゥイルは決意を決めると、その小瓶の中身を一気に飲み干しました。

すると、どうしたことでしょう。
スランドゥイルの身体はどんどん小さくなってゆき、扉をくぐれるほどの大きさになったのです。

そして小さくなったスランドゥイルは……

扉の外に流されてしまいました。

「うわああああああっ!!」



ACT3 ぐるぐるかけっこ


スランドゥイルはなんとか水面に顔を出すと、岸に向かって泳ぎだしました。
それはたいした距離ではなかったのですが、とにかく服が水を吸って、重くて仕方がありませんでした。

ぜえぜえと息を切らして岸にたどり着くと、スランドゥイルはとんでもないものを見てしまいました。
岸にはスランドゥイル以外にもびしょぬれの者たちがいたのですが、それらが皆ドワーフだったのです。
それもただのドワーフではありませんでした。
「トーリン・オーケンシールド!?」

スランドゥイルは自分の目が信じられませんでした。
そこにいたドワーフたちは、かつて闇の森をさ迷っていたところを捕らえたことのあるドワーフたちだったのです。
そして、そのうちの3人、つまりトーリン・オーケンシールドとフィーリ、キーリは先の五軍の合戦で死んだはずなのです。

「トーリンよ、またそなたと相見えようとは!」
スランドゥイルは不思議な再会に、複雑な面持ちでドワーフたちに近付きました。

ドワーフたちはスランドゥイルをじろじろ見ました。
今のスランドゥイルは彼らよりも随分小さいのです。
そのせいで、もしかして自分が誰かわかってもらえていないのでは、とスランドゥイルは思いました。
「トーリン・オーケンシールドと麾下12人のドワーフたちよ。私は闇の森のスランドゥイルだ。久しいことよ」
しかし、
「わたしらの中にはトーリンなんていう者はいないよ」
と、どう見てもトーリンにしか見えないドワーフが答えます。

スランドゥイルは面食らってしまいました。
「では、そなたは誰なのかね?」
「わたしはドードーだ」
トーリンにそっくりのドワーフは、そっくり返って答えます。
「ドードー?」
「鳥だよ鳥。見てわからんのかね?」
「…………」

やはり、これはあれか?
が白うさぎだというように、ドワーフではなく鳥だということか?
しかし、どう見ても鳥じゃないだろう、あれは……

スランドゥイルは冷や汗を流しましたが、ドードーたちは気にした様子もなく適当な大きさの楕円を書き、そこに適当に並びました。

「ほらほら、なにをしてるんだね」
トーリン似のドードーはスランドゥイルを手招きしました。
「何だ?」
「びしょぬれのままじゃ、かぜをひいてしまうじゃないか。服を乾かすんだよ」
「あ、ああ」
スランドゥイルは手を引かれて輪の中に入ります。
「これでどうやって乾かすというのだ?」
「すぐにわかるよ」

「それでは!ぐるぐるかけっこ、開始!」
ドードーの掛け声で、鳥たちはいっせいに走り出しました。

「な?あ、おいっ、まて!この行動に意味はあるのか!?」
スランドゥイルは叫びますが、聞く耳を持った鳥は一人もいません。

スランドゥイルはエルフですからけして足は遅くないのですが、なにしろ今はドワーフよりも小さいのです。
コンパスの差から、どんどん遅れていってしまいます。
その度に後ろにいる鳥にぶつかったり押されたりしてしまうのです。


「くそっ!やってられるか!!」
もみくちゃにされたスランドゥイルは輪の中から抜け出すと、どこに続いているのかもわからない道をひたすら歩いて行きました。



ACT4 白うさぎの家


「たいへん、たいへん〜!」

?」
スランドゥイルが藪に埋もれた道をてこてこと歩いていると、遠くのほうからの声がしてきました。
声のするほうへ走って行くと、ちょうどが大慌てで家の中に駆け込んだところでした。

はすぐにまた、たいへんたいへんと言いながら、家の中から出てきました。

!」
「あら、なあに?かわいい方。わたし、とても急いでいるのだけど」

スランドゥイルはがっくりきました。
さっき会ったばかりなのに、は自分のことを覚えていないようなのです。
いや、それも今の自分が小さいからだろう、とスランドゥイルは好意的に考えなおしました。

ごほん、と咳払いをしてを見上げます。
「あー、先ほどは名乗り忘れたが、私はスランドゥイルだ」
「スランドゥイル?」
は思い切り首をかしげて考え込みました。

そして、ぽん、と手を打つと晴れ晴れと笑いました。
「ああ、わたしをクモと間違えた方ですね!」
「……ああ」
「で、どうかなさったのですか?」
「どう、といわれてもな。私のせいでそなたが遅刻してしまったかもしれぬと……。もしそうなってしまったのならば、責任の一端は私にもあろうと思い、追ってきたのだが」
「まあ」
は目を丸くしました。

「ありがとうございます、親切な方。ですが、わたしはなにもあなた様のせいだとは思っておりませんよ。そうでなくてもわたしはあわて者の白うさぎなのですもの。今も忘れ物を思い出したので家まで取りに戻ったところだったのですよ」
にーっこり。とは笑いました。
「そういうことで、わたしは本当に急いでいますので、失礼いたしますが、もしあなた様が女王様にお会いになりたいのでしたら、ご案内いたしますよ」

スランドゥイルは、毎日家来を斬首するような者には、やはり一言説教したほうが良いか、と思い頷きました。
「そうさせてもらおう」

「では、わたくしについてきてくださいませ」
「ああ、。その前に……」
「急ぎますよ〜!」

元の大きさに戻る方法はないか?と聞こうとしたスランドゥイルの言葉は最後まで口に出来ませんでした。
は思い切りよく走り出すと、あっという間に見えなくなってしまったのです。
スランドゥイルは何とか追いつこうとしましたが、がどっちの道にいってしまったのかすぐにわからなくなってしまいました。



ACT5 チェシャ猫


仕方がないので、スランドゥイルは一人で女王のところへ行くことにしました。
道々誰かに尋ねればきっと場所はわかるでしょうし、そこへ行けばにも会えるでしょう。
そう考えてとりあえず広い道をとてとてと歩いていると、森の中に入っていってしまいました。

スランドゥイルは森に住んでいますので、幾分ほっとしました。
森にいると落ち着きます。

いい気分で歩いていると、上のほうから声をかけられました。

「やあ♪」
「ん?」
上を見上げると、木の枝に座っている少年がニコニコ笑いながらスランドゥイルを見ています。
「この辺じゃ見ない顔だね。君はだあれ?」
スランドゥイルはその少年の顔をまじまじと見ました。
その子は、多分ホビットだろうと思いましたが、スランドゥイルには知らない顔でした。
スランドゥイルの知っているホビットは、ビルボ・バギンズ1人だけですから。

「私はスランドゥイルだ。そなたは?」
「僕はチェシャ猫っていうんだ♪」
チェシャ猫は枝に腹ばいになると上機嫌で鼻歌を歌い始めました。
実はスランドゥイルには知る由もないのですが、彼はビルボの甥っ子にして、後の指輪所持者となる、フロド・バギンズにそっくりでした。

……こんどは猫か……。

スランドゥイルは、もうどう名乗られようが驚かんぞと独りごちると、とりあえず道を聞くことにしました。

「チェシャ猫よ、そなた、城への道を知っているかね?」
「城?誰の?」
「この国には女王がいると聞いた。ならばその者が住む城があるだろう」
「それなら、その道をまっすぐ行けばいいさ♪」
「どのくらいかかる?」
「さあね♪でも道はどこかに通じているものだもの。いつかは城にだって着くさ♪」
チェシャ猫はニコニコ笑って答えます。

スランドゥイルはからかわれているのだろうかと思いましたが、もう一度聞いて
みることにしました。
「そうかもしれないが、私は急いでいるのだ。いつか、では話にならん」
「道ってのはいっぱいあるからねえ♪僕だって全部知っているわけじゃないさ♪でも、ちょっと考えてみようか♪さ〜て、でこぼこ道にくねくね道。まっすぐ道に泥道、獣道。上り坂道に下り坂道。2つ分かれに3つ分かれ。あるいは、もっとたくさんの分かれ道。君の好きな道はどれだい?」

スランドゥイルは頭が痛くなってしまいました。
まるで話になりません。
「とりあえず、私は私の道を行っているつもりだがね」
「へえ、そいつはすごいね♪」
「ああ、もうよい。質問を変える。うさぎを見なかったか?」
「うさぎなら……」
チェシャ猫は右の道を指差しました。

「あっちに行ったよ♪」
「…………そうか」
スランドゥイルの記憶が確かなら、ここは一本道だったはずです。


変な世界に来てしまったなあ。
今更なことを今更のように思いながら、スランドゥイルは右の道に進みました。



ACT6 うさぎ違い


なんでもない日おめでとう〜!
なんでもない日にかんぱ〜い!

今度はなにやら楽しそうな声が聞こえてきました。

道を大きく曲がると、大きな木の下でお茶会をしている者たちがいました。
テーブルの上にはたくさんのティーポット、もっとたくさんのティーカップに、いくつあるのかわからないティースプーン。
テーブルの周りにはぐるりと椅子が並んでいます。
ですが、座っているのは3人だけです。
そしてまたもや、ホビットのようでした。

「やあ、今日はなんて素敵な日なんだ!」
「そうとも、今日はぼくの誕生日じゃない日なんだ!」
「もちろん、おらの誕生日でもない!」

「「「なんて素敵なんだろう!!!」」」

スランドゥイルはテーブルに近付くと、3人の目が彼に向けられました。
「やあ、お客さんだ!」
「ようこそ、なんでもない日のティーパーティーへ!」
「さあ、好きな席に座ってくだせえ」

「ありがとう。招待に与ろう」
スランドゥイルはちょっとだけ、小さくてよかったな、と思いました。
ホビットサイズの椅子とテーブルが、今のスランドゥイルにぴったりだったのです。

「で、君、誰?」
金に近い色の巻き毛のホビットが聞きます。
スランドゥイルには知る由もなかったのですが、彼は後の指輪破棄の旅の一員になる、メリアドク・ブランディバックにそっくりでした。
「私はスランドゥイルだ」

「で、何をしてる人?」
ちょっとたれ目のホビットが聞きます。
スランドゥイルには知る由もなかったのですが(中略)ペレグリン・トゥックにそっくりでした。
「エルフ王だ」

「お茶はストレート、もしくはミルクかクリームかバター。もしくは蜂蜜にジャム。何を入れますだか?」
かなり太めのホビットが聞きます。
スランドゥイルには(中略)サムワイズ・ギャムジーにそっくりでした。
「ワインがあるといいのだが」

スランドゥイルはにこやかに答えます。
どうやら吹っ切れたもようです。

「で、君たちは誰かね?それから何をしている者なのだね?ついでに、茶には何を入れるのが好きかね?」

「僕は帽子屋さ!」
メリー似の帽子屋はそう言いました。
「ぼくは3月うさぎ!」
ピピン似の3月うさぎはそう言いました。
「おらはヤマネですだ」
サム似のヤマネはそう言いました。

「何をしているのかというと、なんでもない日を祝っているのさ!」
「誕生日は年に1度しかないのに、なんでもない日は364日もあるからねえ」
「だからおらたちはなんでもない日を祝うのに忙しいですだよ」

「お茶にはやっぱりストレートでミルク入りだね!」
「いいや、ストレートでミルクとバターと蜂蜜さ!」
「いえいえ、ストレートでミルクとバターと蜂蜜とクリームとジャムが一番ですだ!」

「私も意味なく宴会をするのは好きだぞ。飲むのはワインだが」
スランドゥイルは笑顔のまま、ストレートの茶を飲み干しました。

「ところで、3月うさぎよ」
「なに?」
「チェシャ猫のいる木の下を通らなかったかね?」
「もちろん通ったさ。あの森の道はどこにだって通じているからね」
「……なるほど」

スランドゥイルは笑顔のままです。
しかし、額には青筋が浮かんでいました。

くそうっ!!やっぱりうさぎ違いか!!

「聞きたいのだが……」
「何?」
「なに?」
「何ですだか?」

「白うさぎのを見なかったかね?」

「「「そんなの、ハートの女王の城にいるに決まっている!!!」」」



ACT7 いもむしの忠告


3人と笑顔で別れたスランドゥイルは、また歩き出しました。
今度はちゃんと道を聞けましたので、(多分)迷うことはない(はず)でしょう。

「……あれは」

遠くに人影が見えました。
今度はスランドゥイルもよく知っている人物のようでした。

スランドゥイルは思わず駆け寄ります。
ですが、人影は思ったよりも遠くにいました。
近付くにつれ、人影はどんどん大きくなってゆきます。

「ガンダルフ!」
スランドゥイルが呼びかけると、大きな木の下に座ってパイプを吸っていた老人がゆっくりと目を開けました。

「人違いじゃよ」
ふう、と老人は煙を吐きました。

「では、あなたは誰だろうか」
「わしはいもむしじゃ」
「……そ、そうか……」

今までの経緯が経緯ですから予想しなかったわけではありませんが、やはりガンダルフではないと知ると、スランドゥイルはがっかりしました。
ガンダルフだったら、自分を元の大きさに戻せるかもしれないと思ったのです。

「お前さん、なにか困っているようじゃのう」
「ああ、困っていることがある。それで、あなたにそっくりな私の知人ならば、それをどうにかしてくれるのではないかと期待していたのだが」
「ふーむ。では話してみるがよい」

スランドゥイルはいもむしに話してもなあと思ったのですが、他に方法があるわけでもないので、彼に言われたとおりにしました。

「私は本来ならあなたよりも背丈があったのだが、この国に来たときに飲んだ正体不明の液体のせいでこんな大きさになってしまったのだ。元に戻る方法など知らぬし、目線が変わるわ、歩き辛いわで難儀している」
「ほうほう」
「それに、あなたもそうだが、私の見知った者や、おそらく知っているであろう種族の者たちにここに来てから何人もあったのだが、その誰もが、私の知るものではなく、私の知る種族の者でないと言うのだ。その上本気なのか冗談なのかわからん話し振りでなあ」
「ほうほう」
「…………」
「それだけかの?」
「……とりあえずは」
「おもしろくないのう」

いもむしはぷかーと、丸い煙を吐きました。
「おもしろいかどうかという問題ではなかろう」
「じゃが、おもしろいほうがよかろう」

一体どうすればまともな会話が出来るのだろうと、スランドゥイルは頭を抱えてしまいました

「まあ、ともかく話を聞いてくれたことには感謝する。では、私は急ぐので失礼する」
スランドゥイルは何かを諦めたような表情になると、さっさと歩き出しました。


「戻ってくるのじゃ!」
いもむしが後ろから呼び止めました。

いもむしのところに戻ってゆくと、彼はしばらくの間、パイプを燻らせるだけでした。
「用がないのなら、私はもう行くぞ」
「せっかちじゃのう」

ぷかり。ぷかり。
大きな丸い煙の輪の中を、小さい煙の輪が通り抜けていきました。

「片側なら大きくなるし、反対側なら小さくなる」
そう言うといもむしはまた目を瞑りました。

「片側、とは何の片側だ?」

「キノコじゃ」

いもむしは木の根元を指差しました。
スランドゥイルがそちらを見、いもむしに視線を戻したとき、もう彼の姿はありませんでした。



ACT8 トゥードルダムとトゥードルディー


いもむしの教えてくれたキノコを何度か齧って、ようやく、元の大きさに戻るこ
とが出来ました。
もう草に引っかかって転んだりしなくてもいいのです。
残ったキノコは万が一を考えてとっておきました。

これで遅れを取り戻せるだろう、とスランドゥイルは足早に歩いていました。

「…………」
気のせいでしょうか?
いいえ、確かに視線を感じます。

スランドゥイルはぱっと振り向きました。
しかし、誰もおりません。

おかしい……。

スランドゥイルはまた歩き出します。
やはり視線は追ってきます。

横目で確認すると、スランドゥイルが歩くのにあわせて、木の間を移動する影が見えました。
スランドゥイルは歩くペースを一定にし、心の中で数を数えました。

1,2、3.
「そこだ!」

振り返りざまに袖に隠し持っていたナイフを投げつけます。

「「うわあっ!」」

「……何をしているのだ?お前ら」

スランドゥイルはあまりの馬鹿馬鹿しさに膝を付きそうになりました。
彼を追っていたのは1人だけではなかったのです。

そこにいたのは裂け谷の双子王子、エルラダンとエルロヒア(にそっくりな者たち)でした。
2人はなぜかお互いの首に腕を回していたのです。
そして2人の頭の間には、スランドゥイルが投げたナイフが深々と刺さっていました。

「なんて危ないことをするんだ!」
と、エルラダン(仮)は憤慨しました。
「初対面の相手に対して失礼じゃないか!」
と、エルロヒア(仮)は抗議しました。

「人の後をこそこそついてくる奴が何を言うか、裂け谷の双子もどきども。私に何の用だ!」
スランドゥイルは眩暈がするのを押さえ込み、双子を怒鳴りつけました。
「何を言うんだ!」
「人違いさ!」

「「よーく、見てよ!!」」
双子は自分たちの服の襟を指差しました。
2人とも、右の襟には「トゥードル」と刺繍がしていました。
そして1人の左の襟には「ダム」、もう1人の襟には「ディー」と刺繍されていました。

「「わかったか!!」」
「やかましいわ!」
スランドゥイルはふんぞり返った双子を問答無用でグーで殴りました。

「「乱暴だなあ」」
双子はちっとも気にした様子もなく、殴られたところをさすりました。
「で、何の用だ」
「「用?」」
双子は顔を見合わせて、声をそろえて言いました。
「「そんなものはない!!」」
「ではな」
スランドゥイルはくるりと身を翻しました。

「あああ!待って、待って!」
「今から考えるから!」
「考えんでもいいから放せ!」
歩み去ろうとするスランドゥイルに双子がしがみつきました。
おかげでスランドゥイルは、2人をずりずり引きずらなければなりません。

「そうだ、詩!詩を読もう!」
「『せいうち 大工の2人連れ』がいいよ。あれは長いからね!」
「は・な・せ〜!」

ダム    :『日はキラキラと海に輝き 力の限り照り付けた』
ディー   :『精根尽くし、大波までを すべすべピカピカ光らせていた――』
ダム&ディー:『『とはいえ、これはおかしな話 夜の夜中のことだったから』』

「はーなーせー!!」



ACT9 ハンプティ・ダンプティ


『「時こそよし」とせいうちがいう 「色んな話を始めよう」』
『靴やら―船やら―封ろうのこと― さてはキャベツに―王さまと―』
『『なぜなぜ海は熱く沸き立つ 豚につばさがあるやらないやら」』』

「お、お前らなあ……」
スランドゥイルはあれから大分歩いたのですが、双子がしっかりとしがみついているので、なかなか先に進めませんでした。
そして2人の詩はまだ続いています。

それでもだんだん城に近付いているようで、今はもう森を抜けていました。
道は舗装され、塀が立ち始めています。

スランドゥイルは塀の上にあるものを認めると、ぴたりと立ち止まりました。
「トゥードルダム」
「何?」
「トゥードルディー」
「何?」

「あそこにいる奴を知っているか?」
スランドゥイルの指差す先を、2人の視線が追いかけます。

幅の細い塀の上に、難しい顔をして座っている人がいました。
その人物をスランドゥイルはよく知っていたのですが、きっとこれも本人じゃないんだろうなーと思っていました。

「「もちろん知っているさ!!」」
双子は声をそろえて言いました。
「「ハンプティ・ダンプティだよ!!」」

ハンプティ・ダンプティはエルロンドにそっくりでした。
「あやつはなぜ塀の上などに座っているのだ?」
「なぜって、ハンプティ・ダンプティは、普通塀の上にいるものじゃないか」
右腕にしがみついているトゥードルダムが言いました。
「そうさ、地面に落ちたら割れちゃうからね」
左腕にしがみついているトゥードルディーが言いました。

スランドゥイルは割れるとはどういう意味だろうとは思いましたが、とりあえず今はもっと気になっていることを聞きました。
「聞くが、あやつはお前らの父親か?」

「「なんてことを言うのさ!!」」
びっくりした双子は思わずスランドゥイルから手を離しました。
「よく見てよ!どこに目をつけているのさ!」
トゥードルダムがハンプティ・ダンプティをびしい、と指差しました。
「よく見てよ!どこが似ているっていうんだ!」
トゥードルディーがハンプティ・ダンプティをびしい、と指差しました。
しかし、ハンプティ・ダンプティと、トゥードルダムとトゥードルディーはどう見てもそっくり親子でした。

双子はさらに続けます。
「「だってハンプティ・ダンプティは卵なんだぞ!!」
「おおっ!なるほど!」
スランドゥイルはポンと手を打って納得しました。

「卵だと!?」
そのとき、ハンプティ・ダンプティはくわっと目を見開いてスランドゥイルたちを睨みました。
「まったく、なんて無礼な連中だ。人のことをああだこうだと。挙句の果てには卵だと!?私に用があるのなら、名前と用件を言えばよかろう!」
「私はスランドゥイルだ」
たとえ目の前にいるのが別人(別卵?)だとしても、外見はあくまでもエルロンドです。
どれだけ怒り狂っていようがスランドゥイルが怯むはずがありません。

「いやいや、しかし卵と言われたくらいで気を悪くするものではないぞ。トゥードルダムもトゥードルディーも単に事実を言ったに過ぎないのだろうからな。なあ、たま……いや、ハンプティ・ダンプティよ」
スランドゥイルはにこやかにハンプティ・ダンプティに話しかけます。
「貴様、「卵」のところだけわざと強調していないか?」
「気のせいだ」
「しかしエルロンド似のお主が卵とはなあ。あやつも度重なる苦労が元だかなんだか知らんが、めっきり生え際が後退してしまって、それこそ卵のようになるのももう時間の問題ではないかと、私は常々心配していたのだが」
「貴様、やはりわざと言っているだろう!」
「気のせいだと言っているだろう。そうやって疑い深いと、ますます卵に似てきてしまうぞ」

「今のって、どっちに対して言ったんだと思う?トゥードルディー」
「そりゃ、両方だろ。トゥードルダム」
「「生き生きしてるよなあ、スランドゥイル」」
双子はお互いに耳打ちしあいました。

「いい加減にしろ!」
ハンプティ・ダンプティは立ち上がりました。
彼の座っているのは幅の細い塀の上です。

「「「あ」」」

お約束のようにハンプティ・ダンプティは後ろにひっくり返ってしまいました。
そして、ここは塀の上――。



ACT10 ハートの女王の白いバラ


スランドゥイルはハンプティ・ダンプティを双子に任せて城に向かいました。
彼らが言うことには「たとえ王様でもハンプティ・ダンプティを元に戻すことは出来ない」そうなのです。
仕方がないな、卵なのだから。
スランドゥイルは、ちょっと悪いことしちゃったかなーと思いましたが、あまり気にせずに先に進みました。


城に着いたスランドゥイルは誰に断ることもなく、ずかずかと中に入りました。
「ほう」
城の庭には見事なバラの木がありました。
バラはほとんどが赤バラだったのですが、一区画だけ白バラが植えてありました。
白バラの周りには、
「……トランプ」
が3人集まって、ペンキで白バラを赤く塗っていたのです。

「そなたたち、なぜそのようなことをしているのだ?」
スランドゥイルが声をかけると、トランプたちは一斉に悲鳴を上げて後ずさりました。
「「「も、申し訳ございません!」」」
「そう怯えるな。私はただ、なぜせっかく美しく咲いた白バラにペンキなぞを塗っているのかを知りたいだけだ」
スランドゥイルが鷹揚に促すと、スペードの2が恐る恐る説明しました。

「それは、本来でしたらここのバラは全て赤いバラだったはずなのでございますが、間違って白いバラを植えてしまいまして……。これが女王様に見つかったら、私どもは皆首を刎ねられてしまいます。それで女王様が見つかる前に……」
「赤くしようと?」
「左様でございます」

スランドゥイルは、眉間にしわを寄せて言いました。
「聞きしに勝る暴君だな。花の好みは人それぞれであろうが、だからといって、白バラの美しさが赤バラに劣るわけではあるまい。そなたら、そのようなことは即刻やめよ」
トランプたちは顔を見合わせます。
「あ、あのお」
スペードの7が上目遣いにスランドゥイルを見上げます。
「あなた様はどちらの王様でいらっしゃるのでしょうか?」
「私か。私は闇の森のスランドゥイルだ」

トランプたちは平伏しましたが、3人とも闇の森ってどこにあるんだろうと考えました。
「ところでそなたたち、白うさぎのは今どこにいるかね?」
自分よりだいぶ先に着いていることは間違いないのでしょうが、間に合ったのかどうかはわかりません。
スランドゥイルの顔には憂慮の表情が浮かびました。

殿でしたら……」

その時、高らかにトランペットの音が響き渡りました!



ACT11 女王の裁判


「これから、女王様を先導して参りますよ」
スペードの5がそれだけ言うと、ばたりと地面に伏せました。
他の2人も同様です。

大勢の足音が近付いてきました。

最初に棒(クラブ)を持った兵隊がやってきました。
その次にはダイヤモンドで飾り立てた廷臣たちです。
続いてハートの飾りをつけた王家の子供たちがやってきます。
それらは皆、トランプでした。
その後ろにはお客様の王様たちが続きます。
は彼らの間にいて、話しかけられることには何でもニコニコと答えています。

スランドゥイルはとても驚きました。
「なっ、なっ、なっ」

行列の最後は、ハートの王様と女王様です。


「ナズグルー!?」
スランドゥイルが叫ぶと、行列は行進を止めました。

「キシャ―――!!」
ハートの女王は一種独特の金切り声で叫びました。
が慌てて女王の前に控えます。

ハートの王と女王をはじめ、客の王たちも、すべてナズグルでした。

落ち着け、落ち着け。
スランドゥイルは自分に言い聞かせました。
ナズグルに似ているだけでナズグルではないのだ!

「スランドゥイル様!女王様があなたは何者かと仰っております!」
どうやらはナズグル女王の通訳係のようです。

しかしスランドゥイルはに答えるどころではありませんでした。
スランドゥイルはナズグルが大嫌いでしたから、抜刀しないよう自分を抑えるのに精一杯だったのです。

答えないスランドゥイルをは困ったように見ました。

そこへ気を利かせたスペードの7が匍匐前進での傍まで行くと、こっそり耳打ちをしました。

「女王様、こちらの方は闇の森のスランドゥイル王様でございます!」
はほっとして高らかに告げました。

「キシャ―――!」
「女王様は「それは、遠路はるばるようこそ」と仰っております」
はまた通訳しました。

「キ」
女王はスランドゥイルの後ろのバラに目をやりました。
ただし、目深にフードを被っていましたし、その中は真っ暗でしたので、正しくは「目をやったようでした」という感じなのですが。

「キシャアア―――!!」
これは通訳されなくてもなんとなくわかりました。
きっとバラが白いじゃないか、とか言っているに違いありません。
「お前たち、白バラを植えたな!と女王様は仰っておられるぞ!」
はうつ伏せになっているスペードたちに通訳します。

「「「も、も、も、申し訳ございません!!!」」」
スペードたちは叫びました。

「キシャ―――!」
「この者たちの首を刎ねよ!と女王様は仰っています!」
の通訳が終るや否や、クラブたちがわっとスペードたちに飛び掛ります。

「待たんか――!!」
スランドゥイルはクラブたちを振り払ってスペードたちから遠ざけると、女王に詰め寄ります。
「ナズ、じゃない。ハートの女王よ!よいか、確かにこの者たちはそなたの好みではない色のバラを植えたが、ただその1点を持ってして斬首とは何事だ!このものたちに罪はないとは私は言わぬ。だが罰にはそれ相応のものがあろう!」

「キシャ―――!」
「私に意見するでない!と女王様は仰っておられます!」
「ナズグル!貴様、私の話していることがわかっているではないか。いちいちに通訳させずにこっちにわかる言葉で話せ!」
「キシャア―――!」
「この無礼者の首を刎ねてしまえ!と女王様は仰っておられま……って、えええっ!」
は女王に向き直って懇願しました。
「女王様!それだけはどうかお許しくださいませ!この方は慌て者のが間違ってこの方の領内に入ってしまったのに、咎めだてなかったばかりか、の身を案じてくださったのです!」

スランドゥイルはを後ろに押しやり、庇います。
「私は内政干渉する気はないが、よく聞け、女王よ。君主たるもの民の安寧を第1に考えねばならぬ。いかずらに恐怖政治を敷けば民の心は離れ、結果そのつけは己に帰ってくる。今お前がやっているのは、自分で自分の首を絞めていることと同じことだぞ」

スランドゥイルの説教にハートの女王は沈黙しました。
心持ち、うなだれているようです。
は感激したようにスランドゥイルを見上げました。

「わかってもらえただろうか?」
スランドゥイルの問いに、女王は顔を上げます。そして、
「ギシャアアア―――!!」
今までで最大の金切り声を上げました。

「ス、スランドゥイル様……」
は涙目になってスランドゥイルにしがみつきます。
「女王様は「この者たちの首を刎ねよ」……と仰りました……」
の通訳が終ると、クラブだけではなくハートの王もその他の王たちも一斉にスランドゥイルたちを取り囲みました。


スランドゥイルはを引き寄せ、優しく頭を撫でてやりました。
「そのような通訳は、もうする必要はないぞ」
そして空いているほうの手で大剣を抜き放ちます。
「女王並びに王諸氏方よ。私には知人でもなんでもないが、お主らによく似たものどもを知っていてなあ。別の生き物だと今まで己に言い聞かせてきたが、それもそろそろ限界のようだ。これ以上我々に近付けば、そやつはナズグルと見做して叩き切る。兵も同じことぞ。この、首を切れと命ずるしか能のない主の命を聞くというのであれば、自らの選択の責を取らされると思え!」

スランドゥイルが睥睨すると、クラブの兵隊たちは気圧されてじりじりと後退します。


「はい」
「そなたの他にあやつらの通訳が出来るものは?」
「おりません。通訳は代々白うさぎの仕事ですから」
「ならば、話は早い」

スランドゥイルはを片手で抱え上げました。
「そなた、私のところに来い。王や女王の言葉がわからぬのなら、民も兵も命令に従おうにも従えぬであろうよ」
そういってにやりと笑いました。

「ええと、でも。それって、この国の人たちはとっても困ることになるんじゃな」
「命令だ」
スランドゥイルは慌てるの言葉を遮って、断固として言いました。

はスランドゥイルとハートの女王を見比べ、やがて
「はい」
にーっこり、と笑いながらスランドゥイルの首に抱きつきました。

「よろしい」
スランドゥイルは満足そうに笑うと、大剣を構えます。
そのまま歩き出すと、2人の行く手を塞ぐように立っていた王や兵隊は我先に道を空けました。

は手を振って彼らに別れを告げました。


「ギシャアアアア―――ッ!!!(やつらを追え!首を刎ねよ!!)」
ハートの女王の剣幕に、王たちも兵たちも度肝を抜かれました。
さすがに通訳なしでもわかります。
泡を食った王と兵たちは、スランドゥイルに飛び掛ります。

「ちいっ!」
スランドゥイルは応戦しようと振り返り、最初に飛び込んできた王の一人を切りつけ―――。



ACT12 夢か現か?


一瞬、スランドゥイルは自分がどこにいるのかわかりませんでした。
あたりは真っ暗で、木がたくさん生えています。

「私は……眠っていたのか?」
ぼんやりと、自分に問うように呟きました。
そこは自分がよく知っているいつもの闇の森でした。
スランドゥイルは木の幹を背にして眠っていたのです。

「なんて夢だ……」
スランドゥイルは苦笑しました。


スランドゥイルは立ち上がろうとしましたが、その時手になにやら温かくて柔らかいもの触れたことに気付きました。


「……!?」
そこには木の根を枕にするようにして、白うさぎのが眠っていました。
よく見ると、スランドゥイルが寄りかかっていた(そしてが枕にしていた)木は、最初にが現れた、あの大きなうろのある木だったのです。
しかし、今はただの大きな木で、うろがあった様子はちっともありませんでしたが。

「不思議なこともあるものよ」
あれは本当に夢だったのか?それとも本当にあったことなのか?

どちらにしてもおかしな話です。
だけどはここにいます。


スランドゥイルは幸せそうに眠るをしばらく眺めていましたが、そのうち、そっとを起こさないように抱き上げました。

「なかなか、面白い世界だったな」
夢にしても、現にしても。



そうしてスランドゥイルは、皆の待つ城に帰って行きました。







End






作中の詩は岡田忠軒 著 「鏡の国のアリス」(角川文庫)から引用しました。




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