注意:このお話ではレゴラスはエルフではなくオオカミです。そしてヒロインは仔ヤギさんです。
内容はタイトルから想像されるとおりの失笑系です。
苦手な方は見なかったことにしてお戻りください。
世界迷作劇場 1
オオカミと6人の仔ヤギ
むかしむかしある森の中にヤギの一家が住んでいました。
お母さんヤギのアラゴルンと6人の子ヤギたち、つまり大きい兄ちゃんのギムリ、2番目の兄ちゃんのフロド、3番目の兄ちゃんのサム、4番目の兄ちゃんのメリー、5番目の兄ちゃんのピピン、末っ子のです。
本当は後2人いるのですが、お父さんヤギのボロミアは出稼ぎに出ていてほとんどお家に帰ってこられません。
それからおじいちゃんヤギのガンダルフは悠々自適な隠居生活は性に合わないと、あちこち旅して回っています。きっと今頃は茶飲み友達のサルマンじいちゃんのとこにでもいるのでしょう。
さて、ヤギ一家の暮らす森の奥にはオオカミたちの暮らすオオカミの王国がありました。
オオカミの王国があるような森でヤギたちが暮らすなんて危険な!と思われるかもしれませんが、そこは大丈夫。
おじいちゃんヤギのガンダルフとお母さんヤギのアラゴルンはオオカミの王国の王様、スランドゥイルと交友があり、けして彼らを襲ったりしない、という約束が出来ていたのです。
出来ていたったら、出来ていたのです。
オオカミ王スランドゥイルには息子が1人いました。
彼の名前はレゴラス。
サラサラの金髪に青い目、背はスラリと高く、狩りの腕前は王国一、と一見文句のつけどころがない王子様でした。
しかし彼は根っからの風来坊で、年の半分も国に留まりません。
あまり遠くに行くと、人間の仕掛けた罠に引っかかったり、鉄砲を持った人間に追いかけられたりするのでフラフラ出歩くのはやめるよう再三父王に忠告されているのですが、どこ吹く風と今日も森の中をさまよっていました。
ある日お母さんヤギのアラゴルンは2番目のフロドと末っ子のを呼び寄せていいました。
「いいかい、フロド、。この菓子とワインを病気のガラドリエルお婆様のところに届けるんだよ。途中で道草をしないように。もしオオカミに出会ったら、アラゴルンの子であると、大きな声で言うんだ。そうすれば彼らは絶対に襲ったりしないからね」
「はい。お母さん」
「ちゃんとおばあさまに届けます」
フロドとはにっこり笑ってお菓子とワインの入っているバスケットを受け取りました。
そして2人は仲良く手をつないで歩きました。
今日はとても天気の良い日です。
お日様はポカポカと暖かく、風はさわやかで散歩には絶好の日和です。
歌を歌いながら森の小道を歩くフロドとを、木の影から見ている者がいました。
いいえ、正確にはだけを見ていたのですが。
それはオオカミ王子のレゴラスでした。
彼はヤギ一家の近くには普段は来ることがないのですが、持ち前の気まぐれを発揮してここまで来たのです。
そしていつも通りフラフラ歩いていると、歌声がしてきたのでとっさにその辺に隠れたのです。
この辺りにいる生き物といったらアラゴルンの身内に決まっています。
彼らをけして襲ってはいけないという約束を破る気はありませんでした。
なぜなら怒ったガンダルフはとても怖いのです。その恐ろしさはオオカミ王の比ではありません。
仔ヤギの姿を目にしたレゴラスは、衝撃で動けなくなってしまいました。
彼の目はに釘付けにされてしまったのです。
仔ヤギらしい真っ白で柔らかい髪を風になびかせ、珍しい藤色の瞳が輝いていました。
歌をつむぐ唇はバラのつぼみのようで、その声はどんな鳥よりも軽やかで美しいのです。
(なんて可愛らしい…)
レゴラスは思わず仔ヤギたちの前に出てしまいました。
オオカミの出現で仔ヤギたちは、はっと身構えました。
「やあ、はじめまして。アラゴルンのお身内の方かな?」
レゴラスはそんな仔ヤギを安心させるように笑いかけました。
「ええそうです。わたしはフロド。それから彼女は妹のです。あなたはどなたですか?」
オオカミの丁寧な物腰に、2人は警戒をときました。
「私はレゴラスと申します。オオカミ王スランドゥイルの息子です」
そう言うレゴラスにはしか見えていません。
オオカミを見たことはほとんどないのですが、美しく礼儀正しいオオカミの王子に戸惑ったは兄の背後に隠れてしまいました。
(どけ、ヤギ)
が隠れてしまったので、レゴラスは内心不機嫌になりました。
しかし顔に表すようなヘマはしません。
「今日はとても天気が良いので、つい遠出をしてしまいました。怖がらせてしまったのなら申し訳ない。あなたはどちらに行くのです?もしよろしければこのあたりに不慣れな者を案内してもらえないだろうか」
レゴラスはあくまでだけを見ています。
そしてフロドはその事に気がついてしまいました。
フロドは可愛い妹を守ろうと、とっさにを隠すべく立ちふさがりました。
「わたしたちは病気のガラドリエルおばあさまのお見舞いに行くのです。母に寄り道をしてはいけないと言われているので、ご一緒することはできません」
「そうですか。それは残念です」
フロドはこれでオオカミ(別の意味で)を追い払えたと心の中でガッツポーズをしました。
しかしこれくらいで引き下がるレゴラスではないのです。
「そういえば、向こうの方に花がたくさん咲いているところがありましたよ。お見舞いに行くのでしたら摘んでいかれてはいかがです?」
「お花?」
「花」の一言ではひょっこりと顔をだしました。
「ええ」
「そうね、お見舞いにいくのですもの、お花があったほうがいいわ。ね、フロド兄様」
はフロドに花を摘もうとお願いをしました。
フロドは、寄り道はいけないけど花を摘むぐらいならいいかと思いました。
「そうしようか」
「うん。オオカミさん。いいことを教えてくださってありがとう」
はにっこりとレゴラスに笑いかけます。
あまりの可愛らしさにレゴラスは目眩がしてしまいました。
今すぐにでもに触れたい衝動を押さえつけ、紳士的に微笑み返します。
「どういたしまして。だけど。どうせならオオカミさんではなく、レゴラスと呼んでほしいな」
「レゴラス?」
はあどけなく小首をかしげます。
「そうだよ」
「さ、、もう行こう」
フロドは可愛いけれどちょっとばかり鈍い妹の手を引きました。
これ以上レゴラスを刺激するのは(別の意味で)危ないと思われたのです。
「さようなら、レゴラス」
「さようなら、また会おう」
仔ヤギたちとオオカミは手を振り合ってわかれました。
仔ヤギたちの姿が見えなくなるや、レゴラスは王国一の俊足で走り出します。
目指すはガラドリエルおばあさまのお家です。
「おばあさま、おばあさま」
2人の仔ヤギは、おばあさんの家の扉をノックしました。
花を摘んでいったので少しばかり遅くなってしまいましたが、2人で摘んだので大きな花束になりました。
「開いていますよ。入っていらっしゃい」
中からおばあさんが答えます。
「「こんにちは、おばあさま」」
「よく来てくれましたね、2人とも」
おばあさんヤギのガラドリエルは孫たちに微笑みかけました。
おばあさんヤギのガラドリエルは6人の孫がいますが、見た目だけならお母さんヤギのアラゴルンよりも若く見えます。
そしてお母さんヤギのアラゴルンは、このおばあさんヤギのガラドリエルにまったく頭が上がらないのです。
「おばあさま、お母さんからのお見舞いのお菓子とワインです」
フロドはバスケットを持ち上げてみせました。
「それからこれはあたしたちからよ。おばあさま」
は花束をおばあさんに渡します。
「ありがとう2人とも。さ、こちらで一緒にお菓子とワインをいただきましょうか。この花束はテーブルに飾りましょうね」
おばあさんはテキパキとテーブルセッティングをしていきます。
彼女は一体どこが悪いのでしょうか?
お茶の時間はそれは素晴らしいものでした。
ワインは上等のオールド・ヴィンヤードで、お菓子は料理上手のサムが作ったものでした。
「お前たち、ここに来るまでに寄り道はしなかったでしょうね?」
おばあさんは何気ない風に仔ヤギたちに尋ねました。
2人は顔を見合わせてもじもじしながら答えます。
「実はちょっとだけ…」
「途中であったオオカミさんが、お花がいっぱい咲いているところを教えてくれたの。あたし、どうしてもおばあさまにお花をあげたくて」
「オオカミ?」
おばあさんの美しい眉がピクリ、とひそめられます。
「とても紳士的で優しいオオカミさんでしたから、心配いりません」
はほんのりと頬を染めていいました。
そんな妹をフロドは心配そうに見ました。
楽しい時間はあっという間にすぎました。
2人の仔ヤギは一泊して、これから家に帰るのです。
帰りぎわにおばあさんはフロドにだけ何やらささやきました。
それはフロドをとても驚かせるものだったのです。
「お母さん、お母さん。大変なんです!」
お家に帰ったフロドは大急ぎでお母さんヤギを探しました。
「お帰り、2人とも?おや、はどうしたんだ?」
お母さんヤギのアラゴルンは日課の剣の鍛錬をしていましたが、可愛い子どもの声にすぐ戻ってきました。
「はもう中に入りましたよ。それよりも、大変なんです!」
「一体どうしたというんだね」
常にないあわてた様子のフロドに、お母さんヤギは厳しい顔つきになりました。
そして、昨日のことを聞いて、もっと厳しい顔になったのです。
「それで、お婆様は何と?」
フロドはおばあさんが自分にだけ告げたことをお母さんに教えました。
「おばあさまはこうおっしゃいました。『をねらっている者がいる。誰のことかはわかるわね?』と」
「…レゴラスか」
お母さんは渋い顔です。
ヤギ一家とオオカミの王国の者たちの間に約束があることを考えましたが、どうもそれだけでは不安です。
レゴラスのハンターとしての技量はアラゴルンよりも上なのです。
彼に本気でかかられた場合、可愛い娘を守りきれるかわかりません。
「フロド」
お母さんはがしっとフロドの肩をつかみました。
「いいか、これからはをけして1人にはするなよ。レゴラスの姿がちらとでも見えたら、すぐに家に入るんだ。他の兄弟たちにもこのことは伝えるが、には教えないように。オオカミに狙われていると知れば怖がるからね」
「はい、お母さん」
フロドは力強く頷きました。
それからというもの、にはいつでも護衛がつくようになりました。
お母さんヤギの言いつけで、家が見えなくなるほど遠くにも行きません。
なぜなのか、にはわかりませんでした。
しかし、彼女は内心残念に思っていたことがありました。
あの礼儀正しいオオカミに、もう一度会ってみたいということです。
彼があの時望んでいたように、の知る森を案内してあげたいと思いました。
オオカミは恐ろしい存在だといい聞かされていましたが、彼はそうは見えませんでした。
きっとお互いよく知り合えば、ヤギとオオカミの間にあるわだかまりもなくなるに違いありません。
レゴラスとは違う意味合いでしたが、彼女もレゴラスと仲良くなりたいと思っていたのです。
さて、一方レゴラスはこのところずっと不機嫌でした。
彼はに会うために、ヤギ一家の家に何度もやってきていたのです。
しかし、お母さんヤギのアラゴルンに取次ぎを頼んでもすげなく断られ、それならとが外に出ているときを狙っても、彼に気付いた彼女の兄弟たちが彼女を家の中に入れてしまうのです。
はレゴラスに気付いた様子もありませんでした。
ところで、彼がおばあさんヤギのガラドリエルのところに行った時のことをお話ししておきましょう。
先回りしておばあさんの家に行ったレゴラスは、少々実力行使をしてでもと仲良くなるつもりでした。
そのためには外野をどうにかしなくてはなりません。
不用意にフロドに手出しをしてを怖がらせてはいけないと、さっきは引きましたが、今度はきちんと作戦を練ります。
まずはおばあさんにしばし家を空けてもらわなければなりません。
そしておばあさんがいなくなった後、自分がおばあさんのふりをします。
2人が来たら、まず適当な用事を言いつけてフロドを外に追い出し、防犯上のためとか何とか言って、に鍵を閉めさせるのです。
これでフロドは入ってこられません。
完璧です。
早速実行しようと、おばあさんのうちの扉をノックしようとしました。
しました。
したのですが。
扉の奥からものすごい威圧感がするのです。
レゴラスは冷や汗をダラダラ流しました。
全く動けないのです。
中にいるのはおばあさんヤギのガラドリエルだけのはずなのに、オオカミの自分が気圧されているのです。
信じられませんでした。
しばらくそうして立っていましたが、遠くから仔ヤギたちの歌声がしてきました。
そのとき威圧感がふっと薄くなったので、レゴラスは脱兎のごとく走り去りました。
彼の中には、おばあさんヤギのガラドリエルには逆らうな、と刻み込まれました。
それにしても、おばあさんは本当に病気なのでしょうか?
レゴラスの苛々はだんだん募ってゆきます。
可愛い仔ヤギと仲良くなりたいだけなのに、彼女の身内がことごとく邪魔をするのですから当然です。
ここは無理やりにでも機会を作らないと、一生彼女に会えないでしょう。
彼は、ヤギ一家との約束を「捕食対象にしない」という意味から「身体に危害を加えない」という意味に勝手に変換しました。
そうすれば心置きなく一家を「襲う」ことが出来るのです。
レゴラスは耐えて機会を待ちました。
そしてその機会はすぐにやってきました。
ある日、お母さんヤギのアラゴルンが町まで買い物に行かなくてはならなくなったのです。
お母さんは仔ヤギたちを集めて言いました。
「いいかい、子どもたち。私はこれから出かけるが、私が帰ってくるまでけして扉を開けてはいけないよ。セールスも勧誘も無視しなさい。それから特にオオカミには気をつけるんだ。わかったね」
「ええ、わかっていますとも、お母さん」
一番大きい兄ちゃんのギムリは愛用の斧を持っていいました。
なぜ仔ヤギの彼が斧を愛用しているのかというと、彼の主なお手伝いが薪割りだからです。
ほかの兄弟たちもそれぞれお母さんの言いつけを守ると口々に言いました。
だけはレゴラスはほかのオオカミとは違うんじゃないかな、と思っていましたが口には出しませんでした。
お母さんヤギのアラゴルンがずっと行ってしまったことを確認して、レゴラスはヤギのお家の扉をノックしました。
トントントン。
「子どもたち、お母さんだよ。忘れ物をしてしまったので戻ってきたんだ。扉を開けておくれ」
レゴラスは優しく呼びかけます。
しかし仔ヤギたちはだまされませんでした。
「うそだい!お前はオオカミだ!」
4番目の兄ちゃんヤギのメリーがきっぱり言いました。
「いいや、私は本当にお前たちのお母さんだよ。扉を開けておくれ」
レゴラスは再度言い募ります。
しかしメリーは言いました。
「本当のお母さんはちょっとぼそぼそした喋り方をしているんだ。ぼくがお母さんの声を聞き間違えるもんか。お前はオオカミだ!」
レゴラスは絶句しました。
家の中ではウィスティリアが2番目の兄ちゃんのフロドに言いました。
「フロド兄様。外にいるのはレゴラスじゃありませんか?」
「いいや、よく似た声の別オオカミだよ」
フロドは妹ににっこりと笑って、それ以上の質問を封じました。
よく考えなくてもわかることですが、やはり何の対策もせずに行ったのはまずかったかな、とレゴラスは思いました。
そこで今度はばれないように、アラゴルンの声まねの練習をしました。
それからまたヤギのお家の扉をノックしました。
トントントン。
「子どもたち、お母さんだよ。オオカミを見かけたので引き返してきたのだ。早く扉を開けておくれ」
練習しただけあってお母さんヤギそっくりな声です。
「あなたは本当にお母さんですだか?」
3番目の兄ちゃんのサムは扉に近付きました。
「本当だとも、さあ、扉を開けておくれ」
外から聞こえる声は、お母さんの声そのものです。
お母さんは本当に帰ってきたのでしょうか?
仔ヤギたちにはわかりませんでした。
仔ヤギたちが迷っていると、5番目の兄ちゃんのピピンが外に向かって呼びかけます。
「だけどぼくたちはあなたが本当にぼくたちのお母さんか確かめなくちゃならないんだ。扉の上の小さい明り取り窓から、手を出して見せてよ!」
レゴラスは言われたとおり、小さな窓に手を入れました。
「お前はお母さんじゃないやい!オオカミだな!」
ピピンは断言しました。
「どうしたんだい。私は本当にお母さんだよ。扉を開けておくれ」
レゴラスは再び言い募ります。
しかしピピンはだまされません。
「いーや、お母さんの手はもっと色が黒いし、深爪だし、それによく泥で汚れているんだ!お前はオオカミだ!」
レゴラスは頭を抱えてしまいました。
家の中ではが2番目の兄ちゃんのフロドにまた言いました。
「フロド兄様、外にいるのはやっぱりレゴラスなんじゃありませんか?」
「いいや、別オオカミだよ。いいかい、。オオカミはヤギを食べてしまうものなんだ。お母さんが居ない今はちょっとでも気を抜いてはいけないんだよ」
フロドはそれはそれは沈痛な表情で妹に言い聞かせます。
は兄があまりにも重々しく言うので、それ以上口を開くことが出来ません。
仕方がないのでレゴラスは水たまりを探して、そこに手を浸して汚しました。
念のために左手もです。
爪はオオカミの誇りにかけても深爪にはできませんでしたが、出来るだけ短く切りました。
3度目の正直を目指してレゴラスはヤギのお家の扉をノックしました。
早くしなければお母さんヤギが帰ってきてしまいます。
トントントン。
「子どもたち、お母さんだよ。買い物が早く終ったので帰ってきたのだ。変わりはないかね?さあ、早く扉を開けておくれ」
レゴラスはアラゴルンの声まねで話しかけます。
今回はメリーチェックもピピンチェックもクリアしました。
仔ヤギたちは本当にお母さんが帰ってきたのだと思いました。
そして扉の鍵を開けてしまったのです。
仔ヤギたちはびっくり仰天してしまいました。
そこに居たのはブラックリストナンバー1のオオカミ王子、レゴラスがいたのです。
「うわあああ、オオカミだ―――!!」
「レゴラスが来たああ!」
仔ヤギたちは大慌てです。
だけが、どうしてこんなに兄たちが動揺しているのかわかりません。
レゴラスは家の中に入っていきました。
久しぶりに間近で見るにすでに心は奪われていました。
相変わらずとても可愛らしい仔ヤギです。
「やあ、久しぶりだね、」
一歩踏み出して近づこうとしたレゴラスに、ギムリの斧がズイ、と突きつけられました。
「出て行け、レゴラス」
ギムリは斧の刃をきらめかせます。
しかしレゴラスは動じません。
「いくら君が武器を持っていても、私にとっては物の数ではないよ。余計な怪我をしないうちにどいたほうがいい」
ギムリとレゴラスはにらみ合います。
そこへどこからかつらぬき丸を持ってきたフロドが兄の加勢に入りました。
「サム、メリー、ピピン。を頼む!」
フロドに言われた3人は、を奥の部屋へ連れて行きました。
そこには裏口があるのです。
外へ逃げようと鍵を開けてノブを回すのですが、扉は開きませんでした。
そこはすでにレゴラスが先手を打っておいて、開けられないよう大き目の石をいくつか扉の外に置いておいたのです。
万事休すです。
玄関からはドタンバタンと3人が暴れまわっている音がします。
4人の仔ヤギたちは居間に行き、妹を大きな時計の中に隠しました。
「いいか、、この中に隠れて絶対出てきちゃいけないよ」
メリーに言われたは涙目でこくこくと頷きました。
彼女はすっかりレゴラスのことを怖いオオカミなのだと思っていたのです。
サムとメリーとピピンは、居間のソファーやテーブルを入り口に積み上げ、バリケードを張ります。
これでお母さんが帰ってくるまで持つといいのですが……
玄関が静かになりました。
家の中を歩き回る足音や、あちこちの部屋を探し回る音に混じって、「」とか、「ここにもいない」という声がします。
サムとメリーとピピンはあまりの恐怖にぶるぶる震えました。
これが夜中だったら、完璧に怪談です。
レゴラスがとうとう居間の前まで来てしまいました。
中に入ろうと扉に体当たりをかけますが、3人は負けじとバリケードを押さえます。
しかし、オオカミの力はとても強いのです。
程なく扉はゆっくりと押され、隙間から身体をねじ込んだレゴラスは凄みのある笑みを仔ヤギたちに向けました。
恐怖に駆られた仔ヤギたちはだっと逃げだします。
サムはカーテンの中に隠れました。
メリーは暖炉の中。
ピピンは棚の中に。
しかしレゴラスは彼らをつかみ上げては軽く当て身を当てて、次々と仔ヤギたちを気絶させていきます。
さあ、これで邪魔者は全て片付きました。
可愛い仔ヤギはどこにいるのでしょう。
「」
レゴラスは居間中探しました。
仔ヤギの背では届かないはずですが、一応窓の外も確かめます。
しかしは見つかりません。
「、出ておいで」
レゴラスは優しく呼びかけます。
その時、時計が1つポーンと鳴りました。
それと一緒に小さな悲鳴もしました。
レゴラスは時計に近付き、開けました。
中には小さな仔ヤギが震えていました。
「ようやく見つけた。」
レゴラスはとてもうれしくなって笑いました。
は顔を隠して震えています。
彼女は隙間から一部始終を見ていたのです。
レゴラスはを抱き上げました。
彼女を口説かなければならないのですが、ここでやっていいものかちょっと迷いました。
お母さんヤギのアラゴルンが帰ってくるまでに終るかどうかわかりませんでしたから。
「ねえ、」
「あ、あたしを食べてもおいしくないよぉ!」
は叫びました。
そして恐ろしくて恐ろしくて涙をぽろぽろ零しました。
「食べる……?」
レゴラスは不思議そうに呟くと、ちょっと考え込みました。
それから目を細めていとおしげに彼女の背をさすり、落ち着かせようとしました。
「そんなことはしないよ。私はただ、君と仲良くなりたいだけなんだ。手荒なことをしたのはすまないと思うけど、こうでもしないと君に会えないのだもの。君に初めて会ったときから私は君が大好きになったんだ」
レゴラスの言葉にはおずおずと顔を上げました。
「私はオオカミで、ヤギの君には恐ろしいばかりなのかもしれない。だけどこの気持ちを止めることは出来ないんだ。君が笑うだけで、君が何かを言うだけで、私の心は激しくかき乱されてしまう。昼も夜も、思い浮かぶのは君のことばかりだ。。愛しいひと。どうか私を否定しないでくれ。わたしの想いを受け入れてくれ」
はびっくりして目を丸くしました。
ここまで言われれば、いくら鈍くてもわかります。
レゴラスは切なげに吐息をもらし、の柔らかな頬に唇を落としました。
は思わずギュウッと目を瞑りました。
「……返答はもらえないのかい?やはり身の程知らずの想いだったのだろうか」
「……ない」
「え?」
「わ、わかんないよ」
「どんなことがわからないんだい?」
「だってだって、1回しか会ってないし、その時は優しいオオカミさんだと思ったけど、今のレゴラスは怖いんだもん。兄様たちにひどいことしたし、お家めちゃくちゃにするし……。レゴラスはいいオオカミなの?悪いオオカミなの?何が本当のことなの?あたしはどうしたらいいの?わかんないよ。もう何にもわかんないよ」
の大きな藤色の目から、また涙があふれました。
「焦らなくていいんだ。。君は私と一度しか会っていないと言うけど、私は何度も君を訪ねてきているんだ。君の家族はオオカミの私が近付くのをとても警戒していたから、君は知らなかっただろうけど。だから、ねえ、今からでも考えてもらえないだろうか。私のことを。私がこんなことをしたのは君恋しさゆえであることを。君への想いが私を駆り立てるのだということを。君に捕らわれてしまっている私は、君の愛がなければ生きていけないんだ」
「でも、あたしはヤギだよ?あたしでいいの?」
「君がいいんだ。しか欲しくない」
レゴラスはそっとの目元に溜まった涙を拭いました。
はレゴラスをじいっと見つめています。
「……レゴラスのこと、好きなのかまだわかんないけど、でも、きらいじゃないよ」
やっとのことでそう言うと恥ずかしそうに顔を伏せました。
「ああ、、ありがとう!」
レゴラスはうれしさのあまり、抱きしめる腕に力を込めてしまいました。
「レゴラス、苦しいよ」
「ごめん。つい」
にこにこにこにこ。
レゴラスは上機嫌です。
踊るような足取りでソファーに歩み寄り、腰掛けます。
そっとを下ろすと、彼女のふわふわの髪をなでました。
「くすぐったい」
クスクスとは笑います。
この様子ではもうレゴラスを怖がってはいないようです。
レゴラスはいたずら心を起こしての肩を軽く押しました。
小さな仔ヤギはころんとソファーに仰向けになってしまいます。
は不思議そうにレゴラスを見ています。
レゴラスはの身体をソファーの背もたれと自分の身体で挟むように座りなおしました。
左手を彼女の頭の横に置き、右手はの頬に触れています。
それから身を屈めて額と両頬に口付けました。
「ふ……や・・」
は真っ赤になって顔を背けようとします。
レゴラスは少しだけ彼女に体重を預け、動けないようにしました。
「レゴラス、や、だ……」
はレゴラスから逃れようと手足をバタつかせます。
しかし、彼女の動きは完全に封じられていました。
レゴラスはの唇に自分の唇を重ねました。
それは触れるだけですぐに離れました。
は怖くて恥ずかしくて、それからとてもドキドキしていました。
心臓の音がレゴラスに聞こえてしまうのではと思われるほどです。
そんなの様子が愛しくて可愛らしくて、レゴラスは恍惚となりました。
甘いにおいと温かくて柔らかい肢体が彼の理性を吹き飛ばしてしまったのです。
またもや身を屈め、今度は彼女の唇を2,3度ついばむように口付けると、わずかに開いたその間を己が舌でこじ開けます。
「ん……んん……ふ・・」
レゴラスはの抵抗を許さず、吐息ごと絡めとリ深く深く口付けました。
くたり、との身体から力が抜けてしまいます。
レゴラスはようやく彼女の唇を解放すると、そのまま唇をおとがいから首筋へと滑らせました。
そして白くて細い彼女の喉の中ほどを吸い上げようとして――動きが止まりました。
「この状態では起き上がった拍子に首が切れてしまうと思うのだけど」
「ああそうだな。そのためにこうしているのだから」
レゴラスの静かな問いかけにアラゴルンは平然と返しました。
レゴラスの首ぎりぎり上のところにアラゴルンはアンドゥリルを構えているのです。
買い物から帰ってきたお母さんヤギのアラゴルンは、家の扉が開け放されているのに気付いて真っ青になりました。
慌てて中に入ると玄関はめちゃくちゃで、その上ギムリとフロドが倒れているではありませんか。
お母さんは2人の様子を確かめます。
幸いなことに2人とも怪我ひとつなく、ただ気絶させられていただけでした。
ギムリとフロドは意識を取り戻すと事の次第をお母さんヤギに伝えました。
やはりレゴラスか……!
お母さんヤギは大きく舌打ちをすると1番目と2番目の息子を連れて他の部屋を見て回ります。
レゴラスはまだいるのでしょうか。
それよりもは無事なのでしょうか。
お母さんヤギの胸は心配で張り裂けそうでした。
居間に近付くと何やら物音がしました。
お母さんヤギは息子たちに静かにするよう身振りで伝えると、そっと中へ入りました。
するとそこにはやはり息子が3人倒れていました。
そしてちょうど入り口に背を向けているソファーからレゴラスの足がはみ出しているのが見えていました。
その体勢は明らかに何かにのしかかっているものでした。
お母さんは音もなく腰の剣を抜き放ちます。
それから殺気を隠そうともせずにレゴラスの首の上にかざしたのです。
「お母さん……?」
「!!」
が呼びかけるや、お母さんヤギはオオカミを突き飛ばして可愛い娘を抱きしめます。
「。ああ何てことだろう!買い物になど行くべきではなかった!性悪なオオカミがお前を狙っているとわかっていたのに!!」
お母さんヤギは自分のうかつさを呪い、そして娘を襲った不幸を嘆きました。
「性悪は余計だよ、アラゴルン」
突き飛ばされたレゴラスは埃を払いながら立ち上がります。
しかし彼には機嫌を悪くした様子はありませんでした。
むしろ自信に満ち溢れているくらいです。
「レゴラス……貴様……!」
娘を抱きしめたままアラゴルンは立ち上がると鬼のような形相でレゴラスを睨みつけます。
「勘違いしてもらっては困るな。私はを愛しているし、彼女も私の気持ちを受け入れてくれたのだから」
レゴラスは清々しい微笑を浮かべてお母さんヤギに告げました。
「な、なんだと!?」
お母さんヤギは愕然としました。
「それは本当なのか、!?」
お母さんヤギのアラゴルンは娘の肩をつかんで揺さぶります。
はレゴラスがしでかした一連の出来事の衝撃からまだ覚め切っておらず、半ば朦朧とした状態だったのですが、お母さんヤギが自分に質問をしているのです。
ちゃんと答えなければいけません。
彼女はボーっとする頭を何とか働かせて質問の答えを探しました。
レゴラスはを愛していると告げました。
そしては「嫌いじゃない」と答えました。
自分はまだ恋するまでには至っていないけれど、確かに「想いを受け取って」はいます。
そう考えてはこっくりと頷きました。
お母さんヤギは衝撃のあまり倒れそうになりました。
「それって、いけなかったの?お母さん」
ぽやんとしたままはお母さんヤギに尋ねます。
「レゴラスはあたしがヤギでもいいって言ったよ」
の言葉にレゴラスは心の底からうれしそうに微笑みました。
彼女からアラゴルンを引きはがすと愛しげにを抱きしめ、額に口付けます。
「ああそうさ、君がヤギだろうとなんだろうと、そんなことはこの想いの障害にはならないんだ。私が愛しているのは君そのものなのだから。
アラゴルン。私はを誰よりも何よりも大切にする。だからどうか認めてもらえないだろうか。オオカミの王国にいようとも彼女に危害を加えるようなことはしないよう、父や仲間たちには私が説得する」
レゴラスの真摯な物言いにお母さんヤギの心は揺らぎました。
アラゴルンだって好きあう2人を無理やり引き剥がすつもりはありませんでしたから。
ただその相手がレゴラスの場合、彼がオオカミであるということが問題だったわけなのです。
「誰よりも、何よりも、を大切にすると……」
お母さんヤギはとうとう心を決めました。
「誓えるか?」
「とオオカミの誇りにかけて。そして我らオオカミとあなた方ヤギとのこれまでの、そしてこれからの友情にかけて」
「……許そう」
アラゴルンは苦笑交じりのため息をつきました。
気分はもうすっかり花嫁の父です。
「ありがとう、アラゴルン」
レゴラスはオオカミ式の最敬礼で謝意を表しました。
「、アラゴルンの許可も取ったことだし、私の国へ行こう。皆に紹介するよ」
レゴラスはの手を取って歩き出そうとしました。
が。
「ちょっと待て」
お母さんヤギはがしいっとレゴラスの肩をつかみます。
「何?まだ何かあるの?」
レゴラスは訝しげに眉をひそめました。
「私はお前たちの交際を認めたが、まだお前にを渡すとは言ってないぞ」
「……・・」
レゴラスは聞こえないように小さく舌打ちをしました。
「それからな」
「まだあるのか?」
「帰る前に家を片付けていけ」
こうしてオオカミ王国の王子、レゴラスと、可愛い仔ヤギのは結ばれました
しばらくしてオオカミ王国に連れてきた王子の恋人が仔ヤギであることにオオカミ王は大変困惑したのですが、それはまた別の話。
めでたしめでたし?
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