「ロシリエル姫との婚儀を申し込まれた」
イシリアンに滞在して三日目、エオメルの部屋には様子伺いにきた執政妃エオウィンとがそろっていた。
「あら、早速ですか」
兄からの報告を受けたエオウィンは驚いたようにわずかに目を見開いたが、いたって冷静に答えたので、エオメルは拍子抜けした。
「それではいつ、遠乗りに行きます?」
一方は当然のように今後の予定を訊ねてくる。その発言に不自然なものを感じて、彼は首をひねる。
「確かにイムラヒル大公には、親睦を深めるために遠乗りでもと言われたが……どうしてそのことを知っているのだ?」
重臣たち数人に見合い話のことは話したが、遠乗りのことまでは伝えていないのだ。まだ決定していないので、言う必要はないと判断したのである。
「だって、そのことはわたしたちが提案したんですもの」
にこやかには答えた。
「わたしたちって?」
エオウィンは首をかしげる。
「ロシリエル姫のお兄様たちよ。といっても、お話したのはほとんどアムロソス様とだけなんだけど。そのことが大公のお耳にも入ったのね。間に合って良かったわ」
ということは、あの時アムロソスと一緒にいたのは、そのことを話し合うためだったのだ。ローハンのことを話していたのも、彼女を通じて自分のことを探ろうとしていたからに違いない。
それは気分の良いことではなかったが、アムロソスがに興味を持っているのだと思うよりは受け入れやすいことだった。
一瞬喜びが広がったが、すぐにエオメルは我に返る。
つまり、ロシリエルとの見合い話にはも噛んでおり、嬉々として協力しているということだ。彼女がマーク王妃となっても、一向に構わないと思っているということだ。
わかっていたとはいえ、二日酔いとは違う重苦しいものが胃の辺りに圧し掛かったようで、エオメルは思わず己の腹を抑えた。
秋が一層深まり、木々は燃え立つような赤や黄色の葉をつけている。そんな林に囲まれた領主の前庭には周囲の風景に負けないほど鮮やかな装いを凝らした人びとが集まっていた。
婚礼の祝宴が始まって五日目。新たな親戚となった若者たちの親睦を深めるための遠乗り、という名目でのエオメルとロシリエルの見合いの日である。
「よかったわね、いいお天気で」
の隣を歩いていたエオウィンは、楽しそうに笑いかけた。髪の色と似た金色のドレスを身にまとった彼女は、黄金の女神のようである。
「本当に」
は言いながら空を見上げた。抜けるような青空には、刷毛で刷いたような薄い雲が浮かんでいるだけ。ひんやりとした風が吹いているが、寒いというほどではない。
「エオメル様はまだいらっしゃっていないようね」
前庭をぐるりと見渡す。各人の馬はすでに引き出されており、館の主たるファラミアの指示によって美しい鞍敷きが乗せられていた。
「こんな日くらい、早く用意をすればよろしいのに。でもロシリエル様もまだのご様子ですから、もう少し待ってみましょう」
エオウィンは頬に手を当ててため息をついた。
「おはようございます、姫君方」
エルヒリオンが駆け足で寄ってきた。上着にはドル・アムロスの紋章である白鳥と船が刺繍している。
挨拶を返すと、エルヒリオンは顔を寄せて声を潜めた。なにか内緒話があるらしいと察して、エオウィンとも顔を近づける。
「すでにご存知だと思いますが、ロシリエルは馬に乗れないんです。それで、誰かと相乗りさせなければならないのですが、その誰かをエオメル殿にするとかいう話を聞いたのですが」
「ああ、はい。なにか不都合が?」
は目をぱちくりとさせた。エルヒリオンは困ったように眉をしかめて頭をかく。
「不都合、というわけではないのですが、妹がずいぶん動揺してしまっているのです。まだ支度をしている段階なのですがもう緊張のあまり泣きそうになっていて……」
「もしかしてロシリエル様は兄がお嫌なのかしら?」
エオウィンがぽつんと呟く。エルヒリオンはとんでもないと強く頭を振った。
「本当に、ただ緊張しているだけなのです。ミナス・ティリスの危機を救ったローハン軍、そして戦場に倒れられたセオデン王の後をお継ぎになったエオメル王の話は何度も聞いているのですから。永遠に語り継がれるであろう英雄の伴侶に自分のようなつまらない娘がふさわしいはずはない。きっと失望しておしまいになると」
「そんなことはありませんわ。わたくし、ロシリエル姫とはお話いたしましたけれど、お心の優しい素晴らしい姫君だと感じておりますもの。ご自分を卑下なさるにしてもし過ぎというものですわ」
エオウィンはきっぱりと否定する。も同意を示して頷いた。しかしロシリエルがそこまで動揺をしているとなると、今日の見合いは延期するべきかもしれない。
「エルヒリオン兄上!」
三人が心配していると、館からアムロソスが駆けてきた。彼は軽く息を整えると、やはり声を潜めて報告する。
「なんとか仕度はできたんだけど、やっぱりエオメル王と相乗りさせるのは無理みたいだ。真っ青になって、今にも倒れそうになっているんだよ」
二番目の兄はそれを聞いて深々と息を吐いた。
「そうか……」
「どうします? やっぱり、延期……」
「いえ、そういうわけには参りません。それに、今日出来ぬことが後日できるとも思えませんよ」
がすべてを言い終わらないうちにエルヒリオンが遮った。
「遠乗りには行きます。でも相乗りはやめましょう。私たち兄弟の誰かが乗せることにします。そしてエオメル王の隣を進む。これならなんとかなるでしょう」
「そうね。お話をしている間に緊張がほぐれればよろしいのですものね」
エオウィンも賛成する。
その時従兄弟たちが額をつき合わせて話しているので、興味を引かれたファラミアがやってきた。彼は従妹の件について聞くと、頼もしく頷いてそれとなく助けると請け負った。
今日の遠乗りは執政夫婦、アムロスの兄弟たち、エオメルとという顔ぶれなのだ。イムラヒル大公は、年寄りは遠慮すると言って居残ることになった。必然、最年長でありイシリアンの領主であるファラミアが責任者となるのだ。
ファラミアが広げた地図を覗き込み、道順を確認していると、ようやくエオメルがやってきた。少し眠そうな様子だが、身なりはきちんとしていた。濃い茶色の上着にマーク特有の文様が、丈高い国王を引き立てている。
「おお。もうそろっているな」
「遅いですわ、エオメル。普段は髪にブラシを当てるのもそこそこに外に出て行ってしまわれるのに」
わざとらしく拗ねている妹に、エオメルは苦笑いをした。
「今日という日にそのようなことをしたら兄妹の縁を切られてしまうだろうと、念入りにしてきたのにずいぶんな言い様だな」
そんな二人のやりとりを、ファラミアは笑いながらたしなめた。
「やあ、仲のよろしい兄妹ですね。思わず妬いてしまいそうです」
「まあ、いやですわ、殿ったら」
エオウィンは頬を薔薇色に染めた。新婚夫婦の甘酸っぱいやりとりに、今度は周りの者が当てられることになった。
そうしているうちに、とうとう全員が揃った。
エルフィアに手を取られて出てきたロシリエルが来ると、は温かくも微笑ましく思いながら彼女を迎えた。ロシリエルは淡い紫色の胴着に真珠色のスカートを身につけ、髪には金色の花を刺していた。
「まあ、なんてお美しい。それにそのお花は初めて見ますわ。なんと言うのです?」
エオウィンが感嘆すると、ロシリエルははにかんで答えた。
「マルロスと申しますの。ここよりもう少し南の、アンドゥインの三角地帯に咲くのだそうですわ」
「それでは野に咲いているところを見られるのかしら。今日は大河に沿って南に向かうと聞いておりますもの」
冥王が滅びたとはいえ、依然暗黒の勢力の残党は残っている。危険を避ける意味でも、黒門がある北ではなく、南へ行くことはすでに決定していたのだった。
「マルロスが咲くのはレベンニンだよ。そこへ行くには河を渡らなければならない。そこまで行くのはさすがに無理かな」
ファラミアが言うと、エオウィンはがっかりする。
「そうなんですの……。残念ですわ」
「だけどせっかくだから探してみようか。ご婦人たちには早駆けよりも花の方がお好みでしょうから」
「わたくしはどちらも好きでしてよ」
「そうでした」
優しい眼差しで妻に言われ、ファラミアは頭を掻いた。
勝手にやってろ、という雰囲気が男たちの間を流れる。はといえば、エオウィンがひたすら甘やかな雰囲気を発しているので、結婚が人に及ぼす影響の大きさをしみじみと感じていた。ロシリエルはというとすっかり雰囲気に呑まれてしまい、目を見張っている。
「そ、そろそろ出かけましょうか」
エルフィアが場を取り繕うように提案した。そうですな、などといいながらそれぞれ自分の馬に向かう。
「あ……」
ロシリエルが不安そうに小さく声をあげたので、ファラミアはにっこりと笑って手を差し出した。
「ロシリエル、こちらへおいで。私と一緒に乗ろう」
「ファラミア従兄様……」
「私とでは嫌かな?」
おどけたように首を傾げてみせるので、海の姫君は微笑んで小さく首を振る。
「いいえ」
「そら、手を出して。まずは君を引き上げないと」
ファラミアが小柄な娘の身体を持ち上げる。そこへエオウィンが、
「まあ、なんて仲の良い従兄妹ですこと。わたくし、妬いてしまいそうですわ」
と言ったので、一同はどっと笑った。
ファラミアはさりげなくエオメルを呼んで隣を走るようにさせた。その反対側には彼を挟むようにエルフィアも並ぶ。続くはエルヒリオンとエオウィン、しんがりにはアムロソスとが続いた。とはいえ、これで全員ではない。彼らから少し離れて護衛の騎士たちが四十人ほどついてきている。
やアムロソスは最後尾にいるのを良いことに、エオメルとロシリエルの様子を観察していた。
「なんだか固いですね、エオメル王は」
「せめてもうちょっとにこやかにできないものかしら。ロシリエル姫が気まずく思われるでしょうに」
抑えた声で感想を交わす。
エオメルもロシリエルも、互いに言葉を交わすことに苦労しているようだ。ありありと緊張している様子が窺える。
それをなんとかほぐそうと、ファラミアとエルフィアが奮闘していた。それぞれの住まう地を話題に、活路を見出そうとしているようである。
「弾んでいないなあ」
「弾んでいませんね」
アムロソスとは互いに目を見交わしてため息をついた。
「なんというか、もうちょっと、こう……。お見合いだとわかっているのだから思い切ったことを聞いたり言ったりすればいいのに」
がやきもきしていると、アムロソスが、
「たとえば?」
「そうね、ありきたりではあるのですけど、趣味とか特技とか好きなもの嫌いなものなどかしら」
「なるほど、基本ですね」
然りと頷く。それから表情を曇らせた。
「でも、ロシリエルが本当にマークに嫁に行くとしたら、今後はほとんど会えなくなるのだろうなあ。父上とフィンドゥイラス伯母上もそうだと聞いているから」
「それはお互い様でしょう。陛下もエオウィンとは、もう数えるほどしかお会いになれないでしょうし」
「でもエオウィン姫はイシリアン公妃ですから、ミナス・ティリスに行くこともおありでしょう。国をあげての式典ともなれば、マーク王も公妃も呼ばれるものですからね」
「そういうものなのですか……」
「ええ。まあ、ある意味ではファラミア従兄上も似たようなものでしょうけれど」
「ファラミア様ですか?」
はきょとんとして聞き返す。
「ええ、彼はイシリアン公である上に執政ですからね。ミナス・ティリスに長く滞在しなければならないこともあるでしょう」
「そういう時にはエオウィンは一緒には行けないのですか?」
「通常は駄目でしょうね。領主館を切り盛りする方がいなくなってしまいますから。もちろん式典などがあれば別でしょうが」
「あの二人の様子では、それはずいぶん辛いことでしょうね」
まったくだとアムロソスは苦笑した。
「今から目に見えるようですよ。私のところへ来て愚痴をいう従兄上の姿が」
「アムロソス様のところ、ですか? ドル・アムロスへ来るということですか?」
ドル・アムロスはミナス・ティリスから見ればイシリアンよりもっと遠いはずなのに、とは不思議に思った。
「ああ、そうではなくて、私は来年からミナス・ティリスに留学することになっているんです。医者になるために療病院で研修をするのですよ」
「療病院……。エオウィンもお世話になったところですね」
「ええ。いずれ一人前になったら、ドル・アムロスにも療病院を作ろうかと思うのですよ。病人も怪我人も、家庭で看病していますが、どこの家でも面倒を見る余裕があるとも限らない。それに、専門的な知識がなくてみすみす悪化させたり、最悪そのせいで死んでしまうこともありえますから。私は一人でも多くの民を救いたいのです」
目を輝かせて希望を語るアムロソスに、はふとマークのことを思い出した。
角笛城での合戦では、ろくな薬も治療器具もないままに、傷ついた戦士たちを手当てしなければならなかった。セオデンが戦える男たちをすべて率いてゴンドールへ向かった時には、人出が足らず、病人を看病しようにもできないほどだった。
マークには医者はいるが、入院設備があるところはない。薬の備蓄なども特にないのだ。なぜなら、薬というのは各人が野に出て行って摘む薬草などから作るので、それぞれの家で用意するのが当然だと考えられているからだ。それは黄金館であっても同じことで、館にある薬はあくまでも館に住まう者たちのものだった。しかし万病に効く薬草などはない。そして蓄えておける量には限界があるので、足りなくなることもある。
「確かに入院設備のあるような療病院があれば、助かる人びとも増えるでしょうね。騎士が戦いに通じているように、医者が怪我や病に精通すれば、もっと高度な治療法も見つかることでしょうし」
それはの故郷では当たり前のように行われていたことだったが、マークでの生活に慣れてゆく間にすっかり忘れていたのだった。
「そうなんです。ああ、わかっていただけますか」
アムロソスは恍惚とした微笑を浮かべた。
「ええ、素晴らしいお考えだと思います。マークにも欲しいくらいだわ。陛下に相談してみようかしら」
は目の前が開けたように感じた。エオメルが結婚したら、自分は何をしたらよいのかとずっと悩んでいたのだ。今更屋敷の奥に貴族の養娘として大事に隠されて、刺繍や歌などの花嫁修行をするような生活などできるはずはない。そもそも花嫁になる気もないのだ。
とはいえ、放っておけばレゴラスがエルフの一団を率いて戻ってくるだろう。そのとき確たる理由がなければ、イシリアンに攫われそうな気がした。あのエルフならばやりかねない。
だがマークに療病院を作る。そのための研修をしにミナス・ティリスへ行くという計画は、遣り甲斐としても理由としても申し分ないものだと思えた。
だがここで疑問も浮かんだ。
「アムロソス様、医者というものは女でもなれるものなのでしょうか」
中つ国は男性社会だ。責任のある地位につけるのは男性のみである。案の定アムロソスは驚いた顔になった。
「女の医者などゴンドールにはおりませんよ。まさかと思いますが、あなたが医者になるおつもりなのですか?」
「いけませんか? わたし、物覚えは悪くはないと思っているのですが」
真顔で聞き返すと、アムロソスは困ったように頭を掻いた。
「医者でなければならないのですか? 看護人ならば女性でもなれるのですが」
「看護の仕方も習います。でも、治療法も学びたいのです。なぜいけないのです? それほど女の能力を低く見積もっているのですか?」
「そういうわけでは……。ですが、上流の婦人というものは、血を見ると卒倒するものでしょう?」
アムロソスに抗議しても仕方がないと思いながらも、は続ける。
「平和な時代ならいざしらず、今の女性がそれくらいで卒倒するとは思えません。このわたしでさえ、合戦の場を体験しているというのに。川のようにながれる血も、折り重なった遺体も目にしたのですよ」
アムロソスは一瞬口を閉ざして天を仰ぎ見た。ややあっての覚悟がどれほどか見定めるようにじっとみつめた。
「医者になれるのは男だけ、というのはゴンドールでの話です。ローハン王が女でも医者になっても良いとお定めになったのなら、我々が口を挟む筋合いはありますまい。それに、アムロスの場合とは違い、ローハンから研修生を受け入れるのであれば、国交問題も絡みますから、療病院にはエレスサール王からのご指示がありましょう」
「では、ます両陛下のご理解を得ないといけないわけですね」
エオメルに関してはそれほど難しいことではないだろう。自分が黄金館を退いた後のことは彼も思案していたようなのだから。しかしアラゴルンの考えはよくわからなかった。
アムロソスは心配そうになる。
「私もそうでしたが反対は必ずされるでしょう。本気で医者を目指されるならば、粘り強く説得するしかありません。あなたご自身がどうというわけではないのですが、エオメル王であっても難色を示されると思いますし……」
「頑張って説得してみますわ」
にこりと笑うと、アムロソスは照れたように鼻をこすった。
「でも本当にそうなったら、私としては嬉しいですね。研修をするにも張り合いがでますよ」
「わたしも、そうなったら知っている方がいるのですもの、心強いわ。知らない土地で生活するのはそれだけで大変ですもの」
二人が後方でそんなことを話している間も、馬はゆっくりと歩みを進め、川沿いを南下していった。段々幅の広くなるアンドゥインは、たっぷりとした水量を湛えて流れていく。
昼が近くなったので、空き地を見つけて昼食の用意をした。そこは少しくすんだ緑の原に、秋の名残の野の花がまばらに生えているところだった。
随員が駆け寄り、敷物を広げる。籠や袋から食べ物や飲み物を出して並べた。テーブルのような堅苦しいものがないため、自然と車座になる。適当に座ったつもりのエオメルだったが、いつのまにか隣にはファラミアとロシリエルが来ていた。ファラミアのさらに隣はエオウィン、アムロソスと続き、ロシリエルの方はエルフィア、エルヒリオンだった。つまり、は真向かいとなり、顔は見えるが最も遠い位置に行ってしまったのである。
「それにしても本当にお天気が良くてよかったわ。食べ終えたらこの辺りで少しゆっくりしましょうか」
料理がそれぞれに行き渡ったのを見計らってエオウィンが口を開いた。
「そうですね、散策をしてもよいし、川辺で水遊びは……さすがに寒いでしょうか」
エルフィアが途切らせまいと続けた。
「水遊びというと泳ぐのでしょうか? なにしろエドラスにはこんなに大きな河はないので、やったことがなくて」
四苦八苦しながらもエオメルもなんとか話をつなげる。エルヒリオンは笑いながら頭を振った。
「泳ぐのはさすがに夏だけですよ。私も川遊びは子供の時以来ですが、水切りや魚取りなんかはよくやっていましたね」
「水切りならわたしもやったことがあるわ。ドル・アムロスでも同じ遊びがあるんですね」
がはしゃぐと、マークの兄妹たちは不思議そうな顔になった。
「それって、どんな遊びなの?」
「平らな石を投げて、遠くに飛ばすんです。上手く飛ばせると、石が水面を跳ねるように何度も飛ぶんです。こんな風に」
アムロソスは食べ終わった鳥の骨を使って説明した。
「ロシリエル殿も、その……水切りなどをなさったのですか?」
なんとか話題を振れそうだと、どもりながらもエオメルは訊ねる。ロシリエルは頬を染めながらも一生懸命に答えた。
「いいえ、川までは屋敷から少し距離があったものですから、わたくしはほとんど行ったことがないのです。ですが、砂浜にはよく参りました。小さな頃は打ち寄せられた綺麗な貝殻を拾って、首飾りなどを作っていましたの」
「ほう、女の子らしいですな。エオウィンは小さな頃からおてんばで、妹というより弟のようなものでしたから…」
「エオメル!」
エオウィンがむくれると、ファラミアがとりなした。
「それで、君は子供の頃はどんな遊びをしていたんだい、エオウィン」
ちらっと兄を睨んでから、エオウィンは答える。
「わたくしはかくれんぼが好きでしたわ。マークの草原は子供の背丈くらいなら隠してしまうほど伸びるので、かくれんぼをするには絶好の場所ですのよ」
「それは楽しそうだね。でも、音ですぐに見つかったりはしないのかい?」
元野伏らしい発言をする夫に、エオウィンは朗らかに笑った。
「いいえ、探している方も草に隠れてしまうのですもの。音だけでは見つけられませんのよ。おまけに、隠れている方もしょっちゅう移動してしまうのですから、なかなか決着がつかないの」
エオメルが遠い日々を懐かしむようにしみじみと言った。
「まあ、そういうわけで、手だの脛だの顔だのに草で切り傷を作って、乳母にはよく怒られていましたよ」
なごやかなうちに昼食が終わると、腹ごなしに水切りでもしようかという話が持ち上がった。
エオウィンはのんびりと歩く兄を捕まえ、に無言で先に行くように合図をした。どうやら感想を聞きたいのだと察したは、ロシリエルにそれと悟られないように並んで歩く。
「エオメル、アムロスの姫君をどうお思いになって?」
「どうって、唐突だなお前も。まだよくわからん」
朴訥な顔にさっと朱を昇らせてエオメルはそっぽを向く。
「わからんって」
「いや、ロシリエル殿が申し分のない姫君だということはわかるぞ。美しく、淑やかで心優しい。だが、それだけなんだ、ピンとこない」
「……」
「結婚するような男女は、なんというかこう、運命的な出会いをするものではないのか? いや、互いにかどうかはわからんが」
「つまり、どういうことです?」
兄の言いたいことがわからず、エオウィンは首を傾げた。
自分でも上手く説明できないので、エオメルは苛立たしげに頭をかいた。
「だから、例えばアラゴルン殿の場合は、彼が一目ぼれしたことから始まったと聞いている。エルフの住まう裂け谷の美しい林で、アルウェン妃と出会ったと。私は詳しくは知らないが、その折にアルウェン妃が歩む様は古の伝説の一場面のようであったとか。それに、そう、お前の場合もそうじゃないか」
「わたくし? わたくしは別にファラミア様に一目ぼれしたわけではありませんわよ」
「そうかもしれないが、そもそもお前があの時ゴンドールにいたということ自体、本来ありえなかったはずだろう?」
「それは、そうですけれど……」
「だから、なにがしか、こう、惹き合う力のようなものがあるんじゃないのか?」
「……徐々に築き上げてゆく愛情というものも世の中にはありましてよ。父上と母上が確かそうだったはずです」
ある意味で単純といえば単純すぎる兄の思考に、エオウィンは半ば呆れた。それでも兄があまりにも真面目に言うものだから、笑い飛ばすこともできない。
「そうか……。しかし、どうすればそれがわかるのだろう」
「……」
エオウィンには答えることができない。そればかりはやってみるしかないからだ。
それでも、これだけは確信した。
「兄上は、意外にロマンチストでしたのね」
兄の意外な面を発見して感嘆したエオウィンに、今度はエオメルが首を傾げたのだった。
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