追跡組がエオメルに出会うより前のお話です。
「ただいまぁ」
いつものように軽い着地音とともに地面に降りたったは、疲れた声も隠さずに帰還を告げました。
日はすでに落ちていて辺りは真っ暗。今日の追跡はこれで終わりです。
「、ちょっといいいかな。試したいことがあるんだけど」
「試したいこと?」
日中走り続けたことなどまったく苦になっていない様子のレゴラスは、レンバスを食べ終えて人心地がついた頃合を見計らっての側へいそいそと近づきました。
「ずっと気になっていたことがあったんだ。それで、いいかな?」
「とにかく話を聞いてみないと、良いも悪いも答えようがないんだけど……」
はいつもより歯切れが悪く、心持ち照れているようなレゴラスを訝しく思っていましたが、とりあえず話を促がしました。
「うん、あのね、全部がってわけじゃないんだけど、エルフは鳥と話ができるんだ。でもと始めて会った時、私にはの言っていたことがわからなかった。それがすっごく口惜しいんだ。だって鳥のままでは言葉が通じないと思っているから、状況報告をする時にはいちいち人の姿に戻っているんでしょう? でも鳥のままでも話ができるなら、そのほうがにとっても楽になると思うんだ」
夜はこうして座って細かいやりとりもできるのですが、昼間は一刻を争うため、彼女は走りながら報告をしていました。はけして足が遅いということはないのですが、走りながらしゃべるのはさすがに辛いらしく、いつも息を切らしていました。
そうならなくて済むというのなら、たしかににはいい話です。
が……。
(まともなことを言っているように聞こえなくもないが、これは、やはりあれだな。と少しでも多く話したいだけなんだろうなあ。今のところ皆に聞こえるように言っているが、実際はアラゴルンに向けて話しているわけだからなあ)
ギムリが拳を握って力説しているエルフを眺めながらそんなことを考えていました。もちろん、口に出す気はありませんでしたが。
(レゴラスともずいぶん長い付き合いになるが、あいつが恋するとこうなるのか。意外と迂遠なやりかたができるのだな。あのスランドゥイル王の息子だから直球勝負かとも思っていたがこういうところは王妃に似たんだろうか)
迂遠どころか、ハルディアによって阻止されましたが、本人にわからない言い回しでプロポーズをしてまんまと約束を取り付けようとしたことがあるのです。
そんなことは知らないアラゴルンは妙なところに感心していました。
レゴラスの思惑はあっさりと未来の王と友人のドワーフに見透かされていました。
しかしはレゴラスの言うことも一理あると思い、さっそく白鳥に姿を変えました。
『ねえねえレゴラス。わかる? わかる?』
くりんと首をかしげる白鳥に、レゴラスは満面の笑みを浮かべました。
「ちゃんとわかるよ! やっぱり、前にわからなかったほうがおかしかったんだ!」
『それなりにこっちにも慣れたってことなのかもね。アラゴルンとギムリはこれだとやっぱりわからないのかしら?』
「そうだね。仕方がないけど」
『そっかあ。でもこれならだいぶ報告も楽になるわね。助かったわレゴラス。ありがとう』
鳥のままでは表情の変化があまりでないのですが、それでもはっきりとの声に喜びが含まれているのを聞き取って、レゴラスは上機嫌になりました。
「ちょっと待って。もう1つあるんだ!」
元の姿に戻ろうと羽の中にくちばしを突っ込もうとしたを、レゴラスは慌てて止めました。
『なあに?』
は暖かい茶色の大きな目をぱちくりさせてレゴラスを見上げます。
「私の肩にとまってくれないかい」
『それは、やめておいた方が良いと思う』
はあっさりと却下しました。
アラゴルンとギムリには、がなんと言ったのかわからなかったのですが、レゴラスががっかりしたので断られたのだとすぐにわかりました。
「どうして? 理由は?」
レゴラスは引き下がりませんでした。
しかしも譲りません。
『無茶言わないでよ、レゴラス。言いたくないけどわたしの体重は変わっていないのよ。今までみたく抱えるとかならともかく、肩に乗ったりしたらそこだけ負荷がかかってしまうじゃない。肩を壊しちゃうわよ』
「の体重なんて軽いものだよ。全然平気だから、お願い。ね?」
『それだけじゃなくて、わたしの足、結構爪が鋭いんだから。肩当もないのにそんなことできないわ。えぐれるわよ!』
「そう?」
言うなりレゴラスはを抱え込むと、よく見ようと足の先を広げました。
『何するのよー!!』
一気に頭に血が上ったはばしばしと翼でレゴラスを引っぱたきました。ついでに蹴りも入ったようです。
「自業自得だな」
「鳥の姿でもはだろうに」
痛そうに顔を押さえるレゴラスに、アラゴルンもギムリも同情しませんでした。
はレゴラスから離れるとさっさと元の姿に戻ります。鳥の姿とはいえいきなり足を触られて気分を害していました。
「ご、ごめん。でもあれくらいなら大丈夫だと思うんだけど……」
「いや」
「……だよね」
レゴラスはいたずらを叱られた子どものようにしょげかえりました。はぷいと横を向いています。
「でも〜。〜」
「いい加減にしろ、レゴラス。はお前の所有物じゃないんだぞ」
往生際悪く言い募るレゴラスを、見かねてアラゴルンが止めました。放っておいたら本気で少女に嫌われてしまうまでつきまといかねないと思ったのです。
「しかし何だってそんなにこだわるんだね?」
ギムリは素朴かつもっともな疑問を口にしました。
「だって、闇の森にいたころはずっとそうしていたんだもの。つぐみにひばりにこまどり。他にも大勢友だちがいたよ。肩に止まらせておしゃべりをするのが大好きだったんだ。でもね、くらい大きな鳥はまだ乗せたことはなかったんだよね。あんまり大きい鳥は闇の森にはいなかったっていうのもあるけど。一番近いところで霧ふり山脈の鷲たちかなあ。でも彼らは大きすぎて肩には乗せられないんだ。あ、でも!」
パチンと両手を打ち合わせました。さっきまでしょげていたのが嘘のように、レゴラスは陽気にしゃべります。
「最近引っ越しちゃったんだけど、ラダガストが闇の森に住んでいた頃は若い鷲が遊びに来ていたんだ。その子たちはよりちょっと小さいくらいで、だから大丈夫だと思ったんだけど、爪が危ないから駄目って言われちゃったんだよね」
「それで代わりにを?」
あきれたようにギムリは言いました。
別に代わりって訳じゃないけど、とレゴラスは前置きして、
「わたしは人間の姿をしている時のも鳥の姿をしている時のも、どっちも大好きだもの。人間の時は可愛いし、鳥の時は綺麗だし。でも人間の姿は夜になれば近くで見れるけど、鳥はそうじゃないでしょう。いつも遠くを飛んでいるんだもの。もっと近くでよく見たいのに」
真顔で言われて、は顔を真っ赤にしました。何だってエルフはこうも恥ずかしいセリフをさらっと言うんだとぶつぶつ呟きます。
「ねえ、。どうしても駄目かなあ」
すがるように見詰められてとうとう降参してしまいました。
「……どこかで肩当てを調達して、危なくないようにしたら、やってもいい」
数日後、ヘルム峡谷へ出発する前にアラゴルンとレゴラス、ギムリはセオデン王から武器庫の中のもので必要なものを選ぶよう勧められました。
「レゴラス」
「なに、ギムリ?」
「お前さん、鎖帷子や兜や盾はどうしたんだ。そんな肩当てだけじゃたいした守りにはならんだろうに」
「やだなあギムリ、忘れたの? 肩当てをつけたら肩に乗ってくれるって、が言っていたじゃないか」
「そ、それはそうだが、鎧とかは……」
「いらないよ。闇の森ではそんなものはつけないんだ。動きが鈍くなるもの」
「あー、つまり、それは単にに乗ってもらうためだけのためにつけたと」
「そうだよ?」
、はやく帰ってこないかなあとわくわくするエルフを眺めながら、ギムリは深く深くため息をつきました。
あとがきは反転で↓
スランドゥイル夢が書きたい。いや余裕さえあれば書くんだけどなあ…。この連載のレゴラスの両親設定は、このスランドゥイル夢設定をベースにしています。ママはシルヴァンエルフでスランドゥイルパパより倍以上年上。弓と短剣はスランドゥイル以上の使い手(スランドゥイルは大剣使い)ということになっています。
2011年4月某日追記:まさか本当に書ける日が来るとはなー。しかし行き当たりばったりで書いていたので展開に詰まりつつある…。完結…できるのかなぁ。
えーと、原作だとレゴラス、楔帷子と兜と盾をもらっていますが、映画だとショルダーガードだけですよね。楔帷子を着込んでいるようにも見えないし。あんな軽装で大丈夫なのか、とか思いつつ、ショルダーガードをつけたレゴラスを見て、ぜひともヒロインをとまらせたいと思ったという、ただそれだけの小ネタです。
目次