「戦の後」裏話@知らずに災難を呼んでしまった人の話

その1

 コルマルレンの野にメリーが到着すると、旅の仲間であるレゴラスとギムリがさっそく会いに来ました。彼らはとても元気そうで、怪我一つ負っているようには見えません。メリーはほっとしてにっこり笑いました。
 レゴラスはきょろきょろと荷馬車の列を眺めます。しかし首をかしげると、メリーに目線を合わせるように背をかがめました。
「メリー、はどこにいるの?」
 コルマルレンの野はミナス・ティリスから届いた物資とそれらを運ぶ人々でごったがえしています。しかしその中に、彼の最愛の少女の姿は見えませんでした。
「まさか彼女の身になにかあったんじゃないだろうね?」
 少し青い顔色でレゴラスは尋ねます。メリーはうーん、と少し難しい顔をして腕を組みました。
「なにかは、ありましたよ。だっては間接的な指輪所持者だったんですから。本当に大変でした。あ、でもちゃんと無事だから安心していいですよ。僕もフロドとサムがどうしているか知りたいし、ピピンにも会いたいんです。それにミナス・ティリスで起こったことはガンダルフも馳夫さんも知りたいと思うんじゃないかな。どこにいるんですか?」
「ガンダルフは大抵フロドとサムについているよ。アラゴルンは指示を出したり話し合うことが多いからどこにいるかわからないな。しかしあんたが到着したと聞いたら彼の方から戻ってくると思うよ」
 ギムリはそういうとピピンのテントに行こうといいました。彼は戦場でオークの下敷きになっていたところを発見されたのです。
 メリーはピピンと再会しました。思ったよりも元気そうだったのでメリーは安心しました。
 それからテントにはすぐにガンダルフがやってきました。少ししてアラゴルンも入ってきます。大きい人サイズのテントとはいえ、一人用なので、ぎゅうぎゅうになってしまいました。
「さて、メリアドク君よ、ミナス・ティリスで起こったことを教えてくれないかね?」
 ガンダルフが尋ねました。
 メリーは大きく頷くと、おしゃべり好きなホビットの本領を発揮しました。
「……で、ご飯も食べないし多分寝てもいなかったんだろうなあ。横にはなってたけど、あれは単に身体を起こしていられなかったんじゃないかなって思うよ。それで……」
 メリーの話が進むにつれ、仲間たちの顔が曇ってゆきます。特にレゴラスは泣き出すのをこらえるように唇を噛み締め、服の裾をぎゅうと握っていました。
「目はうつろで据わってるし、顔色は悪いなんてもんじゃなかったし、最後のあの日なんて、周り中全部敵視してる感じでした。ああ僕、あのときはレゴラスがあの場にいなくて本当に良かったって思ったもの」
 レゴラスはそんな、と叫びました。
「あ、そうじゃなくて」
 レゴラスが誤解したことを察し、メリーは手を横に振りました。
は指輪に囚われていた。だから、遅かれ早かれこうなるだろうってわかってたことでしょう。だけど、だからって好きな人にそんな姿見られたくないじゃないですか。オトメゴコロってやつですよ」
 わかります? とメリーがおどけて首をかしげると、ピピンが、
「いつから乙女心がわかるようになったんだい、メリー」
 とけらけらと笑いました。
「す、好きな人って……」
 レゴラスは両手で顔を覆います。指の間から見える頬は赤く染まっていました。
「あー、レゴラス、惚気は後にしろよ。メリー、続けて」
 アラゴルンがピンク色のオーラを出し始めたエルフの頭を押さえつけて遮りました。
「えっと、それであの日はいつもより少し遅く起きたんです。ミソギもしないで部屋を出て行って、行った先はフーリン公がいらっしゃる執政執務室でした……」
 なにするんですか、とか、ちょっと、いい加減にしてくださいなどとレゴラスが喚いていましたが、指輪が破棄された日の話になると途端に大人しくなりました。
 執政執務室でのやりとりを話していると、レゴラスの形の良い眉がぴくりと動きます。しかしそれに気付いた人はいないようでした。
 ファラミアがの部屋を移すと決めたこと。
 移動する際に少女が急に走り始めたこと。
 魔法をかけられた身体を捨てるために、身投げをしようとしたらしいこと。
 止めようと走ったが、なかなか追いつけなかったこと。
 エオウィンがとっさに投げた剣が足止めになったこと。
 そしてファラミアの下した決定――
 そこまで話終わったところで、レゴラスはすっくと立ち上がりました。
「レゴラス、どうし……」
 レゴラスはギムリの問いかけにも答えずにテントから出ると、澄んだ声でアロドを呼びました。
 レゴラスのいいつけで繋がれていなかったアロドはすぐにやってきました。
「どうしたんだ。どこへ行くんだ?」
 ギムリ、アラゴルン、メリーとぞくぞくテントから出てきます。
「ミナス・ティリス」
 レゴラスはぶっきらぼうに答えます。
をぶったなんて……罪人のように縛ったなんて……。許さない、許しませんよ、ファラミアァァーー!!」
 レゴラスは吼えるとアロドに跨り、全速力で走るよう口を開けたところで飛んできた杖によって地面に叩き落されてしまいました。
「ミスランディア!」
 恨めしそうに杖の持ち主を見上げます。
 ガンダルフはアラゴルンにアロドを連れてゆくように言い、レゴラスに向き直ります。
「お主、何をしようとしとったのじゃ」
「決まってます。の敵をとるんですよ! だって、あんなの、ひどすぎるじゃないですか!」
 ガンダルフは杖を拾うと、今度は思い切りレゴラスの頭に打ち下ろします。
 がすっ、という音があたりに響きました。
「まったく、スランドゥイルの莫迦息子! 少しは状況を考えるんじゃ! ファラミア殿は出来うる限るの最善の策をとったのじゃし、それを恨みに思うだと思うのか!」
「だって〜〜!」
 頭を押さえて、なみだ目でガンダルフに抗議したレゴラスでしたが、あいにく同情する仲間はいませんでした。
 ぶつぶつと文句をいいながら立ち上がると、
「ギムリ、お前さん、このすっ飛びエルフが余計なことをせんよう、よく見張っておいてくれないかね」
 ガンダルフが止めをさします。ギムリはもちろんですよ、と答えました。
「ギ〜ム〜リ〜!」
 レゴラスは親友に恨みがましく叫びました。

 ギムリはその時以来レゴラスから目を離さないようにしていました。レゴラスも逆恨みだとはわかっているようで、ギムリを困らせるようなことはしませんでした。
 しかし、時折彼が小さな声で「月夜の晩ばかりじゃないんだから……」と呟いているのを聞くことがありました。闇の森のエルフは、闇夜に小鳥の目を射抜くとも云われる弓の名人ぞろいです。ギムリも彼の技量はいやというほど知っています。
(、早く来てくれ……)
 やさぐれている親友のためにも、そしてなによりファラミアの身の安全のためにも、ドワーフは少女の到着を切実に待ちわびました。





その2


 コルマルレンの野にが到着すると、ゴンドールの同盟国であるローハンのエオメルがさっそく会いに来ました。彼はとても元気そうで、怪我一つ負っているようには見えません。はほっとしてにっこり笑いました。
 エオメルはきょろきょろとあたりを眺めます。しかし首をかしげると、に目線を合わせるように背をかがめました。
、お一人でいらっしゃったのですか? エオウィンはどうしたのですか?」
 コルマルレンの野は多くの人々でごったがえしています。しかしその中に、彼の妹の姿は見えませんでした。
「エオウィンはこちらにはこないそうです。ミナス・ティリスで皆様のお帰りをお待ちしていますと伝言を預かっています」
「来ない? まさか妹の身になにかあったのですか? 容態が悪くなったとか」
 少し青い顔色でエオメルは尋ねます。ははうーん、と少し難しい顔をして腕を組みました。レゴラスもちょっと心配そうにを見下ろしています。
「なにかは、ありましたけど、でもちゃんと無事だから安心していいですよ。むしろおめでたいといいますか……」
「めでたい、ですか?」
「でも、わたしの口から言っていいものかどうか……。エオウィンも自分で言いたいって言ってましたし」
「よくわかりませんが……」
 本当に困ったようにエオメルはを見ます。しかしもとても困っていました。
「き、聞かないでください。わたしもあんまり答えたくないので。でも、悪いことは起こってないです。それは確かです」
 両手を組んで、それだけは必死でアピールするに、エオメルはこほんと咳払いするとにっこりと笑いかけます。
「教えていただけませんかな、?」
 エオメルが少女の手を握り締めたので、レゴラスの機嫌が途端に悪くなりました。はやっぱりごまかせるわけないのよね、と呟いて、エオウィンとファラミアの馴れ初めを話しました。ガンダルフとアラゴルンもいつのまにかその場に集まってきていました。
 が話し終わると、ぴりぴりとした空気がエオメルから立ち上りました。エオメルはくるりと後ろを振り返ると、アラゴルンに向き直って頭を下げました。
「申し訳ないのですが、アラゴルン殿。早急にミナス・ティリスへ参りたいのですが、その間マークの騎士たちをお願いできますか?」
「あー、お気持ちはわかるがエオメル殿。とにかく落ち着かれよ」
「これが落ち着いていられますか! われわれが命がけで戦っていたという時に、執政が他国の姫を口説いていたなどと……! ふざけるにもほどがありますぞ!」
「しかし、辛い思いの多かった妹御はようやく望みを手に入れられたのじゃ。ここは兄として、唯一の身内として、妹御の幸せを祝ってはやれんかね」
 吼えるエオメルにガンダルフは懇々と言い諭します。
 エオメルはくっと目をそむけると、こぶしを握り締めました。あまりに強く握っているので、両腕がぶるぶると震えています。
「わかりました。エオウィンも王家の女であれば、いずれどこかに嫁がなければいけないものです。私はファラミア卿と言葉を介したことはありませんが卿の人となりは伝え聞いています。父や伯父、セオドレドが生きていても反対はしないでしょう」
 しばらくして少ししょんぼりしたようにエオメルは肩を落としました。
「ですが」
 ぎらり。
 エオメルの目が燃えています。
「それとこれとは話が別です。妹泥棒は一発殴ってやらねば気がすみません。こればかりはお止めくださいますな、アラゴルン殿、ガンダルフ殿」
 地の底から響いてくるような声でエオメルは言いました。アラゴルンもまあそれくらいは仕方がないよな、と思いました。そこで、
「一発だけだぞ」
 といいました。
「ええ。一発ずつにしますとも」
 エオメルは獰猛な笑みを浮かべます。
「……ずつ?」
 少し不安になったアラゴルンは思わず問い返しました。
「ええ。私の分と、父の分。伯父上の分とセオドレドの分を一発ずつです。皆、生きていればやはり私と同じくファラミア卿を殴ってやりたいと思うのは間違いないのでしょうから」
 いやあ、帰還する日が待ち遠しいですなあとエオメルは自棄になったように笑い声を上げました。
 はミナス・ティリスで甘い一時を送っているであろうファラミアに向かって、心の中でごめんなさい、と謝っていました。






別タイトル「前門のレゴラス、後門のエオメル」



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