「戦の後」裏話@その頃のイシリアンでは


 フロドとサムがようやく起きられるようになったので、コルマルレンの野では彼らを讃えるための宴会が盛大に行われました。
 死んだと思ったガンダルフは白くなって帰ってきましたし、アラゴルンは王様になっていました。メリーとピピンの背がやけに伸びていたりとフロドを驚かせることがたくさんありました。
 ちょっとだけ残念だったのは、この場にがいなかったことです。
 あの可愛らしい人間の少女はある意味フロドと一緒に指輪を持っていたようなものなので、フロドと同じくらい傷ついていましたし、回復するのにも同じくらいの時間がかかるのです。
 フロドの心配を察したメリーは、ミナス・ティリスで充分な世話を受けているので良くなったらきっと飛んでくるに違いないよ、と言いました。
 フロドはそうなるといいね、と微笑みました。

 宴会から引き上げると、フロドとサムのテントに仲間たちが集ってきました。
 そこでフロドとサムは一行が離散した後の話を夜が更けるまで聞きました。
 しかし二人の旅の話になる前にガンダルフが今日はもう眠るようにと言いました。

 次の日の朝になりました。
 また仲間たちが集ってきます。朝食を終えた後、今度は皆にフロドたちの旅を話しました。
 フロドの旅は誰よりも過酷なものでしたし、ところどころ覚えていないところもあります。そんなときにはサムが代って話しました。
 すべて話し終わる頃にはお昼を過ぎていました。
 皆は口々に感想を言います。しかしフロドの表情が冴えないのに気がついて、モルドールのことは出来るだけ話さないようにしました。
「ヘンネス・アンヌーン、夕日の窓か。どれだけ美しいかぜひこの目で見てみたいものだなあ」
 美しいものが大好きなドワーフのギムリは、ほうっとため息をつきました。
「燦光洞もそりゃあ美しいところだったけれど、宝石をつなぎ合わせたカーテンのような、というそこにも行ってみたいものだ。目隠しされていかなければきっとあんたは場所を覚えていただろうにね」
 ギムリがあんまり残念そうに言うので、フロドは困ったように笑いました。しかしフロドもヘンネス・アンヌーンをもういちど見られるものなら見てみたいと思っていました。あそこは暗黒の国へ赴く前、最後に見た最も美しいところだったのです。
 しかしあそこへは行く時も出る時も目隠しをしていたので、どこにあるのかフロドにはわかりません。
 しかし、
「なんだ、そんなの簡単じゃないか!」
 ピピンが陽気な声で叫びました。
「そうかね?」
「そうさ。だってファラミア卿は、フロドはゴンドールの中を自由に歩いていいって言ったんだろう? で、一年と一日の間にミナス・ティリスに行って、執政の前に出ればそれは終生のものになるんだって。それでね、フロド。昨日はいっぱい話したからもしかしたら忘れたのかもしれないけど、今、都の執政はファラミア卿なんだ。それに、ここに卿はいらっしゃらないけど、馳夫さんがいるよ。馳夫さんは、執政よりえらい王様じゃないか」
「ああ、そういえばそうだったねえ!」
 フロドは胸の支えがとれたように笑いました。
 フロドたちはさっそく王様ことアラゴルンのところへ行き、ヘンネス・アンヌーンに行きたいということを伝えました。アラゴルンは、ちょっとした遠出になるから少し療養してからなら行ってもいいと許可を出しました。

 三日経って、とうとうヘンネス・アンヌーンに出発できることになりました。
 ホビット4人とレゴラス、ギムリ、それから案内としてイシリアンの野伏が三人つきました。アラゴルンとガンダルフは諸事に忙しかったので同行はできませんでした。
 ヘンネス・アンヌーンはコルマルレンの野からそれほど遠いところではありませんでした。イシリアンにはたくさんの泉や滝、それらの間を縫うように川が流れていますが、夜になると聞こえていた滝の音が目指すヘンネス・アンヌーンだったと野伏に聞かされてフロドは驚きました。
「音を頼りに探し歩いてみるのも良かったかもね」
 レゴラスは楽しそうにそういいました。
 太陽の光は暖かく、木の葉はさやさやと鳴り、春の花がそこここに咲いています。
 すがすがしい気分です。皆は自然にゆっくりとした歩みになりました。歌を歌ったり、珍しい草花を見つけては足を止めたりしました。
 昼食はふかふかの芝生が生えているところで取りました。それからまた歩いて、正午を二時間も過ぎる頃には到着しました。
「おーー!」
「本当にこの中に入れるの!?」
 真っ白な水飛沫をあげて滝壺に落ちてゆく水を見あげながら、メリーとピピンが感嘆の声をあげました。滝は両側の岩をえぐるように流れています。滝壺は長円形の池になっており、流れ落ちた水は川となって低い方へと流れ去っていました。
 イシリアンの野伏たちが先に立って入り口へ案内します。道は狭くてでこぼこしていました。螺旋状の階段を上って踊り場に出て濡れた石段をさらに上ると、通路に出ました。この突き当たりが入り口でした。中に入るとそこはすでに滝の裏側です。
 皆は歓声をあげました。
 水のカーテンは今は空の青を映して青銀色に輝いています。
「これは見事だなあ!」
 ギムリはうっとりと眺めています。
「これにはドワーフと言えど手を加えることなどできないよ。ここは時間とともに輝きを変えてゆくのだね。いつまでも眺めていたい気にさせられるよ」
「そうだね。でもやっぱりぼくは水は苦手だな。ここはとってもきれいだけど、これ以上は近寄らないようにするよ」
 とピピン。
「それがいいよ。君のことだもん、あんまり近寄ったらうっかり落っこちるに決まってる」
 メリーが笑いました。
「レゴラス、どうしました?」
「え?」
「ぼんやりしているようですけど、あなたには気にいりませんでしたか?」
 フロドが心配そうに見あげます。
「そんなことはないよ! ただ……」
 レゴラスは勢いよく頭を振りました。
「ただ、もここにいたらいいのになあって思ったんだ」
 残念そうにレゴラスは微笑みます。
「そうですね。彼女にも見ていってほしいなあ。ここでの思い出が、辛いことだけでないように。これからは世界は美しさを取り戻していくのだもの」
 フロドは滝を眺めながら呟きました。その手は我知らず風見が丘で負った傷跡を押さえていました。
「ところでレゴラス、あなたとってどうなったんですか?」
 しばらくしてからフロドはまじまじとレゴラスを見あげました。
「どうって」
「ビルボにちょっと聞いたことがあるんですけど、たしか今あなたが指輪をはめている指って、エルフが結婚指輪をはめる指なんですよね? その指輪、の髪の毛でできているんでしょう? あなたの話にはぜんぜん出てきませんでしたけど、と結婚なさったんですか?」
 サムとピピンは驚いて叫びました。
「どうして教えてくれなかったのさ、メリー!」
 さらにピピンはこんなおもしろいことを教えてくれなかった親友に対して叫びました。
「だって、結婚したわけじゃないもの」
 事情に詳しいメリーは肩をすくめます。
「そうだよ、別に結婚したわけじゃないんだよ。私としてはいつがお嫁にきてくれてもいいんだけどね」
 しれっとレゴラスも答えます。
「しちゃいなよ、レゴラス! ぼくたち応援するから! だってレゴラスが好きなんだし、今の内に結婚しちゃえば、きっとガイアに帰らなくても済むよね」
 ピピンは名案だというように両手を叩きます。
「私がガイアに行くことになるかもしれないけどね」
 レゴラスはくすくす笑いました。
「そんな話があるのか?」
 これにはギムリも驚きました。
「仮定の話だよ。だってさ、別にはこっちに来たくてきたわけじゃないし、帰るにしたって問答無用でヴァロマ殿が迎えにきちゃうんだし。一応ってヴァロマ殿の奥方ってことになってるわけで……名目上は、だけど。でもさ、の話では、ちゃんと、正式に好きな相手ができたら、その相手と結婚してもいいってことになってるんだよね。だからってをここに残す理由はヴァロマ殿にはないと思うから、こっちに残るのって難しいと思うんだよ。だから、私が……」
「え゛〜〜〜!」
 ピピンは不満そうに頬を膨らませた。
「それって、には言ったんですか?」
 フロドも納得がいかないという様に首をかしげる。
「まあ、実は無理だって言われたんだけどね。でも諦めたくないんだ。ねえピピン。それでも応援してくれるかい?」
 レゴラスは美しい青い瞳を細めて、難しい顔でうなっているホビットに微笑みかけました。
 ピピンはきっと顔をあげてきっぱりと言いました。
「ぼくはレゴラスもも大好きだよ。もし、本当に遠いところに行ってしまって二度と会えなくなっても、二人が幸せになるのなら、ぼくが寂しいのは我慢するよ」
 レゴラスは軽やかな笑い声を上げると、膝をついてピピンの額にキスしました。
「しかし、あんたはその前にちゃんとに結婚の申し込みをしなきゃならないんじゃないのか? それとももうしたのかい?」
 ギムリが確認するように尋ねます。
「……したような、してないような」
 レゴラスのあいまいな返答にギムリは深く息を吐きました。
「じゃあ、とにかくあんたはと再会したら、できるだけ早いうちに二人だけでしっかり話をするんだよ。くれぐれも皆の前でいきなり抱きついたり告白したりしちゃいけないよ。はそういうのは嫌がるだろうからね」
「やだなあ、ギムリ。いくら私だってそれくらいはわかってるよ」
「どうかね。あんたはちょっと、時と場所と場合を考えないところがあるからねえ」
「あ、それはひどい」

 ゆったりと時は過ぎ――
 イシリアン一美しい夕日の窓が赤と黄金とその他あらゆる色を輝かせていました。




別タイトル「ヘンネス・アンヌーンでピクニック(ヒロイン捕獲計画付き)



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