私はエオムンドの息子エオメル。マークの王だ。
 とはいえ、私は先の王セオデンの甥であり、王には息子がおられたので、本来ならば私が王位を継ぐなどということはあり得なかったはずなのだ。
 ローハンは度重なるアイゼンガルドからの襲撃で疲弊している。平和が訪れたとはいえ、復興には多くの時間がかかるだろう。
 ……最近、私は「多くの」という言葉を聞いたり考えたりすると、頭の中で勝手に「オークの」と返還されて微妙に腹が立ってくるのだ。オークなど大嫌いだ。
 話が逸れた。
 今私はミナス・ティリスからローハンへ帰郷する旅の途上にいる。亡くなられたセオデン王をローハンの代々の王が眠る塚山へお運び申し上げているのだ。
 この旅にはそれぞれの国へ帰られるエルフの方々や指輪探索の仲間の方も同行された。またエレスサール王、アルウェン王妃をはじめとするゴンドールの多くの高貴な方々も見送りにきてくださっている。
 ありがたいことだ。

 旅は指輪戦争の時とは打って変わって和やかなものだった。
 食事や野営の仕度もゆっくりできる。
 しかし一応私も王たる立場になったので、今まで自分で行っていたそれらをやる必要がなくなってしまった。手持ち無沙汰でもあるし、少し物足りないという思いもある。
 が、この時間を有効活用しない手はない。この旅には未だかつてなかったほどの賢人、英雄たちがいるのだ。新米国王として彼らから国を治めるにあたっての助言を受けようと思ったのだ。
 最初はガンダルフ殿に意見を伺ってみた。
 彼の助言は実にシンプルなものだった。
 まずは復興に専念せよ。しかし防備はまだ怠ってはならない。そしてファンゴルンには手出しをするな。
 ということだった。
 サルマンをどうするかは答えていただけなかった。
 賢人たち、ということではガンダルフ殿の次にそうなのがエルフなのだが……エルロンド卿やケレボルンの殿、ガラドリエルの奥方などといった方々には近寄りがたいものを感じるので気安く声をかけるのははばかられた。
 ので、まだこれといった話はしていない。
 アラゴルン殿とは一番よく話した。
 彼は私などよりも由緒ある血筋の方だが、王になってまだ日が浅いと言う点では私と同じである。どうしたらより良く国を治めることができるか、意見を交わすのは楽しいのだ。
 そして……。

「なんでしょうか?」
 ・アルフィエルが私の呼びかけに答えてにこやかに微笑んだ。
 彼女は身内以外の女性の中では、私が最も愛する乙女だ。
 愛らしく優しげな容姿とは裏腹になかなか気性が激しく、怒鳴られたことさえある。しかし彼女の活力に満ちた瞳としなやかな立ち居振る舞いには何度となく目を奪われるのだ。
 そして彼女は異世界から来た娘であったので、我々には思いも寄らない、珍しい、また理解不能な知識を数多く持っているのだ。
「あなたの眼から見て、王として私に足りぬことはなんだとお思いですか。またローハンに足りぬと思うことはあるでしょうか。私は王をお助けするのが役目だと思っていましたが、思いがけなく自分が王になってしまいました。お恥ずかしながら、私は戦略を考えることはできますが、政治のことはほとんどわからぬのです。エドラスで育ちましたゆえ、見聞きしたことも少しはありますが、統治者としての心構えを持っていたわけではありませんので、それらの知識は非常に心もとないのです」
 旅の途中のとある夜、アラゴルン殿ら指輪探索の方々に混じって談笑していた折、思い切ってそう彼女に尋ねてみた。
 は驚いたように目を大きく見開いた。
 そんなことを聞かれるとは思いもよらなかったという表情だ。
 案の定彼女は、自分はローハンには十日もいなかったのだし、戦時中のことであったのでローハンという国のことはよくわからない。だから言えるような意見は持ち合わせていない、と答えた。
「では、民が必要としているものはどのようなことでしょうか。ローハンではなく、あなたの故郷の人々が必要としているもの、なくてはならないと思っているものを、教えていただけますか?」
 そう聞いたら、彼女は本当に困ったような表情になった。
 隣に座っているエオウィンが肘で突いてきた。どうやらまずいことを聞いてしまったみたいだ。
 考えてみれば、彼女は故郷と完全に決別して日が浅い。まだ、気持ちの整理がついていないのだろう。無神経なことを聞いて傷つけてしまったのだ。
「私の故郷はローハンとはまるで違いますから、参考にはならないと思いますよ」
 彼女は私の考えなしの問いにも嫌な顔もせずに答えてくれた。少し悲しそうではあったが。
 しかし、
「なにが参考になるともわからん。言うだけ言ってみたらどうだ?」
 アラゴルン殿がさらに促してきたのだ。
 これには私も驚いた。アラゴルン殿は考え深げな表情でを見つめている。だから多分、何か考えがあるのだろう。
「えっと、でも……」
 は戸惑ったように口ごもった。アラゴルン殿は答えをじっと待っている。
 私も待った。
 はしばらく考え込んでいたが、やがて、
「強いて言うと、ですよ? 強いて言えば、コンビニとケータイだと思います」
「コンビニ?」
「ケータイ?」
 なにそれ? とそろって聞いたのは小さい人たちだ。
「まずコンビニっていうのは、コンビニエンスストアの略。簡単に言えば……よろず屋、かなあ」
 よろず屋というのは、特定の種類だけではなく、さまざまな商品を売っている店のことだ。
 ローハンはゴンドールのように固まって人の住んでいるところは少ない。
 それゆえあまり店というのは存在しないのだ。貨幣は一応あるのだが、基本的には自分たちに必要なものは各集落で自給自足をしているので、どうしても手に入らないものを購入する時くらいにしか使われない。それに、物々交換をすることも多いのだ。だからよろず屋もローハンには数えるほどしかない。
 そうか、の世界ではよろず屋が特に必要とされているのか。聞いてみないとわからんものだ。
「お店?」
「そりゃ必要だよね。ホビット庄にもあるよ。でもなんでそれが特に必要なの?」
 フロド殿とペレグリン殿が不思議そうに顔を見合わせた。
 それはそうだ。よろず屋ばかりあってもしかたがないからなあ。店というわけではないがローハンで特に多いのは鍛冶屋だが、それだって一集落にだいたい一軒くらいしかないものだ。
「コンビニっていうのは、お店の広さはそんなにないの。で、売っているのは主に食べ物とか飲み物。食べ物って言っても、野菜とか肉とかじゃなくて、すでに食べられる状態に加工してあるものがほとんどなの。お菓子とかお弁当、お湯を入れるだけのものとか、レンジで温めるだけみたいなの。あとは雑誌とかかな。日用品も少しあるけど、扱っているのは急に必要になるかもしれないものがほとんど。そういうお店がいっぱいあって、一日中営業しているの」
「なんか、ところどころ言ってることがよくわからないんだけど、レンジって何?」
 と聞いたのはメリアドク殿だ。
「電子レンジっていう機械があるの。箱みたいな形をしていて、中に食べ物を入れてスイッチを入れると冷たいものが温まるの」
「魔法の箱ですだか?」
「ううん。ちゃんとした技術よ。さすがに機械は専門じゃないから難しいけど、必要な材料と作り方さえわかれば、作れると思うし。あ、でも、電気がないか……」
「デンキって……」
 と聞こうとしたのはレゴラス殿だ。しかし、
「ごめん。あんまり詳しくないから、上手く説明できる自信がないの」
 は両手を合わせた。
「ザッシというのは?」
 と、アラゴルン殿。
「本のことです」
「本? どのような?」
「どのような、って言われても。マンガとか、あ、これは絵で物語を語っていく形態の読み物、ってところかしら。それから洋服とか、各種趣味関係とか、多すぎて言い切れないですけど。コンビニで売っているのは毎月何日とか、毎週何曜日とか、決まった時期に発売されるものがほとんどです。それ以外の、小説……えーと、字で書いてる物語とか、実用書とかは書店で売ってるのがほとんどで、コンビニにはあんまりないですけど……あの、どうしたの、皆?」
 はきょとんと私たちを見渡した。
 その時の私たちの表情が、驚き以外の何者でもなかったせいだろう。
「お前の国のものは、皆字が読めるのか?」
 アラゴルン殿は厳めしい顔つきになった。
「たしか識字率九十九%だって聞いています。百人の人が居た時に読み書き能力のある人が九十九人いるってことですけど。あ」
 ようやく気付いたというようには口を押さえた。
 我らにとって、読み書きができるというのは、それだけで良家の出身ということになる。文字を知らなくても日常生活に支障はないうえ、文字を覚えるには時間がかかるし、専門の教師をつけるともなると、金銭的な負担も多くなるからだ。
 それがの国ではほとんどのものが文字を知っているという。信じられなかった。
 む、アラゴルン殿がなにか呟いた。
 教育は大事だな、か。うむ、ローハンでも徐々にでよいので皆が読み書きできるようにしよう。
「すごいのねえ、でもそんなにお店があって、お客が入るの?」
 エオウィンが感心したようにため息をついた。
「入っているんでしょうねえ。わたしはあまり行かないからよくわからないんですけど、学校とか仕事に行く前とか帰りとか、暇つぶしとかで毎日のように行く人もいるみたいですし」
「よくわからんが、それだとずいぶん長い間、店を開けていることになるのではないか? その店は休まないのか?」
 私が聞くと、は当然のように頷いた。
「ええ。一日中営業しているって、言いましたでしょう? 朝も昼も夜もずっとやっているんです」
「夜? 夜に出歩いているのか、あなた方は!」
 私は思わず大声になった。
 ローハンでは夜ともなれば家の戸を厳重にしめて出歩くことなどまず有り得ないのだから。宿屋のように一日中人が出入りできるところもあるが、それでも夕方になれば集落の門を閉ざし、門には門番がおり、夜間に出入りする者を厳しく見張るのだ。
 夜ともなると凶暴な獣がうろつくこともあるのだし、なによりオークの類を警戒しなければならないのだから。
「危険ではないのですか?」
「まあ、できることならやらない方がいいとは思ってますけど。特に子供とか女の人は。でももうそれも当たり前のことになってしまっているんですよ」
 すごい。
 つまり、それだけ治安がいいということだ。
「ねえ、。あなたの世界にはオークとかは……」
「あ、それはいません」
 エオウィンの問いを遮るようにが首を振った。
 オークがいないとはなんと羨ましいことだ。しかしエルフもいないようだからな。かの国は。
 ちらり、と私はレゴラス殿を見た。
 ……。
 レゴラス殿がこっちを睨んでいる。
 いいじゃないか、少しくらい。あんたはこれから長い間、それこそ私が死んだ後までもずっとと一緒にいられるんじゃないか。あんな(恐ろしい、執念深い、人を食ったような)保護者がいたというのに、だまし討ちのような試練をやってのけて、もう誰はばかることなく彼女はあんたのものになったんじゃないか。こっちは婚約した、と思ったら私の勘違いでそのあと振られたんだぞ。話をするくらいのことで一々目くじらを立てないでくれ。
「ふうん、で、ケータイって何?」
 視線を戻すとペレグリン殿が明るい声でに聞いていた。
「携帯電話のこと。電話っていうのは、遠くにいる人とも話ができる機械のことで、携帯電話はそれを持ち運べるようにしたものなの。今ではずいぶん小型になってて、話をするだけじゃなくて文字でメッセージを送ったりとか、写真を撮ったりもできるわ。あ、写真っていうのは被写体をその場で焼き付ける技術のことね。風景とか人物とか、そのまま写し取れるの」
「それって、パランティアみたいなもの!?」
 ペレグリン殿は素っ頓狂な声をあげた。
 は少し考えるように目だけ上に上げた。
「……まあ、似てるかも」
「いいなあ〜。それ、ぼくがほしいと思っていたものそのものだよ! だってもうじき全員別れ別れになってしまうんだもの。家に帰れるのはうれしいけど、遠くの友達とも話ができるような、姿を見ることできるようなものがあればいいのにって、思ってた。ねえねえ、、それを作ることはできないの?」
 ペレグリン殿は興奮したように足をばたばたさせた。
 しかしは残念そうに眉を下げ、
「わたしもそうできたらいいなあ、と思ってるんだけどね。残念ながらわたしの手には負えないの。基本的な仕組みはわかるけど、すぐ実用化できるわけじゃないしねえ」
 腕を組んで一人頷いた。
 が、ずぐ両手をぱちりと合わせて、名案が浮かんだというように笑顔になった。
「あ、でも、式神なら作れるわ。あなたの知っている人なら誰にでもあたう限りの速さで手紙を届けられるように、鳥形のものを作ってあげる」
「シキガミ?」
「そう。式神っていうのは紙とかで作るお使いのことなの。そういえば、ホビットのみんなは誰も見ていないっけ。レゴラスたちは知ってるはずよ。ほら、角笛城に行く前に連絡用に鷲を送ったでしょう」
「ああ、あれ」
 レゴラス殿だけではなく、アラゴルン殿やギムリ殿、ガンダルフ殿も思い当たったように頷いた。それなら私も知っている。何しろあれをが作ったのは、私が彼女を信用しなかったせいなのだから。今ではあの時の自分を呪ってしまいたい。いくらが魔法の使い手とはいえ、そしてサルマンが敵だったとはいえ、善きものと悪しきものの区別もつかなかったのだから。
 と思っていたら、レゴラス殿が衝撃的な発言をした。
「ミコの術って結婚したら使えなくなるんじゃなかったの?」
 初耳だった。
 ああ、そうなるとは本当に何もかもなげうってエルフ殿に嫁がれたのか。
 私が心の中で感涙に咽んでいると、
「うん、巫術はもう使えないけど、式神を作るのは陰陽術だから関係ないの」
 そうはあっさりと答えた。
 そうか、魔法と言っても色々あるのだなあ。
 レゴラス殿もへー、とか言っているが、判って言っているのだろうか。私はわからん。
「それは素晴らしい。、あんたの力に余裕があるのなら、ぜひゴンドールにも一羽置かせてほしいものだ」
 アラゴルン殿の要請を、は気軽に受け入れた。
「まあ、そうしたらわたくしも一羽ほしいですわ」
 ああっ、エオウィン! それは私が言いたかったのに!
「もちろん。でもエオウィンもイシリアンに来るんでしょう? それとは別にローハンの分もあった方はいいんじゃないかと思うんだけど」
 どうしますか? と問うようにが小首を傾げて私を見た。
 もちろん、否やなどあるものか。
「ぜひ、お願いします!」
 力を込めて答えると、が気おされるようにのけぞった。
 そのあと彼女はギムリ殿にも差し上げることを約束した。
 と小さい人たちは嬉しそうにいそいそと立ち上がって早速シキガミとやらを作りに行った。ちなみに小さい人たちは見学だ。
 レゴラス殿はアラゴルン殿に首根っこを抑えられたので行けなかった。
 そしてレゴラス殿は……。





 私はエオムンドの息子エオメル。
 マークの王だ。
 王になったばかりの私に多くの助言をくれた賢人たちよ。
 あなた方の助言を真摯に受け止め、私はわがローハンを善き方に導くことに全力をかけると誓おう。

 ところでレゴラス殿。
 私は今でもを愛しているのだが、あんたから奪おうとは考えていないので、一々私を睨むのはやめてくれ。




あとがきは反転で↓
オチてないなあ…。
珠さまからのリクエストで「ヒロインの住んでいた世界文明(コンビニとか生活の方の文明)をお勉強して混乱する旅の仲間たちとエオメル、エオウィン」でした。
すいません。なんかわけのわからない終わり方になってしまいました…!(土下座)
あんまり混乱もしてないですね。
コンビニは珠さまからのご希望でしたのでそれと、あと他にヒロインの世界にあるもので今の生活になくてはならにものってなにかなーと考えたら、やっぱケータイかなあ、と。
つか、ケータイを思いついたのは、王の帰還・下のピピンのセリフで
「友だち全部の姿が見られる石がぼくたち一人一人にあるといいんだけど」
「そして遠くからみんなに話をすることができたらなあ!」
というのがあるんですけど、ここんとこ読んだ時に「これって電話、てゆーか、写メ付きケータイ」とか思ったもんですから。
ピピンはギャル文字とか打ちそうな雰囲気があります。(関係ない)
とりあえずこんなんできました。
お目汚し失礼しました。



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