「オークだ!」
 レゴラスの声に戦闘の心得のあるもの達が動き出す。ボロミアは入り口に近付き、外の様子をうかがった。途端、続けざまに飛んできた二本の矢が扉に突き刺さる。
「下がれ! ガンダルフのそばにいろ!」
 アラゴルンは戦いに不慣れな者たちをうながし、扉を閉ざしたボロミアの元に駆け寄った。
「トロルも一緒だ」
 レゴラスはその言葉を聞いて歯がみした。これから来るのは、モリアのドワーフたちを全滅させたオークの集団だ。その上しぶといトロルも混じっている。もとよりこの指輪棄却の旅は戦力に重きをおいていない。速やかさ、隠密さを重視して選ばれた隊員たちは半数が非戦闘要員だった。今から逃げても間に合うものでなし、さして広くもないこんなところでは隠れる場所もない。
 レゴラスは気を張りつめ、耳を澄ましながらも一瞬を振り返った。
(彼女は怪我をしているのに……!)
 レゴラスは舌打ちしながらも、少しでも攻撃されるまでの時間を稼ごうと扉の近くに立てかけてあった槍や大斧をボロミアに投げ渡した。人間の男たちはそれらを閂のかわりにし、容易に扉が開かないようにする。
!」
 アラゴルンはガンダルフの後ろでカバンの中を漁っている少女に駆け寄り、予備の小剣を差し出した。
「持っていろ」
 は顔を上げた。
「無理よ。わたし、片手じゃ剣は扱えないもの」
 彼女青ざめてはいるものの、落ち着いた様子でアラゴルンに返す。
「しかし、丸腰では……」
「こっちのほうが慣れてる」
 そういうと彼女は金色に輝く圏を取り出した。それからナイフを二本ベルトに挟み、動かないよう身体に固定していた腕の包帯を外していった。左手を何度か振って、ぎこちない動きに顔をしかめると、痛みを振り払うようにして、両手に圏を握りしめる。
「だけどそれは舞踏用の……」
 困惑したレゴラスに、は苦笑する。
「ええ、でもこれ、軽くて鋼の七倍は固いのよ」
「何?」
 ギムリが驚いて振り向いた。アラゴルンも目を丸くしている。
「暗器……隠し武器なのよ、ようするに」
「戦えるのか?」
 扉と少女を交互に見交わし、ボロミアが叫ぶ。
「淑女のたしなみとしての、護身程度ですが」
 その言葉にアラゴルンが彼女の肩を抱く。
「十分だ。無茶だけはするなよ」
 そして彼が扉前に駆け戻った時、嫌な音を立てて扉がきしんだ。破られるのは時間の問題だった。
「さあ、来るがいい。ここにもまだドワーフがいるぞ!」
 ギムリは雄叫びを上げる。前方にはレゴラスを挟んで左右に人間の男たちが並ぶ。ギムリはバーリンの墓の前で憤然と斧を構え、後方にはガンダルフがホビットとを庇うように立ちはだかっていた。
 ベキリ、と扉の一部が破られた。そのわずかな隙間を、レゴラスの矢が射抜く。
 オークの集団をレゴラスとアラゴルンが矢で牽制できたのも始めのうちのみで、マザルブルの間はすぐに戦闘の場と化した。戦いに慣れているものはその得意の得物を閃かせ、叩き切り、あるいは撃ち、次々と敵をほふってゆく。
 戦い慣れないホビットたちは必死で逃げた。敵の数は減らせないが、死なないことこそが肝心だと、彼らは狭い空間を走り回る。身のこなしが軽いものたちばかりなのが幸いして、敵の攻撃や味方の流れ矢などを上手に避けていた。
 そして自分で宣言したとおり、ある程度の戦い方を知っているはかなり器用にオークを沈めていった。金色の圏を勢いよく叩きつけ、打ち付ける。あるいは円の内側で剣を受け止め、流す。踊るような足取りで狭い空間を軽々と移動し、とっさに対応できないときにはためらいなく逃げた。その後、それらは尽くレゴラスが倒していった。
(……数が多い。)
 予想はしていたことだが、この場で戦うのはどうしても自分たちの方が不利だった。
 は護身程度の身の守り方を知っているのだが、実際に乱戦状況でそれをするのはかなり抵抗があった。
 なぜならそのためには一撃で相手を動けないようにしなければならなくて。そのためには相手の急所を狙わなければいけなくて。そしての身長から無理なく狙える場所といったら、だいたい頭か、利き腕だ。
(なんてことかしら。手加減なんてできるような状況じゃないし、そもそもそこまでの技量があるわけでもないけれど。殺さなきゃ、こっちが殺されるのだけど……。でも、躊躇したのが最初の一人だけだなんて……)
 オークが剣を振りかぶってきたところを蹴り飛ばして距離を取り、すかさず圏を顔面に叩きつけた。圏を通して伝わってくる肉の潰れる感触に、は顔をしかめた。
 破壊と混乱をまき散らす戦いが続く中、扉を破壊する激しい音をさせながらトロルが現れた。入り口近くにいたは、とっさにそれから遠ざかり、レゴラスはトロルに向けて矢を放った。
 トロルは不愉快そうなうめき声を発し、足元近くにいたサムにこん棒を振り下ろした。間一髪のところでサムはトロルの股の下をくぐって避けたが、振り返ったトロルが、今度はサムを踏み潰そうと足を持ち上げた。それに気づいたボロミアとアラゴルンは、トロルの首輪の鎖を引っ張り、阻止しようとする。
 トロルは倒れそうになるところを踏みとどまり、引っ張られている鎖を逆に引っ張った。その弾みで鎖を握っていたボロミアは弾き飛ばされる。
「ぐあっ!」
 叩きつけられたボロミアはその衝撃で意識が朦朧としてしまった。そんなボロミアをオークが狙う。
「ボロミアさん!」
 が駆け寄ってきたがそれよりも先にアラゴルンが投げつけた剣がオークの首に突き刺さっていた。倒れたオークを踏みつけて、はボロミアが立つのを手伝う。
「すまん」
「いいえ。気をつけて」
 ボロミアが無事なことを確認すると、はまた駆けていった。
 トロルは今度はギムリに狙いをつけていた。ギムリを追いかけ、振り下ろしたこん棒がバーリンの墓を打ち砕いた。何人かのオークをぶっ飛ばしながらトロルは執拗に生きたドワーフを付け狙う。
「うお!」
「ギムリ!」
 こん棒をかわした弾みにひっくり返ったギムリをレゴラスが援護した。頑丈なトロルには矢の一本ではたいしたダメージを与えられない。レゴラスはとっさに二本の矢を同時につがえた。それは目標をあやまたずに命中する。
 怒りに駆られたトロルは次にはレゴラスを狙った。一段高いところに移動して短剣に持ち替えた彼に向けて、己の首輪に繋がっている鎖を振り回す。レゴラスはそれをあっさり見切ってかわし、偶然柱に巻きついたそれを踏みつけて押さえると、鎖を足がかりにしてトロルの肩に立った。素早く至近距離から脳天目がけて矢を放ち、痛みに暴れだしたトロルから飛び降りると、がオークに囲まれかかっていることに気づいて連射した。
 その間にトロルは、今度は小さい獲物――つまりはホビットたち――に向かっていった。こん棒をふり下ろすと、獲物はぱっと散ってゆく。トロルは壁の方に逃げた獲物を追いかける。小さい獲物は柱の陰に隠れた。
 トロルは柱の隙間からのぞき込んだが、獲物の姿は見えなかった。だが臭いが獲物がそこにいると告げている。逃げられたはずはないと反対に回った。
 獲物がいた。
 トロルは醜く歪んだ顔に喜色を浮べた。
「アラゴルン! アラゴルン!」
 トロルに足をつかまれ、宙吊りにされたフロドは必死で助けを求める。フロドの叫び声を聞きつけて、アラゴルンが向かって行った。
 大きい獲物に気をとられたトロルは、抵抗する小さい獲物に手を切りつけられて放してしまった。その痛みは針にさされた程度のことだったが、非力な獲物に切られたということに腹を立てる。だが小さな獲物を再度つかまえている余裕はなかった。こんどは大きい獲物がトロルの脇腹を刺してきたのだ。
 焼けつくような痛みに、トロルはがむしゃらに腕を振る。大きい獲物が当たって、飛ばされていった。
 トロルは腹に刺さった槍を抜くと、小さい獲物目がけて突き刺した。小さい獲物はそれを避けたが、トロルは逃げられないように道をふさぐ。小さい獲物を壁際に追いつめて、トロルは無造作に槍を刺した。
 それは力をいっぱいに込めなくても小さな獲物に深々と突き刺さった。
「フロド!」
 フロドは苦しげに二、三度口を動かすと、前のめりに倒れた。
 誰もが呆然としたのは一瞬のこと。大事な仲間で、友人で、指輪所持者のフロドのかたきを討とうと、猛然とトロルに反撃する。
 ギムリとガンダルフとボロミアが切りつけ、メリーとピピンはトロルの背に乗りあがってめったやたらに刺した。
「フロド! フロド!」
 はピクリともしないホビットの青年を抱き起こした。見紛いようもなく、槍はフロドの胸に突き刺さっている。最悪の事態が起きてしまった。
 ピピンが一際深く首に短刀を突き立てると、うなり声を上げてトロルは仰け反った。そこにすかさずレゴラスが、無防備な喉を目がけて矢を放つ。トロルは最期の雄叫びを上げながらふらりふらりとよろめき、倒れた。そしてそれきり動かなかった。
「フロド!」
 ガンダルフがフロドの元へ駆け寄る。はフロドを抱きかかえたまま、彼ならなんとかしてくれるだろうという希望を求めて魔法使いを見上げた。
 そのとき、フロドが小さく呻いた。
「フロド!?」
「大丈夫……。生きているよ」
  がのぞきこむと、フロドは苦しげに胸を押さえながら、それでもはっきりと自らの無事を告げた。
「フ、フロド……。良かっ……良かったぁ」
「てっきり死んだと……。あの槍で突かれて無事だとは……」
 アラゴルンは半泣きになってフロドを抱きしめているから、そっと少女の腕を外してホビットの傷の具合を診ようとした。
「まさに奇跡じゃ。いつの間に魔法を覚えた」
 安堵したガンダルフは、次の瞬間に破顔した。フロドが服のボタンを外して、その下に着ていたものを見せたからだ。銀灰色の、キラキラと光る鎖帷子――。
「ミスリルか!」
 現存するものが少ないモリアの遺産。その一つが目の前にある。奇跡のような出来事にギムリは目を見張った。
 しかしいつまでも無事を喜んでばかりもいられなかった。またも太鼓の音がとどろき、第二陣が近付いてきている気配がしてきたのだ。
「橋へ急ごう」
 ガンダルフの一言で、仲間たちは一斉に動き出した。
 アラゴルンはフロドとを立ち上がらせ、他のものは散乱した荷を拾い集めた。
(……あれ?)
 歩き出そうとしたは、自分の視点が急に低くなったのを不思議に思った。
「どうした?」
 それに気づいたアラゴルンが戻ってくる。
「どこか、怪我を?」
 ひざまずいたアラゴルンを見て、はようやく自分が座り込んでしまったのだと理解した。
「ちがっ……」
 ぶんぶんと頭を振る少女は一見元気そうだが、よく見るとその顔からは血の気が失せ、立ち上がろうと身体を支える腕は小刻みに震えていた。
「立てないのか?」
「ごめ……っ。お願い、先に行って」
 は情けなくて涙が出てきた。こんなときに身体がいうことを利いてくれない。時間がないのに、足が動かない。
「そんなこと出来るわけがないだろう!」
「私が抱えていくよ」
 言うなりレゴラスはを横抱きにした。それに対して彼女はいつものように抵抗する。
「ちょ……駄目よ、レゴラス!」
、言い争っている時間はないよ」
「駄目ったら駄目! まだ敵が大勢いるのに! わたしを抱えていたらレゴラスが戦えなくなる!」
 レゴラスは絶句した。
「レゴラスはフロドを守るのが役目でしょう。わたしの為に戦力を割くようなことは止めて! わたしを下ろして、早く行って!」
、何を言……」
「行って!」
!」
 レゴラスの鋭い声にはたじろいだ。
「こんなところに君を一人にするためにモリアに入ったわけじゃない。エルフは人間の女の子を一人抱えるくらいなんてことないんだ。嫌だと言っても連れて行く。これ以上議論する気はないよ」
 いつにない強い調子でまくし立てると、レゴラスはさっさと扉に向かい、それから怪訝な表情で振り向いた。
「何をしているんです。橋に急ぐのでしょう?」
「あ、ああ。そうだったな」
 我に返ったアラゴルンがみんなを急き立てた。
「あ、。走りにくいから首に腕を回してもらえるかな」
「あ、はい」
 すっかり毒気を抜かれたはこくこくと頷いて言われたとおりにし、レゴラスは小柄な少女の身体を抱えなおすと勢いよく走り出した。
 マザルブルの間を後にした一行は、考えられる限りの速さで廊下を駆けていった。後ろから甲高いオークの声が追ってくる。目の端には床から湧き出るように現れるオークの姿が写った。
 ふいにの身体がびくりと震えた。首に回されている彼女の腕に力が込められる。
「嘘でしょう……。何よ、あの数……」
 呆然とつぶやく声が聞こえた。レゴラスは確かめようと首をめぐらすと、どこにこれほどの数のオークが潜んでいたものか、後ろからも横からも、上からも前からも、次から次へと現れてきたのだ。
 逃げられないと悟り、戦闘要員たちは背中合わせに円陣を組む。
「立てる?」
 レゴラスの問いかけには頷くと、は円陣の中に下ろされた。男たちは手に手に得物を構えてオークを牽制する。も震える手を叱咤して、圏を取り出して握りしめた。
 一触即発の睨み合いになった。ギムリが雄叫びを上げると、オークは一瞬静まり、波が引くように逃げていった。どんなもんだと得意げになったドワーフをよそに、老魔法使いは眉間にしわを寄せて目を閉じた。自分たちが走ってきた方向から、赤い光と、地を揺さぶるほどの足音がしてきたのだ。
「今度はどんな化け物だ」
 ボロミアが皮肉げに呟く。
 声が聞こえた。それを声と呼ぶのならば。
 近づいてくる。大いなる、しかし明らかに邪悪な力を秘めたものが。
「あれは……」
 レゴラスは我知らずつがえていた弓を下ろし、呆然となった。対峙しなくてもわかる。これは自分の手に負えるものではない。
「ドゥリンの禍だ」
 ギムリの顔が絶望に染まった。
「バルログじゃ。お前たちでは相手にならん。逃げよ!」
 ガンダルフの一喝で全員が我にかえる。レゴラスはまたを抱えたが、今度は何の抵抗もされなかった。
 全力で駆ける彼らの前にも不気味な赤い光が近づいてくる。だんだん暑くなってきていた。それは走っているせいばかりではない。
「うわあっ!」
 先頭を行くボロミアが悲鳴をあげた。
「ボロミア!」
「ボロミアさん!」
 アーチ口を抜けた先は壁に沿って曲がっており、まっすぐに走っていったボロミアがたたらを踏んだのだ。レゴラスとがボロミアをとっさにつかみ、諸共に後ろに倒れた。
「ボ、ボロミアさん、重い〜〜!」
「すまん、
「早くどいてくれ、ボロミア」
 三人がじたばたと起き上がっている間に、ガンダルフはアラゴルンを呼び寄せて告げた。
「みんなを率いて行け、アラゴルン。橋はあれだ。行くのじゃ。剣はもう役に立たぬ!」
 ガンダルフは躊躇するアラゴルンを押しやり、他の者を先に進ませると自らが殿りについた。急な階段を駆け下りる。だがその階段は途中で壊れて道が消えていた。
「大丈夫。飛び越せるよ」
 レゴラスはボロミアを追い越して先頭に立つと、抱える少女に耳打ちした。
「しっかりつかまって」
 は言われたとおりにぎゅうとレゴラスにしがみつく。レゴラスはを抱えたまま、途切れている階段を飛び越えた。
「油断しないで。後ろを頼む」
「うん!」
 レゴラスはを下ろすとジャンプしたガンダルフを受け止めた。は階段をいくつか下り、向こう側から敵が現れないか見張った。
「レゴラス、あっち!」
 オークの襲撃は橋に直接仕掛けられた。周囲を囲む壁には射手が並び、高い位置から矢を射掛けてくる。それにレゴラスとアラゴルンが弓で応戦した。
 二人が敵を引きつけている間にボロミアがメリーとピピンを抱えて飛んだ。階段が少し崩れ、破片が奈落へと吸い込まれてゆく。
 もろくなっている橋は、時間が経てば経つほど飛び越せなくなるほど破壊されてしまうだろう。攻撃の手を止めて、アラゴルンが飛び越えるタイミングを計っていたサムをためらいなく投げる。次にギムリを投げようとしたが断られた。ドワーフは自力で跳躍する。だがそれはぎりぎりまでしか届かなかった。
「髭を放せ!」
「だったらちゃんと飛びなよ!」
 髭をつかんで落ちかけたところをレゴラスが阻止する。けれどいさかいを続けている余裕はなかった。奥のほうからバルログの足音が響く。その振動でさらに階段が崩れ、天井からひび割れた石が落下してきた。
 階段の亀裂はもう飛び越すことが不可能なほどの幅になっていた。ひときわ大きな岩が、最後に残っていたアラゴルンとフロドの後ろの階段を破壊していった。その衝撃でわずかに支柱に支えられている部分が右に左にゆらりと揺れる。支柱の一部も崩れ落ち、孤島となった階段が自重で下方へ傾いていった。階段と階段がぶつかる瞬間を見計らい、最後の二人も無事に飛び移る。
「橋を渡れ! 早く!」
 バルログはすぐ後ろまで迫っていた。細い橋を一列になって渡って行く。
 ガンダルフは橋の中ほどで立ち止まり、右手にグラムドリング、左手に杖を持ち、しっかとバルログと対峙した。
「貴様はここを越えることはできぬ」
 ガンダルフの杖が一際強く光を放つ。
「わしは神秘の焔に仕える者。アノールの焔の使い手じゃ。暗き火、ウドゥンの焔は貴様の助けにはならぬ」
 バルログは炎の剣を振り下ろした。ガンダルフはグラムドリングでそれを受け止める。
「闇の中へ戻るがよい! 貴様は渡れぬぞ!」
 叫ぶ魔法使いにバルログは炎の鞭を振り回して威嚇する。
「ここは断じて通さぬ!」
 ガンダルフは杖を高く掲げて橋に突き立てた。バルログはたじろぐことなく一歩を踏み出すが、その足元から橋が崩れ落ちた。
 時間にすればわずかの間だが、過ぎるのが長く感じた。肌にひりつくような熱気と威圧感を浴びせてくる魔物は恐ろしい咆哮を上げながら、崩れた橋岩とともに何処まで続くとも知れない奈落のそこへ落下してゆく。
「やった……の?」
 はか細い声で呟いた。しかし敵の排除を喜ぶ暇もなく、息をのんだ。
 崩れた橋に背を向け歩き出したガンダルフの足首に、最後の抵抗で振り回したバルログの炎の鞭が巻きついたのだ。
「ガンダルフ!」
 ガンダルフは橋にしがみつき上に上がろうと試みるが、つかむところなどないそこでは、むなしい足掻きだった。
「ガンダルフ!」
「駄目だ、行くな!」
 ガンダルフの元へ駆け出そうとするフロドを、ボロミアが止める。
「ガンダルフ! ガンダルフ!」
、駄目だ!」
 半狂乱になって叫ぶをレゴラスは無理やり押さえつけた。ガンダルフは不思議と穏やかな目で一行を見つめ、
「逃げろ、馬鹿者ども」
 優しさすら感じる声でそう一言言い残して、落ちた。
「ガンダルフ! 嫌あああーーーーっ!」




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