女は意識を研ぎ澄ませていた。細い、細い、一本の糸を大海原から捜すように。
「……」
 女の背後には男がいた。落着かなげにうろうろと同じところを何度も往復している。
「……」
 うろつく男が女の気にさわる。だが気持ちはわからなくもないので放置していた。
「…………」
 男はため息をついた。探索が始まって一週間。だが捜索は少しも進展していない。事は一刻を争う。早く、少しでも早く彼女をみつけないと。
「ちょっと……!」
 彼の気持ちはわかる。けれどいい加減にしてほしい。
 女は作業を中断して男に声をかけた。途端、男は弾かれたように女の前に駆け寄った。
「見つかりましたか!?」
「……まだよ」
 女は心底疲れたように、ため息をついた。それからきっと睨みつける。
「あのねえ、そうやってうろうろされると、気が散って仕方がないのよ。あの子が見つかったらすぐに知らせると言ったでしょう! 家に戻って仕事でもしてなさい!」
 叩きつけるように命令するも、男は聞かなかった。
「仕事? そんなことしていられますか! あの子がいなくなってもう一週間以上経っているんですよ。それもどこだかわからない世界に! わたしはもう心配で心配で心配で心配で……!」
「やかましい」
 女はあっさりと切って捨てた。男はややつりあがり気味の目で恨めしそうに女を見返す。背の高い男のすねた子供のような様子に、まったくこの男はと頭が痛む思いがしながらも、女は少し表情を和らげた。
「わたくしがあの子の事を心配していないよう言うのはよしてちょうだい。あの子はこのわたくしにとっても妹のようなものなのだからね。自分ばかりが不安だなどと思わないで。大体、あんた、あの子が生きているってわかるのでしょう?」
「ええ、生きていますよ」
 男は苦しげに眉根をよせる。
「『生きて』はいます。でも、わかるのはそれだけなんです。あの子は人間です。わたしたちと違って人間は死にやすい。今だって怪我をしているかもしれない。病を得ているのかもしれない。でも今のわたしにはそれを知る術はなく、わたしの守りはあの子には届かない。確かに今は『生きて』います。でもその一瞬先で、わたしはあの子の命が途切れたことを知るかもしれない。それが怖いのです。たまらなく怖いのですよ」
「……だけどこうも考えられるわ。あの子はすでに一週間以上、別の世界で生き延びているのだから、少なくともあの子が飛ばされた先は人間が生きていけるような環境なのだわ。それに意思の疎通が可能な生物もいる。あの子、妙に保護欲をそそるようなところがあるから、案外いい人に拾われているのではないかしら。まあ、最後のは希望なのだけど」
「意思疎通可能な生物……。それもまた問題があります」
「え?」
「人間の彼女と意志の疎通が可能なら、彼女の可愛らしさも当然わかるに決まっています! ろくでもない奴が下心を隠して近付いてきても断れない状況に陥っていたりしていたらどうしよう! ああ、ひいな。もしそんな奴に出くわしたら、問答無用で返り討ちにするのだよ! いや可能性としては人間型の種族がいるとは限らないのだから、珍しい生き物として見世物とかにされているのかも! それでやっぱりろくでもない輩が、あの子が今巫女術を使えないことをいいことに手篭めにしようとしていたりしたら……! あああ、どうしよう。どうしよう!」
「……あんたね」
 物事を悪い方に考えようとすればいくらでも考えつく。男の心配はわからないでもなかった。けれどここで嘆いてなんになろう。異なる世界を越えて探索の糸を伸ばせるのは女だけ。男がこうして女の気を散らせば散らすほど、行方不明の少女を見つけるのに時間がかかる。
 女は心底疲れたように、ため息をついた。そして決心する。
 捜索の邪魔になるので、男は強制的に放り出してでもここから出て行ってもらおう、と。




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