madameとmademoisellle
これは、一応説明しといた方がいいかな、ということで、ここのページは出張版19世紀の歩き方♪です。
割と知られていることと思いますのでざくっと言ってしまいますと、madameは既婚女性に、mademoisellleは未婚女性につける敬称ということになっています。
よく知らない相手で、既婚か未婚か分からない時には、だいたいどのくらいの年齢かを考えて使い分けろ、とか聞きますけど(実際はどうなのかな〜)。
が、作中でベルナールが(平たく言うと)「(ヒロインと)セックスはしましたか?したならもうヒロインは「お嬢さま」ではないので、「奥様」とお呼びしないといけないのですが」というようなことを書いてきます。
結婚してないのにセックスしたらもう奥さまかい、と突っ込んだ方もいるでしょう。
これ、つまり日本的に考えると、同棲しているカップルの女性側に向かって、「奥さん」と呼ぶようなものです。結婚するつもりで同棲しているならば、それでもいい、という人もいるでしょうが、それでもあまり一般的な呼び方ではないように思います。(そのカップルが同棲しているだけなのか、結婚しているのかよく知らない人が言うのであれば別ですが)
でも、どうやら19世紀のフランスでは、結婚していなくても「奥さん」はありだったようです。
こういう、いわゆる婚前交渉だとか婚前妊娠といったことに関する、実例報告などはあまりないので(予想はつくと思いますが、カトリック国のフランスにおいて、こういうのがバレるのは不名誉なことなので、実態がよくわからんのです)専門書を読んでも、あんまし詳しくは載っていません。また、婚前妊娠というわかりやすい結果に至ってしまった場合の周囲の人びとの反応というのも、やはりよくわからないのです。
というわけで、参考資料が小説になってしまうのですが、若くて未婚でもマダムと呼ばれるケースをいくつかご紹介しましょう。
まずは、エミール・ゾラの小説「ナナ」の主人公ナナ。
彼女は14歳で家出して(この時は結構な爺さんの妾になったようです。このエピソードは「居酒屋」の方に載っています)、その後何人の男性と関係したのかはよくわかりませんが、16歳のときに子供を生んでいます。「ナナ」が始まった当初は誕生日が来たかどうかわかんないですけど、16か17。
「ナナ」においてナナはヴァリエテ座(現存する劇場)で女優としてデビューし、また高級娼婦としても有名になります。つか、この時代はまだ女優の芸術性は認められていなくて、「女優=娼婦」的な見方をされていました。
そんなナナは小間使いのゾエにマダムと呼ばれています。
娼婦繋がりで有名なのがアレクサンドル・デュマ・フィスの「椿姫」。
原タイトルが"La Dame aux camelias"といいます。(dameにma(「私の」の意)がくっついたのが「madame」です。)未婚でも、やっぱり「お嬢さん」ではない。
他にも、うーん、これを参考としてあげてもよいのかちと微妙ですが、再びゾラ作の「大地」にも『婚前交渉あり=結婚したとほぼ見なされる』という例が出てきます。
この作品は舞台が農村で、パリは全然関係ないのですけど、えーと、この話の主要登場人物であるビュトーという男はヒッジョーに土地をほしがっていまして、自分の父からの生前分与分された分と嫁の土地を合わせただけでは足りないと、嫁の妹と「自分は関係を持ったんだぜ」と言いふらして(しかし、事実ではない)、関係をもったんだから、義妹も自分の嫁みたいなもんだと言いふらしまして。
こうすれば、義妹の分の土地も自分のものにできると考えたとんでもない男なのですが…。
たとえ義妹と関係を持ったところでそれはそれ、これはこれ、と思うのが大多数の日本人と思うのですが、フランスの農村はすごかった。
周囲の人間は、そのことを「ああそうなるかな」と納得してしまいます(汗)
この義妹も土地をこんな男に取られたくないと、しっかり対抗策として別の男と結婚するのですが…。
余談ですがこの作品、ものっすごく胸くそが悪くなります。救いが全然見当たらない。何度本を壁に叩きつけてやろうかと思ったことか…っ!
また、クリスティーヌ(オペラ座のヒロインのよ)もマダムと呼ばれているシーンがあるということに、最近気付きました。
角川版だと「お嬢さん」と訳されていたので気付けなかったのですが、創元推理文庫版だと「マダム」と訳されているところがあるのです。
10章の「仮面舞踏会で」でのこと。
エリックを見つけたラウルが彼を捕まえようとして飛び出そうとしたときにクリスティーヌが妨害した時のラウルの台詞。
「もちろん彼だろう?あの醜いどくろ面の下に隠れている男だ!……ペロスの墓地の悪霊だよ!……赤い〈死〉だよ!……最後に、君の友人だよ、マダム……きみの音楽の天使さ!(後略)」
あとこの後にも少しあります。
この時のラウルは、クリスティーヌはもうエリック(この時点では名前を知らないわけだけど)の女になっているのだと思ったのだろうな。
別のシーンでも、クリスが清らかな身であるかどうかやたらと気にしていたからなー。
これらのことを総合して考えると、当時は結婚していようとしていなかろうと、男性との性交渉が持てた(あるいは持ったと考えられた)女性は、「子供(お嬢さん)」ではない。と見なされたのではないかと思います。
基本的に無能力者(なんて嫌な言葉…)という位置づけに置かれていた当時の女性が一人前とみられるには、単に年を取るだけではなくて、結婚することが肝要で、結婚していなくてもそのうち結婚するのであれば、それは結婚したのと同じだという流れになったのかな、と。
ちなみに、これは貴族とか富豪などは当てはまらないと思います。あくまで労働者などの、あんまり財産のない人たちの場合。
財産や名誉を持っている女性たちは、結婚前は厳重に監視されていて、まず婚前交渉を行う隙がなかったのだそうです。ただし、結婚してからは愛人を自分の部屋に堂々と連れ込むこともできたそうで、まあこの辺はさすがフランス、といったところでしょうか(笑)
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