動物って、いいなぁ。

と思うときがたまにある。





さっきからずっとエリックがアイシャと遊んでいる。
というか、アイシャが構って攻撃を繰り広げているので、それにつきあっているという感じなのだが。
エリックは書き損じの楽譜かなにかをこよりのようにして簡易猫じゃらしを作って振っており、それを捕まえようと、時折後足で立ちながら、お猫さまは追いかけるのだ。
なかなか捕まえられないでいると、手加減してよと甘えるように頭を彼の手にすりすりする。
エリックがやれやれと言いたげにしながらもなでてやると、彼女はさも嬉しそうに目を細めるのだ。
そしてわたしはそれをずっと眺めている。

ため息が一つ、こぼれた。

なにしろ、わたしが混ざろうとすると、アイシャは不機嫌になるんだもの。
つまんない。
それでもここに来た頃には、そのうち慣れてくれるだろうと思っていたのよ。
だけど、全然。
不規則な生活をするエリックに代わって、彼ができそうもないときには、ご飯や水の用意をしているのに。トイレ箱だって掃除しているのに!
猫ってこんなに頑固な生き物だったの? 飼ったことがないからよくわからないわ。

あーあ。
エリックはいいなー。
アイシャと遊べて。



それにアイシャも、いいなぁ。
エリックにあんなに甘えられて……。

あんなに素直に、というかあからさまに飛びついたりすりよったりとか、わたしには無理だもの。
彼の機嫌がどうとか、そういうことをしたらどう思われるとかなんて、気にしていないのよね。
いや、気にしようがないのだろうけど。
だって、猫だし。

「いいなあ、アイシャ」

「うん?」
エリックが顔を上げてこちらを見た。
あ、あれ?
わたし、今、口に出しちゃった!?
「どうかしたのか?」
不思議そうに訊ねるエリック。
「アイシャがいいなあ、とか聞こえたような気がするのだが」
「う……」
どうせなら、聞き逃してほしかったわ。どうしてしっかり聞こえているのよって……静かだからに決まっているか。基本的に外からの音がないもんね、ここ。
「な、なんでもな……」
「気になるから、教えてほしいな」
こよりを動かしながらも、彼の目はまっすぐにこちらを見ている。
「う……」
そんでもって、彼に見据えられると逆らってはいけないような気分にさせられるのだ。なんてやっかいな人!
わたしは渋々白状した。
「アイシャは猫だからいいなぁって……」
なにがどう『いい』のかは、伏せておく。だって、恥ずかしいもの。
「猫、だから?」
彼は首を傾げた。
「お前は猫になりたいのか?」
「そ、そうじゃなくて……」
なんだか、こちらの予想の斜め上の解釈をされてしまったようだ。
「違うのか?」
えーと、どう説明すればいいんだろう。




☆  ☆  ★  ☆  ☆






猫だからいいなあ、とはどういう意味なのだろう。
彼女に尋ねるも、難しい顔になって黙り込んでしまった。
に気を取られていることを不満に思ったのか、アイシャが私の膝の上に乗ってきて、まだ遊び足りないのと言いたげに額をすり寄せてきた。
ビロードのような感触の毛が生えそろっている背中をなでてやると、満足そうに喉をならす。
……が猫だったら、か。
そうだな、それなら少なくとも姿かたちがスマートで気位が高いシャム猫ではないだろう。いや、これはアイシャをけなしているわけではなくて、それぞれの良さの方向性が全然違うのだという事を言いたいだけだ。
彼女だったらもっと顔や顔つきが丸っこい、柔らかい雰囲気の猫ではないだろうか。毛並みは、やはりクリーム系か? 頭が黒……というのも柄によっては間抜けに見えるだろうから、耳が黒、もしくは濃い色をしているのがいいだろう。尻尾はしなやかで長く、目は丸くて黒く、なんにでも興味を示してきらきらしているだろう。
猫年齢で考えれば、まだ子猫だろうから、きっと毎日が大騒ぎになるだろう。
いじってほしくない書類をごちゃまぜにされたり、足跡を付けられたり、びりびりに破かれたり。
こちらが眠いというときにエサを催促されて、起きるまでずっと鳴いていたり。
枕元に捕らえたねずみやらなにやらをおすそわけされたり。
ああ、それにだ。
きっとアイシャと一緒になって、盛大に追いかけっこでもするのではないだろうか。
家具に飛び乗って、上に置いてあるものを蹴落としたりするのだろうな……。アイシャ一匹でも毎月かなりの被害額が出ているのだからそれが二匹になったりしたら……。





いかんいかん。
なんだってこう、悪い事ばかり思いつくのだろうか。
彼女の返答を待っている間のちょっとした空想だったはずなのに。

今度は逆に利点を考えてみよう。
が猫だったら、そうだな……。まず、人間である今よりもずっと素直に甘えてくれることだろう。彼女は言葉や眼差しはとても優しくて気遣いにあふれているのに、態度がそれに追いついていないように思うのだ。
端的に言えば、もっと恋人同士らしく触れ合ってもいいのではないかと思うのだが、そうならないのだ。
はじめは、私を好きだとは言うものの、それはやはり言葉の上のことであって、彼女よりずっと年上で、さらに醜い男である私に触れるのは嫌なのではないかと悩んだりもしたのだが、そうではなくて、そういう性格、もしくは国民性らしいということがだんだんわかるようになってきたのだ。
恥ずかしがりというか奥ゆかしいというか、そういう、恋愛事を言葉や態度に表すのが非常に苦手らしいのだ。
だからこそ、たまに言ってくれる言葉や行動が思いがけなくて、妙に感動させられるということもあるのだが。
だが、それではやはり物足りない。
こちらが参ってしまうほど甘えてくる……。そんなものが存在するとしたら、何万フランを払っても惜しくはない。





だが、これには致命的な欠点があることも、私は忘れてはいない。
猫では、恋人同士にはなれない。もちろん結婚もできない。
二本の手で抱きしめてもくれないし、(人間語で)優しい言葉もかけてはくれない。
キスもできない。いや、できないことはないが、どうせするなら猫よりも人間の唇の方がいい。





「駄目だ!」
「え、何が?」
「何か悩み事があるのなら言ってみなさい。私にできることならなんでもしよう。だから、頼むから、猫になりたいだなんて言わないでくれ!」
「悩み事っていうほど大事ではないんだけど……」
目を白黒させては私を見上げていた。
気がつくと私は席を立って彼女のところまで駆け寄って、しっかり手を握りしめていた。
立ち上がった拍子に転がり落ちてしまったのであろう、アイシャが怒った様子でニャアニャア鳴いている。
は私とアイシャを何度か見比べると、ふにゃりとした気の抜けるような笑みを浮かべた。
「アイシャが怒ってるわよ。戻ってご機嫌を取ったほうがいいんじゃない? 拗ねると長いでしょ、彼女は」
「まあ、お前も相当だが」
「何か言った?」
にっこり、と笑う彼女はすっかりいつもの調子を取り戻していたようだった。
訳がわからないまま、背中を押し出されるようにして、元いた場所へ戻る。
片膝をついてアイシャの顎の下をなでると、彼女の機嫌は徐々に直っていった。
『また構ってくれるなら、怒るのをやめてあげてもいいわよ』
こちらを見上げている目は、そんな風に言っているようだった。




☆  ☆  ★  ☆  ☆







ご機嫌斜めになったアイシャをなでているエリックを見ながら、わたしはため息をついた。
でもこれは、さっきのため息とは別のものだった。
エリックが彼女を構っているとのけものにされているようで寂しいとか、お猫さまが全然懐いてくれなくてつまらないとか、そういう些細なことでくよくよしていた自分が馬鹿らしくなったというか……。
だって、エリックは必要な時にはちゃんとわたしを見てくれるもの。

怒りを解いたアイシャが、甘えるような鳴き声をあげる。
するとエリックは傍目にもほっとしたような顔になった。

彼も大変ね。わたしと彼女に熱烈に愛されて。取り合いされていること、気がついていないでしょ?
でも、教えてあげない。
そんなのフェアじゃないもの。
わたしたち、人間と猫だけど、れっきとしたライバル関係なんだから。





……でも、友達になることは諦めてないんだからね、アイシャ。



親馬鹿もいいところですが、猫Lがだんだんマジで二次ヒロインに見えてきてしまった、んです、よ……(汗)
さすがに日常シリーズにいれるわけにはいかないので、こっちに持ってきました。

猫とエリックといえば、ケイ女史の「ファントム」。
てことで、アイシャに嫉妬した時のクリスの台詞を彼女に言わせようと思ったのですが……。
そうか、「尻尾とダイヤと首輪があれば」なのか。
なんか、「猫の耳と尻尾」だと思い込んでいた。(←色々と終わってるな)
尻尾とダイヤはともかく、首輪はさすがにやばかろうと自粛しました。まあ、一番書きたかったのは、彼女が猫になったら、と妄想しているエリックなので最初の目的は達したと。

にしても、我ながらグダグダな文章だな〜。






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