「突然だから、驚いたわ……。ありがとう、ラウル」
わたしはまだ実感がわかなくて、戸惑い気味にラウルに微笑んだ。
「ただ、これは普段は見えないところに隠しておくことを、許してほしいの」
ぱっと明るくなったラウルの表情はわたしの一言で陰りを帯びた。
「どうして?今になって結婚が嫌になったのかい?」
「そうじゃないの。ひどいことを言ってるってわかってる。でも、まだあの人が……」
「あんな殺人鬼をまだ気にしているのか」
「お願い、そんな風に言わないで!」
嫌悪も露な彼の口調に心が引き裂かれるように痛む。
どうあっても彼の罪は許されることも庇うこともできない。
それでも嫌えないのだ。
この矛盾した感情は彼を知らないものには到底理解できないだろう。
「あの人にちゃんとお別れを言いたいの。それまではこれを指にはめることはできないわ」
「別れって、まさか地下に行く気なのか?」
「もう三ヶ月経つわ。亡くなっているかもしれないのよ」
「でも生きているかもしれない」
ラウルは頑固に首を振った。
「それならなおのこと、お別れを言わないと。わたしに歌を授けてくれた人ですもの」
わたしは胸元を握りしめた。
その時のことを思うと、気が遠くなりそうだった。
「僕は反対だ」
「まだ勇気が出ないの。でもいつかやらなくてはならないことだわ。目を背け続けても、あの人の影が追いかけてくるだけ。向き合わなくちゃいけないの。わかって、ラウル」
ラウルは苦いものをかみ締めるように顔を歪ませ、唸った。
「わかった……。それですべてが終わるのなら。、その時は僕も行くよ。たとえ君が反対してもね」
「ありがとう。本当に」
優しく辛抱強い恋人に言い尽くせないほどの感謝を感じて、わたしは跪いて彼の身体を抱きしめた。
