シャンデリアの落下とわたしがさらわれたことは大変な事件とされ、パリを出るまではラウルの所有しているこじんまりとした屋敷から出ないようにすることになった。
《ファントム》は地下を念入りに調査をしても見つからず、新聞各紙は彼が逃げたとも死んだとも伝えている。
だけどわたしには感じる。
エリックは死んではいないのだと。
あの人は、絶望してわたしを逃がしたわけではないのだ。
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
それから四週間後―。
ラウルとわたしは小さな教会でひっそりと結婚式をあげた。
参列者は事情を知っているマダム・ジリーとメグの二人だけ。
事件後、ラウルはシャニー家の跡取りとしてやらなければならないことが多く、オペラ座の今後についてどうするかを決めることもその一つだった。
その折にマダムには参列してほしいとお願いしたのだという。
メグもマダムに話を聞いたのだろう。
オペラ座に住まう天使と夢見がちな女の子の物語を―。
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
式が始まる前のこと―。
「、綺麗よ」
正装したメグがそっと囁いた。
今日のドレスはラウルが用意したものだ。
形は四週間前のとは違い、指には婚約指輪がーエリックが返してくれたものだ―がはまっている。
もうすぐこれを外し、代わりに金色の指輪が左の薬指にはまることになる。
わたしたちは再会しても事件の話は少しもしなかったが、気遣うような、だけど心から祝福するようにメグは微笑んでいだ。
「ありがとう、メグ」
「……遠くに行っちゃうんだね」
「ええ……」
結婚式が済んだら、わたしたちはわたしの生まれ故郷であるスウェーデンに移り住むのだ。
懐かしい地で静かに暮らすために……。
「、結婚おめでとう」
いつものように一分の隙もなく身支度を整えているマダムは、厳格な顔の中にも少しだけ柔らかさが増したように思えた。
彼女も、誰にも話せない重荷を背負っていた人なのだ。
わたしたちはエリックのことに関しては同士だったのだ。
マダムはじっとわたしを見詰めると、感慨深く瞼を閉じる。
そして腕にかけていたショールから……
黒いリボンを結んだ薔薇を取り出したのだ。
「マダム、それは!」
「言うまでもないことですが、わたくしからではありませんよ」
マダムが差し出す薔薇に、わたしは夢ではないかと恐る恐る手を伸ばした。
だけど指に薔薇が触れると、堰を切ったようにエリックとの思い出が胸の中に溢れてきた。
わたしは薔薇を抱きしめ、花びらに口付けをした。
わたしの天使からの祝福に感謝を込めて―。
