イムラヒルとの会見のあと、エオメルはロシリエルの部屋へと向かった。気分は暗く、足は重い。
しかし対応に出てきた侍女に、姫は気分が悪いので誰とも会わないと告げられた。それが破談による心痛だけなのか、本当に具合が悪いのかわからず、エオメルは見舞いを申し出る。もしも看護の疲れなどが出ているのであれば、ローハンの王として礼を言わねばならないと思ったからだ。
しかし侍女は穏やかな様子を見せていたが、必死に訴えるような眼差しでエオメルを見上げる。最初は主人の命令と他国の王の願いの間で板ばさみになっているのだと思っていたのだが、業を煮やしたのか小声で責めてきたのでようやく理解した。
ロシリエルは自分に会いたくないのだと。
考えてみれば当然だ。二人は破談したばかり、普通に会うだけでも気まずいはずなのだ。そして破談の原因は、形の上ではロシリエルからの拒絶であり、しかし真相はエオメルが他の女を好いているせいだった。そんな相手と誰が好き好んで顔を合わせたいというのか。
エオメルは己の朴念仁ぶりに思い至り、頭が痛む思いだった。せめてもの救いは、ロシリエルがこんな鈍感な男の妻にならずに済んだことだろうと、なんとか自分を慰める。
日を改めて訪ねる旨を侍女に伝えて、エオメルは立ち去った。次に会うときこそは、もっと察しよくあろうと心に決めて。
その「次の機会」は意外なほど早く訪れた。とロシリエルが欠席したため、華を欠いた夕餉から早々に戻り、人払いをして自室でぼんやりしているときだった。窓にぱらぱらと何かが当たる音がした。雨が降るような雲模様ではなかったのにと、エオメルは窓を開けてみた。
「……ロシリエル殿」
秋の夕暮れは短い。とうに日が暮れ、真っ暗な空の下に、ドル・アムロスの公女は立っていた。どれくらいそうしていたのだろうか、白い肌は青ざめ、大理石の彫像のようになっている。しかし唇だけは紅を刷いたように赤い。
彼女は何かを言おうとするように唇を開いた。だが言葉は出てこず、再び閉ざされる。
エオメルははっとしてようやく自分を取り戻した。
「すぐにそちらへ参ります!」
それだけ言うと、エオメルは手近にあったマントや上着を取った。外は寒い。ドレスにショールだけの格好では冷え切ってしまうはずだ。
イシリアンの館は南に位置しているせいか、マークよりも開放感のある造りになっている。窓は大きく、一階ならば直接外に出られる部屋すらあった。だが生憎ここは二階。それに広さもあるので、遠回りをしなければならなかった。待たせている間にもどんどんロシリエルは冷えてゆくはずだ。傷つけた上に肺炎にでもかからせたらと思うと、エオメルはいてもたってもいられなかった。
ところが丁度彼が部屋から出ようとした時、外に控えていた侍従がエオウィンが訪問していると告げてきた。
「どうかなさいましたか、エオメル王」
マントや上着を抱えた主を、まだ若い侍従は怪訝そうに訪ねる。
「……少し肌寒いと思ってな」
「左様でございますね。南のイシリアンといえど、秋も深まれば寒さが身に染みてまいります」
そしてエオウィンのことはどうすれば良いのかと目で訊ねてきた。エオメルは考えをめぐらす。彼女の用というのは、多分、おそらく、絶対、ロシリエルの件だ。イムラヒルかその息子たちから聞かされたか、自分で勘付いたか……後者のような気がするが。エオウィンは自分に似ず、異性の気持ちを察せられるようだから。
だがロシリエルとの話も終わっていないのに、妹に一方的な報告をする気にはなれなかった。また自分の問題は自分の力で解決するべきだとエオメルは思った。妹には悪いが、ここは帰ってもらおう。
「……あ、兄は気分がすぐれないので、面会ならば明日にしてほしいと伝えてくれ」
気分の悪そうな顔色などしていないので、下手な言い訳にもほどがあるというものだが、侍従は深く追求することなく一礼すると、それを伝えに退室していった。
耳を済ませるとエオウィンが侍従に食って掛かる声が聞こえる。国王命令なのだから侍従が頑張ってくれるだろうが、しかしこのままではいつ外へ出れるかわからなくなった。それに、もう随分ロシリエルを待たせてしまった。
「よしっ」
エオメルは窓を開けると、ロシリエルに向かって少し離れるよう手で示した。数歩下がったロシリエルに、これで大丈夫だろうと、エオメルは窓を乗り越える。はっとしたようにロシリエルは口を押さえた。青白い顔がますます青くなったように思える。
大丈夫だというように、エオメルは口に指を当てた。ロシリエルはこくこくと頷く。片手で窓の枠を握り、もう片方の手にはマントと上着を抱え、足は石組みのでっぱりをさがしてそろりそろりと動かす。
身体を安定させると、下を見下ろした。地面は芝に覆われている。それに窓を乗り越えたことで、せいぜい一階の天井ほどの高さしかない。これならば平気だと、エオメルは飛び降りる。
「エ、エオメル様!」
小さな悲鳴を上げてロシリエルは駆け寄ってきた。着地の衝撃で足がしびれたが、エオメルはまた口に指を当てて大きな声を出さないように知らせた。ロシリエルは我に返って頷く。誰に知られて困ることではないが、他人に介入されたくなかった。その気持ちは彼女も同じようだった。
「大丈夫ですか? 二階から飛び降りるなんて……」
ロシリエルは囁く。ぎゅっと寄せられた眉が心配の強さを表していた。
「平気です。頑丈なだけが取り柄ですからね」
エオメルはマントを広げるとロシリエルに掛けた。自分は上着を着込む。ここ数日で夜はぐっと冷え込むようになったようだ。白い息が上がらないのが不思議なほど空気は冷たい。
「……ありがとうございます」
大人しくマントを着せられたロシリエルは、俯いて言った。
「いえ……。昼間は不躾な訪問をして、申し訳ない」
ロシリエルは頭を振った。結っていない髪がふわりと広がる。
「いいえ、当然のことですもの。あんな風に逃げた相手には、文句の一つもおっしゃいたくなるでしょう」
その答えを怪訝に思い、エオメルは顔をしかめる。
「お父上から聞かされていないのですか? 私は……」
「存じております。エオメル様もお断りになったことは」
硬い声でロシリエルは制した。取り付く島がなくて、エオメルは途方にくれる。
「だから、私はあなたに謝らなくてはならないと思いました。私が至らなかったせいで、あなたを傷つけてしまったから」
「そんなことをなさる必要はございません。エオメル様が悪いわけではありませんもの。わたくしが世間知らずだっただけなのです。お見合いの段階で気付けたのが幸いでしたわ」
ロシリエルは震える声でそういうと、唇を噛んだ。肩も小刻みに揺れており、激しい感情を押し殺していることがわかる。取り乱さず、強がりを言っているのだと思うと、エオメルはそれ以上何もいえなかった。気高く己を律している相手に下手な慰めを言うのは返って相手の誇りを傷つけるだけだと知っているからだ。
「手厳しいですね。だが、その通りだ。私は自分自身の心の内を理解できていなかった。己のことだというのに……」
「そうではございません。わたくしがお断りしようと思ったのは、そのことが理由だったわけではないのです」
「は……しかし?」
エオメルは訳がわからなくなった。ロシリエルは自分がを愛していることに気付いて身を引いたのではなかったのか。それは父親に対する言い訳だったのだろうか。
「わたくし、恐ろしくなったんですの。あの不幸な事件の時、わたくしたちが様の寝室に入れたのは、傷の手当が終わった頃でした。様は苦しそうに寝台に横たわり、そしてエオメル様は様以上に死んでしまいそうなお顔をなさっていた」
「そう、でしたか?」
あの絶望と怒りに支配されていた時、自分がどんな顔をしていたかなど気にしている余裕はなかった。のことはよく覚えているのだが。あまりにも正直な自分の記憶に、エオメルは気恥ずかしい思いすらしてきた。
「ええ。その後、凶賊の真意がわかって、今度はとても怖い顔になっていました。目の前の敵をすべて叩き潰してしまいそうな……。わたくし、その時思ったんですの。例え怒りが混じっていようと、これほど狂おしい感情すら覚えさせるものも愛だというのならば、わたくしにはとても受け入れられないだろうと」
きゅっと唇を噛んで、ロシリエルは息を整えた。
「わたくし、愛情というのはもっと穏やかなものだと思っていました。慈しみ、労わりあう温かな心のあり方が愛なのだと。もちろん愛情のなかには相手を激しく求めるものがあるというのは知っております。ですがわたくしが求めていた愛情は、春の陽だまりのようなものなのです。逆巻く嵐ではありません」
「私にはあなたの求める愛情を与えられないのだとお思いになったのですか」
「そうです。でも、どうしてそのようなことを父に言えましょう。わたくし、エオメル様が様を愛しているのだということに気付き、そのことに傷つきもしましたが、本当は自分の求めている愛情が自分に与えられないのだということを疎んじたのです。そんな利己的な理由では、とても父を説得できない。だから二番目の理由、父がわたくしに同情してくれるであろう理由を告げたのです。……上手くいったでしょう?」
しかし浮かべている表情は弱弱しい笑顔だった。それでエオメルはそれが嘘だということがわかった。やはり彼女は自分がを愛していることに絶望しているのだ。
「わたくしはこんなに自分勝手な娘なのですもの、エオメル様だけがお悪いわけではありません。お互い様だと笑ってくださいませ」
ロシリエルの唇は赤い。その赤さが何度も唇を噛んだためだと、エオメルはようやくわかった。噴出すような感情を押し殺し、何でも無いのだと言い聞かせる。それがどれだけ辛いものか、エオメルは知っていた。彼自身が未だ通り抜けることができない、苦しみの道にいるのだから。
慰めは返って彼女を苦しめる。気休めなど何の意味もなさない。エオメルはロシリエルをただ一人の人として愛することはできないのだ。
「本当に、申し訳ない。ロシリエル殿」
エオメルは深く頭を下げた。ロシリエルは泣きそうな顔になる。
「謝らないでください」
「いや、やはり私が悪い。立場や思い出に引きずられて、自分の心を見失っていたのですから。迷った心のまま、あなたに近付いて傷つけてしまった。我が身の不明に恥じる思いです」
ロシリエルはうな垂れる。夜の闇に溶けこむような黒髪が、青白い顔を隠した。
「……やっぱりわたくし、とても嫌な子だわ」
小鳥のさえずりよりも小さな声で呟く。
「姫?」
「エオメル様は、きっとわたくしの嘘を見破ってくださる。そうしたら、わたくしのことを可哀想だと思ってくださるかもしれない。前言を撤回してくださるかもしれない。そう期待していました」
「……」
戦場の駆け引きには秀でていても、恋のそれにはまるで勝手がわからないエオメルは困惑した。ロシリエルの行動がよくあることなのか、エオメルにはわからない。しかし策に嵌められそうになったのだという不快感はなかった。ロシリエルがあまりにも哀れだったから。
「だけど、そんなことをするエオメル様はわたくしの好きなエオメル様ではないんです。ようやく、わたくし、わかりました。エオメル様は誠実をくださった。わたくしもそうするべきなんです。でないと、わたくしはわたくしを軽蔑しなくてはならなくなる。エオメル様が少しでも好ましいと思ってくださったわたくし自身を、失うことになってしまう……!」
「ロシリエル姫」
ぽろぽろと涙をこぼし、崩れ落ちそうになる少女を、エオメルは抱きとめた。ロシリエルはしゃくりあげながらエオメルにすがってくる。
「ごめんなさい。今だけ、こうしていてくださいませ。これは暗闇が見せた夢。朝が来れば消えてしまう幻。明日には、ドル・アムロス公女はいつものように微笑んでいます。だから……今だけ……」
答える代わりにエオメルは腕に力をこめた。初めての抱擁。そして最後の抱擁だった。
昨日の話のせいかすっきりしない朝を迎えたは、訪れたロシリエルを前にして絶句した。彼女は一日見なかっただけで、ひどく憔悴していた。肌の艶は衰え、目の下には隈が浮いている。目の周りは少しだけ赤かった。きっと泣いたのだろう。それほど赤みがひどくないのは、周りを心配させないために冷やしたせいだと思った。
「わたくし、お見合いを断りましたの」
それなのに彼女は朗らかな調子で告げたため、は反射的に、
「嘘でしょう?」
と言った。エオメルが断ったのならばともかく、ロシリエルが断ったなどと、髪一筋ほども信じられない。彼女はエオメルに親愛の情以上のものを感じていたはずだ。
「いいえ、本当です。でも父にとってもエオメル様にとっても思いがけなかったようで、少しもめてしまいましたの。それで昨日は一度もお世話をしにいけなかったのですわ。ごめんなさいね」
わずかに眉を寄せ、詫びるような笑みを浮かべたので、は気にするなと首を振る。
「それは別にいいの。わたしは重病人ではないんだもの。それよりどうして……?」
ロシリエルは答える代わりに目を伏せて頭を振った。答えたくないのか、答えられないのか。
「あなたは陛下を愛していると思っていたわ。それなのに、どうしてこんなことになったの? 陛下がなにか……」
「いいえ、エオメル様のせいではないのです。きっと誰のせいでもない。強いて言えば、巡り会わせが悪かったのですわ。わたくし、わかったんです。愛情を持っている相手と結婚できるかというと、必ずしもそうではないのだと」
「訳がわからないわ。それが理由になるの? やっぱり、陛下があなたを傷つけるようなことをしたんでしょう? 悪気は多分ないと思うけど、陛下は女心がちっともわからない人なんですもの」
そう言うと、ロシリエルは噴出した。小刻みに肩を揺らし、おかしそうに目の端を拭う。
「確かに、エオメル様は鈍くていらっしゃるわね」
笑いの発作が過ぎると、彼女は苦しそうに眉を寄せ、大きく息をついた。それでは、彼女の涙は悲しみから来ているのだと感じた。
「わたしには言えないんですね」
問題の核心をはぐらかすということは、そういうことなのだろう。ロシリエルは俯いたまま身体を強張らせた。やはりそういうことなのかとは寂しく感じた。彼女とは友人だと思っていたが、友人程度には話せない何かがあったのだろう。
ロシリエルは表情をなくした青い顔で、を見下ろした。
「いつか、あなたにもわかる日がくると思います。でもわたくしは意地が悪いから、今あなたに教えたりはしません」
「ロシリエル様……」
ふう、と顔をそむけてため息をつくと、ロシリエルは頭が痛むのをこらえるように、額に手を当てた。
「ごめんなさいね、やっぱりわたくし、今日は調子がでないようです。もう失礼しますわ」
彼女が力ない足取りで出てゆくと、はすっくと立ち上がり、痛みで顔をしかめた。
「あいたたたっ……」
「姫様何をなさっているんです! まだ動いてはいけませんと、あれほど……」
「そんなこと言ってる場合じゃないの。すぐ陛下のところにいかなくちゃ!」
駆け寄ってきた侍女を振り払い、はずんずんと扉に向かう。
「いけません、傷口が開いてしまいますよ!」
「きゃあ、痛ぁ!」
「ほら、ごらんなさい」
だから言ったのにと言いたげな侍女は小言をいう母親のように腰に両手を当てる。腕を取られた弾みで傷が痛み、反射的にしゃがみこんだが、そうなると背が丸まってまたずきずきと痛んだのだ。
「だ、誰のせいだと思ってるのよ」
恨みがましい目で見上げるも、侍女はつんとわざとらしいすまし顔で退けた。
「ご自身を大切になさらない方のおっしゃることなど、知りませんわ」
「ひどいよう」
しくしくとは泣き真似をする。
侍女は優しく微笑むと、そっとを立ち上がらせ、椅子に導いた。
「エオメル王に御用があるのでしたら、わたくしが呼んで参ります。ですから姫様はお部屋で安静になさってください」
「はい……」
侍女はさっと頭を下げると、退室していった。
やれやれとが天を仰ぐと、再び扉が開き侍女が顔を出す。
「な、何?」
「くれぐれも、ご安静になさってくださいませね、姫様。お茶やお酒の用意などなさろうと思ってはいけませんよ。戻ってきたらわたくしがやりますので」
「……うん」
迫力に押され、は何度も頷いた。侍女は満面の笑みを浮かべると「では」と言い残して去った。
イシリアンの侍女って結構強気だよね。と自国の侍女たちのことを棚にあげた感想を持ちつつ、はぼんやりと椅子に座っていた。
侍女が連れてきたのはエオメルだけではなかった。憤然としたエオウィンが先に立ち、当然のような顔での部屋に駆け込んできた。
「ちょっと、聞いた? 兄上ったら、兄上ったら、こともあろうにロシリエル様を振ったんですのよ!」
「陛下がロシリエル様を……? あの、それって、わたしが聞いた話とは逆なんだけど」
「え?」
エオウィンとは、ばつが悪そうな顔で入ってきたエオメルを同時に注視する。女二人に注目されて、エオメルは足を止めた。
「……何だ?」
「どっちが本当ですの?」
じっとりと兄をねめつけてエオウィンは訊ねる。
「私が断ったんだ」
エオメルは妹の視線を振り払い、の前に立つ。は椅子に座っているため、エオメルの顔を見上げるには精一杯のけぞらなければならない。それに気付いたのか、エオメルは背をかがめて顔を覗きこんできた。
「傷の具合はどうだ?」
「あまり変わりません。切り傷が脈打つたびにずきずきするから、骨折の方はあまり感じないくらいだわ」
「そうか。急によくなるわけでもないから、そんなものだろうな」
エオメルもいつもどおりにしようとしているようだ。だがロシリエルと同じで、瞳が暗く翳っており、いつもと同じとはお世辞にもいえない状態だった。
不安を覚えたは話の矛先を変えた。
「一体どういうことなんです? 二人が二人とも、自分が断った、だなんて。上手くいっているように見えたのに何がいけなかったんです?」
エオメルは頭をかいた。どう説明したらよいか迷っているようだった。
「何がいけない……か。難しいな。少なからず、私は彼女を好いていたよ。しかし選べないとわかってしまった。だから断った。ロシリエル殿は私が姫を選べぬと気付いて、先手を打たれたのだ。そのことだけは本当に、申し訳ないと思っている」
「それじゃあわかりません」
「わからずともよい。ここでお前に説明しようとは思わないよ」
のけ者にされているとは悔しくなった。それでもエオウィンが問い詰めれば白状するのではないかと、助けを求める。イシリアン公妃にしてマーク王の妹たる女性は、腹立ちが急に萎んだように、肩を落としていた。
「こういう結論になったことは、わたくし、はっきり申しまして残念だと思っています。ロシリエル様ほどの方はそうそう出てこないと思いますもの。望めばすぐに手に入った安らぎに背を向けてまで選んだ先に、兄上の望む未来があるとは限りませんし」
がっかりしているエオウィンに、は焦りを覚えた。
「エオウィンは原因を知っているの?」
「いいえ、でも、心当たりはあるわ」
「それは何?」
「いつかわかるわ。否応なしにね。だって、エオメルは思っていることが全部顔に出てしまうんですもの。あなたにだってわからないはずがないわ」
おどけるようにエオウィンは笑い、エオメルは憮然として唇をとがらせた。それ以上追求することはためらわれて、は言葉を飲み込む。いつかわかるというのならば、そうなのだろう。その日が早く来るといいと思いながらも、無念さを隠し切れなかった。
「せっかく、対等に話ができる女の子が来ると思ったのに。侍女たちだとどうしても一線引かれちゃうんだもの」
「それで、あんなに乗り気だったわけね」
エオウィンは苦笑する。
「ええ。だけど陛下がその気になれないというのなら、どうしようもありませんよね。わたしがロシリエル様と結婚できるわけじゃないのだし」
「お前なあ……」
呆れたようにエオメルは口を半開きにした。
「ということは、これからしばらくの間はわたしが宮廷を取り仕切らなくちゃいけない訳ですね。奥手な義弟を持つと、苦労するわ」
場の空気を変えるため、ことさら冗談めかして言うと、エオメルは「あ」と言って黙り込んだ。
「陛下?」
「兄上?」
女たちは首をかしげる。
「すまん、すっかり忘れていた。あのな、。私や随員たちはもう帰らなくてはいけないんだ」
エオメルは部屋を見渡すと、椅子を取りに行った。自分の分とエオウィンの分を持ってくる。
「本当ならとっくに戻っていたはずなんだ。残党狩りをしなくてはならなくなったので、延期になったのだが」
「そうでしたわね、それで……?」
何だか嫌な予感がしたので、は慎重に訊ねた。しかしいくら心構えだけ慎重であっても、返答が変わるわけではない。エオメルの答えは予想もしていなかったことだった。
「見合い話も結論が出たし、我々は明日にでも帰国しようと思う。そなたは傷が治るまでここで養生するんだ。構わないだろう、エオウィン?」
「ええ、もちろんよ」
エオウィンが請け負うも、は叫んだ。
「置いていくの? そんなの、嫌! わたしも帰る!」
「興奮しないで、。大丈夫よ、ちゃんと帰国するときには護衛をつけて送ってあげるから」
エオウィンが宥めるも、は嫌々と頭を振った。
「いまのお前の状態で帰国するのは無理だ。馬は揺れるし、体力を使うことはわかっているだろう」
「でも……」
エオメルが諭すも、気がすすまなかった。強情を張っても足手まといになることはわかっているのだが。
「それからな、考えたことがあるのだ。これも天の采配だと思って受け入れてほしい」
王が神妙になったので、はとりあえず話を聞く姿勢になった。
「傷が癒えたらミナス・ティリスに行き、療病院で研修を受けてくれ。手配は私が帰り際にしてゆく」
「え……」
思いがけない要請に、は目を瞬かせる。
エオメルはふっと笑った。
「なんなら患者として入院してもよいぞ。それはそれで得るものもあろうからな。ミナス・ティリスまでなら輿を使うということもできるだろうし。なによりマークとゴンドールを往復する手間がはぶけるしな」
「う……」
確かに、研修を受けにまたミナス・ティリスへ行くのならば、このまましばらく滞在する方が時間の節約になるだろう。帰国したところで安静にしていなければならないのだから、宮廷を取り仕切ることもままならないはず。やれることをやるという点では、エオメルの提案に乗った方が良いということは理解できた。
「あんまり急な話だからどうしたらよいのか……」
「従ってくれるか?」
エオメルは答えを求めてくる。
「エオメル、そんなに急かさずとも」
エオウィンはやんわりと兄をたしなめた。
「、ミナス・ティリスへ行くのは、早くても背中の傷がくっついてからよ。そうでないと傷口が開いてしまうかもしれないもの。これ以上失血したら、命に関わってきますからね」
「ええ」
答えてからは二人の顔を眺めた。マーク王エオメルは腕を組んでの出す結論を待っている。イシリアン公妃エオウィンは自分を落ち着かせようとしているのか、暖かい両手での手を包み込んだ。
「わかりました、お言い付けに従います」
やれることをやろうと決めたばかりだと、は己に言い聞かせる。エオメルはほっとしたように力を抜いた。
「ありがとう。しかし自分で言い出したことではあるが、これからしばらくは寂しくなるな」
あとがきは反転で
もう、これを言わないとどうにも気がすまないので、言う。
ロシリエル、本っ当にごめん!!
夢文書きながらここまで罪悪感にかられたことは今までありませんでしたよ。
(それは今まで決まった相手のいるものを書いてなかったからだろうというツッコミは無しの方向で)
書く前は、「いくらロシリエルがエオメルの本来の相手って言っても、容姿も性格も全然わかんないんだし、別にいいよね〜」「それに、どうせ彼女は登場しないだろうしね〜(書く前はロシリエルに出会う前にヒロインとエオメルがくっつくと思っていたんです)」というノリだったのですが、あれよというまに、イシリアン編でロシリエルが登場し、本来の流れを取り戻そうとするかのようにエオメルに惚れてゆく彼女…。
自分で書いているとはいえ、こうなるとどうすることもできないのです。
「アレ?ちょっとこれ、やばくない?」とは思っていたのですが、いたのですが…!
今回に限っていえば、ロシリエルがかわいそうすぎて、ヒロインが憎たらしく思えてきたくらいです。
それと、あの展開なら、やろうと思えばいくらでもドロドロ愛憎劇に突入することもできたよな、と思ったのはここだけの話(←殴)
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