エオメルが帰国してから二ヶ月半が経った。
 冬の寒さが底を打つ二月、もう一ヶ月も耐えれば春の足音がしてくるという頃、彼は見張りから報告を受けた。
「早馬がこちらへ向かっているようでございます」
 早馬が来る心当たりなどない。一体何事があったというのだろうか。
 悪い知らせが届くのではと気を引き締めた王は、数刻後、問題の使者と対面をしていた。
「して、何事があったのか?」
 厳しい顔で問いただす王に、使者は困惑した顔で告げた。
・レオフォスト姫がご帰還なされました」
「……なんだと?」
 なぜこんなに早く、と信じられない思いで聞き返したエオメルに、使者は続ける。
「本日はアルドブルグにて宿を取られる予定です。それと、ゴンロールの勇士が三十名、姫様の護衛としてつき従ってきておりました」
「では、明日にもエドラスに到着するわけだな」
「左様なことになると存じます」
 エオメルは立ち上がり、大声でユルゼを呼ぶ。いまや宮廷の一切を取り仕切らなくてはならなくなった女官長は、駆けつけてくるまでにたっぷり十分はかかった。
「遅くなりまして……陛下」
 寒い季節だというのに汗でうっすら紅潮した頬をしながら、ユルゼはエオメルを見上げる。彼は玉座を降り、広間の中心にある暖炉の周りをうろうろしていた。
「ああ、実は急なことだが、明日、三十人の客人がここへ来る。ゴンドールの使者だ。歓迎の宴の準備と寝場所の支度を頼みたい」
「宴はどのような規模で?」
 すでに息を整えた女官長は、なにもかも心得たような物腰で訊ねる。
「親善の使節も兼ねていようから、エドラスに滞在している主だった家臣も同席させよう。ああ、そうだ、エルフヘルムも来るだろう。彼らは今夜、アルドブルグで宿を取るということだからな」
 東マーク軍団長となったエルフヘルムは、その本拠地であるアルドブルグへ居を移していた。特に切羽詰った問題もない現在、彼は同地で領主としての役割を果たしながら過ごしている。
「承知いたしました」
 ユルゼは優雅に礼をした。
「それでは寝床の数は五十人分ほど用意いたしましょう」
 エルフヘルムが来るのであれば、必ず随員はいる。彼女はそれを見越しているのだ。ふとユルゼは心配そうに眉を寄せた。
「ですが、エオメル王。このような時期にゴンドールの使者が来るというのは、どういうことでございましょう? なにか、エオウィン姫様か姫様に関することでしょうか」
 言いながらも彼女はだんだん表情を翳らせていった。
「良い知らせならばよいのですが、悪い知らせなら……」
「まあ、良い知らせなのだと思うのだが……」
 エオメルは自信なさそうに首をひねる。ユルゼはいぶかしげな顔になった。
が帰ってきているらしい。まだ留学期間が残っているはずなのだが、もう終わったのだろうか? そなた、どう思う?」
 聞いたはずなのに聞き返されて、ユルゼは面食らった。しかし長年エオメルとの付き合いもあるだけに、一瞬後にはため息をつく。
「そういうことは早くおっしゃってくださいまし」
「ああ、だがの部屋はいつでも綺麗にしているのだろう?」
「そういう問題ではございません!」
 小言を言う母親のように、ぴしりと返す。エオメルは情けなさそうに、太い眉を下げた。
「で、どう思う?」
 エオメルは再び聞いた。ユルゼは少し考えると、
「里心がついたのでは?そうでしたらお慰めになってくださいましね。心細い時ほど、女心が手に入りやすいときはございませんもの」
 と真面目な顔で言った。エオメルはふっと顔をひきつらせると、乳母でもあった女官長の肩をぽんと叩いた。
「頼むから、そのことはの前では言うなよ?」
「承知いたしました。ですが、わたくしが言わなくても、すぐに知ってしまうと思いますよ」
 苦笑するユルゼに、エオメルは同意を表すしかなかった。

 使者からの報告通り、翌日の昼過ぎには草原の彼方に馬影が見えてきた。ゴンドールの黒い旗とローハンの緑の旗が遠目にも鮮やかに翻っている。近付くにつれ、馬と人の塊の中に、エオメルが待ち望んでいた人物が見えた。乗り手も馬も、一団の中では小さく華奢なので、簡単に見分けがつくのだ。
 馬の蹄が乾いた大地を蹴立てる。後方には霧のように土煙があがっていた。
 大きくなる人影に、我知らずエオメルの胸は高鳴っていた。
 里心がついたのではないかというユルゼの声が頭の中を回っている。
 マークを離れて、寂しかったのだろうか。
 その中には、自分に会えないことも含まれているのだろうか……。
 一団が充分近付いたところを見計らい、門が開かれる。彼らは速度を緩めながら続々とエドラスに入ってきた。
 客人の到来に気付いていた民たちが、道の両端に出て興味深そうに眺めている。を認めるとわっと声があがった。
 彼女はにこやかに微笑み、屈託なく手を振っている。
 戻ってきたのだ。
 エオメルはようやく実感した。喜びが身体中に溢れてくる。顔には自然に笑みが浮かんでいた。




 限りなく続くのは、青と茶の二色。
 冬の空は空気が澄み、晴れの日にはどこまでも続く青空が美しかった。地上は尽きることのない枯れ草の大地。単調な色の連なりでも、懐かしいと素直に感じていた自分がいた。
 雪を頭に抱いた山並みが続く、その麓近くの丘にエドラスはあった。黄金館はその名を示すかのように太陽を受けて輝く。近付くにつれて大勢の人びとが家の外に出ているのがわかった。
 帰ってきたのだ。
 吸い寄せられるようにじっと丘を見つめていたは、ゆっくりと息を吐いた。胸の中に様々な感情が詰まり、破裂してしまいそうな気がして。
 の前にはゴンドールの護衛、後ろにはエルフヘルムが自ら率いている一隊がついてきていた。総勢で四十三名である。だが、いくらまだ旅路の危険があるとはいえ、自分一人のためにここまでするのは大げさだと思っていた。
(まあ、彼らにしてみれば大げさではないのでしょうけど……)
 エドラスに着くのは嬉しい。あそこは、この世界の中で一番馴染んでいる場所なのだ。だが門をくぐったあと、自分に待ち受けるものが何であるかをはすでに知っていた。
(どうしよう……)
 マークにも対面というものがある。ゴンドールの騎士たちの前でエオメルの顔を潰すわけにはいかないのだ。とはいえ簡単に認めることなどできるものではない。
 都の門は、誰何されることなく開かれた。手前で速度を落とし、次々と潜り抜ける。
 道の両側からはお帰りなさいと笑みを浮かべて呼びかけてくる民たちが大勢待ち構えていた。も笑顔で返し、手を振った。迎えられることに喜びを感じたものの、それ以上の義務感を持って。
 館の手前に来ると、前を走っていた騎士たちから順に馬を下りた。すかさず控えていた伯楽たちが手綱を受け取る。ブレードの手綱を預けたは、久しぶりに黄金館への階段を上った。
 だが上がりきる前に駆け寄ってくる者がいることに気付いた。興奮した馬のように真っ直ぐと突き進んできている。はあまりの勢いに、呆気に取られた。
「ちょ……!」
、よく戻ってきた。まさかこれほど早いとは思ってもみなかったぞ!」
 エオメルはが返事をする間も待たずに抱き寄せると、胴をかかえて持ち上げた。そのままぐるぐると回し、最後には勢いに振り回されるまま、抱きとめる。大きな手で頭をなでられたかと思うと、肩を強く叩かれた。
 何が起きたのか理解する前に、は遠心力でふらふらになった。へたりこみそうになったが、その前にエオメルが腕を取ったので倒れこむのだけは免れた。
「大丈夫か? すまん、あまりに嬉しくてつい力が入ってしまった」
「ついじゃないですよ、もう……」
 ようやく言い返せたのは、それだけだった。怒る気力も残っていない。
「お帰りなさいませ、姫様」
 後方で控えていたのだろう、ユルゼがそっと進み出ての腕を取った。まだふらついているを支えながら、宴の前に一休みをしなければとその場から離れる。去り際、エオメルの声に振り返ると、彼がゴンドールの騎士たちに労いの言葉を述べ、滞在する間はくつろいでほしいという旨を告げているところだった。若さゆえ威厳には欠けるが、さわやかさと誠実さが感じられる。心なしか、王としての振る舞いに余裕がでてきたようにも思えた。
(中身は相変わらずのようだけどね)
 くすりと笑うに、ユルゼは怪訝そうな顔になる。
「姫様?」
「なんでもないわ、行きましょう。宴があるみたいだし、着替えをしないと」
 その宴は冬の憂鬱を吹き払うように、にぎやかさのうちに終わった。は本来ならば給仕が滞りなく進んでいるかを監督しなくてはならないのだが、今日の主役はお前なのだからと、大テーブルの真ん中に座らせられた。そして同席を許された家臣団に、帰還の祝いと称して何度もビールを注がれる。おかげであっという間に酔ってしまい、気がついたら次の日になっていた。自分の部屋の寝台に寝ていたのだが、宴の最後の方は記憶に残っていない。
「頭痛い……」
 完全に二日酔いだった。マーク産のビールはアルコール度が低いのか、これまで酔いつぶれるというところまでいったことがないのだが、酒は酒だということだろう。
 水を飲み、顔を洗い、身支度を整えたところでユルゼが現れた。手には朝食を乗せた盆をかかえている。
 食欲などなかったのだが、すでに二日酔いであることは報告されていたようで、野菜スープにパンをひたしたものがテーブルに載せられた。これなら少しは食べられるかと、まだすっきりしない頭でスプーンをとった。
 見慣れた部屋、見慣れた人たち、聞きなれた音、嗅ぎなれた空気。
「わたし、帰ってきたんだね」
 誰にともなく呟くと、ユルゼは満足そうな笑みを浮かべる。
「昨日は目まぐるしい一日でしたものね。皆も姫様がお帰りになって興奮しておりましたし」
 ひと匙スープを飲み込む。温かい汁気が身体に染み込んできた。
「うん。なんだかようやく実感がわいたみたい。それと、寝坊しちゃってごめんなさい。ゴンドールの方々はどうしてる?」
「そのようなこと、お気になさらずとも、皆姫様がお疲れだということはわかっておりますよ。ゴンドールの方々も思い思いに過ごしていらっしゃいます。馬を見に行ったり、意見を取り交わしたりとね」
「そう」
 またひと匙すくって飲み込む。ユルゼは一瞬真顔になり、眉間にしわを寄せた。
「ところで姫様。外や広間に行かれる前に、お知らせしなければならないことがあるのですが……」
「陛下がわたしをお妃に迎えたい、という話だったら知っているわ」
「誰からそれを?」
 心底驚いたようで、ユルゼは眼を丸くする。と、部屋に残っていた侍女に厳しい視線を向けた。彼女たちがしゃべったのだと思ったのだ。侍女たちは自分たちではないと、焦ったように首を振る。
「エルフヘルム卿に教えてもらったの。隠し通せるものじゃなし、どんな尾ひれがついた話を聞かされるかもわからないのだから、自分が話すとね」
「卿……」
 ユルゼは余計なことをしてくれたと言いたげな顔で天を仰いだ。
「彼を責めないで。教えてくれて良かったと思っているのだから」
 非常に驚いたが、とそのときのことを思い返す。だが今は頭の回転が鈍っているせいか、穏やかとすら感じるほどの気分だった。
「そのことで陛下とちゃんと話をしたいの。いつだったらお時間が取れるかしら」
「陛下もそのことをお話したいとお望みです。姫様のお支度が整いましたら、すぐにでもお会いしたいと」
「それなら、二時間くらい待って」
「なぜ、二時間なのですか?」
 不思議そうにユルゼが訊ねる。
 の答えは単純明快だった。
「頭が痛くて、それどころじゃないもの」


 二時間ほど経って、エオメルがやってきた。
 いたずらを見つかった子供のような、ばつの悪そうな表情をしている。緊張しているのか、動きもどこかぎこちなかった。
「その、なんだ」
 彼はどこから話したらよいものかわからないようで、耳の下を掻きながら視線を忙しなく動かす。
「とりあえず、お座りになってください。立たれたままでは話し辛いです」
「あ、ああ……」
 ぎくしゃくとした動きで、エオメルは向かいの椅子に座った。昨日の大胆さとはまるで逆の様子に、は面食らう思いがした。
「ユルゼからお聞き及びだと思いますが……」
「ああ、エルフヘルムにも言われたがな」
「そうでしたか」
 ゴンドールにいた自分とは違い、恋心を大勢に知られ、その行く末を興味深く見守られていたのだろうと思うと、さすがにエオメルが可愛そうになってきた。
 の考えが表情に出たのか、エオメルは一瞬やさぐれたような顔で床を見つめた。
「ゴンドールの客人たちもいる。この状況を見れば、話は決まったのだと誤解されかねん」
「その誤解を招くような行動を早々になさったのは、陛下ですけれどね」
 昨日のことをそれとなくちくりと刺せば、エオメルは冷や汗を浮かべながらから視線をそらした。
「まあ、そのことならこちらから言わなければ現状維持だと判断されるでしょうけれど」
「確信でもあるのか?」
 ため息交じりで言うに、エオメルは釈然としないような顔で聞いた。
「だって、アラゴルン殿は陛下の真意をもうご存知なのでしょう?」
「……そこまで知っているのか?」
 エオメルの頬がぴくりと強張った。は肩をすくめる。
 ゴンドールの国王夫妻に直接訊ねたが、適当に誤魔化されてしまった。ここでやっと確証が得られたわけである。
「単純な推理です。わたしがエオル王家の一員に準じる立場だというのは、国内だからこそ成り立つ話ですもの。他国の、それも本物の王族が尊重する理由などありませんでしょう?」
 はエオメルの後方にあるドレスを眺めた。木でできた胴体にかけられているそれは、昨日の宴で初めて袖を通したもの。そして、ゴンドール王妃であるアルウェンがのために手ずから刺繍を施したという品だった。柔らかな生地も繊細な染めも一級品、それにマークやゴンドールのものとも違う植物の意匠の優雅さは格別だった。
「あんな凄いドレスを、一介の王族もどきに渡すなんて、尋常ではありませんし。それに、ミナス・ティリスでの待遇のよさも、わたしを未来のマーク王妃だと考えてのことならば、納得できますから」
 視線をエオメルに戻すと、彼は唾を飲み込んだようで、大きく喉が動いた。頬は緊張でひきつっている。
「そこまでわかっているのならば聞くが、私には望みがあるのだろうか?」
 は俯いて押し黙った。
「一ヶ月以上も早く帰ってきたのは、マークを懐かしんでのことではないかと思っているのだが……。私のことも。違うのか?」
 とんでもない誤解がここでも起きていたのだとは驚いた。
「ち、違います! ……あ」
 思わず力いっぱい否定したせいで、エオメルが燃え尽きたようにがっかりしてしまったのだ。否定するにももっと柔らかくするべきだったと反省する。は小さい声で告げた。
「わたしが戻ってきたのは、セオドレドの一周忌にアイゼン浅瀬に行きたかったからなんです」
 はっとしたようにエオメルが顔をあげる。
「あれから一年が経つんです。たったの一年といえばいいのか、ようやく一年になるといえばいいのかわからないほど、わたしにとっては長い年月でした」
 戦場で倒れた者を偲びに、直接その場へ赴くのは少ないと聞く。理由は考えるまでもない。大抵は場所が遠すぎるのだ。それに彼らの墓標は、遠からず失われてしまう。風に、水に、太陽に侵食されて。
 ロヒアリムは亡き人を歌によって語り継ぐ。記憶の中に綿々と受け継いでゆくことが、彼らの手向け方なのだ。
「自己満足だということは理解しています。だけど、どうしても……」
「アイゼンの浅瀬はいまだ警戒を解いたわけではない」
 エオメルが重苦しい口調で遮る。
「そこへ行くのであれば、充分な数の護衛が必要になる。特に、お前自身が戦えないのだから、通常よりも大勢な」
「……」
 そこまでは考えていなかった。マークは指輪戦争終結後、国内で冥王やサルマンの軍勢に属する者たちからの襲撃は受けていない。しかし自身が感じたように、まだ戦争終結から一年も経っていないのであれば、警戒を緩めるなどするはずがないのだ。
 そして、マーク騎士団の統括者は目の前の男だ。彼が首を縦にしない限り、どんな助力も自分には届かない。
(まったく危険がない、とは思えないけれど……)
 少なくとも、国内ならば賊に襲われる可能性は薄いだろう。問題は野生の獣や天候だ。そう考えていると、
「一人ででも行く、自分などどうなってもかまわない、などと言ってくれるなよ」
 たしなめるようにエオメルが言った。ぎくりと身体を強張らせると、彼は頬杖をついて嘆息する。
「セオドレドがなんのために戦っていたか、わからぬお前でもあるまい。彼の願いを、努力を、無にするようなことはするな」
「……はい」
 先手を打たれてしまい、はうな垂れた。エオメルの心情もわかるだけに、強く抗議することもできかねる。望みを失った悲しみで、涙が浮かんできた。
 エオメルは頭を振り、腕組みをした。しばらくして、
「一度、アイゼン浅瀬を見に行かなければとは思っていた。今も見張りをつけているとはいえ、私もたまには自分の目で確かめなければ、とな」
「……陛下?」
 は希望を見出してエオメルを見上げる。
「私も行こう。セオドレドの墓参と現地の状況を視察しにな」
「……いいんですか?」
「お前のためだけではない」
 気にするなと言外に告げたエオメルに、は深々と頭を下げる。彼は自嘲めいた笑みを濃い金色のひげを蓄えた口元に浮かべた。
「それにしても、急に帰ったりしたのだからアラゴルン殿は驚かれたのではないか?」
 もうさっきの話は終わったのだと伝えるために、エオメルは殊更明るい調子で言った。彼の気遣いをありがたく受け取り、も調子を合わせる。
「いえ、そのことは入院した次の日にはもう伝えていたんです。陛下とイシリアンで話したときには慌しかったので気付けなかったのですけど、あとで暦を確認して、このままではとても間に合わないとわかったので」
「お前、いつミナス・ティリスへ行ったのだ?」
 エオメルは怪訝そうな顔になる。
「陛下がイシリアンを出発してから四日後です」
「また無茶なことを……」
 さすがに呆れた表情になるエオメルに、
「その報いはしっかり受けましたので、もう言わないでください」
 がげんなりと答えた。興味をそそられたのか、何があったのかとエオメルは訊ねてくる。隠すようなことでもないので入院生活の話をすると、彼は噴出すのをこらえて肩を震わせていた。
「いや、それならそうと、知らせてくれても良かったではないか」
 笑うのを我慢しながら話しているせいで、エオメルの声は震えている。
「年単位で変更になるわけではありませんし……これくらいのことで使者を出すものではないでしょう?」
「普通はそうだが、お前は自分で使者を作り出せるではないか」
 不思議そうにエオメルが返す。はぱちくりと目を瞬かせたかと思うと、口を押さえた。
「え……あ、鷲のことですか? そういえばそうでした。嫌だわ、わたしったら」
「思いださなかったのか?」
「ええ」
 自分でも意外なほど失念していたので、は驚いていた。こんなことは以前だったら考えられない。それほどこの世界に馴染んできつつあるということだろうか。
 は苦笑した。
「まるで、あべこべね」
「うん?」
「だってわたしは故郷では当たり前のように術を使っていたのに、思いつかなかったのだもの。反対に陛下はあんな術があるだなんて知らなかったでしょう? なのに、今じゃわたしにそれを使えばよかったのに、なんて言うんですもの」
「たしかにな」
 エオメルも苦笑いをする。
「でも、たとえ思い出していたとしても、使わなかったかもしれない。だって、一ヶ月早くなろうと遅くなろうと、マークの皆はちゃんと迎えてくれるものだと思っていたから」
「遅くなっていたら、それは心配しただろうがな」
 当然だという顔でエオメルは頷いた。
「それでも、ミナス・ティリスで元気でやっているだろうとは思ってくれるでしょう?」
「かの地を気に入りすぎて、帰ってこないのではないかとも思っただろうがな」
 軽口に軽口を返しているうちに、二人の間の空気はひどく陽気なものになっていった。そのうち、互いがいなかったときに起きた面白い出来事などを話しだしたので、盛り上がりだす。
 話の流れから、は療病院設立案の骨子と問題点をまとめた書類を提出した。留学期間が短くなったからといって、手抜きはしていない。使える時間と人脈は最大限に利用して、見たこと聞いたことを逐一記したのだ。ただし、それはの国の言葉で書かれているので、結局すべて口頭で説明することになったのだが。
「区画整理か。すぐには難しいな」
 マーク王はミナス・ティリス療病院の図面を眺めながら唇を尖らせた。
「ええ、だから黄金館近くに作るという案自体を保留にしようかと思っているんです。だからといって、他に空き地があるわけでもないんですけどね」
「簡単な方法としては、城壁の位置をずらすことだな。十フィートくらい草原側に広げれば、それだけ利用できる土地は増える。問題点は、防衛機能が若干落ちるだろうということと、費用と建設時間がかなりかかるだろうということだ」
「でしたら、それは最終手段ですね」
 は難しい顔で呻いた。図面に目を落としていたエオメルは、ふと真顔になる。
「これだけのことができなら、王妃になることくらい、どうってことなさそうなのだがな」
 残念そうな、拗ねているような、どことなく子供っぽい口調だった。
 は少しの間、考える。
「それとこれとは別問題ですから」




あとがきは反転で↓
どうしたらいいんでしょう…。
目次のとこ、3019年2月になってるでしょ?これが誤字になっているのかどうか、自分でよくわかんないんですよ。
以前アラゴルンが指輪棄却の日を新年の日に変えた、と書きましたが、その第一回目のときに数字が動いたかどうかがよくわかんないの。
私が何に頭を悩ませているのか、これだとさっぱりわからないと思いますが、つまり、
3019年3月25日以降は、3020年に変わった
のか、
旧3019年(3月24日まで)と新3019年(3月25日以降)となった
のかが解らんのです。
本編で新暦に関するシーンもちょっと出てくるんですけど、それはフロドがモルドールから帰還して目覚めたときに、ガンダルフが今日は「新年の14日じゃ」と言うシーンだけで、年が動いたのかどうかはよくわかんない。
で、追補編には、普通に3月25日以降の3019年の出来事が書かれているし…。これはこれとして考えるしかないんだろうか…。
第四紀は3021年からですので、例えるならば昭和から平成への移行のようなものとも違うみたいなんですよね。
あー、わけわからん。
とにかく、新年が3月25日になってしまった以上、2月はまだ年が明けていないということで…3019年の1〜3月が2回訪れていることになっちゃったんです。
何かをものすごく誤解しているような気がしてならないのですが、とりあえず、ここんちではそういう風に解釈しましたということで、ひとつご了解ください。



前へ   目次   次へ