エレギオンを発って二日。一行はカラズラスを登り始めていた。
空はとても青かった。
気温こそ高くはなかったが歩き続ける分には気にならないほどだった。しかし今の季節は冬である。そして向かう先は山だ。ということは、当然雪が積もっていたりする。
（今晩、顔、痛くなりそうだなあ……）
頭上には太陽。足元には雪。
（日焼け止めが欲しいな……）
は望んでも得られないものを思い、一人静かに物思いにふけった。そして青と白のコントラストが広がる風景を目に焼きつける。
空はとても青かった――。
ザクザクと雪を踏みしめる音を背景音楽に、カラズラス登山は快調に進んでいた。
先頭をガンダルフ。メリーにピピン。その後に子馬のビルを連れたサム。レゴラスとは並んで歩き、すぐ後ろにギムリが続いている。
「、疲れた？」
まだそれほど登ってはいないが、傾斜はかなりきつい。隣を歩いているが顔をしかめているのに気づき、背を屈めてレゴラスは声をかけた。
「え？ ああ、うん。これくらいならまだ大丈夫。ただ……」
「ただ？」
「まぶしくって」
太陽の光が雪に反射して、射るように目を刺してくる。周囲には光を和らげてくれそうな木立もないので、まともに目を開けていられない。
「ああ、そうか」
「レゴラスは気にならないの。エルフってすごく目がいいんでしょう」
「そうだけど、たぶん人間ほどまぶしくは感じていないのだと思うよ。もちろん、間近に太陽があれば別だろうけど」
羨ましい、とが素直に感想を口にしていると、後方で焦りの混じった悲鳴があがった。
フロドだ、とぱっと振り返ると、足を滑らせたらしいホビットの青年がころころと斜面を転がって、最後尾を歩いていたアラゴルンに受け止められていた。
「フロドー。だいじょーぶー!?」
少し先を進んでいたの呼びかけに照れ笑いをしながら手を振って答え、雪を払って立ち上がり、ふとフロドは違和感を覚えた。確かめるために胸元を探り、指輪がないことに気づいて愕然となる。
（落とした!?）
そこへ目の前を大きな影がよぎる。フロドが視線を上げると、半ば雪に埋もれていた指輪の鎖をボロミアが拾い上げていた。金色の鎖に通された金の指輪が陽光を受けてきらりと光る。
何気ない光景だ。それがただの落し物であったなら。
だがその指輪がどのようなものかを知っている面々の顔には緊張が走る。
ボロミアは美しく輝く金色の指輪を魅入られたように見つめた。
「……こんな小さなものが、我らに多くの恐怖と、猜疑心をもたらすとは……信じられん」
独り言を呟くように小さな声で彼は言った。そしてそっと指輪に触れようとするボロミアに、アラゴルンの鋭い声が飛ぶ。
「ボロミア！」
びくりと動きを止め、彼はようやく状況に気づいたかのようにアラゴルンとフロドに視線を移した。
「指輪をフロドに返すんだ」
フロドは不信をあらわにした表情で、アラゴルンは厳しい顔つきで、ボロミアの動きを見張る。ボロミアは強張った表情でゆっくりとフロドに近づいた。フロドとは目を合わせないまま。
「もう落さぬようにな」
ボロミアが差し出した指輪を、ひったくるようしてにフロドは受け取った。彼はその様子にかすかに顔をしかめ、たかが指輪だとあざけりを含んだ笑みを浮べる。去り際にフロドの髪をわしわしと掻き回し、盾を背負い直すと、ボロミアは黙々と山を登りだした。
それを確認してアラゴルンはようやく剣の柄から手を離した。
「ねえ、どうしたの？ 何が起こっているの？」
緊張状態にあったのは三人だけではなかった。を除いた六人もボロミアたちのやり取りを食い入るように見つめていた。少し離れていたので、会話が聞こえたのはレゴラスくらいだろうが、何が起こっているのかはわかっていたのだろう。いつもは陽気なメリーとピピンも、穏やかなサムも、そろって不安そうにしていた。
突然の旅の仲間の変化に戸惑い、真剣なまなざしでボロミアの背を見つめるレゴラスには小声でたずねる。待って、と目で答えたレゴラスの視線を追うと、陽光を反射する小さなものが見えた。どうやら注視しているのはフロドというよりもこれのようだった。
「あれは……」
それはすぐにフロドの服の下に隠されてしまった。けれど大きさから考えて……。
「指輪？」
囁くようなの声に、レゴラスがピクリと反応する。ボロミアが再び歩き始めたのを機に、彼は決心を固めた。
いい加減に事情を話していたいと思っていたレゴラスは、一行の先導者たるガンダルフに許可を求めようと口を開く。
「ミスランディア！」
「わかっておる。、こちらにおいで」
「あ、はい」
ガンダルフに呼ばれたは歩きにくそうにしながらも、小走りで灰色の魔法使の元へ駆けていった。二人は並んで歩きながら言葉を交わす。残りの者もまたそれぞれの歩調で歩き始めた。
「ボロミアが持っていたものが見えたかね？」
「少し遠かったですから……。でも指輪に見えました」
「そうじゃ。指輪じゃ」
「あなた方の旅はあの指輪に関わりが？」
楽しいおしゃべりとはほど遠い内容であることを察して、の声音は自然と抑えられる。ガンダルフもまた重さを増した口調になっていた。
「指輪を破棄するのが我々の目的じゃ」
「破棄？ どうしてわざわざ。金属なのだから溶かすとか潰すとかすれば……」
「それは無理なのじゃ。指輪は指輪の作られた、滅びの山でしか破壊することは出来ん」
「あからさまに不吉な名前ですね。まさか、その滅びの山に指輪を作ったのだか、本来の持ち主だかがいるのではないでしょうね？」
魔法使いは目を細めて小さく笑った。
「お前さんは随分良い勘をしているのう。まさにその通りじゃ。あの指輪はその昔、冥王サウロンによって創られた。約三千年前の戦いにおいて奴は倒されたがその精神は滅びなかった。なぜなら指輪はサウロンの力の土台だからじゃ。その土台が存在し続ける限り、サウロンが消滅することはない。一時的に退けられることは出来るにしてもな。だからサウロンは指輪を求めており、また指輪は主人の元に戻ろうとしている。奴はまだ肉体こそ形作ることは出来ていないが、本来持つ力の大部分を取り戻しておる。サウロンが再び指輪を取り戻せば、全ての地は暗黒に覆われるじゃろう」
は眉をしかめた。
「危険なものだということは見ればわかりましたけど、私は旅の目的が別にあって、たまたまフロドがあれを持っていたのだとばかり思っていました。ガンダルフ、あなたが気づいていないとは思っていませんでしたけど。でもそれならどうして、あんなものをフロドに持たせるのです？」
「その口ぶりではお前さん、指輪に気づいていたようだが？」
は嘆息した。彼女は彼らの方こそ、指輪のことに気づいているのだろうかと思っていたのだ。
「善くないものがあるということは知っていました。わたしは巫女ですもの。善きものと悪しきものの区別くらいはつきます」
「何だって！」
「気づいてた？」
「えええっ！」
の爆弾発言に後ろから盛大に声が上がった。二人は特に声を潜めていたわけではないので、風に乗って丸聞こえだったのだ。叫んだのは上からレゴラス、メリー、ピピンで、他の者もあっけに取られるやら驚くやら。落ち着いているのは当の本人とガンダルフくらいのものだった。
「いつから気づいていたのさ？」
ててて、との隣にきて、ピピンが問う。
「ええと、二日前の朝ね。出発して少しくらい経ってから。でもあれは不覚だったなあ」
は不満そうに顔をしかめる。ピピンは不思議そうに首をかしげた。
「不覚って？」
「普段のわたしならもっと早く気づいていたはずだもの。わたしの世界にも良い作用をもたらす品物とか、逆に悪い作用をもたらす物があるから。巫女の仕事の一つに、そういった悪い作用をもたらす物の処理があるのよ。だから物の善し悪しが分からないようじゃ、巫女なんてやっていられないの」
「……処理、できるの？」
たまらずフロドが声をかける。すがるような目で見上げられて、は思わず抱きしめたい衝動に駆られた。元々小さくて可愛いものは好きなのだ。両手が使えていたら確実にそうしていただろう。
「あ、ええと、物にもよるんだけど」
動揺を鎮めようと、あさっての方を見ながら答える。
「だったら……！」
「あ……」
フロドが何を期待しているのか、にはわかりすぎるほどわかってしまった。
「ごめんなさい。フロド、これはわたしの手には負えないわ」
フロドの目線に合うように膝をつき、そっと肩に触れる。
「せめてわたしが本調子だったら、少しはこの指輪の力を抑えることが出来たと思うのだけど……」
目を伏せる少女に、フロドは悲しげな笑みを浮べる。
「ううん。僕こそごめん。だって大変な目にあってるのに。そんなに気にしないで」
「そういうわけにもいかないわよ。まあ、とにかくお互いがんばりましょう。フロド」
「そうだね」
どちらからともなく微笑み交わし、は立ち上がった。
「まあ、ともかくじゃ、、お前さんも十分に気をつけるのじゃぞ。指輪は主のもとに戻るために誘惑してくることじゃろう。だがけっして耳を傾けてはならん。さっきお前さんはわしがなぜフロドに指輪を持たせているのかと聞いたが、もしわしが指輪を持っていたなら善き事を成すという望みから指輪を使ってしまうだろうからじゃ。だが指輪はわしのそのような望みを巧みに捻じ曲げ、歪めさせて想像もつかぬほど恐ろしい力を振るってしまうじゃろう。指輪は、これを手に入れたいと望むだけで心は堕落させられてしまうのじゃ」
「ガンダルフ……」
は思わず天を仰いだ。
「どうした？」
「そういうことならもっと早く言うべきでした。わたしはとっくに指輪から誘われているんです」
「なんじゃと！」
「どうして言わなかったんだ！」
の爆弾発言その二に、今度はさっきよりももっと大きな叫び声があがった。
「そんなこと言ったって、言って良いのかわからなかったんだもの！」
「それって、いつのこと？」
レゴラスがの前に立ち、後ろ向きに歩きながら聞いた。
「だから、二日前の朝よ。気づけなくて不覚だった、って言ったでしょ。話しかけられてようやくあれの存在に気づいたんだもの。悔しいったら」
「悔しいとか、そういう問題ではないと思うんだが」
後ろから控えめにギムリが突っ込む。
「指輪は何と言ったのかね」
ガンダルフの問いにはすぐに答えた。
「自分を手に入れて使えば故郷に帰れるだろう、と。でもそれはありえないと思ったので放っておいたんです」
「帰れないと、どうして言い切れるのだ？」
今度質問したのはボロミアだった。
「わたしの帰るべき故郷はこの世界にはないんですもの。いくら指輪の力が強くても、そんなことまで出来るものか怪しいものだわ。それにわたしの持つ力、{巫力}(ふりょく)は今とても弱まっている。怪我をしているせいだけではないわ。この世界がわたしの属する世界ではないからよ。それと同じように、わたしが指輪の力を使ってわたしの世界に戻ったとしたら、当然指輪はわたしの世界に一緒に来てしまうでしょう？ そうしたらまず間違いなく指輪の力は弱まるわ。ここまで凶悪な代物だとは思っていなかったけれど、わたしの経験から言ってもこの手の人を惑わす物は、自分の力を存分に発揮できる場所にいたがるものだもの。だから嘘だと思ったの」
「……」
ボロミアは前を見据えてはきはきと話す少女の横顔を眺め、黙り込んだ。
けなげな娘だと思っていた。楽とは言えない旅の中、彼女が泣き言を言ったことなどなかった。こちらに気を使ってのことだとしてもなかなか出来ることではないと感心していたのだが……。
「お前のその、ものの考え方はお前の世界では当たり前のことなのか？ それとも……」
別の世界から来たという話はもう疑ってはいない。彼女のやることなすこと話すことには何度も驚かされているのだから。
は小鳥のように首をかしげた。
「わたしが巫女だからでしょうね。前にも言いましたけど、わたしの世界ではあまり目に見えない力は信じられていないんです。でも実際わたしには巫女としての力があるし、わたしを指導してくれた先輩巫女がいたわけですから、世間一般の子に比べればかなりずれているとは思います。同じ世界に存在していても、見ているものが違うわけですから。ですからわたしをガイアの基準だと思わないほうがいいですよ、ボロミアさん」
「……そうなのか」
この異種族混合のパーティの中で、人間は彼女を含めて三人になった。しかしアラゴルンはエルフに育てられたとかで、いまひとつ話が噛み合わず、世界が違うとはいえ、ちゃんと人間の間で育っただろうなら、と少々期待していたのだが……。
（意外とアラゴルン寄りなのかもしれん）
人間の世界をこよなく愛する執政家の長男は、何だか少し悲しくなったのだった。
日が落ちても一行はまだ歩き続けていた。しかし道は既に道とは呼べないほどの難路となり、風が激しく吹き荒れ、とどめとばかりに雪まで降ってきていた。
旅慣れていないホビットとが、真っ暗な上ろくに目も開けていられない吹雪の中をなんとか歩けていたのは、先頭にガンダルフ、殿りをギムリが子馬のビルを連れ、その間をアラゴルン、ボロミア、レゴラスがそれぞれの担当する者たちを気にかけていたからに他ならない。
「ね、ねえ。レゴラス、あなた寒くないの？」
寒さに顔色を紙のように白くしながら、は隣を歩いているレゴラスを見上げた。
「うん、エルフは暑いとか寒いとかはあまり感じないからね。、大丈夫？」
「わからない。冬山登山なんてしたことないもの。この山を越えるのって、後どれくらいかかるの？」
「どれくらいかかるかはわからないけど、まだ半分も登っていないはずだよ」
「はあ……。先はまだまだ長いのね」
がくりとうなだれながらとぼとぼと歩く少女を励ますように、レゴラスはの手を取り進んだ。
吹雪はどんどんひどくなってゆき、前を進むガンダルフが雪をかきわけ、かきわけして、ようやく人一人が通れる道ができる。歩みは遅々として進まなかった。
雪の深さは既に人間の腿にまで達し、これでは歩くのもままならないと、ホビットたちは抱えられる。偉丈夫二人が雪を踏みしめていっていたので、後に続くは歩くだけならそう苦労することはなかったが、吹きつける風がどんどん体温を奪っていくのを感じていた。
斥候が必要だとのガンダルフの言いつけで、レゴラスは途中から一行の脇に立つようにして歩いている。彼は積もっただけで踏み固められていない雪の上を足跡も残さずに進んでいた。
「呪いの言葉が聞こえる」
ピタリと動きを止めたレゴラスは、風の音に混じった別のものを聞き分けようと、しばし聴覚に集中した。ガンダルフも張りつめた表情で耳を澄ます。
「これは……サルマンじゃ」
ガンダルフが声を上げると、頭上からバラバラと石や雪塊が落下してきた。
「きゃあ！」
「！」
レゴラスはとっさにしゃがみこんだのところへ駆けつけ、抱きしめる。無事を確かめ、ほっと息をつくと、前方ではボロミアとガンダルフが言い争っていた。
「サルマンはきっと山を崩すつもりなのだ。ここは引き返そう！」
「いかん！」
断固として退けると、ガンダルフは崖近くまで進み、朗々と呪文を唱えだした。
「あの、ね、レゴ、ラス……」
はふらふら揺れる身体をレゴラスに預け、寒さで動きづらくなっている口を懸命に動かして伝えようとする。
「うん？」
「すごく、嫌な、予感、が、する」
「え？」
その瞬間、雷鳴が轟き、雷が頭上の岩場に直撃した。そこに積もっていた雪が雪崩を打って落下してくる。
悲鳴を上げる余裕もなく、瞬く間に雪に押しつぶされる。レゴラスは離れ離れにならないようを抱き、衝撃に耐えた。
一瞬視界が真っ白になり天地が分からなくなったが、雪崩がおさまったと感じるやすぐさま雪をかきわける。多少重かったがすぐ外に頭を出せた。
見渡してみると次々に雪中から仲間たちが脱出してきた。この分なら大丈夫そうだと安堵の息をつき、まわりの雪をかきわけてを掘り出そうとした。しかし……。
「？」
雪に埋まった少女は気を失っていた。レゴラスは名を呼びつつ軽く頬を叩いてみる。
「。？」
揺さぶってみる。
「起きて、！」
少女は目を覚まさなかった。そしてその背後では、
「早く山を降りよう。ローハンの谷を抜けて西街道からゴンドールの都へ行ったほうがいい！」
「ローハンはアイゼンガルドに近すぎる。駄目だ！」
「山を越えるのは無理だ。地下へ、モリアへ行こう！」
人間の男とドワーフが侃々諤々とがなりあっている。
ガンダルフはその様子を眺め、静かに告げた。
「指輪を持つ者に決めさせよう」
フロドははっとしたように顔を上げる。急に重い選択を任されたフロドはどうしたらよいかわからず、不安げにあたりを見渡した。メリーとピピンはボロミアに抱えられているものの、いつもの元気を失っている。フロドの顔がそれを認めて蒼白になった。そこへ急かすようにボロミアの怒声が飛ぶ。
「ぐずぐずしていると危険だ！ 体力のない順に死んでしまうぞ！」
「ミスランディア！ が！」
レゴラスも助けを求めて叫んだ。はうっすらと目を覚ましたものの、何も視界に映っていないようだった。レゴラスの呼びかけにも応じず、四肢の力は抜けたままで、抱きしめていてもその華奢な身体からはほとんど熱を感じない。
「フロド」
ガンダルフは決断を迫った。これは彼の旅なのだからと。
寒さに震える同郷の親友たちと、意識を失いかけている人間の少女。
このまま進むわけにはいかないということだけはフロドにも理解できる。けれど他の道のどれが安全なのか、彼にはわからなかった。示されている行き先は二つ。ローハンへの道はアラゴルンが反対している。それならば、残る選択肢は――。
「モリアに行きましょう」
フロドはきっぱりと答えた。
行き先は決まったが、この後が大変だった。来た道は完全に塞がれてしまっていたので新たに通り道を作らなければならない。その作業にどれだけの時間と体力をとられるか想像もつかなかった。
その作業の前に人間の男たちとエルフとドワーフで、周りの雪を崖下に蹴落とし、あるいは踏み固めてちょっとした広さの宿り場を作った。ガンダルフは裂け谷の強壮飲料をみんなに飲ませる。そして宿り場にホビットとを集め、ありったけの毛布や衣類をかぶせた。その甲斐があっての頬には赤みが差し、なんとか危険な状態を脱することが出来た。とはいえいまだ吹雪は止まず、夜は深く、すぐさま下山のために行動するのは無理だった。
どれくらいその場にいたのか。
風がだんだん弱まり、雪も小降りになった頃、ようやくあたりが薄明るくなってきた。アラゴルンとボロミアはかそけき明かりの中、既に雪をかきわけ始めている。場所によっては胸まである雪に苦労しながらもだんだん道が出来てきた。それでも先は長く、待っている者たちは待つ以外には他にやることがない。
「ああ、もう」
しばらくたちと男たちの作業を交互に見守っていたレゴラスは、やおら立ち上がるとすたすたと作りかけの道のほうへ歩んでいた。
「レゴラス？」
が呼び止めるとレゴラスは振り向いて、安心させるようににっこりと笑顔で答えた。
「いくら夜が明けても、このままではまた凍えてしまいそうだからね。先を見てくるよ。もしこの雪の壁が長く続かないようなら、小さい人たちとは私が抱えてつれて行く」
そう言うとレゴラスは出来かけの道ではなく、その脇のでこぼこと積もっている雪の上にひらりと駆け上がった。
「五人だけか？」
雪かきの重労働のせいで息を切らしているアラゴルンは、恨めしげにレゴラスを睨む。レゴラスは軽やかな笑い声を上げた。
「やだなあ、いくら私でも、あなたのように大きくて重たいものを抱えたら雪に沈んでしまいますよ」
では行ってきますと手を振って駆け出すと、レゴラスの姿はすぐに見えなくなった。
一時間ほどして戻ってきた彼がもたらしたのは朗報だった。この大雪は局所的なものだったようで、少し先まで進めば靴の底ほどにも積もっていないということだった。これでこの雪が自然現象のものではなかったことがはっきりしたが、それがわかったところで溶けてなくなるものでもない。
だからやはりアラゴルンたちは自力で脱出しなければならなかったのだった。
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