マダムは今日は休むように言うと部屋を出て行った。
一人になったわたしはベットに倒れこんだ。
昨日の成功もエンジェルへの憧れも、すべてが遠い過去のできごとのようでひどく気だるかった。
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
コンコン、とノックが鳴った途端、わたしの返事もまたずに部屋の扉が開いた。
「!無事だったんだね」
「ラウル!」
「良かった、夢じゃない、戻ってきたんだね!」
ラウルはいきなり力を込めて抱きしめてきた。
「ラウル、苦しい」
息ができなくて、わたしは喘ぎながら抗議の声をあげた。
「ああ、ごめん。つい……」
ラウルは名残惜しそうにわたしを放すと、まじまじと眺めてきた。
彼は昨日と同じ服装で、うっすらひげが伸びていた。
目も赤くなっている。
「あなた、疲れた顔をしているわ」
そっとラウルの頬に手を伸ばすと、その上から手を握られた。
「あんなことがあったっていうのに、家でのうのうと寝ているなんてできるものか。君をさらった奴は誰なんだ?どうやって逃げてきたんだい?」
ラウルの目は真剣で、怖いほどだった。
だけど――。
「さらった、なんて。一体何のこと?」
「!」
エリックのことをこの人に言うわけにはいかない。
「わたしは歌の先生のところへ行ったのよ。さらわれてなんかいないわ」
「まさか、何を言っているんだ。僕は君の楽屋の前で男の声を聞いたんだ!君の声も。なのに楽屋には鍵がかかっていて、開けたら誰もいない。廊下にはまだ大勢人がいたのに、君を見たものは誰もいなかったんだ!」
「だからラウル、わたしは……」
「じゃあ君の歌の先生は透明人間かなにかなのかい?ああ……エンジェルなんだから、見えなくても当然かな」
いらいらしたようにラウルは笑った。
「ラウル……」
わたしは悲しくなってうなだれた。
ラウルは本当にわたしのことを心配していたのだ。
なのにわたしは本当のことを言えないでいる。
「ラウル、わたしは夕べ、わたしに歌を与えてくれた方のところにいたわ。神様に誓って、本当のことよ」
「……」
傷ついたような目でラウルはわたしを見詰めると、「わかった」と言って部屋から出て行った。
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
どこで歯車が狂ってしまったのだろう。
夕べはエリックを、そして今度はラウルを傷つけてしまったのだ。
わたしはベッドに突っ伏して、身も世もなく、泣いた――。
