日曜日。
この日の公演はお休みなので、皆は朝に教会へ行った後は思い思いに過ごす。
わたしはといえば、日曜であってもエリックのレッスンがあるので、ミサが終わると急いで楽屋に戻った。
オルゴールを贈られて以来、わたしたちの間はぐっと良好になっていた。
まだ彼の顔を思い浮かべると不安な気持ちになってしまうけど……いつか慣れることができると信じている。
彼の美しいものを作り出す才能は、外見などで左右されるものではないのだ。
そう考えるとわたしは穏やかな気持ちを持ってエリックに接することが出来たし、エリックも声を荒げたり、激しい怒りの感情を表すこともなくなった。
幸福すら覚えるレッスンの日々が戻ってきた。
しかし―。
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
コンコン。
「はい、どなた?」
レッスンが終わって自室に戻る。
オルゴールを眺めながらぼんやりしていたら、誰かが訪ねてきた。
返事がないのでいぶかしく思いながら扉を開ける。
「やあ、」
「――っ!」
ラウルだった。
わたしは反射的に扉を閉めようとし、ラウルはそうはさせまいと扉を押さえた。
「来ないでっていったでしょう!?」
「いやだと何度も言ったはずだ!」
ラウルはとうとうわたしを押し切り、部屋に入ってきた。
その後にはお仕着せを着た従僕が大きな包みを幾つも抱えて入ってくる。
「ラウル、一体……?」
わたしは訳がわからなくて幼馴染を見上げた。
「外へ出よう、。今日はとてもいい天気だよ」
ラウルは包みの一つを開けてみせた。

イラスト:茨木 汀さま (画像をクリックするとドレスの全体が見れます)
中からは上等のレースやリボンをあしらったドレスが出てきた。
わたしがビックリして目を丸くしている間にも、次々と包みが解かれてゆく。
帽子に靴、手袋に香水、パラソルもある。
「下で馬車を待たせているから、30分で用意できるかい?」
こんなに強引なことを言っているのに、彼ははにかんだような表情だった。
いつまでも少年のよう。
そんなラウルを微笑ましく思った。
だけど、子供の頃のままでいることはできない。
わたしは音楽に身を捧げたのだ。
捧げた相手が本物の天使であっても生身の人間であってもその誓いは変わることはない。
誓いは強い拘束力を持ってわたしに果たすように迫ってくる。
男性と親しく外出するなど、わたしには許されていないのだ。
「ありがとうラウル。でも、行けないわ」
「!」
ラウルは悲しそうな顔で片膝をついた。
「君はこの間の公演以降、ずっとまともに外に出ていないじゃないか。君の先生がいくら厳しくても、君の自由を奪う権利なんかないんだよ」
わたしはなんと言われようと首を振り続けた。
「、君はずっとこんな風に頑なに誰にも会わないつもりなのかい?オペラ座に閉じこもって、優しい風や暖かな日の光を感じることもなく……」
「ここにだって風も光も入ってくるわ」
顔を背けてそっけなく言うと、ラウルは怒ったように顔をしかめた。
「僕が言っているのはそういうことじゃないって、わかっているだろう?もし君が心の底から音楽に一生を捧げるつもりになっていて、それ以外のことは何も考えたくないと言うのなら……悔しいし、嬉しくはないけど、僕はそれでも応援しただろう。僕はオペラ座のパトロンだから、君の音楽の聖堂を支えることができる。それだけを喜びとしてね。だけど、本当はそうじゃないんだろう?君は何かを恐れていて、その恐怖が君をオペラ座に縛り付けているんだ。そしてその恐怖の名前はエンジェルというんだ、そうだろう?」
「そんなこと……」
「違うだなんて言わせない。そんな泣きそうな顔で否定したって説得力がないよ」
わたしは何も言うことができなくて力なくうなだれた。
「、君の身に何が起こっているんだい?いや、どうしても言えないのなら、今は言わなくていいよ。だけど僕は君を愛している。いつでも君のために戦う用意は出来ているんだ」
「ラウル……」
真摯で率直な告白にわたしは呆然とした。
エリックが闇夜なら、ラウルはまるで太陽だ。
明るく世界を照らす確かな光。
彼がいれば、恐ろしいことなどなにも起こらない。そう信じさせてくれそうな。
ラウルはじっとわたしを見詰め、手を取った。
「、僕はエンジェルに宣戦布告をしよう」
「ラウル、何を」
「君の自由を守るために、君の心を守るために」
