ひとしきり散歩がすむとパレ・ロワイヤルまで足を運び、《グラン・ヴェフール》で昼食をとった。
その後はブールヴァール・デ・ジタリアンへ移動し、並ぶ店を冷やかしながら歩いた。
わたしたちは普通の仲のいい恋人たちのように笑い、おしゃべりをした。
夕方近くになっておいしいアイスクリームを出すと評判のカフェで休憩をした。
「ねえ、」
ラウルは冷たいカフェ・クレームのカップを置いて、ふっと真面目な様子でわたしを見つめた。
「どうしたの?」
わたしは食べようとしていたアイスクリームのスプーンを置いて、首を傾けた。
「これからも、こうやって君を誘ってもいいだろう?」
重大なことを告げるように重々しいとすら言える調子でラウルは言った。
「ラウル、でも……」
「エンジェルのことが気になるんだ。あいつは君の自由を奪っただけじゃなく、そのうち君を誰の目にも見えないところに連れ去ってしまうような気がして」
『エンジェル』の話がでたことで、わたしはとうとう考えたくなくて頭の隅っこに追いやっていた事実に向き合わなくてはならなくなった。
ラウルと出かけたことがエンジェルに知られたら、一体どうなるのだろう。
次はないと彼は言ったのだ。
「あいつのことは言えないのなら言わなくていいと言ったから、無理には聞かない。だけど僕を安心させて欲しいんだ。得体の知れないやつに、君の一挙一動を握られていると思うと……。だから、せめて約束をくれないか?オペラの公演のない日は、僕と過ごすって」
可愛い約束。
だけどこんな他愛のない約束でも、今のわたしはすることはできないのだ。
「公演のない日でもレッスンはあるのよ、ラウル」
たしなめるように言うと、ラウルは意外そうに片方の眉を上げた。
「今日もこれから?それともすっぽかしたのかい?」
「もう終わったの。いつもの通り朝からだったんですもの」
するとラウルはむうっとしたように唇を尖らせた。
「どこまで図々しい奴なんだ、エンジェルって奴は」
わたしにはまだエリックを恐れる気持ちは残っているのだが、ラウルがあまりにも嫌そうにいうのでわたしは胸がずきずきと痛んだ。
もうこれ以上『エンジェル』の悪口を聞きたくない。
「ラウル、その話はもうやめましょう」
「、僕は」
「聞きたくないの、お願い」
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
気まずい雰囲気の中、ラウルはわたしをオペラ座まで送ると切なげな眼差しを残して帰っていった。
輝いていた昼間が急に陰りを帯びたように感じる。
明日になったらエリックがわたしに審判を下すだろう。
だけど、ラウルを巻き込むわけにはいかない。絶対に危険な目に合わせたくない。
それだけを決意し、わたしは中へ戻った。
