悲鳴を―あげないでいられたのが不思議だった。

ううん。

驚愕と恐ろしさに金縛りになったようで、喉を震わせることすら出来なかっただけだ。





◇   ◇   ◆   ◇   ◇





わたしが我に返るよりも早く《エンジェル》は怒りに瞳を燃やし、わたしを突き飛ばした。

「なんて奴だ、知りたがりめ!」
悲しみと、絶望と、深い、深い、深い怒りの叫びが響き渡った。
わたしは糸の切れた操り人形みたいにただへたりこんでいた。
「それ」から目をそらすことも、見つめ続けることもできない。
頭の中はぐるぐると渦を巻いて……
正気を保つことすら怪しかった。


「私をアプロデューテの息子だとでも思ったか?愚かなプシュケー!余計な好奇心を持ちおって!呪われろ、詮索好きなパンドーラ!自分で自分の首を絞めるがいい……!」

プシュケーもパンドーラもギリシア神話に出てくる女性だ。
開けてはいけないと言われた箱を開けたパンドーラ。
そのため、世界にあらゆる災厄が散ってしまった。
残ったのは希望だけ。

プシュケーは山の頂上に住む怪物のもとに嫁がなくてはいけないというお告げを受け泣く泣くその通りにしたのだが、『怪物』だというのは偽りで、本当は美の女神アプロデューテの息子エロースだったのだ。
アプロデューテがプシュケーの美しさを妬んでいたので、エロースは姿を現すことができなかったのだ。
眠っているところを見られたエロースはプシュケーのもとを去ってしまう。
神話では最後にプシュケーは幾つもの試練を乗り越えてエロースと正式に結ばれるが……。



わたしには希望は残されておらず、目の前にいるのは、美しい愛の神ではなかったのだ。