人々の怒声が徐々に大きくなってきている。
水にぬれたウェディングドレスを引きずり、わたしは部屋の奥へと歩いて行く。
マスカレード……
顔を隠そう
誰にも見つけられないように―
暗闇の中で歌声を発する人は、急に小さく頼りなくなったように感じた。
ここにいるのはもうオペラ座の怪人ではなく、排斥されるばかりの人生に疲れた一人の男だった。
歩みを止めるとエリックは顔を上げる。
わたしの代わりのように抱えられていたヴェールがやけに眩しかった。
「……。愛している」
告げられた言葉には脅しも懇願もない。
どんな思惑も混じっていない、純粋な彼の気持ち――。
わたしは自然に微笑を浮かべていた。
彼の手からヴェールを取り、自分の頭に乗せる。
信じられないものをみるように見詰める彼の両手を取り、包んだ。
「エリック。どうかわたしを連れて行って。わたしを離さないで」
「あなたを愛しているわ」
