エレナカレン率いるヤンタ勢を後方から監視すること数時間。前方で大きな動きがあったらしく、にわかに活気がついた。
「頃合、かな」
 スランドゥイルは呟いた。
 そろそろ日が森の向こうに落ちてしまう。いい加減動きださなければ戦わずして負けていたところだ。
 動き出したのは父かタルランクか。誰も動き出さないので業を煮やしたのか、何か考えがあるのか。
(さっぱりわからん。確認をしたいが、実際の戦いでそうそう分散した味方と連絡がつくはずもないしな……)
 ラークとアラウダに頼めば引き受けてもらえるだろうが、彼らにはすでにずいぶん助けられている。小さな身にこれ以上負担をかけたくないというのが本心だった。
 なのでスランドゥイルは二羽にしばらく自分から離れているように告げた。これから最終決戦を始めると。
 ヤンタ勢に気付かれないよう小さな声で囁いただけだったが、周囲の配下には聞こえたようだった。表情を引き締め、武具を握りなおす。
 スランドゥイルは彼らを一瞥した。
「聞いてのとおりだ。これより我らも行動を開始する。父かタルランクか、はたまたマキリオンか、誰から動き始めたかは知らぬが、今が好機だ。この混乱に乗じさせてもらおう」
 でないとただ時間切れになるだけだからな、と続けると、失笑があちこちから漏れ聞こえてくる。
「全員、このまま前進しろ。そして向こうが攻撃範囲に入ったら、状況を見つつ順次攻撃開始。運がよければエレナをおびき出せるだろう」
 もっとも数の差は大きい。エレナが出てくる前に全滅する可能性はある。だがそれは言うまでもないことだった。
「では始めるか。皆、戻ったら旨い酒が飲めることを祈っている」
 にやりと笑ってスランドゥイルはフードを被りなおした。彼らも身なりを整えると、健闘を祈るというように軽く指をひらめかせる。
 矢を弓につがえ、いつでも引き絞れるようにしながら隠れていた木の幹からさっと駆け出した。別の木の幹や藪に身を潜めながら、一団は静かに進んでゆく。
 しばらくすると弓の射程範囲に最後尾の連中が入るまでに近付く。後ろも警戒しているので、時折こちらを振り向いてくるものの、やはり前方の結果が気になるらしく、見張りの目は先ほどより少し緩んだように思える。
 無論、罠かもしれない。向こうが射程範囲に入ったということは、向こうにとってもこちらを攻撃できるようになったということだ。自分たちが動かず、こちらに動いてもらおうという考えている可能性は十分ある。
 しかしもうぐだぐだと考えるのはやめにした。動いたら負けるかもしれないが、動かなければ確実に負けるだけなのだ。ならばやるしかない。
 攻撃を開始すべく、弓を持つ手に力を込めた。ふと目の端で誰かが木に登ったのが見える。
 上にいた方が見晴らしは良いだろう。スランドゥイルも音を立てないように隠れていた木の幹をよじ登る。
 葉陰になるよう体勢に注意し、ヤンタ勢を窺う。同じような色合いのフードとマントをまとった者たちが大勢目に入った。観察してみると、前方ではかなり激しい動きがあるが、中心あたりからは緩やかになり、後方になるとまったく静観しているように感じる。
 自分たちの人数はヤンタより少ないとはいえ、本気で相手をする必要もないと言われているような気がした。面白くない思いで観察を続けると、ふと気になるところがでてきた。
 軽く手を振って近くにいる兵の関心を集める。スランドゥイルは指を指して彼らの視線を誘導した。
 似たり寄ったりのフード付きマントを身に纏っているヤンタ後方部だが、一部にやや人員が集まりすぎているのではないかと思われる場所があった。高いところから見通したおかげで見つかったのだが、もしかしてそこにエレナがいるのではないかと思った。
 兵もスランドゥイルの意図を理解したらしい、頷いたり目配せしたりと反応を返してきた。続けて下を指差し、何人かの地上にいる配下を指差す。彼らにも攻撃目標の具体的な場所を伝えておきたかった。そうと察した一人が木を降りて近くにいた数人にそれを伝える。さらに彼らが周りにいる者たちに伝えていった。波紋が広がるように静かに情報が伝達されてゆく。
 スランドゥイルは弓を引き絞った。目標を狙い定め、放つ。
 矢は空を切り、命中した。兵の放った矢も時おかずにして次々とヤンタ勢を倒してゆく。スランドゥイルの確認した限り、狙いを外した矢は一本もないようだ。素晴らしい成績だと満足するのもつかの間、怒涛のように矢があられと降ってくる。
 ヤンタは大きく場所を動く気はないらしい。それよりも数で押してくる気だ。
 わかっていてもどうにもならない。スランドゥイルは隠れながらも矢を放ち、すぐに身を潜めることを繰り返す。幸い枝や葉の多い木が、矢の雨の勢いを弱めてはくれるが、それも時間の問題だった。矢の数は限られている。あくまで戦い続けるというのなら、尽きたときには短剣しか使えない。しかし短剣では、あちらに近付こうと飛び出した時点で狙い撃ちにされるだろう。
 誰かが放った幾本かの矢が、後方中心部の数人に命中する。陣形が崩れて隙間ができた。
 全員がフードを目深に被っているが、その中でもずいぶんと細身の人影が目に入る。
 あれがエレナかもしれない。スランドゥイルはとっさに矢を引き絞るとそれ目掛けて放った。
 目的の人物が動いたので、矢はその人物の少し横を通り過ぎ、別の人物に当たる。数が多いと狙いを外しても別の誰かに当たるからある意味助かるな、などとスランドゥイルは場違いなことを考えた。
 そうしている間に矢がスランドゥイルの脇をかすめた。当たってはいないが、風圧で頬に軽く痛みを感じる。あの人物が真っ直ぐにこちらを見ているような気がした。
 反射的にスランドゥイルは枝の上に立ち、指差した。
「エレナはそこだ! 狙え!」
 号令をかけると、次々と矢が指し示す方へ飛んでいった。中には身を潜めているところから飛び出すものもいる。
 エレナらしき人物は何かを叫んだようだった。しかし喧騒にかき消されて何を言っているのかはわからない。
 ふと、ヤンタの攻撃が緩んだ。かと思ったら一斉に矢が放たれ、一気にアンナの人員が奪い去られる。
 審判が飛び出してきて、行動不能を告げる声が次々と響いた。この攻撃に巻き込まれて染料のついている審判もいるが――中には本当に攻撃が当たった審判もいるだろう――審判は戦いには関与しないので、どれだけ攻撃を受けても構わないのである。
 スランドゥイルの背中を冷や汗が伝った。再び身を潜めたが、心臓が激しく打っているのが感じられる。
(わざと、外した……)
 あの一斉攻撃で自分が無事だったのは、意図的にそうされたのだと感じた。
(エレナ……!)
 なんのためにそうした。副将である自分を倒せば、優位のヤンタはさらに優勢になるはずなのに。
 目的は捕獲か。手勢がほぼ奪われた自分にはもう抵抗できる手段はない。
 歯噛みしているところへ、
「スランドゥイルー!!」
 名を呼ばれた。聞き間違える事などありえない。エレナの声だった。
 頭をふるってフードを外すと冴えた銀色の髪が目に入った。
「苦戦しておるようじゃのう」
 言葉に笑みを含めて彼女は叫ぶ。言いながらもずんずんとこちらへ突き進んできた。周囲の兵は慌てて彼女を押しとどめようとするも、エレナは意に介さない。邪魔だとばかりに押しのけてゆく。
 何をするつもりだろう。一応自分はまだ戦闘ができる状態なのだ。ヤンタからの攻撃は止んだが――それもエレナの指示だろう――だからといってこちらも攻撃をやめなくてはいけないわけではない。いまのエレナは隙だらけだ。走っているが、狙えないわけではない。
(撃つべきか……?)
 戦闘中の混乱の最中であればともかく、多くの目が自分たちを見ている状況だ。ここで彼女を撃ったらルール上問題なくとも非難がこちらに集中しそうな気がする。
「……動ける者は集まれ」
 近付けば近付くほど、エレナを取り逃がしにくくなる。焦らずとも大丈夫だ。そう自分に言い聞かせてスランドゥイルは味方に召集をかける。無傷の者、行動可能の判断をされた者は、合わせて二十人にも満たなかった。
 ここまで減れば、無駄なあがきをする気力もなくなるな。そう思ったことで余計な重荷が消えたような感じがした。妙に落ち着いた気分でエレナの到着を待つ。
 彼女は少数の共だけを連れてスランドゥイルの前に立った。もっともスランドゥイルは枝にあがったままなので、彼女もやや向かいの枝の上に立っている。渾身の力を込めて投げつければ短剣でも届くような距離だった。
「一体何の真似です?」
「せっかくだ。わたくしと差しで勝負しよう」
 エレナは朗らかな声で告げる。
「一対一ということですか?」
 確認すると、彼女は頷く。
「酔狂なことを。さっさと私を捕らえるなりなんなりすれば勝負はついたようなものでしょうに」
「確かにね。だがどの道勝つのはわたくしたちのチームなのだから、多少余分なことに時間をかけてもかまわないだろう。日暮れまでまだ少しある」
 ちらとエレナは西に目を向けた。太陽は森の向こう側、木々の頭で半分ほど隠れてしまっていた。完全に没するまで一刻もないだろう。
「随分な自信ですね。せっかく勝利が確定しつつあるのに、自ら投げ打つつもりですか? 一対一となれば、あなたが負ける場合もある。そうしたら勝利はスーレのもの……。私は構いませんよ。逆転の機会をいただけるようなものですから」
 エレナは苦笑しながら首を傾げる。ほのぼのと見つめられて、スランドゥイルはむっとした。
「その点については大丈夫だろう。わたくしを甘く見ないほうがいい。そなたとは年季が違うのだから。朝からずっと、周囲をがっちり囲まれて、碌に戦いに混ぜてもらえなかったから、退屈で退屈でたまらないのだよ。最後くらいわたくしにも活躍させておくれ」
 そんなこと、予想できたことじゃないか。言い返そうとしたがやめた。エレナの供回りたちが、そっと肩を落としていたからだ。おそらく朝からエレナと戦わせろ駄目だの応酬を繰り広げていたのだろう。その役目は普通に戦うより大変だったに違いない。
「わかりました。そこまでおっしゃるなら」
スランドゥイルは部下たちに離れるように指示を出す。
 エレナは嬉しそうに弓を構えた。大言を放っただけではないことはそれでわかる。構えは堂に入ったものだった。
(もしも彼女が森エルフの流儀に精通しているのならば、弓の腕は自分より上だろうな)
 対抗して構えたものの、スランドゥイルは冷静にそう判断した。弓での攻防では勝負にならないだろう。ならば弓を使うと見せかけて、そうせず、移動して距離を縮めよう。接近戦に持ち込めればしめたものだ。力勝負ならば簡単に負けはしまい。
 構えた矢をエレナに向ける。ぎりぎりまでこれで戦うと思わせるのだ。
 静かに見据えながら、互いに様子を探る。先に放ったのはスランドゥイルだった。エレナはわずかに横に動く。そして彼女も放った。
 大勢で撃ち合いをしているならともかく、一対一での弓の勝負など、よけるのは難しくない。互いに攻撃しながらも二人は足場をどんどん変えてゆく。
 しかし動き方は違った。エレナはスランドゥイルから一定の距離を保ったまま場所を変えようとする。対してスランドゥイルは彼女に接近しようと前へ前へと進むのだ。
 エレナの顔がとまどったように歪む。
(思ったとおりだ。彼女は接近戦を避けようとしている……)
 一気に間を詰めようと、スランドゥイルは枝を強く蹴った。枝と枝の間を大きく跳ぶ。もう二度も跳べば彼女をつかめる。そうしたら一気に捕獲だ。
 次の枝に到着すると、彼女が動く先を視線や体勢から判断して方向を調整する。再度の跳躍。しかし、次の枝に到着した頃にはエレナの姿は忽然と消えていた。
 思わず目を見開く。彼女の動きはずっと目で追っていた。見失うはずはない。反射的にそう思うも、エレナがいないのは確かだった。焦ってあちらこちらを見渡す。
 いた。
 彼女は地上に降りていた。木と木の間を縫うようにジグザグに走っている。
 釈然としないながらも、スランドゥイルも枝から降りた。走る速さはどちらが早いだろうか。
 エレナが曲がると、先回りをするようにスランドゥイルも方向を変える。
 体力差か足の長さの差か、徐々に間は狭まって、もう少しで彼女のマントに手が届きそうになった。
 エレナもそのことに気がついたらしく、ちらりと振り返り、首に手を当てるとマントを外した。布の塊がスランドゥイルを襲う――はずだった。
 とっさに彼は腕で顔を覆った。すぐに振り払えるように。
 しかし衝撃は後ろからきた。
 前からは何もない。霞のようなものが腕をかすめただけだった。
「勝負あり! スランドゥイル殿、戦闘不能!!」
 審判の声にスランドゥイルは呆然となる。いつの間にか足は動きを止めていた。前にいたはずのエレナはいない。そしてマントには、紛れもない染料の赤がべったりと染み付いていた。足元には当たって跳ね返されたと思われる矢の残骸も転がっている。
「もうちょっと手ごたえがあると思うていたのに。拍子抜けだの」
 後ろからエレナがにこにこと笑いながら近付いてくる。
「エレナ……?」
 混乱したスランドゥイルは何度も瞬きをしながら伯母を見つめた。
「うーむ。まだわかっておらんようだのぅ」
 眉間にしわを寄せてエレナは唸った。
「私の負け、らしいですが」
「うむ、そなたの負けだ」
 そして私が勝った。とエレナは胸を反らす。
「あなたは私の前を走っていたと思ったのですが」
「そう見えただろうね、そなたには」
 なんとなくわかった。スランドゥイルは頭を抱えた。
「魔法を使ったんですね」
 そういえば、と思い出す。彼女は幻術を使えるのだ。いつの間にか自分はその術中に陥っていたらしい。いつから発動していたのか、まったく気付けなかった。
「一体いつの間に」
「それを言ってはつまらなかろうよ。そなたの動きからそなたの考えていることは大体把握した。接近戦で体力勝負に持ち込めば勝てると思ったんだろう?」
「……その通りです」
 エレナは微笑む。
「初めてわたくしと戦う男は皆似たり寄ったりのことをする。だから初戦ではわたくしは負けることはないのだよ。型にはまりすぎていて、こちらとしては張り合いがなさすぎるくらいだ」
「……」
 返す言葉も見つからない。頭をかかえてうずくまりたい気分だった。
「さすがに二度目以降は警戒されるけどね」
 目の前に立ったエレナはスランドゥイルの額をつつく。
「ま、気を落とすでないよ。こういうやり方は変則的だ。わたくし自身、それはよくわかっている。だがわたくしは男ではない。女だ。作法に則った戦法で負けるより、卑怯だろうとわたくしが勝てる方法を選ぶ。……そうそう死んでもいられない身の上だからね」
 一際大きなどよめきが遠方から起こった。スランドゥイルは音のする方へ顔を向ける。
 エレナが呟いた。
「マキリオンが勝ったようだ。ということでわたくしたちの優勝が決まったな。日が没する前に決着がついて良かったこと」





 中心地に戻ると、すでに宴会の用意はできていた。着替えるのもそこそこに集まって、思い思いに杯を取る。よほどくたびれたのだろう、一気に飲み干す者も多かった。
 スランドゥイルは派手に汚れたマントを外しただけでそれに加わる。オロフェアやタルランクも同様だ。汚れすぎたシリンデは着替えをしに屋敷へ戻っている。
 ほどほどに集まったとみると、エレナは相変わらずのズボン姿で演説をし始めた。
「では諸君、ご苦労だった。ここでいつもなら勝利チームだけで宴会だったんだが、今回は三チームで行ったので慰労会も兼ねて全員参加でやろうと思う。が、それだと優勝したヤンタの皆は納得せんだろう」
 その通り、という笑いを含んだ声があがる。エレナはまあまあと制した。
「なのでヤンタには特別な賞品をやろう。ヤンタはわたくしとマキリオンとで指揮を執った。そして優勝した。ということはわたくしにも警備隊の隊長を務めるくらいの力量はあるということになるだろう。というわけで今後はわたくしも警備隊の特別隊長としてそなたらと共に戦おうかと思う。どうだ?」
「姉上……。さすがに、それは……」
 エレナの演説の途中から、皆の顔がだんだん強張っていった。確かに彼女には戦いの才能はあるだろう。しかし指揮官として警備隊にいてもらいたいとは思わない。むしろ逆だった。
 そんな彼らの気持ちを読んで、オロフェアが取り成そうとする。エレナは不満そうに頬を膨らませた。
「嫌か」
「どうか姉上は後方でどっしりと構えていてください。それでこそ警備隊も全力を尽くせるというものです」
 その通りだと男たちは一斉に頷く。エレナは肩をすくめた。
「つまらんのう。まあよい。となると他に褒美に出せるものなど酒くらいしかないぞ。うちの地下にある奴だ。年代ものの葡萄酒だよ。あまり数がないから今回限りしかできん。それでいいか?」
 おお……。とどよめきがあがる。今度は不満を唱える者はいないようだ。そうと知ってエレナはますます渋面になる。
「そなたら……。わたくしよりも酒がいいのか」
しかしグラシエルとグラジエルに地下室に品を取りに行くよう言いつける。双子達は手伝いの女たちを引き連れていった。
 とっておきの酒が振舞われると、ヤンタに所属していたものたちは大いに盛り上がった。それをうらやましげに眺める他の二勢力。彼らは自棄とばかりに通常の葡萄酒を呷っていった。審判たちも加わり、騒ぎは一層激しくなる。
 スランドゥイルの隣にはエレナが座っていた。自分の持っている杯の中身より、香りも色も一際深いそれにはやはり興味を引かれる。
「やらんぞ」
 わざと杯を遠ざけるように、彼女は腕を伸ばした。
「ええ、私たちは二位ですからね」
 苦笑しながらスランドゥイルは答える。
「おや」
「え?」
 エレナが驚いたようにスランドゥイルの頭上を見つめる。つられて目をあげると、すっかり日の暮れた空からひばりが二羽、降りてきたのだった。ラークとアラウダだった。
「よくこれたな。そなたらは夜に飛ぶのは苦手だろうに」
「平気よ。ここ、明るいもん」
 アラウダはちょいちょいと跳んでスランドゥイルの肩にとまった。
 ラークも畏まって同意を示した。
「そなたらには助けてもらったからな。礼をしなければいけないと思っていた。しかし何をすれば礼になるのか、私にはよくわからない。何か望みはあるか?」
「いえいえ、礼などには及びませぬ。わたくしたちはエルフの君のお役に立てる光栄だけで十分で……」
 ラークの言葉を遮り、アラウダが叫んだ。
「髪の毛をちょうだい! きらきらの髪の毛!」
「髪? 私のか?」
 思わず自分の髪を一房つまみながら聞き返すと、アラウダは何度も頷く。
「そうなの。ほしいの。それで巣を飾るの。きらきらするの!」
 興奮する妻にラークは慌てていさめようとする。しかしアラウダはきっと夫を睨みつける。
「あたしはきらきらがほしいの。そのために頑張ったんだもん! だから頂戴。髪の毛頂戴!」
 ラークは涙目になって妻とスランドゥイルを交互に見交わした。
「アラウダ落ち着け。髪くらい、別に惜しみはしないが、しかしいいのか?」
「何が?」
「下手に目立つもので巣を飾っては、狙われやすくなるぞ。わかっているか?」
 具体的な内容を言う事は避けたが、アラウダにも意味は通じたようだ。むむ……という様子でくちばしを噤む。
「そう心配しなくとも大丈夫だよ」
 横からエレナが割っている。
「そうですか?」
「ああ。エルフの身体の一部だもの。お守り程度にはなるだろうよ。髪の数本程度なら、効果は長続きはしないだろうけどね。この子らのヒナが巣立つ時くらいまではもつだろう」
「そうか。それなら」
 スランドゥイルは根元から二本ほど引き抜くと、運びやすいように丸めて渡した。長さがあるので、ひばりの大きさにくらべて量が多いようにも見えるが、アラウダは喜んでくちばしに挟むと、もごもごと礼を言いながら飛んでいった。ラークも慌てて後を追う。
「……ひばりに力を借りたのか。そなた」
 確認するようにエレナが問う。
「ええ。あのような小さきものたちの力を借りねば、二位にもなれなかったでしょう。不甲斐ないと思わなくもありませんが、正直助かりました」
「んー……。悪いこととは言わぬがな」
 エレナの答えは随分歯切れの悪いものだった。
「そういえばラークが言っていました。演習は彼らにとっていつも突然始まるので驚くと」
「ああ、それは悪いことをしてしまったのぅ」
「彼らの交流網は意外に広いようです。始まる前に近くにいるものを呼び寄せて伝えてみては? 関わりたくないと思えば事前に逃げる事もできましょうし」
「そうさのう。彼らは大抵すばしこいのであまり心配することはないだろうが、巻き込まれる可能性がないわけではないからの。そうするか」
 巻き込まれ、と聞いてスランドゥイルは落ち込んだ。今回は無事だったから良かったものの、矢の飛び交う戦場で二羽が無事で本当に良かった。できることならこのようなことは二度としたくはない。
 そして気がついた。彼女たちが動物達の力を借りないのはそれを慮ってのことだろうと。スランドゥイルがそう話すと、エレナはけげんな表情になる。
「いや……。力を借りるも何も、無理だろう」
「なぜです?」
「お前を助けたというその野うさぎやラーク、アラウダといったものたちは、やいのやいのとやりあっているのがエルフ同士だとわかっていたから協力したのだろう。これが本当の戦いだったら一目散に逃げるだろうよ。それが彼らが生き延びる術だからだ。彼らにはオークやゴブリンなどとやりあう力はない。大鷲一族のようなものはむしろ稀なのだよ」
 その通りだった。返す返すも己の認識の甘さに呆れてしまう。
 恥ずかしさに居たたまれなくなっていると、エレナが馬鹿に優しい微笑を浮かべて、力づけるように肩を叩いた。
 それでますますスランドゥイルは情けない思いに駆られたのだった。





あとがきは反転で。
ようやく演習が終わった……。
しかしアラウダは強烈な子だったな。(また出るかどうかは私にもわからん/笑)




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