++ 拷問部屋におけるエリックの天才性の証明 ++
固っくるしいタイトルですが、難しくはないからいきなり帰らないでくださいね^^;
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エリックは類まれな才能を幾つも持っていることは反論の余地がないところでしょう。
原作では音楽、建築、発明、手品(腹話術も含む)、殺人術などが主のようです。
映画版や舞台版では発明や手品の才能が発揮された場面は特になかったですが(罠を張り巡らせたのが発明や手品の一環に入るのであれば別ですが)、上記のようにはっきりと書かれていないものも含めるとまだあります。
エリックは楽器演奏も得意のようで、原作ではヴァイオリン、ハープ、ピアノを演奏しています。
オペラを作曲しているとことからも、文学的な知識もあったことが窺えます。
建築は、春日は詳しくないのですが、数学的な知識が必要なのではないでしょうか。
発明には科学や物理。また、外国を幾つも点々としたので、語学。
(そういや、音楽家としての才能があるエリックは耳がとても良かったのではないかと考えています。だから外国語なども覚えやすかったのではないだろうか…)
一人暮らしをしているので、家政能力。どんな風に調理したのかわからないけど、クリスのためにザリガニと鶏の手羽先を用意していましたっけ。
えーと、他にもまだ何かあったかな。
とりあえず、こんなものかな?
が、それらの才能がどの程度のものか、ということまでは実はあんましわかってない。
音楽に関しては、「勝利のドン・ファン」は原作では実際には上演されなかったわけで、それが同時代と比べてどれだけ凄かったか、まったくわからない。
歌は滅茶苦茶上手だったみたいだけど、サイト上では再現は無理。
建築も、どんなものを作ったのかはわかんないしね。
が、一つだけ考察できそうなほど描写のあるものがあります。
それは「拷問部屋」です。
拷問部屋の科学的解剖
まずは拷問部屋がどのような仕組みになってるか、わかるところを抜き出してみましょう。
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私たちは、小さな正六角形の部屋の真ん中にいた……部屋の六面の壁の内側には鏡が張ってあった……うえからしたまで……どの隅にも、あとから鏡が継ぎ足してあるのがはっきりわかった。……シリンダーのまわりで回るようになっている小さな扇形……そう、そう、あれにも見覚えがある……さらに、隅のほう、その小さな扇形のうちのひとつのおくに、鉄の枝を広げる鉄の木……首つり用の木だ。(角川版 372頁)*「私」はダロガ(警察長官)のこと。
私は考えた。そのドアは、向こう側からは、普通のドアのように鍵であけられる。しかし、こちら側からは、バネと釣り合い錘であくようになっていて、それは容易には見つからないだろう。(同版 378頁)*「私」はダロガ(警察長官)のこと。
「そんなこと、すぐにわかるさ……いいかい、可愛いクリスティーヌ、私のいとしい人……ドアをあけなくても、拷問部屋のなかの様子はわかるんだ……どうだ、覗いてみたいか?……ちょっと待ってくれ!……もし、ほんとうにだれかいるのなら、あそこの、天井のすぐ近くに、目に見えない窓があって……その窓の黒いカーテンをあけて、こちら側の明かりを消せばいいんだ……さあ、これでいい……明かりを消そう!おまえ、暗がりは怖くないよねえ!お婿さんがいっしょにいるんだから!……」(同版 387頁)
そのとき、私がなによりも恐れていたことが<自動的に>始まった……突然、あたりにまぶしい光が射しこんできたのだ!そう、まるで部屋中がぱっと燃えあがったようだった。シャニー子爵は、そんなことをまったく予想していなかったので、驚きのあまりによろめいた。すると、隣の部屋で、怒声が轟いた。
「やっぱり私の言ったとおり、誰かいるんだ!……ほら、窓が見えるようになっただろう?あの、光っているところだ!……ずっとうえのほうだよ!……この壁のむこうにいる者には、あの窓は見えない!(後略)」(同版 388頁)*地の文の「私」はダロガ(警察長官のこと)
「これはいったいどういうことなの!……壁がすごく熱い!……焼けるように熱いわ!……」(同版 395頁)
まえにも言ったように、そのときシャニー子爵と私がいた部屋は、正六角形で、全体が鏡張りになっていた。その後、とくに一部の博覧会場などで、それとまったくおなじような造りで、<幻影の館>とか<錯覚の宮殿>などと呼ばれるものが見られるようになった。しかし、そういう仕掛けを発明したのはエリックただひとりだ。彼は<マザンダランのバラ色の時代>に、私の目のまえで、他にさきがけてそのような部屋を作ったのだ。鏡の作用で、実際の部屋が六つの六角形の部屋に見え、その一つ一つが無限に増えるので、隅のほうに、たとえば柱のような、なにか装飾的なモチーフを一つおけば、たちまち無数の柱の並ぶ宮殿が出現する。むかし、<サルタンの寵姫>を楽しませるために、彼はそういう装置を作り、それが<無数の神殿>になった。だが、<サルタンの寵姫>がその子供だましの仕掛けにすぐに飽きてしまったので、エリックは彼の発明品を拷問部屋に改造したのだ。隅のほうに柱などをおくかわりに、彼は、前景に一本の鉄製の木をおいた。その木は本物そっくりで、彩色した葉もつけてあったのに、なぜ鉄でできていたのか?それは、その木が、拷問部屋に閉じこめられた<受刑者>のいかなる攻撃にも耐えられるほど、頑丈でなければならなかったからだ。のちに、子爵と私が二度にわたって攻撃したように、そのようにして作りあげられた室内の光景は、部屋の隅のシリンダーが自動的に回転すると、またたくまにべつの光景に変わった。シリンダーは三つに区切られ、それぞれが鏡の角にぴったり沿い、装飾的モチーフを支えていて、三つのモチーフがかわるがわる現れるようになっているのだ。
その部屋の壁には、受刑者がつかまれるところはまったくなかった。なぜなら、どんなに手荒に扱ってもびくともしない装飾的モチーフをのぞけば、部屋はすべて鏡張りで、その鏡は非常に分厚く、あわれな男が怒り狂って打ち割ろうとしても壊れる心配はなかった。それに、部屋にほうりこまれるとき、受刑者は素手で素足だった。
家具はなにもない。天井は明るく照らされていた。のちに一般に模倣されるようになった独創的な電気暖房装置によって、部屋の温度がいくらでもあげられ、室内の気温を自由に調節できるようになっていた……。(同版 396−7頁)*「私」はダロガ(警察長官)のこと。
私たちのまわりには、沈黙と、草一本生えていない広大な大地、岩石におおわれた砂漠があるばかりだった……こんな荒涼としたところで、私たちはこれからいったいどうなるのだろう?……
私たちは、暑さとひもじさと喉のかわきのせいでほんとうに死んでしまいそうだった……とくに耐えがたいのは喉のかわきだった……やがて、シャニー子爵が肘で体をささえて上体を起こし、地平線上の一点を指さした……彼はオアシスを見つけたのだ!……そう、はるかかなた、砂漠のむこうにオアシスがあった……オアシスには水があった……鏡のように澄みきった水……その水には鉄の木の影が映っている!……ああ、あれか!……それは、拷問部屋の三つの光景のひとつ、<蜃気楼の場面>だったのだ (同版405頁)*「私」はダロガ(警察長官)のこと。
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はい、ここまで。
ちょいと長いですので、読み飛ばした人もいるでしょうからまとめましょう。
拷問部屋の形状は
・正六角形の鏡張り
・鏡は非常に分厚い
・天井までの高さはかなりある
・それぞれの隅にモチーフがある(正確な数はわからないが、2つ以上。なぜなら、<蜃気楼の場面>では、オアシスに鉄の木の影が映っているとあるから。つまりはオアシスのモチーフと鉄の木のモチーフが同時に出ていたということになる。あるいはモチーフのある隅というのは三つかもしれない。全種類同時に出せるように。それか、全ての隅にあるかだ)
・モチーフは「鉄の木」「岩石まじりの砂漠」「蜃気楼のオアシス」の三つ
・内側には出入りするための仕掛けがあるが、隠されているのでそれとはわからない(引用部分にはでてこなかったが、その隠し出入り口は床にある)
・外側から見ると普通のドアがある
そして拷問部屋の装置として
・監視用のマジックミラーがある
・熱帯の真昼を感じさせるほど明るい照明がある
・部屋の温度を自由に変えられる電気暖房装置内臓
・その暖房装置は壁に組み込まれているようだ
・モチーフを支えるシリンダーは自動で動く
以上。
形状に関しては、とくに考えることはなさそうです。
部屋が六角形なのは、モチーフとの兼ね合いがあったからでしょう。
モチーフはシリンダーに三つに区切られて回さなくてはいけないので、つまり、
360°÷3=120°
120°の内角を持つのが正六角形です。
他の正多角形でやろうとしたら、正三角形の60°(モチーフ数6個)か正方形の90°(モチーフ数4つ)のどちらかです。正五角形と正八角形では360で割り切れませんので事実上の不可といえます。
正方形の部屋でもいいような気はしますが、これだと鏡の枚数が少ないと感じたのかもしれません。
ちなみに、引用はしませんでしたが、エリックはモチーフに合わせて効果音も出しています。これは自動ではなくて自分で。
<蜃気楼の場面>では昔のコントなんかでたまに見たりしたような、箱に小豆を入れて傾ける…というのと非常に似た手法で水の音を出しており、管理人、思わず顔がにやけてしまいます^^;
なんか、可愛いぞ。
(しかしすぐそばではクリスティーヌがえらい目にあってるし、ダロガもラウルも死にそうになっているので、笑ってるバアイではないのだが)
拷問部屋を科学してみよう
それでは拷問部屋で使用されている装置に関して、それぞれ見てゆきましょう。
★ 一つ目、マジックミラー ★
これはドラマに登場する警察の取調べ室などで見た方も多いでしょう。オフィスビルが全面鏡張りになっているところもありますね。
そういうところで使われている、片方から見れば普通の鏡、もう片方から見れば反対側が丸見え、というものがマジックミラーです。
原理は至って簡単なもの。
普通の鏡にはガラスにアルミニウムや銀が張られています。
普通の窓ガラスでも、外から中を見ようとするとき、明るい間は見えにくいけれど暗くなると良く見える。内側から見るとその逆、という現象が起きます。
それはガラスが光を通すと共に反射もしているからです。明るい方から見れば、反対側は暗いのですから、それだけ向こう側からやってくる光がないので、光が反射し、反対側が見えにくくなるのです。
マジックミラーというのはそんなガラスと鏡の半々の性質を持っているものなのです。
銀張りをしてしまうと鏡になってしまうので、半透明の水銀を代わりに塗ります。
そうすると、暗くなった側にはガラスのように向こう側が見え、逆に明るい側には鏡にしか見えなくなります。
ちなみに、マジックミラーかどうかを見分けるには、鏡に何か明るいもの(マッチや懐中電灯など)を近付ければいいのです。
向こう側が見えたら。
それはマジックミラーです。
★ 二つ目、電気暖房装置 ★
拷問部屋で使用されている暖房というのは、壁が熱くなっているというクリスティーヌの証言から、壁に仕込まれていると考えられます。
その肝心の電気暖房装置というのは、いつ頃からあったのかといいますと
1887年にW・リー・バートンがアメリカで特許を取りバートン・エレクトリック社が
2年後に発売した。「エレクトリシャン」誌の記事によると、「鋳鉄製の四角い箱に抵抗コイルを入れたもので、コイルは乾燥した粉末粘土に埋め込まれている。これは、熱を吸収して電線が焼き切れるのを防ぐためである。暖房機自体の温度はこれで約93℃
まで上昇する。
そうです。私、これの出典となった本を入手できませんでしたので、コピペさせていただきました。こちらのサイトからです。
とにかく、どうやら記録として残っているものとしては1887年のようです。
さらには温度は93℃まで上がるのですから、エリックがこれと同じような原理で拷問部屋の暖房装置を作ったとしたら、人を「蒸し殺す」(「焼き殺す」のような気もする)ことはできるでしょう。
同じ仕組みでないにしても、真夏の熱帯を感じさせるくらい温度を上げるものではあるのですから、結果的に中の人間は同じ目に合うのでしょうし。
ああ、なんだかワタシ、自分が犯罪者になったような気分になってきました(-_-;)
まずいまずい。
しかし、思うに、拷問部屋を熱するのは、暖房装置だけではなさそうです。
なぜなら、照明もあるからです。
★ 三つ目、照明 ★
エリックが使用していた照明が何か、ということは具体的な名前はあがっていません。しかし昼のように明るくなるあたり、裸火(蝋燭、ランプ、ガス灯)ではないでしょう。それらでは明るくなるのに限度があります。
考えられるケースは2つあります。
アーク灯か白熱灯です。
アーク灯というのは、現在ではどうやら一部医療用として使われているようですが、照明としては使用されていないもようです。
原理は、管理人にも実はよくわかりませんし、お読みの皆様にとってもツマラナイと思われますので、割愛しますが、鹿島茂先生の『パリ・世紀末パノラマ館』の電気照明という項目によりますと、
電気照明の先駆けとなったものとしてはイギリスのデイビーが一八一二年に発明したアーク灯がある。このアーク灯は二本の炭素棒電極が放電で白熱する現象を応用したものだが、実用にいたるまで驚くほど時間がかかった。
その理由は、アーク灯が基本的にロウソクと同じように「燃え尽きて」しまうものだったことにある。つまり、あまりに早く燃焼するアーク灯は一種の巨大な花火のようなもので、特別な祭典のような野外ページェントにしか用いられなかった。また改良が施され、燃焼時間が延びてからもアーク灯はまぶしすぎたので、照明として使われるのは広場や工事現場などの広大な空間に限られていた
のだそうです。
また、現在医療用として使われているアーク灯は強烈な紫外線と赤外線を発するそうで、それがアーク灯のもともとの特性だとするのであれば、そんなもんを室内に設置するのは危ないと思います。
一方の白熱灯は――。
これは、現在でも使用されているので見たことがある方もいるでしょう。
白熱灯の明かりは、蛍光灯に慣れた私たちからすればずいぶん暗いです。
そして色はオレンジ色っぽい。
発明したのはかの有名な発明王エジソン、と言われていますが、どうやら先にイギリスのスワンという人物が発明していたようです。が、「実用的な」白熱灯を開発したのはエジソンで間違いないですので、ここではエジソンとします。
1879年のことです。
アーク灯と白熱灯、どっちも長所と短所があり、一概にどっちかということは決められないですが、描写からするとものすごく明るい!という感じを受けましたのでアーク灯ではないかと管理人は考えます。
エリックなりに改良がされているのかもしれませんが。
また、白熱灯にしろアーク灯にしろ、発光する祭に熱を発しますので、これが拷問部屋の灼熱地獄の一助を担っていると考えられます。
★ 4つ目、シリンダー ★
これについては情報が少なすぎるので、電動なのか、なにか仕掛け(エリックお得意のバネと釣り合い錘など。クリスティーヌの楽屋にあった鏡の仕掛けもこの『バネと釣り合い錘』だった)があって、一定の時間が経つと回転するようになっていたのかはわからない。
どちらにしろ、拷問部屋には電気暖房及び電気照明があるのは間違いないところなので、電動であっても不思議ではないだろう。
忘れちゃいけない、大事なもの
ところで、これらの拷問部屋の装置を作動させるには、当然ながら動力が必要となってきます。
それも、電気です。
照明の項目でも書きましたが、アーク灯は1812年に発明されています。
そして一方、電力会社というものが初めて設立されたのは1882年、アメリカはニューヨーク。設立者はまたもやエジソンです。
それまではどうしていたかというと、動かしたいものそれぞれに発電機や電池をつけていたのです。
ちなみに日本で始めてアーク灯が使用されたのは1878年(明治11年)ですが、そのときにはグローブ電池というものが50個使われています。
このグローブ電池は1839年に英国人グローブによって発明されたものです。
さて、この発電機、実用レベルのものができたのは…何を基準にするかによりますが、1866年のジーメンス発電機か1871年のグラム発電機だということです。電気の発生のさせ方や発生した電気の種類(直流とか交流とか)がそれぞれ違うんで、一概に比べることはできないのですが…。
ま、数字だけ見ればジーメンスが先ということになりますが。
さあ、材料は出揃った!
あとはまとめに入りましょう。
エリックの拷問部屋に使用されていた装置は、
・電気暖房装置(1887年)
・アーク灯(1812年)
・発電機(実用レベルのものは1866年)
です。注) ( )はそれらが発明された年です。
マジックミラーは電気技術ではありませんし、おそらく古くからあったと思われますのでここでは割愛します。
ここまで読んですぐに「すごい!」と思ったアナタはエリック通だと言えます(^.^)
何がスゴイのかというと、オペラ座の地下にあるエリックの拷問部屋は<マザンダランのバラ色の時代>に考案されたものをそっくりそのまま再現したものなのです。
エリックがペルシャにいたのは実際はいつからいつまでのことかははっきりしていません。が、海外放浪をし、それにうんざりして建築請負業者になったあと、オペラ座建築に取り掛かっています。これはもう最初からです。
ペルシャにいたのは放浪時期の初めの方である事を考えれば、ずいぶん若いときのことです。(二次創作になりますので、これを決め手とするわけにはいきませんが、ケイ著「ファントム」では1850年〜53年、ということになってます。)
オペラ座建設が始まったのが1861年。
少なくとも、この61年よりは前です。
この頃でも、まだ実用レベルの発電機も暖房装置もありません。
現実の世界ではまだ影も形もないものを、すでにしてエリックは発明していたということになります。
…ここでちょっと思ったのですが、エリック、人とあんまし関わりたくないのであれば、建築でお金稼がないで発明の特許申請をしたら良かったんじゃないかしら、どうかしら。
この人、他にもいろいろ発明してそうだし、ものによってはそれこそ一攫千金、濡れ手で粟状態だと思うんだけど…。
この当時でも画期的なものを発明したとなれば新聞なんかで報道されるでしょうから、それがヤだったのかな…。
ところで、エリックが現代に生きてるとしたら、アキハバラなんかに連れてったら喜んでもらえるのかな…^^;
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参考文献
『パリ・世紀末パノラマ館』
『磁石と電気の発明発見物語』
『カラー版 電気百科事典』
詳しくは参考文献リストをご覧ください