++ エリック氏の家計簿〜2万フランの使い道を考察してみた〜その2食べるもの編
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エリック氏の家計簿考察その2です。
とはいうものの、食に関して言えば、あまり考察できることがないのですね。
原作にほとんど書いてないですから…。
まあそれは仕方がないので置いといて、食事に関するエトセトラを調べてみました。
食事を調達する方法と、その材料についてです。
☆ 食事の調達方法 ☆
大まかに分けて外で食べるか、家で作るかの2種類に分かれると思いますが、外食派としてはレストランなどで食べるという以外にも惣菜を買ってくるというのもあります。家で作るのも、自分で作るのと料理人に作らせるのではその人物の経済状態が違ってきます。
19世紀のそれぞれの事情を並べて見ましょう。
◇ 外食・ガルゴッド、カフェ、ターブル・ドット
ピンからキリまでありますが、自分で料理を一切しないですむので独身男性はよく利用していたみたいです。
ガルゴッドは学生相手の安レストランのようなもの。学生が多いというだけで、懐具合があまりよろしくない人たちも来ていたもよう。値段は16〜25スー(800〜1250円)の間くらいです。メニューとしては、スープ、パン、肉、野菜、デザートなど。味はそれなりらしい、というか、肉が硬いという内容がちらほら見えます^^;
カフェは…えー、レストランと何がどう違うのでしょうか…?すみません、勉強不足で。とりあえず、ガルゴッドよりは上だと(汗)。メニューは店によって売りが色々です。「オペラ座怪人」の時代よりずいぶん前になりますが、パレ・ロワイヤルの全盛期にあったカフェの中には、テーブル・サービスは人が行わず、すべて食卓の真ん中についたエレベーターでおこなっていたという《カフェ・メカニック》、36本の柱が鏡に映って無数にみえる(拷問部屋を思い出すなぁ)ところからその名がついた《カフェ・デ・ミル・コロンヌ》、また楽士が全員盲人という《カフェ・デ・ザブーグル》など、一風変わったサービスをする店がありました。楽士が盲人であることの何がウリになるかっていいますと、つまり、見えなきゃ何やってもわかんないだろということで…。ちなみに値段は超高級となると50フラン(5万円)というところもありました。
ターブル・ドットは日本人にはなじみのないタイプの食堂(?)です。もともとはホテルや宿駅などで主人(オット)と一緒にお客全員が同じ料理を食べるテーブルを意味していたのですが、転じてそうした形での食事そのものを指すようになりました。主人と一緒ということですので、食べる時間は決まっており、メニューは選べないというのが特徴です。また、一種の賭博場も兼ねた社交場となっており、それを目当てで通う者もいたそうだ。料理の値段が30〜40スー(現在の日本円で1500〜2000円)になると、《パンシオン・ブルジョワーズ》という名前に昇格し、このクラスになると下宿屋を兼ねているケースが多くなります。私が大学進学するときに「食事つきの学生アパート」という感じでパンシオンという名前がついたのがあったのですが、事実は逆だったんだなぁ…。《パンシオン》という名前自体が《賄い予約金》のことですので、あくまで食事が主なんですよ。
◇ 惣菜を買う
その場で食べることも持ち帰ることもできるので外食といっていいかどうか謎ですが、出来合いのものを買うというのも一つの選択です。
中央市場やイノサン青物市場、サン=ジェルマン市場の近くには屋台が立ち並び、ソーセージ、揚げたじゃがいも、スープなどが1,2スー(50〜100円)で売っていました。屋台ではなくちゃんとした店を構えている惣菜屋、焼肉屋もありました。
◇ 家で作る
料理人なり雑役女中がいる家庭では料理(買い物から洗い物まで含め)はその人たちがします。主は彼らに支持は与えますが、自分では手を出さないのが当時流です。
しかし料理人も雑役女中もいない場合、自分で作ることになるのですが、その場合、材料も自分で買わなくちゃいけないですよね。が、当時はよほど貧しい家庭でない限り、買い物は女中がすることになってましたし、女中がいなければ一家の主婦がしたのです。そこに男が入っていくのは今日のように男性がスーパーで買い物するのとは桁違いに恥ずかしいことでした。女性側でも男が買い物にくるとずいぶん驚いたみたいです。
◇ 家で作るその2
買い物の話題がでてきたので、もう一つ。
食材の買い物をするには、個人商店以外にも、市場があります。
当時のパリ市最大の中央市場は、レ・アールにありました。現在は取り壊されてしまい、ショッピングセンターになっています。
市場ですから、普通に自分たちようの食事のための買い物をする人びとだけではなく、個人商店の主なども仕入れに来ています。そういう意味では男性一人で買い物をしても恥ずかしくはない場所といえるでしょう。
ただし、訪れる人の数が個人商店とは段違いに多いので、注目を集めるという意味ではここほど注目を集めてしまう場所もないわけで…。
さあ、個人商店と市場、買い物をするのならばどちらがエリックにとってより行きやすい場所なのでしょうか…?
☆ 食品・食材 ☆
パリではどのような食材、食品が売られていたのかを、中央市場を舞台にしたエミール・ゾラの小説「パリの胃袋」からピックアップしてみましたので、ご覧ください。日本でもお馴染みのものや、いかにもおフランスなもの、それにどういうものだかパッとはよくわからないようなものがございます♪
◎中央市場で売られているもの
・野菜類
きゃべつ、にんじん、サラダ菜、アーティチョーク、カブ、チコリ、セロリ、ネギ、エンドウ豆、カリフラワー、ジャガイモ、レタス、キクヂシャ、ホウレンソウ、オゼイユ、インゲン、ロメインレタス、白キャベツ、チリメンキャベツ、赤キャベツ、セイヨウカボチャ、タマネギ、トマト、キュウリ、ナス、クロダイコン、クレソン、ラディッシュ、セロリ
・果物類
グロゼイユ、モモ、アプリコット、カシス、ヘーゼルナッツ、ブドウ、イチゴ、キイチゴ、レモン、オレンジ
リンゴ(アピ種、ランブール種、カルヴァル種、カナダ種、シャテニエ種、レネット種)
洋ナシ(ブランケット種、アングルテール種、ブーレ種、メシール=ジャン種、デュシェス種)
プラム(レーヌ=クロード種、ムッシュー種、ミラベル種)
メロン(カンタループ種、キュ=ド=サンジュ種、
サクランボ(モンモランシー種、アングレーズ種、ギーニュ種、ビガロー種)
・魚介類
淡水魚類:コイ、ウナギ、ザリガニ、カワカマス、テンチ、カワハゼ、パーチ、マス、ブリーク、バーベル
海水魚類:タラ、モンツキタラ、カレイ、ツノガレイ、リマンド、アナゴ、エイ、メジロザメ、サケ、ボラ、ヒラメ、イシビラメ、シタビラメ、マグロ、スズキ、イカナゴ、ニシン、タイ、サバ、ホウボウ、タテジマヒメジ、メルラン、キュウリウオ、小エビ、イセエビ、ロブスター、牡蠣、ムール貝
その他、塩漬けにしたものや燻製にしたものなど。
・肉、猟肉、家禽類
大型動物:子牛、牛、羊、豚、鹿、野ウサギ、ウサギ
鳥類:ガチョウ、アヒル、鶏、若鶏、雄鶏、ハト、ヒバリ、シャコ、水鳥、ライチョウ、キジ、シチメンチョウ、ウズラ、ツグミ
臓物類:胃腸、脳、レバー、腎臓、豚の血、羊の頭、砂肝、手羽先、首、足
それと、鳥を絞める為の場所が地下にあって、そのときに毟った羽も売っています。
チーズ・バター類
バター:ブルターニュ・バター、ノルマンディー・バター、マニヨット(バターのブレンドを意味する業界用語)
チーズ:ボンドンチーズ、グルネチーズ、カンタル、チェスター、グリュイエール、オランダチーズ、パルメザン、ブリー、ポール=サリュ、ロマントゥール、ロックフォール、山羊のチーズ、モン=ドール、トロワ、カマンベール、ヌー=シャテル、ランブール、マロル、ポン=レヴェック、リヴァロ、オリヴェ、ジェロメ
・花
バラ、スミレ、ダリヤ、マーガレット、リラ、ストック、パンジー、スミレ、モクセイソウ、カーネーション、グラジオラス、ツバキ、シダの葉、ブドウの葉
・香料
タイム、ラベンダー、ニンニク、エシャロット
・小麦、卵
◎ 中央市場以外で売っていたもの
中央市場の周辺にも多くの商店があります。次はそういった商店で売っていると描写されていた食材、食品をピックアップしました。尚、惣菜がやたらと多いのは、この小説の主人公がシャルキュトリ(ハム・ソーセージなどの豚肉加工品を中心としたテイクアウトの惣菜店)に居候していたためです。
・惣菜(シャルキュトリ取り扱い品)
リエット(煮てほぐした肉を脂肪とともに固めたペースト)
ジャンボノ(豚のすね肉のハム)
ブーダン(豚の血と脂肪のソーセージ)
アンドゥイユ(豚の胃腸入りソーセージ)
ゼルヴラ(香辛料の効いた太いソーセージ)
アチャール(野菜や果物のソース漬け)
クーリ(ピュレ状のソース)
網脂(豚の内臓のまわりの脂肪が網状になっている薄い膜)
コートレット(肋骨ごとに切り分けた骨付き背肉)
アルエット(薄切り肉で円筒状に巻く料理)
ガランティーヌ(詰め物をした肉を巻き、煮てから冷やして出す料理)
ユール(豚の頭の冷製料理)
トゥルト(パイの一種)
舌の詰め物、塩漬けにして煮た豚肉、ゼリー寄せにした豚の頭肉、淡いバラ色のハム、ヨークハム、背脂を差し込んだ子牛肉、トリュフ、フォアグラ、チーズ、ピクルス、マグロやイワシの缶詰、刻みパセリ入りバターを詰めたエスカルゴ、パテ、レバーのパテ、ウサギのパテ、胸肉のベーコン、バラ肉のベーコン、ラード、ガチョウの脂身、マスタード
・菓子
アーモンドケーキ、サントル、サヴァラン、フラン、フルーツタルト、ババ、エクレア、シュークリーム、ブリオーシュ、マカロン、マドレーヌ、ドラジェ、ボンボン、マロングラッセ、コルネ(薄い紙に余った菓子の屑を詰め込んだもの)
・惣菜、その他
ゴディヴォ(肉団子の一種)カワカマス入り、トリュフ入りなど
シュークルート(醗酵させたキャベツ)
干しリンゴ、干しスモモ、氷砂糖、燻製ニシン、ケーパー、オリーブ(塩漬け)、スモークサーモン
◎ 驚きの商売 ◎
また、中央市場には通称「宝石商」と呼ばれる商売人たちが存在していました。彼らは現在の私たちからすると、とても驚くものを売っていたのです。「宝石商」の商品とはなんと…残飯でした。
「パリの胃袋」の中でも、主人公の秘密を探ろうとしている、噂話大好きな登場人物がその残飯販売所で買い物をする場面がありました。
この残飯商売については「美食の社会史」が詳しいです。
「それはレ・アール中央市場のバルタール館の近く、鶏市場の側にあって当局の監視を受けながら公に取り引きを行っていたという。この商売に携わっている業者はビジュティエ(宝石商)と呼ばれ、彼らは、内側に亜鉛を張った小車を引いて、パリ市内の大ホテルやレストラン、官邸、大使館、貴族・ブルジョワの大邸宅を回って残飯回収にあたった。残飯は無料ないし無料同然の安値で引き取られた。彼らは、仕入先リストを作成していて、時々は事前に連絡を受けているから、無駄骨を折ることなく品物が手に入る仕組みになっていた。
早朝の回収から帰ると、市場の地下倉庫で取捨選択を行い、値段に応じた内容を皿に盛り付けた。その際、色・匂い・素材間の釣り合いにまで心を配る。品数は豊富で、肉、ジビエ、魚の頭や尻尾、ハム類、デザート、ほとんど手をつけていないケーキ・ボンボン類、もちろん野菜もある。ゾラ(『パリの胃袋』によれば、値段は三〜五スー(一八六〇年代)からあった。安い皿の中身は野菜が主役である。六〜八スーになると、型どおりの料理一式盛り合わせが手に入る。十〇〜十二スーでは、皿の中にきれいに中仕切りを設け、たとえば鶏の腿、オマール海老の脚、舌びらめ切り身、パテ、ピスタシュ入りクリームなど、メインディッシュからデザートまでの一そろいが並べられる」
当局が許可しているというのがすごいよなぁ。確かに、宴会や結婚式などに参加したときに、出された料理を残したりして、多分そういうのは捨てているのだろうとは思うけど、それってもったいないよなーと思ったことはあるのですが…。過去のこととはいえ、実際に残り物を回収して売っていた人々がいたということには驚きを禁じえない…。
され、この豪華だけれども安価な食べ物を買っているのはどのような人々か、そしてこれらを買う人々はどのように見られていたのか…ゾラはこう描写しています。
「貧しい勤め人や、ぶるぶる震えている女や、食うや食わずの人びとが行列を作る。ときには、誰かに見られていないかとあたりを窺いつつ腹黒そうな目つきで買ってゆく青白い顔の倹約家を、悪童どもがはやしたてたりもする。」
…行間からも哀愁が漂ってきているなあ。
尚、「美食の社会史」によりますと、残飯商売をしていたのは市場だけではなく、同じように宴会や大邸宅での残り物を回収したものを出していたレストランというものが存在していたのだそーです。
フランス、恐るべし!
次は着るもの編
参考文献:「馬車が買いたい」
「美食の社会史」
「パリの胃袋」
詳しいブックデータは参考文献リストを参照してください。