ふっと意識が浮上する感覚で、自分が眠っていたのだと理解した。
 それと同時に、そばに人の気配がすることも。
 不覚だった。
 彼女の目の届くところで隙を見せてしまったようだ……。


 彼女は半月ほど前に突然我が地下帝国に現れた東洋人の、まだ少女といえる年齢のご婦人だった。
 どうやって迷い込んだのか自分でもわからないと言っていたが、私としてはそんなことを信じることはできなかったし、たとえ運よく私の仕掛けた罠に嵌らずにここまで来られたのだとしても、秘密を知られた以上、黙って帰すわけにはいかなかったのだ。
 とはいえ、女性に乱暴をするわけにもいかず、まず彼女の素性を問いただした。

 すると面白いほど話が噛みあわなかったため、一つ一つ確認を取りつつ話を進めた結果、彼女は未来の、そう、百三十年ほど先の時代の人間だということがわかった。
 ……そんなことが信じられようか?
 しかし彼女はここが過去の世界だと受け入れ、そして途方に暮れた。
 放り出しても良かったのだが、このままでは彼女が路頭に迷うことは目に見えていた。
 だから、「ここにいればよい」と。
 言ってしまったのだ。この私が。

 半月、という時間の中で彼女は地下暮らしにも慣れていったが、私は彼女には慣れることができなかった。
 そもそも人との付き合いが極端に少ないため、どのように接すればよいのかがわからないのだ。
 ただ彼女はたまにどうして私がここで暮らしているのか、仮面の下はどうなっているのかを聞きたそうにしていると思うことはある。実際、疑問に思わないはずがない。
 だが私は何も言わなかった。ここに住むのならそれは聞いてはいけない問いだと日ごと態度に出していた。
 私は警戒していた。彼女が近づくことに。
 そして彼女はその通りにしていた。
 だが……。


 うっすら目を細く開けて確認すると、彼女が私の靴を脱がせようとしていた。
 傍には毛布が置いてある。
 私がソファーで眠り込んでしまったので、気を使ってくれたのだろう。
 億劫だが、これ以上あれこれ、とくに仮面を外されたりなどしないうちに起きた方がいいだろう。
 しかし彼女の細い指が足首に添えられているのがくすぐったく、思わず声を漏らしてしまった。
 ぱっと彼女が振り向いたので、反射的に眠っているふりをする。
 ……何をしているのだ、私は。
 彼女が私の様子を窺っている気配がする。
 ほっとしたように息を吐いて彼女は作業を続けた。
 ほどなく靴は両方とも脱がされ、毛布が掛けられた。
 隙間ができないよう丹念に押し込んでくる。
 と、彼女の指が首元に触れた。
 何をする気だ……と思うまもなくタイをほどこうと悪戦苦闘しはじめる。
 人の体温を間近に感じる事自体まれな私にとって、これは拷問とも思えた。
 飛び起きて振り払いたい衝動を無理やり押さえつけなければならない。
 しかし本当に振り払おうものなら、彼女を脅えさせてしまう。
 この感覚を嫌ではない、と思っているというのに。

 どうにかタイを解き終わった彼女は今度はシャツのボタンを外し始めた。

 ちょっと待て、どこまで脱がすつもりだ?

 ほっとしたことに、そこまでだった。
 彼女は私の肩まで毛布を掛けると、立ち上がった。
 そのまま去るのかと思いきや、じっと見下ろしている気配がする。
 まだ何かあるのだろうか。

 空気が動いた。
 彼女が腕を伸ばしてきたのだ。
 その手の先には、私の仮面が……。
 なんてことだ!
 私が眠っていると思って!!
 従順な振りをしていても、その胸の中では秘密を知りたくて機会を狙っていたのか。
 ああ、なんて詮索好きなパンドーラ!

 私の心は失望によって冷え冷えとし、腸は怒りに熱くたぎっていた。

 いいだろう、知りたければ外すがいい。
 恐怖の悲鳴を響き渡らせろ。
 そのときお前は己の浅はかさを悟るだろう。
 知らぬ振りをしても無駄だ。

 人間には希望が残されたが、お前に残るのは、ただ絶望だけだ――!


 しかし彼女の指先は迷うように私の顔のそばをひらひらとするだけだった。
 どうした、なぜ外さない……?

 と、彼女が小さく笑ったように感じた。
 そして……。


 危うく、私の方が叫びだすところだった。
 力を入れたので瞼が動いてしまったが、彼女は私が起きていたことに気づいただろうか?

 彼女は、私の額に触れ、乱れた髪を整えていった。
 寝巻きが翻ったことで起きた風が私の頬を掠めてゆく。
 小さな足音が遠ざかり、キッチンの方へ向かって行った。


 あまりに心臓が激しく脈打っているので、息苦しさに思わず起き上がった。
 彼女の姿はもう見えない。
 彼女が私の仮面を外さなかったことに対する安堵と、初めて顔に触れられた事に対する混乱で私の頭は破裂しそうになった。
 ああ、でも嫌ではないのだ。
 決して嫌ではなかったのだ!

 彼女の触れた額に手を当てる。
 私の顔はきっと耳まで赤くなっていることだろう。


 ああ。
 次に彼女と顔を合わせたときに、落ち着いて振舞えるだろうか……?





寝たふりエリック(笑)
もっとキレの良い小話が書きたいものです。精進しないと…




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