ゆったりとした午後のひと時を私たちは楽しんでいた。
 今日はオペラ座が休演日なので出かける気が起きず、また書き留めておきたいほどの曲も浮かばない。
 こういう日は読書をするのがいいだろうと科学雑誌を片手に、私はソファーに座る。隣にはアイシャがくっついて寝ていた。クリーム色の毛の下で、ゆったりと腹が上下するのが見て取れる。起こしてしまわないように、コーヒーを取る時には慎重に身体を伸ばした。
 も今日は出かけないらしい。彼女は向かいに座ってサンプラーを作っていた。
 アルファベットを白いリンネルに青い糸で綴っているのだが、彼女は刺繍はしたことがないそうで、針を持つ様子はいかにもな感じで覚束なかった。ところどころ文字が歪んでいるが、ご愛嬌というものだろう。彼女は不器用ではないので、じきに上手くできるようになるはず。
 全員が居間に揃っているにも関わらず、誰も声をあげない。
 外界の音が届かず、演奏もしていないこの地下の館に生き物がいると教えてくれるのは私がページを繰る音と、彼女が身じろぐ度に起きる衣擦れの音だけだった。
 彼女は刺繍枠を置いて、ふうと息を吐く。そして目を何度か瞬かせた。疲れてきたのだろう。
「一休みするかい?」
 訊ねると、彼女はにこりと笑い、「ええ」と答えた。
 ブラックは苦手だという彼女のため、いつものようにたっぷりのミルクと砂糖を入れる。
「ありがとう」
 カップを渡すと両手で受け取る。その折に手がわずかに触れた……。
 いい加減に慣れれば良いものの、いつまで経ってもこんな時には心臓が一つ強く打ってしまうのだ。
 青臭いと自分でも思う。
「アルファベットの他にも、なにか描いてみるのかい?」
 照れ隠しに刺繍枠を取り、リンネルに綴られた青い文字を指でなぞる。
 彼女は慌ててカップを置いて腕を伸ばした。
「あんまり見ないでよ。まだ上手じゃないんだから!」
 私はそれを彼女が届かないように遠ざけようかと思ったが、そんなことをすればそれこそ青臭い若造そのものの行動に思えてきたので、大人しく返した。
 彼女は「もう」とむくれながらも、
「花くらいならできるかなって思ってるけどね。バラみたいに花びら多いのはまだ無理だろうけど」
 と、ちゃんと答えてくれる。
「だったら何がいいんだろうな。マーガレット?」
 あの花は形が単純だから難しくはないだろう。
「マーガレットか。それもいいわね。でもあの花は花びらが白いから、これに刺繍しても目立たないわね」
 彼女はリンネルの表面を指ですっとなぞった。
 その動きを目で追うと、なにやら背中がぞくりとする。
「そういえばそうだね。では、何か考えていたのかい?」
「ピンクの糸もあるし、桜にしようかなーって」
「サクラ?」
 私は首をかしげる。
 彼女も同じ動きをした。
「フランスでも桜はある……よね? さくらんぼがあるんだもん」
 なるほど、ようやくわかった。
 しかし、サクラの花はちゃんと見たことがないのでどういう形をしているのか思い浮かべない。ただ、なんとなく地味なイメージがあるばかりだ。
「それなら簡単なのかい?」
「ん〜、というよりも、外向きのハートを五枚か六枚くらい丸く並べれば多少変でもそれらしく見えるから」
「外向きのハート……?」
「そう、こんな風に」
 言って、彼女は空中にサクラの絵を描いた。
 なるほど、それは良く彼女が言う「カワイイ」というような形だった。
「ふうん……。はその花が好きなのか?」
 もしもそうなら、次にサクラが咲いたときに彼女に贈ろうと密かに決意する。だがあの花は確か春の早い時期に咲くはずだ。となるとこれから一年近く待たなければならない。しかしそれまでの間、彼女はここにいてくれるだろうか。
 そんなことを考えている間にも、彼女は顔をほころばせて話している。
「そうね。桜が咲くと、本格的に春が来たなって思えるもの。日本でだったら、大抵どこの町でも桜の木を街路樹にしているところがあると思うわ。桜の花は小さいけど、一斉に咲くと壮観よ」
「つまり、さくらんぼを収穫するためではなく、花を見るために植えているんだね」
 聞くと、彼女は顎に指をあて、少し考えるように上を見た。
「うーんとね。もちろんさくらんぼのための桜の木もあるのよ。でも道路や公園に植えているのは観賞用なの。ほとんどがソメイヨシノって種類で、さくらんぼも生るけど、実は小さくっておいしくないと思う。食べた事がないけど」
「食べた事がないならおいしくないかどうかわからないじゃないか」
「でも、あれ、熟すと道路が紫色になるくらい落ちてくるのに、子供が遊んで拾う以外に取ってる人、見たことないもの。それっておいしくないってことじゃない?」
 真顔で答えた。
「なるほど」
 は一拍置いた後、
「せっかくだから、食べてみればよかったかも。別に毒はないだろうし」
 と呟いた。
 私は放浪時代には木の実や草の実で飢えを凌いだこともあったが、彼女のようにまともな育ち方をした娘にふさわしい行いだとは思えない。
「お腹を壊すかもしれないのだから止めておきなさい」
 毒はないだろうが、ここは止めておくのが懸命だろう。


 その時、ふと思いついたことがあったので、早速彼女に聞いてみた。
「そんなに日本人に愛されている花なら、サクラを題材にした歌や音楽などはないかね?」
 どうしてそのことに今まで思い至らなかったのか、自分のうかつさを呪いたくなる。
 彼女に音楽を教えようと思ったことはあっても、彼女の知っている音楽を教えてもらおうと考えたことがなかったのだ。
 しかし彼女の国の音楽の中に、これまでにない光明妙なる調べがないとは限らないではないか!
「あるわよー、一杯。どれくらいあるかわかんないくらい」
 は腕を組んで何度も頷く。
「そんなにたくさん?」
「春になると、毎年一曲は新しいのが出てるんじゃないかってくらい。といっても、わたしは全部は知らないけど。流行曲って、あんまり聞かないし」
 彼女は肩をすくめた。
「そう……。音楽は好きではないのか?」
「そんなことはないわよ? 気に入ったものなら何回も聞くし……。エリックの音楽も好きよ。って、言っても、わたしは音楽に詳しいわけじゃないから、どういう風にいいのか説明できないけど」
 彼女が私の音楽を褒めてくれたのは初めて聞いた。思わず、聞いた中ではどれが特に気に入ったのかと聞いたが、タイトルがわからないのと答えた。
「あ、でも、Tournez votre visage parti de la lumière crue du jour,tournez〜って部分は聞き取れたわ」
 彼女が小さく口ずさんだので、どの曲かわかった。
 私は作曲の数こそ多いが、詩がついているのはそれほどでもないのだ。それは先週仕上げたもので、「La musique de la nuit」という。
 しかし、確かその曲は……。
「口に出していたかい? 自分では歌っていないと思っていたんだが」
「出してたわよ。気付いていなかったの?」
 は楽しそうに笑う。
「夢中だったからね」
「じゃあ、たまに鼻歌を歌ってるのも気付いてないのね?」
「……そうなのか」
 が来るまでずっと一人だったからまったく気付かなかった。アイシャでは私が急に歌いだしたところで気にもすまい。
「……耳障りだったか?」
 いささか心配になって問うと、彼女は驚いたように目を見開いた。
「まさか。わたし、エリックの研ぎ澄まされたような音楽って好きよ。それに、口ずさんでいるのよりもオルガンやヴァイオリンの音の方がよほど大きいのだし、今更気にしたりしないわよ」
「そう……」
 ほっとして思わず安堵の息をもらした。
「その曲って、もうできたの?」
「ああ」
「そうなんだ。通しで聞いてみたいんだけど……ダメ?」
「そんなに興味があるのかい?」
 は頷いた。
「エリックの声って、すごく素敵だもの。一度本気で歌っているのを聞きたいなって思ってたの。お願い、一度でいいの」
 期待から彼女の目が煌めいている。
 好意を抱いている相手から褒められたのは初めてだ。
 心の表面をくすぐられているようで、むず痒い感じがする。
 しかし気分は高揚し、彼女の願いならばいくらでも叶えてあげたい思いに駆られる。
 頬がだらしなく緩みそうになるのを感じて、とっさに引き締めた。
 情けない、見られてしまっただろうか……?
「いいよ。一度と言わず、お前が望むならいつだって歌ってあげよう」
「本当?」
 の表情が明るく輝く。
「もちろんだとも」
 私たちは連れ立って、オルガンの置いてあるところへ向かった。
 立ち上がったことでアイシャが起きてしまったが、しなやかに伸びをしてソファーからおりた。そして彼女は私たちを一瞥すると、部屋の奥へ行ってしまった。
 私は一度楽譜を取りに自室に戻る。
 すぐに目当てのものを見つけ、のそばへ行った。
 オルガンの周囲には未完成や書き損じた楽譜が散らばっているのだが、それらをざっとまとめて空いているところに放る。
 それを見た彼女が「そんなに適当に扱っていいの?」と呟いた。
 普段、私はに楽譜には手を触れないよういいつけているのだが、言いつけた本人が粗雑な扱いをしているのだから、面食らっても当然だろう。
 私は適当に言葉を濁し、椅子に座った。は楽譜が見える位置に立っている。
 軽く指慣らしをしていると、またとある考えを思いついた。
。良かったらお前も歌ってくれないか?」
「これを?」
 と楽譜を指さす。
「わたし、楽譜は読めないんだけど……」
「いや、この曲はお前には無理だろう。キーが低いから。これではなくて、日本の歌が聞きたい」
「日本のって……さくらの歌とか?」
「それでもいいよ。別のものでも。お前が歌いやすい、好きな歌を歌ってくれればいい」
 言うと、はなにやら難しい顔になった。
「いや」
「どうして?」
「わたし、音痴ではないと思うけど、上手なわけでもないし……。上手い人の前で歌うのはいや。恥ずかしい」
「普段通りに歌えばいいだけのことだ。できるだろう?」
「いーやー」
 は大げさなほど頭を振って嫌々した。
 ここまで嫌がられると逆にどうしても聞きたくなってくる。
 私はおもむろにの方に向き直って宣言した。
「お前が歌わないなら、私も歌わないよ」
「ええっ、何それ!?」
 彼女は驚きのあまり、動きを止めてこちらを凝視してきた。
「お前が歌ってくれたら私も歌おう。どうだね?」
「ずるーい!」
 私の、いかにも何か企んでいますという笑みに気付いた彼女は叫んだ。
「ああ、ずるいのだよ私は。お忘れのようだが、悪い男なものでね」
 言うと、彼女は言葉に詰まった。一瞬哀れむような眼差しを向けたが、すぐに真面目な表情になる。
「そういう風に言うのがずるいわ!」
 それで決着がついた。


「どんな感じのが好き? 日本の歌っていっても数が多すぎて決められない」
「ではその、サクラの歌を」
「わかった」
 彼女は大きく息を吸い込み、歌いだした……と思ったらそうではなくて、気が進まないように息を吐き、「伴奏がないと、間抜けだろうなあ」と呟いた。
 覚悟を決めたようにまた息を吸い、ゆっくりと歌いだした。
 彼女の歌声は予想通りというべきか、技術はないに等しかったが、つたないながらも一生懸命であることが窺える。普段の彼女ははきはきとした口調なのだが、歌うと少し角が取れて柔らかくなった。ふむ、悪くない。
 歌はすぐに終わってしまったが、ヨーロッパの音楽とは違う、異国的な響きがあった。
 放浪中に立ち寄った、インドや東南アジアのものとも赴きが違う。
 歌詞の意味はと訊ねると、「そのまんま、サクラが満開に咲いてるって内容」だと言った。
 聞いたばかりのそれをオルガンで演奏してみる。
「なんか……オルガンだと違う曲みたいね。重厚な曲に聞こえるわ」
 とは面白がった。
 彼女の話によると、これはもとは琴の練習曲として作られたということだった。そういえば初めて会った時に、は琴なら弾けると言っていたはず。そういうことなら、どうにかして琴を入手してみるか。ああ、そうだ、もしかして博覧会会場になら案外売っているかもしれん。
「少し短い曲だったから、もう一曲頼んでもよいかな? お嬢さん」
「わたしが二曲歌うんなら、エリックもそうしなくちゃ駄目よ?」
 彼女は腰に手を当てて、聞き分けのない子供をたしなめるように胸を張る。
「無論だとも」
 は、しょうがないわねと苦笑した。
「で、どういうのがいい? 桜の歌が続いてもつまらないでしょ?」
「お前が歌える歌ならどんなものでもいいのだが」
「そういうリクエストのされかたが一番困るのよね……」
 はちょっと不満そうに唇を突き出した。
 これで機嫌を損ねて、やはり嫌だと駄々を捏ねられるとやっかいだが、しかし私は日本の曲は本当に知らないのでこれには困った。
「難しく考える必要はあるまい。子供のころに良く歌った歌などはどうだ? 一番最初に頭に浮かんだ歌はなんだい?」
 やむを得なしにそういうと、は眉を寄せた。そして、
「子供の頃の……? って、一番最初に浮かんだのって……あ〜〜、これかー」
 あまり好きな曲ではなかったのだろうか。あからさまに「まずい」という表情になる。
「なにか不都合が?」
「不都合というか……。一番最初に出てきたのが、好きな曲っていうより、印象の強かった曲で……あんまり明るくも楽しくもないのよ。なんというかこう、不思議の国のアリスっぽい感じ」
「アリス?」
 イギリスの子供向け小説には興味はなかったが、あらすじくらいならば私も知っていた。
 いかれた帽子屋やいかれた兎や他にもいかれた登場人物が山ほどでてくる話のはず。
「明るく楽しい歌である必要もないが……そういう風に言われたらかえって興味がわくね」
 を見つめると、彼女はそう言うと思ったわよと肩を落とした。それがあまりにも戯画的で、思わず声を出して笑ってしまう。
「エーリック!」
 むくれた彼女を宥めすかして再びその気にさせる。
 これは最近増えてきたじゃれあいのようなもので、は本気で怒ったわけではないのだ。
 ……そうとわかるまで、非常に苦労したが。
 私は話の途中で彼女が少しでも声を荒げると、を怒らせてしまったのだと思ってすぐにその話を中断していた。私が黙ってしまうので、彼女は私を怒らせたのだと思い、気まずい時間が流れたものだ。
 結局、彼女は自分が本気で怒ったわけではないということを何度も私に言い聞かせるハメになり、私の方も気分を害したわけではないと伝えるということを何度も繰り返し……ようやく会話の機微がわかるようになってきた。
 四十数年生きてきて、並みの人間よりも才有りと思っていたが――私に多くの才能があるということは、私のうぬぼれではないと思っている。とはいえ評価を下すのが世間一般の人びとである以上、彼らの前に出られない私が正当な評価を得られる日はこないだろうが――普通の人間なら当たり前にできることができなかったのだ。
 そんなことを考えている間にの歌が始まる。
 先ほどと同じく静かな歌だが、曲調は違った。
 何度もcry, cryと言っているように聞こえる。
 たまたま日本の言葉がそう聞こえるだけなのか、英語交じりなのか。
 終わりもやはりcry, cryと言っていた。
 誰かが叫んでいる歌なのだろうか。


「どんな内容の歌詞なんだ?」
 歌い終わった彼女に尋ねる。
「まっくらな森の中の様子を歌ってるの。本物の森じゃないんだけど」
 彼女は歌詞を説明してゆく。
 どこにあるのかを誰も知らない森の中で、魚は宙を泳ぎ、小鳥は水中を飛ぶ。卵ははねるし、鏡が歌うとくれば、たしかにわけのわからなさはアリスのようだといえなくはない。
 そして、例のcry, cryというのは、英語ではなく日本語で『暗い 暗い』と言っていたのだと知る。
「ここのことのようだ」
 言うと、彼女は驚いたような顔になった。
「そう? 確かにここは暗いけど……怖くないもの」
はこの歌が怖いのか?」
「今ならそんなことはないけど、子供の頃には怖い、というか気持ち悪い、というか、不思議だなあとか、とにかくあんまり楽しい気分にはならなかったのは覚えてる。だからかえって印象が強かったんだと思うけど」
「わけがわからないことには人は不安を覚えるものだし、そういうものこそ記憶に残りやすくなるのだろう。だが、私は気に入ったな」
 出だしの歌詞など、私の心情とピタリと合致している。
「わたしも、今は気に入ってるわ」
 は頷いて微笑んだ。


 今度は私が歌う番になった。
 はもといた位置に戻り、私が演奏を始めるのを待っていた。
 夜と音楽を称えた歌。それを彼女の前で披露できることを心から嬉しく思う。
 半分ほど歌い終わった時、彼女が動いた。
 私が座っている椅子の背もたれに手をかけるようにして立っていたのだが、ふらりと歩いてオルガン脇の寝椅子に座った。
 それを横目で眺めながらも歌い続ける。
 彼女は肩で息を吐くと、俯いた顔を両手で押さえた。
 そのままの姿勢でじっとしている。
 歌い終わり、最後の響きが壁に吸い込まれてゆくと、の様子を窺った。
 彼女の姿勢は変わらない。
……? どうかな?」
 答えはなかった。
「気に入らなかったかね?」
 立ち上がり、彼女の前に立つ。
 私の気配を感じ取った彼女は、ぱっと跳ね起きて困惑したように私を見つめた。
 その目にもその表情にも、肯定的なものは浮かんでいなかった。
 困惑、恐怖、不安、緊張。
 ありとあらゆる感情がせめぎあい、年より若く見える顔を彩る。
「……気に入らなかったようだね」
 不満に思うよりも消沈してしまい、私は自嘲した。
 は小さく首を振ったが、それでもやはり何も言ってくれなかった。彼女の顔は赤くなり、肩が大きく上下する。全力で走った後のように大きく息を吸いたいのに、できないでいるような、そんな感じだった。
 彼女の様子が尋常でないことに気付き、私は膝をついた。目線が会うと、は顔を背ける。言葉はない。
 人に顔を背けられるのは、よくあることだった。
 しかし、その相手が彼女であるというだけで、ひどく心が痛い。こんな態度を取られるのならば、歌うのではなかった。
 だが、一体なぜ、このように急に変わってしまったのだろうか。
……」
 望みを込めて、手を伸ばした。
 頬に触れそうになった瞬間、彼女は叫んだ。
「やめて!」
 動かなかったのが嘘のように彼女は素早く立ち上がり、寝椅子の向こうに後ずさった。
「あ……」
 激しく胸が上下し、荒く息をしていた彼女は自分の行動に戸惑ったような表情になった。その姿は怯えた手負いの小動物のよう。
 私は手を伸ばしたまま固まり、信じられない思いでを見つめた。
「ちが……、そうじゃなくて……」
 何事か呟き、頭を振る。
 目に涙が浮かぶ。

 泣くのを堪えるように震えながら呼吸をし、彼女は。
「ご、ごめんなさい……!」
 ばたばたと走って自室に駆けていった。
 ばたんと扉が閉まった音の次に、木の擦れる鈍い音が続く。
 それは彼女の部屋の扉についている閂がかけられる音だった。

 その閂は、があの誰も使うことのないはずだった客間の主になって以来、はじめて使われたのだ。







ヒロインが歌ってたのは、「さくらさくら」と「まっくら森のうた」です。
で、エリックの方は、「Music of the Night」をフランス語変換しただけのものです。そして、機械翻訳しただけなので、文法的に大丈夫なのかどうかはわかりません。





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