まったく、まったく、まったく……!

 わたしは何度目になるかわからない「まったく」を胸の中で言いながら、目的の部屋の前まで来た。
 早足で歩いたので、結構息が切れている。
 少し整えておこう。あんまりぜいはあ言ってるのも、格好悪いもの。
 わたしは深呼吸を三回してから、おもむろにノックをした。
 途端、ガタン、と中で誰かが何かにぶつかったような音がした。続いて軽いものが落ちるような音。
 ……今の、わたしのせいなのかな。
 マダム・ジリーを驚かせてしまっただろうか。
 そう思いながら返事を待っていると、「どなた……?」という押し殺したような声が返ってきた。
 何か変だ。マダムの声、じゃないよね。
です。あの、マダム・ジリー?」
 いぶかしく思いながらもそう答えると、目の前の扉がぱっと開く。
だったんだ、良かったー。誰か大人だったらどうしようかと思っちゃった。久しぶりね、入って入って!」
 輝くような笑顔のメグちゃんが出迎える。
 ……大人だったらどうしようって。
 わたしは日本の法律でも、飲酒も結婚もOKな年なのだけど……。
 まあ、実年齢より下にみられるのは、今に始まったことではないから、もう訂正する気力も起こらなくなったのだが。
「お久しぶり。元気だった? えーっと、もしかしなくてもマダム・ジリーはいないみたいね」
 中へ入りながら、わたしはそこにもう一人の少女がいることに気がついた。
 クリスティーヌだ。彼女は「こ、こんにちは」と微妙に引き攣った笑顔で挨拶をしてきた。
 メグちゃんは座って、と手で示す。
「ママは会議中。しばらく戻ってこないと思うわ。急ぎの用事?」
「急ぎって訳じゃないんだけど……。ところでクリスちゃん、何やってるの?」
 クリスティーヌは目を左右に泳がせて、可愛らしい様子で「えーっと」とか何とか言っている。
 クリスティーヌは、髪をおだんごにして頭の上にまとめている途中のように見えた。
 髪の束の上に手を乗せたまま下ろそうとしないのは、ピン自体が全然刺さっていないせいだろうか。それにほつれ毛があちこちから出ている。
「ちょっとね、クリスの髪を結ったりしていたの。ママのブラシとか飾り櫛とかを勝手に借りちゃったから、このこと、内緒にしてよ」
「……そういうことなんです」
 メグちゃんが答えると、クリスティーヌは顔を赤らめた。そして手を下ろして手櫛で髪をすき始める。
 相変わらず、可愛い子たちだなぁ、とわたしはなにやらおじさん臭い感想を思い浮かべた。
「別に、言わないよ。というか、わたしもちょっと髪を直そうと思ってここに寄ったんだ。走ったら崩れてきちゃって」
 そう言うと共犯意識を覚えたのか、二人ともいたずらっぽく笑って歓迎してくれる。
「そうね、ちょっとひどい感じ。雨でも降ってきたの?」
 肩をすくめてメグちゃんが検分してくる。
「ううん。雨は降ってないわ」
 この時代の女性――特に淑女と呼ばれるような人は――あんまり走ったりはしないものだ。急いでどこかに行く用事があるのなら馬車を使うものだし、そもそも靴が走るのには向いていない。先がかなり細くて窮屈なのだ。見た目はすごく綺麗なんだけどね。
 わたし自身は淑女なんてお上品な者ではないとは思っているけれど、身につけているものはそうと解釈されるしかないというような高級品なわけだし、対面というものがある以上、外ではできる限りお淑やかにしているつもりだ。
 ただ、今日だけはそういう訳にもいかなかったのだ。
「何かあったんですか?」
 案じるようにクリスティーヌが眉を寄せる。
「ちょっとね、でもたいしたことじゃないわ」
 いや、実際にはわたしにとってはたいしたことだったのだけど……ここでうかつに口を開くわけにはいかない。
 エリック、今日はオペラ座行くって言っていたし、時間も時間――午後の3時過ぎだ――だ。今ここの壁の向こう側にいてもおかしくないのに、誤解を招くようなことを言うわけにはいかない。
「でも、この頭でしょう。家に戻る前にちゃんとしないと、うちの人が驚くからね」
 全力疾走したおかげで、せっかく苦労して作ったまとめ髪が崩れかかっているのが自分でもわかる。それに、風を受けたせいでほつれてるし。
「まあ、そういうことにしといてわげるわ」
 メグちゃんはしたり顔でウインクしてきた。あ、この様子じゃ信じてないな。まあ深く追求してこないなら、別にいいんだけど。
「そういうわけで、化粧台を借りようかと思ってたんだけど……マダムがいないのに勝手に使うわけにもいかないわよね。どうしよう……。ねえ、コーラスとか群舞の共同控え室とか、使ってもいいかなぁ」
「わざわざ行くこともないわよ。ママのを使えばいいわ。いたずらじゃないもの、駄目とは言わないと思うわよ」
 一瞬、はて? とわたしは首を傾げた。
 いたずらでなければ良いというのなら、内緒にしてといったメグちゃんたちは……。
「じゃああなたたちはいたずらしてたの?」
 単なる疑問だったのだが、なぜかクリスティーヌが顔を真っ赤にしてうな垂れた。
「そういうわけじゃないんですけど…知られたら笑われるかもしてないと思って」
「笑われるって、何で?」
「……もうすぐわたしの十七歳の誕生日なんです」
「そうなんだ。おめでとう。パーティのときにどんな格好をしようかな、とかそういうこと?」
 おしゃれに命をかけるのは、洋の東西を問わないと、つくづく思う。クリスちゃんはくすぐったそうにはにかんで、顎を引いた。
「それもあるんですけど、十七歳になったら、長いスカートのドレスを着るようになさいって、ヴァレリアスママがおっしゃったの」
 ははあ、なるほど。
 納得してわたしは頷いた。
 この時代の女性は、子供か大人かは一目でわかるのだ。法律的にどうのというよりも、身体が成熟したかどうか、結婚できるようになったのかどうか、というのがわかる、という感じか。
 大人の女性は髪を結い上げ、地面すれすれのスカート丈のドレスを着る。子供は、おさげにしたり、リボンで結んだりすることもあるが、髪は下ろしている。スカートもくるぶしくらいまで、というのが原則だ。
 現代みたいに、気分でロングスカートだの、ミニスカートだのを選ぶことはできない。そして言うまでもないがパンツスタイルなど考えることもできないのだ。ブルーマー夫人のことはあるにしても。
 そういうわけで、クリスティーヌもメグも、まだ垂らし髪なのだ。わたしから見れば二人とも、日本の同年代の女の子よりも年上に見えるのだけど。
 横からメグちゃんがひょいと顔を出す。
「そのためには新しいドレスを作らなきゃ、でしょ? それに髪型だって変えなくちゃいけないし。もう子供じゃないのだから、素敵なピンやリボンや帽子だってほしいし。でもわたしたち、まだお小遣いがそんなにないし、とりあえず髪型の研究をしようってことになったの」
「髪型ね……。わたしも毎日苦労してるわ。ずっと同じようなのもつまらないし、かといって別の髪型にするのもどうすればいいか分からないし……っと失礼」
 いい加減、バランスを崩した結い髪が耳の後ろの皮膚をひっぱってくるのが痛くなってきたので、わたしは帽子をとってピンや飾り櫛を外し、頭を振った。
 髪を結い上げるって、とても苦手だ。ゴムで結ぶことはあったけれど、それとは全然違うんだもの。ピンだけで髪をまとめられるようになるまでに、どれほど苦労したか!
「はい、どうぞ」
「ありがとう」
 メグちゃんがブラシを手渡してくれた。すみません、マダム・ジリー。お借りします。
「上手くまとめられるかな。いつも時間がかかるのよね」
 わたしがぼやいていると、メグちゃんはつつ、と指を伸ばしてわたしの飾り櫛を引き寄せた。ちなみに、それはエリックが選んだもので――わたしが外出をするようになる前の話だ――銀製で、透かし彫りがされているものだ。エナメルや宝石などは、とくについていない、いたってシンプルなものなので、わたしは好んでよく使っている。
「ねえ、リボンはつけないの?」
「リボン? つけてるわよ。ああ、でも家の中だけでしかつけたことないかも」
「なんで?」
「なんでって……。こういう飾り櫛の方がまとめやすいからだけど……」
 わたしの感覚では、リボンで髪を飾るのは小さな女の子がすることだというイメージなのだ。バレッタやコサージュになっているものは別だけど……。
 だけど、この時代は結構いい年の女性でも、普通に頭にリボンを付けていたりする。それとは別に、帽子にもついていたりする。
 そういうことがわかってはいても、やっぱり使用するのは抵抗がある。それに、櫛なら髪に挿せばいいだけだけど、リボンだと結ばなければならず、せっかくピンでとめた髪がそのせいで崩れたりするのだ。多分、根本的にリボンの使い方を間違っているのだとは思うけれども……。
「ふうん、にしても、もうちょっと可愛いのを使ったら? これ、銀製だしいいものだとは思うけど、地味よ。おばさんになってからでも遅くないようなものを、今から使う必要なんかないんじゃない?」
 メグちゃんは鼻の頭にしわをよせて、そう言った。
「地味?」
「地味よ」
「わたしは品があって綺麗だと思うけど」
 そもそも、わたしはごてごてしたものはあんまり好かないのだ。
「だからそういうのが地味っていうんでしょ?」
 わたしは思わずクリスティーヌを見やった。彼女も同意見なのだろうか。
さんが好きなら、それでいいじゃないの、メグ」
 ごめん。なんか無理やり言わせたような感じになっちゃったね。
「ははは……」
 わたしは立ち上がると、化粧机の前に移動した。髪を左右で分けて、三つあみを作って……っと、櫛、櫛。
「メグちゃん、櫛返して」
「む〜〜」
 何かな、その不満そうなお顔は。
「わたしのリボンを貸してあげる。こんな地味な櫛よりぜったい良いわよ」
 急になにをいいだすんだろう、この子は。
 リボンを使うのは苦手だと返すと、それならわたしがやってあげる、と彼女は勝手にわたしの髪を解きだした。
「うわ……ブラシが全然引っかからない。こんなに真っ直ぐな髪って、初めてだわ」
 驚いたように、メグちゃんは眼を丸くする。
「そうなの?」
「うん。わたしくらいでもやっぱりひっかかるもの」
 メグちゃんの髪は緩いウエーブがかかっている。そしてクリスちゃんははっきりと巻き毛だ。
「そうね、わたしもいつもひっかかっているわ。急いでいるときなんて、苛々しちゃうこともあるの」
 ちらっと肩をすくめてクリスちゃんが苦笑した。
「うーん。まあ、たしかにひっかかることって、あんまりないかな。でもまとめるのは大変よ。すぐほつれてくるし……。クリスちゃんはいいね。巻き毛だと後れ毛も可愛い感じに見えるもの。まっすぐだと、何だか生活に疲れてるような感じで……」
 この発言が笑いのツボに入ったらしく、二人は肩をふるわせて笑いだした。
「二人とも、笑いすぎ」
 半眼になってたしなめると、笑い声のまま、ふたりは謝った。きゃっきゃと笑いながら、メグちゃんが言う。
「ポマードとかつければいいじゃない。どうして使わないの?」
 ポマード……。
「それって、男の人が使うものじゃないの?」
「別にそんなことはないわよ。まあ、商品によってはほとんど男性しか買わないようなものもあるだろうけど」
「……そうだったんだ」
 ポマードっていうと、オールバックにする男性が使うものだと思い込んでいたわ。女の人も使っていいんだ。
 うちにも一応あるんだけどね、ポマード。エリックが使ってるから。
 正確に言えば、エリックの鬘が使っている、んだけど。
「でも、ポマードって、結構臭いがきつくない?」
「まあね。そういうところが嫌なら、砂糖を使うっていう手もあるわよ」
「砂糖!? 砂糖なんてどうするの?」
 ポマードから砂糖への飛躍が理解できない。あまりにもかけ離れた単語の登場に、わたしは聞き違いかと思わず声をあげた。
 しかしメグちゃんは当然のことのように平然と返す。
「濃い目の砂糖水を作って、固めたいところに塗るの。ガチガチになるわよ。それに、髪ごてを使うと、甘い匂いがするし」
「へ、へえ……」
「といってもこれって、あんまりお金がなくて、ポマードも買えないような人が使う方法だけどね。これだと安上がりだし、一週間くらい放っておいても平気なくらいになるんだから」
「一週間……」
 砂糖の意外な使用法に、わたしは目からウロコが落ちる思いだった。
 髪をベッコウ飴でコーティングしたような感じだろうか。
 それなら確かに一週間くらい持ちそうだ。でも、頭がかゆくなりそうな感じがしてちょっと嫌だ……。
 久しぶりの大きなカルチャーショックを受けて呆然としていると、横から「あの……」と呼びかけられた。
「少し巻き毛にしてみたらいかがですか? まっすぐよりは、まとめやすくなると思うんですけど」
 今度はクリスちゃんだった。
「巻き毛って、こう、首の辺りにくるくるってなってる、あれ?」
 今の流行の髪形は、頭の天辺より少し下くらいに髪をまとめるものだ。後ろ髪を残しておいて、首のところにちょっと縦ロールみたく作っている人をそれなりに見かける。そういうことかと思って聞き返すと、クリスちゃんは頭を振った。
「あれでもいいと思いますけど、全体的に……。ほら、寝る前に髪を湿らせて紙で巻いたりとか、やったことありませんか?」
 ああそれ、子供の頃読んだ本にそんなこと書いてあったような覚えが。
「聞いたことはあるけど、実際にやってみたことはないわ」
 なにしろ日本は子供が巻き毛にするなんてご法度みたいなところがあるから、自分には関係のない話だと思っていたのよね。うねうね髪にしたければ、大人になってから美容院でセットしてもらうものだと。
「紙に巻くって、何か専用のものみたいなのがあるの?」
「いえ。紙でも布でも、小さく切ったので巻き込んで、筒状にしたものをピンで止めて一晩置くだけです」
 クリスちゃんはゼスチャー付で説明してくれる。一つの房はそんなに大きくない。これを髪全体に施すとなると、時間がかかるだけではなく、寝るときにうつ伏せにならないといけないのではないだろうか。羽枕って、頭が沈むから、それは寝にくそうだ。
「クリスティーヌは必要ないからいいわよね」
 羨ましそうにメグちゃんはため息をついた。
「って、メグちゃんは?」
「わたしはやってるわよ。土曜の夜だけだけどね」
「なんで土曜?」
「次の日が安息日だもの。教会に行くならちゃんとした格好をしないと。ああそうか。はキリスト教徒じゃないから、別に教会に行く必要もないんだ」
 エリックといるとあんまり気付かないけど、さすがカトリック国だ。教会に行くのが普通、という対応に、わたしは妙に感心してしまった。
「ストレートじゃだめなの? まあ、メグちゃんはゆるくウエーブがかかってるような感じだけど」
 するとメグちゃんはぷうっと頬を膨らませる。
「それよ。せっかく金髪なのにって鏡を見るたびに残念に思うわ。そりゃ、舞台に上がる時は役柄によっては髪ごてで綺麗にカールさせたりもできるけど、普段は全然だもの。子供はそんなものを使う必要はないって、ママが言うの。あーあ、わたしも早く髪を結い上げるようになりたいわ」
「メグちゃんはいつになったら長いスカートをはくの?」
「わたしもママに十七歳くらいでいでしょって、言われてる。オペラ座の女の子だからって、無理して大人ぶる必要はないって。だからあと一年くらい待たないと」
 ……てことはメグちゃんって、十六歳だったんだ。
 それでこのスタイルか。なんて羨ましい……。
「あ、でも、もし十七歳になる前にコリフェになれたら、大人の格好をしていいって、約束はしてるの」
「なれそうなの?」
 聞くと、メグちゃんはまたぷっと頬を膨らませた。
「実力では今のコリフェの人たちにだって負けていないと思うわ。だけど、わたしにはパトロンがついていないもの。押しのけられちゃうのよ。本当に腹が立つったら!」
 パトロンの中にはお気に入りのバレリーナに良い役をつけさせようとごり押ししてくる人もいるのだと、エリックが言っていた。実力が拮抗していると、そういうところで差をつけられてしまうのだと。
 ああ、だからなのかな。メグとクリスティーヌと仲良くしてるのは。
 バレリーナ同士、コーラス同志で友人になるのは難しい。どうしてもライバル関係に陥ることは避けられないもの。
 おしゃべりをしながらもメグちゃんはせっせと手を動かして、たくみに髪を結い上げていった。
 髪を真ん中から左右に分け、さらに耳のところでも分ける。
 後ろを三つ編みにしてまとめ、毛先はピンで止める。前の二房はゆるくねじって途中をピンで止め、先に作っていたお団子にまきつける。これだけではやはり、毛先が残っていたりするのだけど、メグちゃんは気にせずその中へ押し込んだ。すごい力技だ。……いや、これが普通なのだろう。
「んー、少しボリュームがあったほうがいいかも。前髪を少し切ってカールさせてみない? あと後ろも」
「え、ええ?」
「それなら、わたしが髪ごてを借りてくるわ」
 嬉々としてクリスティーヌが立ち上がる。さすがは女の子だ。こういうときの反応が早い。
「ちょ、ちょっと待って。急に色々変えたら不審がられちゃうわよ!」
「そのまま答えればいいと思うけど? それとも、オペラ座に来てるのは内緒なの?」
 ううむ、触れられたくないところを突かれてしまった。
「わたしがたまにここに来ているってことは知ってるわ。だけど、そういうのはあまり良く思ってないみたいなの」
 変に目立つ行動をすると、そこから『怪人』につなげる者がでてくるのではないかと、エリックは心配しているのだ。
 ちなみに、わたしがオペラ座に入れるのはマダム・ジリーのお陰である。ナーディルさん事件の後に、今回はたまたまエリックの知り合いだったから良かったものの、そうでない者がわたしをつけねらうこともあるかもしれないからと、関係者用通用門の門番のおばさんにわたしを知人の娘だと紹介してくれたのだ。それで、困った時があったら駆け込みなさいと言ってくれた。
 もちろん、わたしはオペラ座の関係者でも会員でもないので、本来こういうことはやってはいけないことなのだが。そのため、門番のおばさんはわたしを通す代わりにちゃんと口止め料――チップ――を請求してくる。
 カイゼルのものはカイゼルへ、オペラ座のお金はオペラ座の人へ。
 なーんてことが頭をよぎったりしたものだ。
「まあ、いいじゃない。どのみち、その不審がる人って、あなたの恋人なんでしょ?」
「う……。まあ、そうなんだけど……」
「綺麗になった恋人を嫌がる男の人って、いないと思うけど? この際だからはっきり言うけど、は髪型も地味だと思う。ドレスと全然合ってないわ」
「ドレスと合わないのは仕方ないでしょう。わたしは西洋人じゃないんだから、どうしたって顔立ちが」
「顔立ちの問題じゃないって。本気で自分のこと、研究してないんでしょ。もっと良く見せられるのにそうしないなんて……。それも、お金に困ってるわけでもないのに、そんなの、女として正しくないわよ!」
 びしっと人差し指を立て、メグちゃんは言い放った。
 ううむ、女として正しくないとまで言われてしまった。
 現代においてもファッションに中心地といわれるパリだ。そこで生まれ育った女の子にこうまで言われてしまうと、わたしも「そうなのかな」と揺らいでしまう。
「もういいわ。見てなさい。わたしがとびっきりの美人に変身させてみせるから! クリス、髪ごての道具を持ってきて。付け毛とあとお化粧道具も!」
「ええ、メグ」
「化粧は駄目だって!」
 化粧水にさえかぶれたわたしだ。化粧なんてしたらまた肌をやられてしまうかもしれない。そしたらもれなくエリックの説教が飛んでくるのだ。
「大丈夫、薄化粧にしてあげるから」
「そういう問題じゃなーい!」
 すっかりおしゃれの情熱に取り付かれてしまったメグちゃんは、わたしの抗議などどこ吹く風と受け流し、再び髪を崩し始めた。
 ああ、一体どうなってしまうのだろう。
 誰か――マダムかエリックしかいないが――、助けて……。





とゆーことで、ここでのメグとクリスの年は上述の通りです。
数ヶ月差でクリスが年上。
それから、長いスカートをはき始めるようになるのは、個人の考え方次第ですので、早ければもっと早いですし、遅ければもっと遅くなります。

17歳は、特別遅いというわけではないと思う。早くもないけど。
それと、髪を砂糖で固めるというのは、エミール・ゾラの「居酒屋」とサラ・ウォーターズの「荊の城」(イギリス作品だけど)にでてきました。
どっちの作品でも砂糖固めをしていた人は生活が苦しい方だったので「ポマードも買えないような人が使う方法」だということにしました。実際はどうなのかはよくわかりません…。
ちなみに、砂糖は当時特別高いものではなかったみたいです。植民地プランテーションもあったし、国内でテンサイ糖の栽培をしていたそうなので。





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