注意書き:この話はR-15です。15歳以下の方は閲覧を控えてください。 









 なぜ学習できないのだろうか。
 暗闇で呆然と立ち尽くす私の脳裏にそんな言葉が浮かぶ。
 メグ・ジリーの新しい楽屋の壁の奥で、私はやるせない思いを抱いた。
 頬が乾いた笑みでひきつっているのが自分でもわかる。いや、それ以上にしゃがんで頭を抱えたい気持ちになった。だがここはごく細い通路なので、しゃがむにしゃがめないのだ。
(ああ、訂正したい……!)
 特に決まった目的なくオペラ座を巡回しているうちに、私の足は自然とメグ・ジリーの楽屋へ向いてしまった。女同士の会話は時には身も蓋もなければ夢も希望も砕けてしまうようなものが含まれているので、極力聞きすぎないように自戒していたのだが。
 しかし私のいないところでがどんな話をするのか――私への不満を話すのではないか。もしくは、どれだけ幸福かをのろけてくれているのではないかと気になってしまう。
 その結果がこれだ。
、私がお前の胸を触らないのは、本気で嫌がっているように見えたからだぞ……!?)
 私は心の中で抗議の声をあげた。
 愛を交わす時に、彼女はよく「いや」とか「だめ」という言葉を口にする。だがそれは本当に嫌がっているわけではなく、羞恥心やこれからどうなるのだろうかという不安感から反射的に発せられているのだ。
 そうだとわかるまで非常に苦労したが、それはさておき、だ。
 だから私が彼女を安心させるように優しくしてやり、緊張をほぐしていけば、そのうち彼女は官能に溶けていくのだ。それでも「いや」と言うが、これは彼女の故国の言葉でいうところの、イヤよイヤよも好きの内、というものだ。
 だが胸に関しては、な……。
(はっきりとした拒絶があるわけではないが、触れているとだんだん落ち込んでいくからな)
 妻でも恋人でもない女に無理矢理行為を行っているようでいたたまれなくなってくる。この場所に関してはイヤよイヤよが本当に嫌、なのは火を見るよりも明らかだった。
 私たちの行為は暗闇の中で行われる。明るいところで見られるのは嫌だと彼女が言ったので――こうして思い返してみると、彼女は「いや」とばかり言っているな――そうしているのだ。それでも私の視界にとっては支障がでないので明かりを消すことに意味があるとは思えないが、どうやら気分の問題らしい。
 だが暗闇の中であっても、死神が天使になれるわけではない。わずかな筋肉の上に皮膚が張り付いた骨ばった私の身体。きっと彼女は死人に抱かれているような心地でいるだろう。
 だから、不安だった。
 彼女に受け入れられる喜びはあるものの、本心では私の身体を不快に思っているのだろうと。
 私はずっと、人としても男としても私を愛してくれる人が現れることを望んでいた。そしてそれは長い年月の末の希有な出会いを経て得ることができた。
 は私を愛してくれた。
 だがそれは人として出来そこなった姿をした私の中にある心を愛してくれたのだと思っていた。外見まで愛されるなどという思い上がったことは考えていない。
 そうであるから彼女の指や唇が私の肌に触れてくるのはこの上ない快楽である一方、本当は私の心を傷つけないように気が進まないながらもやっていることではないかと疑っていた。そのことで彼女と度々喧嘩になったが、どう足掻いたところで受け入れ難い自分があるのだというのが私の結論だった。
 だからにはなりの理由があって胸に触れられることが苦痛なのだろう、と思っていたのだ。だからこそ、あまり触れないようにしていたのだ。
 その理由はこれまで教えてもらえず、一体どれだけ深刻な悩みなのだろうかと想像していたが……。
(よもや、胸が小さい、などというものだったとは……)
 私の苦悩した時間を返してほしい。
 彼女としては切実な問題なのかもしれないが、そんなことか、という思いが抜けきれなかった。
(一体いつ私が胸の大きい女の方が好みだと言ったのだ……。それにメグ・ジリーも、その場しのぎで適当なことを言うんじゃない。が真に受けたらどうするんだ)
 胸派か尻派かなどと、くだらない。私は彼女の全身が好きだ!
 確かにの胸は大きくはない。いやはっきり言って小さい。だが全然ないわけではないし、彼女を愛することに差し障りなどでていない。ドレスのデザインをしていて空しいなどということもない。彼女の魅力をどうすればもっと引き出せるかを考えるのはやりがいがあって楽しいことだ。
 とはいえ、彼女の気持ちもわからないわけではない。
 私がせめて並の容貌であればと願ったように、彼女もせめて並の大きさを、と願っているのだろう。
(しかし、そうか……。自分で揉んでいるのか……)
 欠点だと思っていることを克服しようとする姿勢は前向きで良いと思う。
 しかし胸というものは揉めば大きくなるものなのだろうか。子を産めば大きくなるということは聞いたことがあるが、その前の段階でも育つのか?
 生憎私は聞いたことがないので、判断がつかない。オペラ座の女たちが交わす、信憑性の怪しい美容法のひとつなのだろうか。それともの時代の出どころの確かな知識なのだろうか。効果が出ていないというのは、やはり前者なように思えるが……。
 ともかくの悩みは無用のものである。これについてははっきりと彼女に伝えるようにしなければ。
 それに私の協力が必要なのであればいくらでも協力してやろう。明日以降になるだろうが。
 ……今日はどの程度酔っぱらって帰ってくるか、わからないからなぁ。

☆  ☆  ★  ☆  ☆


 日が変わり、早速行動に移そうとしたが、ここで思考が止まってしまった。
 あの時には彼女の思いがけぬ悩みの暴露と、ジリーの娘との露骨な会話に色々な意味で興奮してしまったが、時間を置いてしまったせいで勢いが削がれてしまったのだ。
 改めて話をするとなると、一体どのようにして切り出せばいいのだろうかと迷ってしまう。
 あまり堅苦しくしては何事だと思われてしまいそうだ。あの悩みについてはは本来悩む必要などないことなので、できるだけ気軽に、肩の力を抜いて、さりげなく何でもないように切り出して私の思いを伝えるのがよいだろう。
(なんという難易度の高さだ……!)
 気軽に気楽に身体問題に関する話ができれば苦労などない!
 下手をすればを傷つけてしまう。だから不自然にならないように切り出し、話の流れを誘導しなければならない。から話題に出してくれれば早いのだが、ずっと心に秘めていた以上、それは期待できぬ。だが彼女にいつまでも無用な悩みを抱えていてほしくはない。
 さあ、考えろ、エリック。夫として、妻の力になるときだ。
(おお、そうだ)
 私はの夫である。この事実を思い出した時、光明を見いだした。これならば自然に話を進められる。は相当驚くだろうが……こればかりは致し方あるまい。それもこれも、全て彼女のためだ。


 夕食後のくつろぎの時間が終わり、は自室に引き取ろうと私の側に歩み寄る。
 おやすみのキスをしようとする彼女を制し軽く頷くと、はかすかに頬を赤らめて頷き返した。
 部屋に戻る彼女を見送る。
 おやすみのキスをしないのは、この後私が彼女の部屋を訪れるという合図だ。翌朝まで会わないわけではないから、おやすみのキスをするには早い、というわけだ。もっとも彼女の体調によっては部屋に来られても困る場合もあるので、その場合ははキスを強行してくる。それで私も、ああ今日は無理なのだと気づけるというわけだ。
 が自室に引き取って数分待ち、何かをし忘れたりなどして戻ってくることはなさそうだと確信してから私も自分の部屋へ行く。
 夜着に着替えてガウンを羽織ると、音を立てないようにの部屋へ向かった。彼女の部屋の前で念のため、気配を探るとかすかに水音が聞こえる。
 おもむろにノックをしてみるも返事はない。そもそも彼女には聞こえていなかっただろう。むしろ返事があったら少々面倒くさいことになりかねない。
 計算通りだと中へ入ると、部屋の中は私が初めて見る様相を呈していた。
 ベッドの上にはさきほどまで彼女が着ていたドレスが広げられている。化粧台には髪飾りやピン類がいかにもさっと置いたというように転がっていた。その椅子には外されたばかりだろうコルセットがかけられている。
 の部屋はいつも綺麗に片づいているので、この少々乱れた空間がやけに艶めかしく感じる。
 まだ彼女の温もりが残っているかとコルセットに指を伸ばすと、予想に反してかすかに湿っていた。
(汗か……)
 半日の間、身を包んでいたのだから当然ではあろうが、それだけのことなのになぜこれほどときめくのか。朝に締めるコルセットに対してはこんな風に思わないのに。
 足がその場に縫いつけられた私が我に返ったのは、一際大きな水音が隣の部屋から聞こえた時だった。手にしていたコルセットを戻して、浴室に続く扉へ向かう。
 ここでノックをするべきかと迷ったが、ままよ、とそのまま扉を開けた。
「エリック!? え? なに、どうしたの……?」
 浴槽に手をかけていたは反射的な動作で湯の中に身を沈めた。意識してか無意識か、両腕は交差して胸を隠すようにしている。とりあえず、まだ自分で揉んだりはしていないようだ。
「ノックをしたのだが、返事がなかったので勝手に入らせてもらったよ。たまには私も夜に風呂に入ろうかと思ってね」
「あ、ああ、そうなの。珍しいのね。それで、どうしてこっちに?」
 やはり上半身は隠したまま、は身体の向きを変える。蛇口から滴る水滴が、音を響かせて湯の中に混じっていった。
 の緊張が自分にも移りそうだった。だが余裕のある態度を崩さないように己に発破をかける。
「どうしてとは、おかしなことを聞くな。風呂に入るならもう湯が入っているところに入ればいいだけのことだ」
「え、ええ……っ!?」
 が目を丸くするが、私はごく当たり前のことを言っているだけだというように肩をすくめてみせる。
「それに二部屋で同時に浴槽を使うとなると、湯が足りなくなるかもしれないからな」
「あー……、うん。そうね」
 我が家のボイラー能力を知っているが、私の言い訳を肯定する。そうだ、これがただの口実でしかないことには気づいているだろう。さてお許しが出るか、抵抗されるか、どちらだろう。
「なら、わたしはすぐにあがるから、ちょっと待っていてくれる?」
 は壁に引っかけてあるタオルに手を伸ばす。私は数歩進んでそれを取り上げた。
「あのー、エリック?」
 は真上にある私の顔を見上げてくる。私は唇の端を持ち上げて笑った。
「お前、入ったばかりだろう? なに、恥ずかしがることはない。私たちは夫婦なのだからな。それとも何か不都合でもあるのかね?」
「不都合というか……。いきなりすぎて心の準備が……」
「お前のことだ、前もって告知していたらもっと恥ずかしくなると思うのだがね」
「……そうね」
 無駄な抵抗だったとばかりに、は浴槽に額を押し当てた。
「ではいいな」
 もっと騒がれるかと思っていたが案外早く諦めてくれたので、私は勝利の笑みを浮かべる。と、は顔をあげた。
「あの、せめて明かりは消してもらえないかしら」
 彼女の目線はちょっとした棚になっているところに置かれているランプに注がれている。ふむ、最後の抵抗か。
「ここでしたいということかな。大胆だね。私は構わないが」
 澄まして答えると、途端に彼女は大慌てで激しく頭を振った。
「そういう意味じゃない……!」
 彼女の絶叫を背に、私は笑いながら浴室を出た。
 夜着を濡らしたくはなかったので、一度寝室に引き返してガウンと夜着を脱ぐ。それから仮面に手をかけた。気は進まなかったが迷いを振り払い、腹に力を入れて思い切って外した。外した仮面の隣には、鬘が並ぶ。
 再び浴室に戻ると、は足を縮め、こちらに背を向けていた。
 揺らめくランプの明かりで黒髪はより黒く、肌はより艶を増して見える。肩から背中に残る水滴が蜂蜜のような淡黄色をしていた。舌を這わせ、舐め取ってみたい。きっと甘い味がするだろう。
 大理石でできた据え置き型の浴槽は、二人で入っても十分余裕がある。ゆっくりと身を沈めていると、の背が強ばっていった。
「こちらへおいで、。それとも抱き上げてもらいたいかね?」
 声をかけるとは恨めしげな顔で振り返ってきた。それがふっと真顔になる。
「エリック、仮面……」
「風呂に入るのにつけているのもおかしいだろう」
「そうだろうけど……」
 は私の素顔を知っている。けれどそれはいつも不意打ちのような形で見られたというものだった。愛を交わすときは最終的には外すことが多いが、暗闇の中なので彼女には見えていないだろう。手触りでわかるだろうが、視覚から得る衝撃はそれとは比べものになるまい。
 明かりがあるところで自主的に仮面を外しているのが珍しいのだろう、は記憶に刻みつけようとするかのように私を見つめる。
 が徐々に身体をこちら側に向けてきたので、腰を引き寄せて隣に並ばせる。嫌がられはしなかったが、彼女は足を縮め、腕でなんとかその上の隙間をふさごうとしていた。さあて、この邪魔な腕を取り払ってしまおう。
 私は水面を弄ぶように手を動かした。彼女の視線がそれを追う。そのうち私の手をつかまえようと、が手を伸ばしてきた。そうはいかないと捕まる寸前で逃げると、彼女は弾けるような声をあげた。時折はわざと捕まってみせる。が私の手を掴むのを見計らい、逆に私が彼女を捕まえるのだ。小さくて柔らかな手の内側を揉むようにしてやると、くすぐったいのか、肩を振るわせて笑う。
 こちらの思惑通りに遊びに夢中になっていくうちに、の防御は緩んでいった。腕は湯の中を泳ぎ、足はだんだん伸ばされていく。ささやかに膨らんだ胸は完全に私の目にさらされていた。
 私は空いている方の腕を伸ばし、彼女の腰のラインをそっとなぞる。
「ひゃ……。エ、エリック」
 はっとなったが焦ったような声をあげるも、私は素知らぬ振りを装い、手を広げてゆっくりと腹に向かって這わせた。
 は真っ赤になるも、それ以上声をあげることができないようだった。緊張で身体が固くなり、胸が小刻みに上下する。くるりとへそを指先でなぞってやると、びくっと大きく身を二つに折った。湯が跳ね、私の腕にかかる。顎まで湯に浸かる形になったが言葉にならない声を漏らした。
 気分が乗ってきた私は、へその周りをいじっていた手を止め、腰にまきつけて引き寄せる。急な動きで水面が波たち、浴槽の側面に打ちつけられた。縁を乗り越えた湯が床にこぼれ、新たな湯気が生まれる。
 白く視界が霞む中、彼女の肩に口づけをした。の内股がぴくりと震える。さきほど引き寄せた時に彼女は私の片足を挟むような形になっていたのだ。この柔らかな拘束具に劣情を高められていくが、まだ本題を切り出していない。もうどうにでもなれと思う一方で、堪えろと理性が叱咤してきた。
「ああ、……」
 甘美さに酔いつつ、首に、頬に、かすめるようなキスをした。歯を立てずに耳朶を噛むと、彼女は身を捩りながら鼻にかかった声をあげる。そうしている間にも私の手は目的地へと到達していた。乳房を下から包むようにし、親指と人差し指で先端をつまんでやる。すると、から発せられる気配が変わった。
「あの、エリック……。やっぱりここではちょっと……」
 戸惑ったように私を見上げてくる。
「どうして?」
 このまま流されてくれたら良かったのだが、さすがにそこまでは無理だったようだ。
「見られるの、恥ずかしい……。っ、やめ……!」
 先端をいじる指先に軽く力を入れる。
「今更だろう。私もお前に見られているよ。おかしな気分だ。もっと抵抗感が強いと思っていたのだがな」
 意外であったが、それも当然かもしれない。浴室は元々衣服を脱いで入る場所なのだ。今は他に気を取られているから、顔を晒しているという意識が追いやられているということもあるだろう。
「わたし、エリックのこと、見られて嬉しい。顔、隠さないでほしいって、ずっと思ってた」
 切れ切れに言葉を紡ぐ彼女の目の端に口づける。
「気持ちはありがたいが、なかなか難しいな……。服を着ずに人前に出ている心地がする。私にとっては必要不可欠な身だしなみのひとつになっているのだよ」
「うん。わかってる。無理強いしたいわけじゃないのよ。でも家にいる時くらいは……あ、だめ、だめ! 嫌だ、お願いやめて……!」
 の声が悲鳴に変わる。
「だが、お前とこのようなことをしている時くらいならな。私も素顔でいてもいいと思えてくる」
 腰を押さえていた方の手ももう片方の乳房に持っていく。やわやわと両手でこねくり回すと、切羽詰まった顔になったが腰を浮かせて立ち上がろうとした。足が跳ねて水面が大きく荒れる。
「溺れかねないから暴れるんじゃない。まあ、その前に引き上げてやるが」
「離してっ!」
「なぜそんなに嫌がる。私はお前にすべて晒した。お前に触れられるのはこの上なく心地よいことだからだ。お前はそうではないのか、? 私を愛しているというのは偽りなのか? お前の可愛い胸に触れていると、それとなく外されて行っていることに、私が気づいていないとでも思っているのか」
 彼女の耳元に唇を寄せ、囁く。責める口調にならないように意識して、声から棘も角もなくした。
「っごめんなさい、でも……っ」
 の目に涙が浮かぶ。
「でも?」
 が大きく肩を振るわせた。嗚咽が漏れ、浴室内に響く。
「わ、わたしの胸なんてぺったんこで、胸なんだか背中なんだかわからないくらいじゃない。エリックのことを楽しませてあげられなくって、わたし、わたし……」
「いや、さすがに背中と間違えたりするほどでは……。ちゃんと膨らんでいるぞ?」
 彼女の名誉の為に断言させてもらうが、たとえ私が暗闇の中で目隠しをされていたとしても、胸か背中かを間違えることはないだろう。
「でも、小さいって、エリックだって思っているでしょう?」
 涙目ながらも挑戦的には私を見上げてくる。否定できるものなら否定してみろとその目が訴えていた。
「……大きいか小さいかでいえば、小さくはあるな」
 こんな一目瞭然なことに嘘をいっても仕方がないと、ありのままを告げる。
「ほら、やっぱり!」
 するとは子供っぽく頬を膨らませる。
「だが、それがどうしたというのかね」
「え?」
 ぱちくり、と彼女は瞬いた。
「胸が小さかろうが大きかろうが、だ。私は胸の大きさで妻を選んだつもりはない」
「え……。あ……。えーっと、ありがとう……?」
 あっけにとられたように小さく口を開け、は小首を傾げた。私は重々しく頷く。
「お前を愛しているから妻にと望んだのだ。であるのなら、すべて愛しい。触れたいのだよ、もっと」
 両手を湯から引き上げ、の頬を包む。は戸惑い、瞳を揺らした。
「でも、もっと大きければって、思ったりするでしょう?」
「別にこのままで私は構わないが、お前がそれほどまでに大きくしたいのであれば、手伝ってやろう」
「……え?」
 が怪訝そうに眉を寄せた。
「私は美容術に関してはあまり知識は深くはないが、豊胸の方法もこの世のどこかにはあるだろう。ああ、それよりもお前の方が詳しいのではないかな。の時代では何かそれに関することを聞いたことはないかね」
 その「何か」を知っていることは伏せて私は問う。よし、これで大丈夫なはずだ。
「ない、こともないけど」
 は口篭る。
「どんな?」
「牛乳を飲むとか……」
「ほう。もしたくさん飲みたいのであれば、ベルナールに言って買う量を増やすが?」
 それくらいの出費などたやすいものだ。しかし牛乳か。他にも方法があったのかと感心する。
「ううん、それはいいの。効果が出るとしたら成長期までみたいだし」
 はふっと遠い目になった。私からすればまだ幼げに見える容貌をしているだが、成長期はさすがに終わっている年齢なのだ。これ以上の効果は見込めないというところか。
「他には?」
「運動するとか。えっと、胸筋を鍛えるといいって。だから毎日じゃないけど、わたし、腕立て伏せとかやってるの!」
 また私の知らないが出てきた。腕立て伏せ? 筋肉を強化したら、周りの脂肪――つまり乳房の中身だ――が減ってしまうのではないか?
 疑問に思って問うと、胸を支えるために筋肉が必要だという答えが返ってきた。彼女の時代ではよく知られている部類に入る知識らしい。そういうものなのか。
 腕立て伏せなら私には協力できることはないなと思いつつ、私は他にはどんな方法があるのかを聞いた。しかしから返ってくる内容は、効果の怪しそうなものばかり。だががこれらのことを知っているということは、試したことがあるということなのだろう。そして今のところ、効果はでなかった、と。
 その点を指摘すると、は情けなさそうにうな垂れた。だが顔をあげると、深刻そうな顔で告白しだす。
「実は、ひとつだけ試したことがないものがあるの」
「うん」
「笑わないで聞いてくれる?」
「ああ」
 ようやくだろうか。私は期待を押し殺し、次の言葉を待った。
「……揉む……の」
「揉む?」
 来た、と思いながらも私はよくわからなそうな口調で説明を促す。
「恋人とか結婚相手とかに揉んでもらうと効くって……」
「そんなことならば早く言えば良かったじゃないか」
「でも、効果がなかったらよけいな期待をさせることになるじゃない」
 私があまりにも楽観的に答えたのが気に食わなかったのか、は頬を膨らませた。
「効果がでなくても私は一向に構わないよ。だめで元々だと思ってやればいいではないか」
「エリック、実は胸に触りたかっただけだったりする?」
 胡乱気な眼差しで彼女は私を見上げる。私はにやりと笑った。
「お前がなかなか触らせてくれなかったからねえ。……早速やってみようか?」
 は真っ赤になって、顔の半分まで湯に沈んだ。私は笑いを堪えながら彼女を引き揚げ、額に口づける。
 は開き直ったようにきっと私を睨むと、噛み付くようなキスをした。




 翌朝。
 胸元を毛布で隠したが、ベッドの上に膝を折って座り、私に向かって問い詰めて来た。
「なにかおかしいと思っていたのよ。偶然にしても出来すぎだものね」
「何がだね?」
 私は布団を被って横になったまま、彼女の詰問を拝聴する。
「エリック、もしかしてだけど、一昨日メグちゃんの楽屋でのわたしたちの会話……どこかからか聞いていたの?」
「ああ」
 は悲鳴をあげて頭を抱えて蹲る。
「どうやって!? あそこって隠し通路とかないはずじゃない!」
「そうだよ。まだ未完成なのでね。ごく細い仮通路しかないんだ」
「仮通路……っ、て、作っているってこと!?」
 彼女は驚いた顔でがばりと身を起す。
「メグ・ジリーの楽屋なら、お前も度々行くだろうからな」
「それならそれで先に教えてよ。わかってたらあんな話はしなかったのに。第一、あなた、あの時メグちゃんの楽屋とは逆方向に歩いていったじゃない。まさかわたしの話を盗み聞きするためにわざと」
「ああ、それは違う」
 濡れ衣を着せられそうになったので、私は彼女の言葉を遮った。
「あまりにも人がいなかったので、引き返したんだ。お前たちが昼食会に出かけてしまえば楽屋には誰もいなくなるだろう。少し作業を進められるだろうかと寄ってみたんだ」
「……本当に?」
 最初から盗み聞きをするつもりだったのではないかと、は疑わしそうに私を見下ろす。私は頬杖をついたまま頷いた。
「全員揃うのが遅くなったせいで、興味深いことが聞けて良かったよ。もうお前を悩む意味のないことで悩ませなくて済む。もっとも、一人で悩んでいないで打ち明けてくれれば嬉しかったがな」
「それはわたしも同じ気持ちよ、エリック」
 はかすかに俯いて、肩に落ちていた髪を払った。それからそっと私の顔に手を伸ばしてくる。
 動いた拍子に巻いていた毛布が緩み、胸元に幾つも散った赤い跡が私の目を引いた。この場所がこんなに赤く染まったのは初めてのことだった。
「エリック、好きよ」
 が私の頬をなでる。唇はこの上なく優しい笑みを形作り、やや伏せられた目にはランプの明かりを受けてだろう、星のような輝きがあった。
 私の引きつった頬を、額近くに大きく残った傷を、は温かい手でゆっくりなぞる。満たされた幸福で、視界が歪みそうになった。
「私もお前を愛しているよ、





どうやったらエリックがカノジョが胸が小さいか悩んでいるかを考えたら、未婚状態ではここのエリックはどうしても動いてくれなかったので結婚後設定になってしまいました。
本編の彼もこのくらい吹っ切れてくれるのかどうか、まだ管理人にはわからないのですが、こうなってもいいなーと思いました(笑)
ところで、この話でのクリスティーヌはラウルと付き合っているのかなぁ。




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