「頼みがあるの」
 世間一般ではバレンタインデー、個人的にはヤ・マハ暦の俺ハッピーバースデーの日から二日後。
 学校から帰ってきたマスターは、おやつを食べると神妙な顔をして俺に言いました。
 ちなみに俺の今日のおやつはマスターがこの間誕生日プレゼントとして買ってきてくれたスーパー☆カップです。一日一個ずつ食べたので、残りはあと3つですね。……ところで、一日一個しか食べられないのなら、いつもと何が違うんですか、マスター。全然特別じゃありませんよ。
「はい、俺にできることなら」
 不満はあったけど、口には出しません。言えばもれなく拳が飛んできます。
 マスターは最近、体重の乗せ方が上手くなりましたね。少しも嬉しくないですけど。
「明日、通販サイトから荷物が届く予定なのよ。バイトがあるから、多分届く頃にはあたしはいないと思うし、だから代わりに受け取ってほしいのよね」
「え!?」
 荷物の受け取り! そんな重大な事を頼まれるなんて思ってもみませんでした。だって、俺の存在は秘密なんですから。外に出られない俺は俺にできる唯一のこと、自宅警備に専念していますが、電話に出たり、お客さんの対応をしたりすることは禁じられているんです。
「い、いいんですか……!?」
 ちょっとあわあわとしつつマスターに言うと、マスターは腕組みをして、
「まあ、あんまりやりたくないけど、再配達待つの、めんどいから。カイトの外見はかなり目立つけど、そのインカム取ってコートを脱げば、なんとかなるんじゃないかと思うし。……もしかして、それって取り外しできないようになってる?」
「俺はフィギュアじゃありませんよ。できます」
 うっすら失礼なことを言うマスターに見せ付けるように、俺はインカムを取りました。
 と、
「……っうえ!?」
 それは小さな光の粒となって消えてしまいます。コートを脱ぎました。これも同様です。白いコートの下には青いインナーを着ています。決して裸じゃありませんよ。
「な、なんで……?」
 マスターは口をぱくぱくさせて呆然としてしまいました。
「多分、俺と離れてしまったので、形を保てなくなったんですね」
「そんなことが!?」
「はい。多分ですけど」
「……で、インカムとコートって、どうなったの?」
「多分、一回モニタの中に戻れば元通りになっていると思います。俺もやったことはないので確実にそうだとは言えませんけど……そういうものだというのがわかるので」
「すぐ戻って!」
 マスターはがしっと俺の両肩をつかんで叫びました。
「冗談じゃない。コートとインカムのないカイトなんて! あんたのアイテムを消しちゃったらカイトとしてのアイデンティティはどうなるの!」
「俺のアイデンティティはコートとインカムにあるわけじゃありませんよ……。というか、マスター、コート着てない俺は嫌なんですか?」
 だとしたら、あんまりだ。
「いや、別にそんなことはないよ。かなり見慣れないもの見てるなぁと思ってるけど」
 そうですか……。
「でもコート脱ぐだけで随分印象が変わるもんなのねー。かなり地味になるわー。うん、これなら平気だって。配達の人もバンドをやってる人なんだなー、ぐらいにしか思わないよ」
「バンド……。音楽をやっているという意味では間違いではないと思います」
「ふふ」
 なにがおかしいのか、マスターはくすぐったそうに笑いました。
「ほら、カイト、早く戻ってってば!」
 そして俺の背中をばしばしと叩きました。はいはい、すぐにやりますよ〜。


 モニタの中に一度戻り、再び外に出ると、俺はいつも通りのコートとインカム装着スタイルになっていました。
 一体、俺ってどうなっているんでしょうかね。自分でもわからないことだらけです。
 無事、元の姿に戻ったことを確認すると、マスターは机の引き出しを開けました。中から茶色い封筒を取り出します。
「これ、お金。代金引換なの。配達屋さんが来たら、これを渡してね。お金はお釣りがないようにしたから。あとハンコ」
 マスターは言いながら、なんだか小さな入れ物に入ったものを見せてくれます。中をあけると、白っぽくて細長いものが入っていました。
「これを配達伝票っていうものに『受け取りました』という印に押さなくちゃいけないの。えっと、どこに押すかは配達の人が教えてくれるから、変に動揺しないように」
「は、はい」
 やることが一杯だ。間違えないように頑張らなくっちゃ。
「それと……」
 マスターは言いにくそうに口ごもる。
「マスター?」
「代金引換だから、配達前に電話がかかってくると思うのよ。受け取る人がいるかどうかの確認の電話ね」
「で、電話ですか……」
 電話。これもやったことがない。確か最初に『もしもし』って言うんだよね。
「通販サイトには携帯の番号で登録しているから、あたしの携帯に電話がかかってくるのよ。ま、家の電話だと誰からかかってきたのかわかんないわけだから、携帯のほうがましといえばましなんだけど、あたしが携帯持ってたら、いつその確認の電話が来たのか、カイトにはわかんないじゃない。電話来たことに気づかなきゃ、鍵も開けられないでしょ?」
 マスターの家はセキュリティ完備がされたマンションです。建物の入り口はオートロックされているので、住人以外は簡単に出入りできません。そうはいっても、お客さんが来ればテレビドアホンというもので確認できるので、配達屋さんと他の、俺が応対してはいけないお客さんの区別はできるんです。
 俺がそういうと、マスターは頭をかきむしってじたばたしました。
「そうなんだけど、なんか不安なのよ〜。うっかりドアホンの通話ボタン押してから配達の人じゃないと気づいたりとかしそうで!」
「そんなに心配だったら、こういうことになる前に、一度マスターがいる時に俺に荷物の受け取りを経験させてくれればよかったんですよ〜。初めてのおつかいをするときには一人で頑張らせていると見せかけて、実は保護者が後ろから温かい目で見ているのがお約束でしょう?」
「あんた、またどこでそんな番組を……」
「動画サイトには色んなものがあがっていますから」
 マスターがいない時間は暇なんです。
「ネットはほどほどに……って、カイトに言っても仕方がないか」
 マスタははあっと大きく息を吐きます。
「明日、携帯を置いていくから。電話もあんたが受けなさい。といっても、着信鳴ったからってすぐに出ないこと。まず発信者を確認して、個人名とかが出たら絶対に手は出さない。メールは放っておいて。うちに荷物が届くのはいつもお昼頃だから、そのあたりに電話番号しか表示されないのがかかってきたらそれよ」
「もし、違ったら?」
 それが一番困るよね。
「間違い電話を受け取った振りをしなさい!」
 びしっとマスターは指さした。
「そんな無茶な!」
「無茶じゃなーい。間違いですよって言えばいいだけなんだから」
「えー、でもー」
「カイト」
 どんどん自分の任務の重さに押しつぶされそうになっている俺の腕に、マスターは優しく手を添え、そして素晴らしい笑顔で。
「やりなさい」
「はい、マスター」
 命令してくださいました。そう言われたら、逆らえませんよ、まったくもう。


♪・♪・♪



 翌日、マスターとマスターのご両親が出払ってしまうのを待って、俺もモニタから出て行きました。
 マスターの机の引き出しを開けます。
 そこには昨日言われたとおり、封筒とハンコ、それとマスターの携帯が置いてありました。
 マスター、携帯持たなくて大丈夫かなぁ。時計代わりにも使ってるって言ってたのに……。
 俺はリビングにそれらを持っていって、電話がかかってくるのをじっと待っていました。
 時折小次郎さんが遊んでほしそうにしてきましたが、今日の俺は大事な使命を帯びているので、遊べないんです。ごめんね。
 携帯は、時折リズミカルな音楽を歌いだします。でもどれも俺が受け取ってはいけないもの。
 それにしても、今のところはメールも電話も女の人からのものばかりなので、ほっとしました。マスター、彼氏はいないみたいだけど、男の知り合いが一人もいないわけじゃないだろうし。
 どれくらいいるのか、確認したい衝動にかられるけど、アドレスを勝手に見たりしたら一ヶ月間アイス断食の刑に処すと言われているので、できません。
 そして待ちに待って正午を少し過ぎた頃。
 電話番号しか表示されない電話がかかってきました!
「も、もしもし……?」
 ドキドキしながら通話ボタンを押し、声を発します。これで大丈夫かな?
「あ、フラミンゴ便ですが、荷物のお届けです」
「あ、はい」
「代金引換なんですが、これからお伺いしても大丈夫ですか?」
「はい。待ってます」
「代引き料金は四千××円です」
「はい、わかりました」
 電話が切れると、俺はずるずる、とソファに倒れこんでしまいました。もう緊張しすぎて、口がからからになった気がします。
「あ、コート脱がないと!」
 昨日マスターに何度も念を押されたんです。それを忘れてしまったりしたら、マスターにお仕置きされてしまいますよ。調教は大歓迎ですが、お仕置きは嫌なんです。
 マフラーも外して、俺は準備万端と必要なもの一式を握り締めて立ち上がった。
「あ、靴、靴」
 脱ぐの忘れてた。
 俺は青いインナーと茶色のパンツ、それと裸足というスタイルで配達屋さんを待ちました。
 すぐにドアホンが鳴ったので、ドキドキしながら玄関をに向かいます。
 そこには運送会社の制服を着た男の人が大きめの荷物を抱えて立っていました。
 鍵を解除して、荷物を持ってきてもらいます。
 さて次はお金、お金。
 中身を出して、丁度あるのを配達屋さんに確認させるんでしたね。
 封筒を開けると、小銭がいくつか出てきました。それから英世さんが四枚。
「あれ?」
 英世さんと一緒に、なんだか白い紙が出てきましたよ。なんだろう、これ。
 マスター、何か支持し忘れたのかな? そう思って俺は畳まれたその紙を広げました。


「……え?」
 そこには、
「嘘ぉっ!」
 とんでもないことが書かれていました!
 ピンポーン。
「え? あ、ええ!? あ、はい!」
 来た、配達屋さんが来た!
 でもこの手紙……!
 ああ、でも早く出ないと……!
 慌てる俺に、小次郎さんはきょとんとします。お客さんだよ、でないの? とつぶらな目は言っているようでした。
「今開けます!」
 俺は混乱したままドアを開けました。廊下にはCMでやっているようなさわやかスマイルを浮かべた男の人待っていました。

 配達屋さんの言うとおりにお金を渡して、はんこを押して、無事受け取りは完了。
 俺が人間じゃないって、さっきの人は気づかなかったと思います。さすがに俺の髪をちらっと見たけどそれだけで、いつもお仕事でやっているんだなぁってわかるようにてきぱきと手続きをして帰っていきましたから。
 さて、それでは……。

「これ、俺が開けていいんだよ、ね……」
 玄関に荷物を置いたまま、俺はぺたんとその場に座り込みます。
 封筒にお金と一緒に入っていたのは、マスターからの手紙でした。
 そこにはこう書いてあったのです。





Happy birthday to KAITO!


今届いた(それとも届く、かな?)荷物は、カイトへのちゃんとした誕生日プレゼントです。開けてみていいからね。
オプションはあたしのクローゼットの中、青い袋の中に入っているよ。
それから、残っているアイスは全部食べてよし!

冷たいマスターだって思ってたでしょー?(気づいていないとでも思ったか!)
14日にも言ったけど、これでも一生懸命考えていたのよ。


マスターより♪(でも誕生日は一年に一度あれば十分だと思うのよね。ということで、あんたの誕生日は17日で決定したから!)






 マスター。マスター。
 本当に、俺がもらっていいの?
 マスター、いつも俺のことバカとかウザイとか言ってるから、実はあんまり好かれていないと思っていたけど……。
 本当に?

 信じられない思いで箱をじーっと見つめる。
 伝票に書かれている名前は、マスターのもの。
 でもその中に入っているのは、マスターから俺への誕生日プレゼント。
 嬉しい。幸せすぎる。
 マスター、ちゃんと俺のこと考えてくれていたんだ……!


 じわじわと暖かいものが胸の中に広がる。
 ああ、俺、外に出てきて、本当に良かった。
 マスターが俺のマスターで本当に良かった。


 マスターが帰ってきたら中を一緒に観たかったけど、中身が何か気になるのも事実で。
 開けていいよって書いてあるから俺はワクワクしながらダンボールを攻略しにかかりました。
 箱を開けると、中にはまた箱。明細書が邪魔で、よくわかりません。
「よいしょっと」
 箱から箱を取り出すと、カラフルなパッケージに収まった……。
「アイス……マージュ?」
 え? アイス? アイス作る機械!?
 そういうものがあるっていうのは知っていました。けど、マスターが言うには意外に面倒だし場所をとるからもういらないって言っていたのに。もう、っていうのは子供の頃に買ってもらったことがあるからだそうだけど。
 でも、そういう機械じゃありませんでした。ちゃんと見たら、アイスを作るんじゃなくて、市販のアイスに好みのトッピングを混ぜて好きなミックスアイスを作るための道具でした。
 へぇー、こんなものもあったんだぁ。
 てことは、チョコアイスにマシュマロとナッツを混ぜて31のロッキー!ロード風のアイスを作ったりとかできるんですね。
 クッキーアンドクリームは、市販のアイスでも出てるけど、そういえば入ってるクッキーって大体チョコクッキーだ。別の味のクッキーとか入れたらどんな風になるんだろう。楽しみだなぁ。
「あ!」
 パッケージをよく読んだら、この商品はスーパー☆カップとタイアップしていると書いてありました。そうですか、マスター。知ってて14日にアレを買ってきたんですね。
 一日一個しか食べていないから、まだ三個残っていますよ……。
 早速やってみたいけど、トッピングってどうしたらいいんだろう。
 そこで思い出したのがマスターの手紙。
 オプションがクローゼットに入ってるって書いていた、アレ。
 もしかしてと思ってマスターの部屋に大急ぎで行ってみると、そこにはちょっと可愛くラッピングされた青い袋。
 マスター。嬉しいです。
 この間のコンビニ袋とは大違いですね。どんだけデレましたか。マスターは今までツンばっかでデレがほとんどなかったのは今日のためでしたか。そうでしたか。もーぅ、照れ屋さんなんだからぁ。
 中身は思ったとおりトッピング用のマシュマロやアーモンドやクッキーで。他にもチョコチップや小さなキャンディがありました。
 俺はマスターからのプレゼントを全部リビングに持っていて、テーブルの上に乗せました。
 うわあ、一杯ある。


 アイスは早く食べてみたかったけれど、この嬉しい気持ちをマスターに伝えたくて。
 マスターが帰ってくるまで待つことにしました。
 二人で一緒にミックスアイスを作って食べるんだ。
 とびきりおいしいのを作りますからね!
 楽しみだなぁ。





+ オマケ +

 誕生日ってすごい!
 いつものように帰ってきたマスターにお帰りなさいのハグをしようとしたけど、今日は避けられも殴られもしなかった!
 マスター、柔らかくっていい匂いしてた。こんな近くでマスターを感じられたのは初めてだ。
 こんなにいいことばかり起きるなら、毎日が誕生日だったらいいのになぁ。






クリ・プトン暦の兄さんハピバ。
(本当はブログに載せるだけのつもりだったのに、長くなってしまったのがもったいなかったのでサイトに持って来ました。人、これを貧乏性と言う)
自分で書いといてなんですが、この兄さんすごく……ウザイです。
なんだろう、このテンションの高さ……。

ちなみにアイス・マージュいうのは実在するおもちゃ(?)ですが、実は兄さんの誕生日である17日現在、まだ発売されていません……。発売予定日は2月末なんです。どうしようかなーと思ったけど、細かいことは気にしない方向でいきました。




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