わたしは舞台に背を向けて楽屋に走った。
「エリック、出てきてちょうだい!エリック!!」
無我夢中に鏡を動かす。
舞台のどこに彼の抜け道があるのか知らないのだが、ここからでも行けるかもしれない。
たとえ蜘蛛の巣のように枝分かれした道の一本一本をすべて探すことになろうと、構いはしない。
「、何をしているのです!」
マダムが開きかけた鏡を止めようと手を伸ばす。
「行ってはいけないわ。今は怒りに我を忘れているのだから。近づいたらあなたでもどんな目に会うかわからないのですよ」
「でも、マダム……!」
「駄目よ、」
「でも……でも……。どうして、エリック……どうして……!」
なぜブケーを殺す必要があったのか。
舞台を滅茶苦茶にして、皆を怖ろしい目に合わせて。
そこまでしなくてはならないの?
あなたがわからない。
わからないわ、エリック!
『おいで……』
宥めるように耳元に優しく囁きが聞こえた。
泣きじゃくっていても混乱していても、あの声を聞き逃すことなどない。
『、こちらへ』
立ち上がったわたしを、マダムは止めた。
「、行っては駄目よ。舞台はまだ終わっていないわ!」
『再開するまでにはお返ししよう。止め立てないでくれ、マダム』
殺人を犯したばかりとは思えないほど静かな声。
マダムははっと息を飲むとわたしの肩から手を放した。
『子爵がここに来るだろう。近付けないようにしてもらえるかい?』
優しい響きを持つ故に、有無を言わせない強さがあった。
「わかりました、ムッシュウ」
マダムは力なくうなだれた。
彼には逆らえない。
わたしはマダムに頭を下げて、鏡の奥に進んでいった。
