ラウルがエリックに殺されたらどうしよう。
気が狂いそうなほどの恐怖がわたしの頭から離れなかった。

震えるわたしをマダムが自分の部屋に呼び、そこでラウルの無事な姿を見つけたときには安堵のあまり大声で泣いてしまった。
ラウルはわたしの髪を愛しげになで、エリックに会ったよと囁いた。

彼が言うには、踊り場の下は鏡の部屋になっており、ファントムはそこから奇襲をかけてきたのだそうだ。
鏡には何人もの怪人の姿が映し出され、それに幻惑されたラウルはいくら銃を撃ってもまったく当たらず、ただ翻弄されただけだった。
そして彼のすばやい身のこなし、容赦のない攻撃、自分に対する強い憎悪に、ラウルはようやくファントムが血肉を備えた人間なのだということを理解した。
しかしもう遅かった。
エリックの魔の手が伸び、殺される―という時にマダムが手を引いて助けてくれたのだ。






◇   ◇   ◆   ◇   ◇





「彼は気の毒な人間なのかもしれない。だが罪は罪だ。このままあいつをのさばらせておくわけにはいかない。、君のためにも」
ラウルは力強い口調で断言した。
そんな彼を頼もしく思う反面、きっとエリックには敵わないだろうとも思った。
それに……。
彼を「気の毒だ」とは言っても、ラウルはエリックを許さないだろう。
だけどわたしは簡単にエリックのことを切り捨てることなどできない。
彼の存在、彼の声はわたしの魂に絡みつき、もはや分けることなどできなくなってしまっているのだ。
ラウルがエリックを否定すればするほど、わたしもラウルに否定されている。
そのことに、ラウルは気付かないのだ。

だが、それこそが、彼が光の下を歩いてきたことの証なのだろう。
満ち足りて、幸福な、誰にも後ろ指をさされることのない人生。
そこに暗い影など入り込む余地はない。

ラウルを愛している。
彼がわたしの光。
わたしが自分の意思でエリックのもとへ戻ることはもうないだろう。
彼は音楽の天使から、地獄の天使へと変わってしまったのだから。
もう父の面影を追ったりはしない。
それがどんなに苦しくて辛いものだとしても……。