「……そうか」


エリックは一瞬信じられないというように表情を凍らせた。

ラウルはそれでいいんだと切ない眼差しで見詰めてくる。

「……そうか。恋人を殺してでも自由になりたいというのか……」

地の底から響くような禍々しい声。


わたしは激しく首を振った。

「いいえ。たとえあなたがラウルを殺しても、わたしはあなたの生きている妻にはなりません。無理に誓わせようとするのなら、わたしは喉を潰します。宣誓書に書かせようとするのなら、手を切ってしまうわ」

「……はっ!ばかばかし……」
「本気です」

鼻で笑うエリックに間髪をいれず畳み掛けると、さすがに黙り込んだ。

わたしは本気だった。

どっちを選んでも二人とも救えないのなら、わたし自身の救いもいらない。


「ラウルを離して、エリック。わたしはラウルとは結婚しません。あなたとも、他の誰とも―」

「それで私が引き下がると思っているのか?」

「わからないわ。だけどわたしの決意は変わらない」


わたしはエリックを見詰めながらゆっくりと彼に近づいた。

ドレスが水を吸い、歩くたびに足に絡まる。

エリックは動くこともしないで荒い息を繰り返しながら、ただ見守っていた。

いや、動けないのかもしれない。


「戻りたいわ、エリック。幸せだったあの頃に。あなたが教え、わたしが歌う。それだけで充分幸せだったのに。なぜそうすることができなくなってしまったの……?」