劇場は大変な混乱に陥った。
フードと仮面を剥され、晒しだされたエリックの素顔を見ておののく人々の叫びと、わたしを憎憎しげに見下ろすエリックの眼差しが交錯する。
エリックが絶望に歪んだ顔でどこかに隠し持っていたナイフを振り下ろし、固定ロープを切ると、シャンデリアが煌びやかな天井を破壊しながら落下してきた。
悲鳴をあげ、逃げ惑う人々。
しかしシャンデリアが床に叩きつけられるよりも早く、エリックはわたしを抱えて奈落から舞台裏へ。
舞台裏から地下へと駆けて行く。
人気のなくなったあたりでわたしを降ろし、だけど決して逃げ出せないよう腕を強い力で握っている。
引きずられるように階段を駆け下り、船に乗せられた。
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
住処に戻ったエリックはわたしにウェディングドレスを差し出し、これに着替えるよう命令してきた。
わたしは受け取らないという形で拒否を示すと彼は乱暴に手首を握り、初めて連れてこられた日に寝かされたベッドのある部屋に連れてゆかれ、外から鍵をかけられた。
失意の中でわたしは舞台衣装を脱ぎ、ウエディングドレスを着る。
あきれ返るほどわたしにぴったりとフィットするそれは、デザインも仕立ても一流の手の者によってなされていることは確かだった。
しばらくして扉が開き、舞台衣装からテール・コートに着替えたエリックは無言でわたしを部屋から連れ出す。
「あのシャンデリア……」
わたしの呟きに、彼は足を止めた。
「きっと、大勢の人が死んだわ。とうとうあなたは獣に成り果ててしまったのね?ひたすら血を求めるだけの、飢えた獣に」
「生まれ持った運命が、血の海にのたうつ道を私に選ばせたのだ。もはや憐れみなど求めるものか。覚悟を決めろ。お前は永遠に私から逃れられない運命なのだ」
エリックは冷ややかに切り捨てる。
抱えていたヴェールを被せてきたが、わたしはそれを振り払った。
音もなくそれは床に落ちた。
わたしは黙って彼を見上げた。
闇の中でも蝋燭の光を受けてほの白く輝くドレス。
左手薬指には金の指輪がすでにわたしの身体の一部と化した様になっていた。
エリックはわたしを見ない。
もうわたしの声など届かないの?
ただあなたの欲を満たすためだけのものでしかないの?
「子爵は遅いな……」
顔を背けたまま、エリックは呟く。
「まさか。来るわけがないわ」
そうであってほしいという思いが口からこぼれた。
ラウルはわたしを追っただろう。
だけど、きっと途中で道に迷ってたどり着くことはできないだろう。
そうであってほしい。
それなら……それなら、あの人は無事でいられるはずだもの。
わたしを助けてほしい。
だけどラウルには危険な目にあわせたくない。
相反する想いに魂が引きちぎられそうだ。
「来るに決まっている。お前はあいつと婚約したというのに、ちっともわかっていないのだね」
エリックは冷笑した。
そして、彼の言うとおりになった。
