「もう戻らなくちゃ……。皆が探しに来るわ」
恥ずかしさも手伝って、わたしは目を伏せながらラウルから離れた。
顔はきっと真っ赤になっているだろう。
ラウルはにっこり笑った。
「馬車の用意をして入り口で待っているよ。すぐに戻ってきてくれるね?」
わたしはラウルの言っている意味がよくわからなくて聞き返した。
「公演が終わったら僕と一緒に来てくれるんだろう?」
「行くって、まさか、あなたのお家に?」
当然だとばかりに彼は頷いた。
「駄目よ、そんな。わたしのようなコーラス・ガールが貴族の家には行けないわ」
「誰にも文句なんか言わせないよ。君は僕の大切な人なんだから」
「いいえ。あなたの名誉に関わるもの、駄目よ」
オペラ座には上流の名士が大勢やってくるので、わたしも社交界の一端はわかっている。
あの世界は評判がすべてなのだ。
名門伯爵家の跡取り息子が名も知れていない歌姫を家に置いたと知れたら、いいゴシップになりこそすれ、祝福されることなどありえない。
「わたしはもう大丈夫。だから、急がないで」
「でも、僕はあいつのいるオペラ座に君を置いておきたくはないんだ」
不服そうにラウルは腕を組んだ。
「あの人は舞台に関係のある場所にしかこないもの。部屋にいれば平気よ。楽屋の場所も変えてもらうようにするわ。あなたの言葉がわたしのお守りになったの。会わないでいる時間もわたしの心にはあなたがいるわ。だから……大丈夫」
わたしは彼を安心させるように微笑んだ。
じっと考え込んでいたラウルは、やがて諦めたようにため息をついた。
「わかったよ。今は君の思うようにしよう」
