ラウルの腕の中でわたしはエリックとの出会いからこれまでのことを話した。
本当に音楽の天使だと信じていたこと。
地下の彼の住まいへ連れて行かれたこと。
仮面の下の恐ろしい顔のこと。
マダム・ジリーから教わった彼の過去のこと。
ラウルは美しく整った眉を寄せ、苦しげに呟いた。
「、どうして逃げなかったんだ。ああ、もっと早く知っていたら、君をオペラ座から連れ出していたのに」
「そんなことはできないわ……」
わたしは首をふった。
「あの人の姿が見えないときでも、わたしの耳にはいつも彼の声が聞こえているのだもの。彼が歌いだしたら、わたしはまた彼の元に引き寄せられてしまう……。自分ではどうすることもできないの。それに、彼の目は……射すくめるように強いのに、深い悲しみを宿している。哀願するように、憧れるように……」
「そんなことは言わないでくれ、」
ラウルは腕に力をこめた。
と、同時に。
『』
ラウルのものではない声に呼ばれたような気がした。
「今の声は?」
「何も聞こえなかったよ」
ラウルはわたしを抱きしめたままあたりを見回した。
「……そう」
ああ、わたしはもうおかしくなってしまったのだろうか。
「もうこんな話はやめよう。僕がそばにいる。怖がらなくていいんだ。君を傷つけるすべてのものから守るから。」
優しく髪を撫でる手。
優しいラウル。
「本当にそうしてくださる?真実を言っていると誓ってくださる?」
「もちろんだよ」
「わたしは自由になりたいの。夜の闇からわたしを隠して……」
ラウルは片腕でわたしの身体を抱えたまま片手で頬に触れ、涙をそっと拭った
「じゃあ、誓ってくれるかい?僕と人生を共にすると。ただ一つの愛を分かち合うと。僕が必要だと、言ってくれるかい?」
真っ直ぐにわたしを見詰める目は深い愛情に満ちていた。
彼の手を取れば翳ることのない輝きがわたしを導いてくれるだろう。
アポロンの光のように……。
「わたしはあなたについていくわ」
今度はわたしの方からラウルを抱きしめた。
「愛していると言ってほしいの」
「いくらでも。愛しい」
額に柔らかい感触がして、彼がキスしてくれたのだとわかった。
ぱっと顔を上げると目の前にはラウルの綺麗な笑顔があった。
わたしは引き寄せられるように彼の首に手を伸ばし―。
どちらからともなく唇を寄せた。
