「おはよー。あれ、どうしたの?顔色が悪いわよ」
翌日。
レッスン着に着替えるために楽屋に入るとすでにメグがいて、明るい声で挨拶してきた。
新しい楽屋は彼女と一緒なのだ。
「ちょっと、寝不足なだけよ」
結局エリックはあのあと何も言わず帰ったようだった。
本当にひどいことをしたと思っている。
だけどわたしはもう、ただ優しく懐かしい過去の思い出だけに捕らわれる小さな女の子ではいられないのだ。
天使や幼馴染に手を引かれなくても歩いていけるようにならないといけないのだから。
「そうなの?あ、ねえねえ、あたし、マスカレードのドレスが出来上がったのよ。はもう用意できた?」
楽しい夜の祭りを想像してメグの目はきらきらと輝いている。
「ううん。まだよ」
今年はとても心から楽しめそうにもないわ。
そう思いながら首を振ると、
「シャニー子爵と行くんでしょう?」
メグは当然のように聞いてきた。
「誘われてはいるんだけど……」
わたしは困ったように眉を寄せた。
するとメグはどう取ったのかにんまり笑うと、肘でつついてきたのだ。
「他に一緒に行きたい人がいるんでしょう〜」
「そういうわけじゃないの!」
「またまた、照れなさんなって。だいじょーぶ、子爵サマには内緒にしといてあげるから」
語尾にハートマークが付きそうな表情でメグはウインクした。
「本当に、そんなんじゃないのに……」
わたしはため息をつくと化粧台の椅子に座った。
「ねえ、メグ……」
「うん?」
「ラウルは、わたしにはもったいないくらいの人よね」
「まあ、オペラ座の女の子を愛人じゃなくて妻に迎えようとするあたり、とっても変わってると思うわ。でもいい人よね。あなた大当たりを引いたわよ、」
メグはまっすぐな金髪にブラシをかけながらにっこり笑った。
「そうよね……」
だけどわたしがあまり暗い顔になったので、メグは心配そうな表情になった。
「けんかでもしたの?」
「そういうわけじゃないんだけど……」
優しいラウル。
わたしに求婚したことを家族に大反対されているのに、絶対に妻に迎えるからと約束してくれた。
それを受け入れてしまったけれど……これで本当に良かったのだろうか。
わたしのしたことは、エリックからの避難場所としてラウルを選んだだけではないのだろうか。
ラウルのことを、幼馴染としてだけでなく異性として愛しているのだろうか。
エリックに別れを告げて、自分が驚くほど傷ついていることに気がついた。
自分で決めたことなのに、わたしには自分が本当に望んでいることがわからない。
わたしの選択は本当に正しかったのか、よく考えなければいけない。
そして、後悔しない結論を選ばなければ……。
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
一週間経った。
この日の公演も無事に終わり、楽屋に戻ったわたしは部屋の中に大きな荷物が置かれているのを見つけ、思わず息を飲む。
包みをあけると、中から出てきたのはピンクのドレスだった。
縫い付けられたビーズやスパンコールがきらきらとランプの光に反射する。
ドレスの間にカードが挟まっていた。
そこには一言、五番ボックスで待てと書いてあった。
差出人の名前はない。
だが添えられていた紅い薔薇が、署名代わりになっていた。
「エリック――」
