開け放たれた扉からオーケストラの演奏が流れてくる。
新しく始まった曲はワルツ。
少し速めのテンポで奏でられるメロディに乗って以前からの、あるいは即席の恋人たちが踊り始めた。
わたしはエリックに手を取られたままくるくると回る人々の間を縫って歩いていたが、ふいに彼が足を止めたのでそれに続いた。
彼の視線の先を眺めてみたが、何か特別なものが見えるわけでもない。
玄関ホールも踊る人々で一杯だった。
「わたしたちも踊りませんか?」
するりと出てきた言葉に、わたしは驚いてぱっと口を押さえた。
わたしったら、どうして……。
エリックの様子を窺うと、仮面越しでも目を見開いているのがわかった。
わたしが居たたまれない気持ちでいると、彼は戸惑ったように首をかしげ、
「私はワルツは得意ではないのだが……」
ゆっくりと向き直った。
「お相手願えるだろうか、ミス・」
改めて手を握られると、心臓がどきりと大きく打った。
背中に腕をまわされ、身体が近くなる。
それだけで頭に血が昇って何も考えられなくなった。
エリックがワルツを苦手だというのなら、ワルツが得意な人間なんて、どこにもいないことになる。
それくらい彼は優雅にわたしをリードした。
回るたびにスカートが風を孕んで膨らんでエリックのズボンにまつわり、布越しに足と足とがからみあう。
手の平から伝わる体温が徐々にわたしを酔わせ、魅入られたように彼を見上げた。
エリックの真紅とわたしの薄紅が溶け合ってゆく幻が見える……。
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
いつの間にか曲が終わっていたらしい。
気がつくとわたしは彼の胸に頭を預けていた。
倒れないよう添えられている手に安心感すら覚える。
時間が経つのがゆっくりに感じられる奇妙な感覚。
しかしエリックが急にわたしを引っ張り出したので、一瞬にしてわたしは現実に戻った。
「行こう」
「え?」
荒っぽく急き立てられたわたしはとっさに振り返る。
「ラウル」
すぐにわかったのは仮面をつけていなかったからだ。
ラウルは人の間をきょろきょろと誰かを探すように―その誰かはわたしだろうが―掻き分けていた。
少し距離があるし、わたしも顔の半分を覆う仮面をつけているのでまだこちらには気付いていない。
わたしはエリックに折れそうになるほど強く手首を握られ、足早にホールから連れ出されてしまった。
