マスカレードの興奮が最高潮に達しているホールから聞こえるざわめきをBGMに、わたしたちは楽屋を抜け、すっかり人気のなくなった関係者しか入ることの出来ない薄暗い通路を通り、わたしの部屋に行った。
扉の前で、
「ここで待っていて」
とエリックに言い置いて、荷物を纏めた。
滅多に使われることのない古い旅行バッグに着替えとパパの肖像画とエリックから贈られたオルゴールだけをつめて部屋を出た。
これからはエリックの家に住むのだ。
地上にある普通の家で当たり前の幸福を共に分かち合う時までの、仮の宿りとして――。
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
「お待たせ、エリック」
部屋を出ると暗い廊下でもよく目立つ真紅の衣装のままのエリックがわずかに身じろぎした。
彼のまとう威圧的な雰囲気は今はなく、どこかぼんやりとさえしているように見えた。
「どうしたんです?」
「いや、なんでもないよ」
「なんでもないようには見えないわ」
わたしが彼の腕に触れると、エリックはその上から包むように手をおき、わたしの存在を確かめるようにゆっくりと、何度もさする。
「私は死にかけているのかな?こんなことが本当に起るはずがない。この世を去るにあたって、最期に幸福な夢を見ているのかもしれない……」
わたしに触れていても心細そうに呟く彼にわたしは涙ぐみそうになった。
彼を長い間蝕んできた孤独は、簡単には消えてくれない。
これからも彼を苛むのだろう。
わたしはただ何度も彼に言い聞かせるしかないのだ。
『あなたは一人ではないのだ』と。
「そんなの困るわ。わたしはようやく自分の心を決めたばかりなのに、もうあなたに置いていかれてしまうの?」
冗談めかして言うと、彼の口元に小さな笑みが浮かんだ。
「その時はお前も一緒に連れて行こうか?」
「ぜひそうして頂戴」
にこっと笑うと、エリックの眼差しから緊張が解けて、代わりにとても穏やかなものになった。
「荷物を」
渡してくれと手を差し出すエリックにわたしはバッグを預けた。
彼はそれを左手に持ち替え、右手を伸ばす。
わたしは彼の手を取り、握りしめた。
「行こうか」
