頭を抱えて意気消沈している支配人たちを残して、わたしはそっと支配人室を出た。
これ以上ここにいてエリックのことを聞かれたら、わたしではごまかすことはできない。

支配人たちはまだまだ悩んでいるようだけど、あの様子ではほぼ決定とみていいだろう。
もう準備に入ったほうがいいかもしれない。
あんなに難しい歌を歌うにはたっぷりの練習時間と最高の先生が必要だもの。





◇   ◇   ◆   ◇   ◇





そしてわたしは最高の先生の待つ地下の家に戻った。
マスカレードの日以来ここで寝起きをしているが、今のところ夜になっても帰らないわたしのことを怪しむ人はいなかった。
もともとオペラ座の寮に入っている女の子たちのなかには寮の部屋にはほとんど戻らず、恋人やパトロンの家から通っている子もいる。
練習にさえきちんと出れば、取り立てて騒がれることはないのだ。

「エリック?」
呼びかけてみたが答えはない。家の中はしーんとしていた。
「でかけているのかしら……」
彼の部屋の扉をノックしたけれど、やはり何の物音もしなかった。
居間ではアイシャがクッションの上で丸くなって寝ている。
「どこにいっちゃったのかしら。またお買い物かしら」
せっかく《ドン・ファン》のことを色々聞きたかったのにと残念に思ったが、いないものはしかたがない。
帰るまでお部屋の整理でもしていようとわたしは自分の部屋に向かった。





わたしが自分の部屋として使っているのは、初めてここに連れた来られた時に寝かされたベッドのある部屋だ。
家具しかなくがらんとした印象だったそこは、大きさのさまざまな箱で埋め尽くされている。
わたしのためにと昨日エリックが買ってきたドレスや小物、化粧品などだ。
あまりに数が多すぎてまだ全部開けきれないでいるそれらを開封し、クロゼットや棚に仕舞った。
彼の選んだもののセンスのよさには本当に感心してしまう。
もっともこれらを買った代金の出所を考えると素直に喜んでいいものではないだろう。
これらの品物を受け取ったわたしはすでに共犯者なのだ。
罪悪感を感じないわけにはいかない。
それでも彼と共に一つ一つ、できることから積み重ねてゆき、いつか罪が償えればいいと、思ってる。

くすっとわたしは笑った。
こんな風に物事を感じることなんて、今までになかった。
……色々なことが起きたから、わたし、神経が図太くなってきたのかしら?