彼女の敵
レゴラスと別れてから二時間も飛ぶと篝火のようなものが進行方向に見えてきた。
それを目印にひたすら飛び続ける。
時刻はとうに真夜中を過ぎていた。
は夕べから一睡もしていなかったが、昨日は寝ていなかったという記憶自体が吹き飛んでおり、今日は事の進展が気にかかっているので眠気を感じることはなかった。
ようやく状況がわかるほど近くまでたどり着く。
そこにはやはりエオメルたちがいた。
だがは一つ勘違いをしていた。
篝火は、彼らではなくオークたちが焚いていたものだったのだ。
オークたちはうっそうとしたエント森の入り口近くの丘に集まり、その周囲を篝火で囲んでいる。騎士たちはその丘の周りを囲んでいるといった具合だ。
(攻撃は始まっていないみたい)
安堵しながらも、の身体は知らず知らず歯を食いしばっていた。
(これがオーク…。話には聞いていたけれど、実際に見るのは初めてだ。これが…これが、
…セオドレドを殺したんだ。わたしからセオドレドを奪ったんだ!)
上空から眺めていることもあって姿形はしっかり見えない。
大きさはロヒアリムより少し大きいくらいだろうか。
武装はしているが、馬には乗っていない。
このオークたちが今ここにいるということは、アイゼン川での戦いには参加していないということだろうが、それでもサルマンの指揮下にいることには変わりない。
セオドレドを殺した者たちが、そこにいるのだ。
(殺してやりたい…!)
憎しみがふつふつと湧いてくる。
激しい怒りに、目がくらんだ。
ドロドロとした不快な感覚が、胸のあたりに集まってくる。
(式紙が鷲ではなく、もっと大きくて獰猛な動物の姿だったら、せめてこの真下にいるのだけでも蹴散らしてやったのに!)
しかし肝心の『大きくて獰猛な動物』を作ることはにはできなかった。
大きさに比例してコントロールが難しくなる上、詳細のわからないものは作り出すことができないからだ。
イメージだけで作り出しても、それらは走ることもろくに出来なかったりする。
少女が鷲の他に作れるものがあるとしたら、それはマークに来て以来散々接することになった馬くらいだろう。
グラグラと煮え立つ心を抱えたまま、は鷲を旋回させていた。
細い月が雲間に隠れた。
すると、間もなく喚き声が上空に届いた。
我に返ったは眼下を眺める。
どうやら、騎士たちが丘の東側から奇襲をかけたようだ。
オークはよほど動揺しているのか、反撃する者よりも逃げ出そうとする者の方が多いように見える。そして逃げるオークを、馬に乗った騎士が追う。
(いけない!早くエオメルに合流しないと!)
旅人が紛れ込んでいることを思い出し、鷲は急降下した。
ぐるりと丘を囲んでいる騎士の上空を飛びながらエオメルを差がす。
すぐに見慣れた、冑に白い馬の尾をつけている騎士を見つけた。
それがエオメルだった。
周囲は副官や護衛らしい男たちに囲まれている。
「エオメル様!エオメル様!」
は声を大にして叫んだ。
エオメルと周囲の騎士たちは、一斉に顔を上げる。
そして誰もが怪訝そうな表情になった。
どこからともなく、「何事だ?」だの、「敵か?」などという声が上がっている。
(そういえば、エオメル様の隊って、わたしが前に鷲を飛ばした時にはいなかったんだっけ。話しは聞いてるはずだから、まさか気がつかないなんてことはないとは思うけど、でも…)
心配になり、はもう一度叫んだ。
「エオメル様、わたしです。です!大事なお知らせがありますー!」
あたりはまだ喧騒が静まっていないのでエオメルの声は聞こえないが、唇が「」と動いたように思えた。
「降りますからね。攻撃しないでくださいね?話ができなくなりますから」
叫びながらゆっくり降りる。
差し出された腕に止まると、羽を畳んだ。
片腕に鷲を止めたエオメルは、困惑したように太い眉を寄せた。
「話には聞いていたが…。本当に貴女なのか、」
「はい」
「こんな時間まで起きていて、大丈夫なのか?」
「気にしていられる状況ではありませんから、それよりも、戦闘を中止してくださいませんか?あのオークの中に、旅人が二人、攫われているようなんです」
「…どういうことだ?」
「ここに来る途中で旅人に会ったんです。三人いて、わたしが話したのはレゴラスというエルフでした」
「エルフ!?」
目を丸くしたのは、エオメルだけではなかった。
「それから、ドワーフという種族の方もいて、もう一人が人間なんですって。驚きましたわ」
「驚いたとかそういう問題では…。それで、そのエルフとドワーフと人間は何をしていたのだ?」
「わたしが会ったのはもう夜になっていましたから、レゴラス以外は寝ていました。彼らはオークに仲間を二人攫われて、追いかけているそうなんです。ここにいるオーク以外に別のグループが同じ方向に向かったとかでしたら別ですけど、彼らが追っているのもこのオークたちだと思うんです。…それらしいのを見ませんでしたか?どうやらずいぶん小柄だということなのですが」
エオメルは顔を手で覆って天を仰いだ。
「オーク以外の者を見つけていたら奇襲などかけんぞ。くそっ!」
「とにかく、戦闘を中止してください!」
「そんなことをしたら、森の中に逃げられてしまう!」
「じゃあ、見殺しにするんですか!」
「そうとは言っていない!…、そのエルフというのは、信用できそうなのか?」
エオメルの眼差しに疑いが混じる。
「嘘が言えるようには見えなかったわ」
レゴラスの様子を思い出したはぼそりと呟いた。
鷲に当たり前のように話しかけることといい、切羽詰っているはずなのに、どことなくのん気な物言いといい、美人だったが、ちょっと…というのがの正直な感想だった。
「…嘘が言えるようには?嘘を言っているとは、ではないのか?」
「あの場にあなたが一緒にいたら、同じような感想を持ってたと請け負ってもいいですよ。だいたい、鷲に向かって仲間を攫われたなんていう嘘をつく、どんな理由があるんです?」
「それは知らんが、だが、エルフなのだろう?」
「エーオーメールーさーまー?人間もいたって言いましたよねえ?」
鷲はずいと顔を近付けた。
中身がであっても、外見は厳つい鷲の顔だ。その獲物を狙うような金色の目に見据えられ、エオメルは思わずのけぞった。
「どうするんです?助けてくれるんですか?放っておくんですか?きっと帰る途中でレゴラスたちに会うと思いますよ?」
「しかし、助けると言ってもだなあ、こう暗くては…」
エオメルは呻く。
だがすぐに厳しい顔つきになった。
「全軍に通達。拡散して戦っているものすぐに戻れ!丘にオークどもを囲い込み、決して森に逃がしてはならぬ!」
エオメルはに口早に質問をした。
も手短に返答する。
「オークの中に旅人が捕らわれている。灰色のマントを来た子供が二人だ!それらしきものをみかけたら保護せよ!」
エオメルの命を受けた伝令がすぐに走り去る。
彼はそれを少しだけ眺めると、腕に止まっている鷲に向かって低い声で囁いた。
「これ以上のことはできぬ。戦闘を止めればこちらがやられる。だが、これでオークは森には逃げられない。あとは…」
「あとは?」
の声も緊張で掠れたようになった。
「彼らが巻き込まれないよう、祈るだけだ」
「それしかないのね…」
も鷲の頭もうな垂れた。
「わかった。じゃあ、わたし、彼らに呼びかけてみる。空の上からなら、叫べば届くだろうし。うまく逃げ出せれば…」
しかし羽ばたこうと羽を広げかけた鷲に向かってエオメルはするどい制止をかけた。
「それはやめておけ。人質になるものがいると、みすみす敵に知らせるだけだ。あのオークどもは、我らが旅人とは無関係だと思っているからこそ、交渉を仕掛けてこないのだろうから」
「でも、それじゃあ…!」
は抗議した。
こんな時代だ、攫われた者たちも死を覚悟しているのかもしれない。
だが捕まっているという彼らは「小さい人」なのだ。
であれば、戦士である可能性は低いように思える。
なのに放っておくのか?
「彼らは、小さいのだろう?それなら流れ矢も届きにくくなる。賭けでしかないが…な」
「でも…だって…」
は抗する言葉が見つからない。
「、貴女には酷なことだが…。ここは戦場なのだ」
「………」
戦場。
その言葉がずしりとのしかかる。
「もう出る。貴女は離れたところにいるんだぞ。それから」
淡々とエオメルが口を開く。
「もしその鷲が攻撃を受けたら、どうなるのだ?」
「術が解けるだけで、わたしはなんともありません」
「そうか」
ホッとしたようにエオメルは小さく笑みを浮かべる。
「では、な。夜が明ける頃には決着がつくだろう」
そういうと、さっと腕を振った。
鷲が羽を広げたのを横目で確認すると、エオメルはすぐに愛馬を疾走させた。
の眼下を騎士たちが駆け去ってゆく。
旅人たちは駄目かもしれない。
そんな予感がの脳裏をよぎった。
エオメルの言葉通り、戦闘は日が昇るとしばらくして終了した。
最後に強行突破をしようとしたオークたちががむしゃらに手向かってきて、囲みを破られてしまったが、それも昇ってきた太陽に助けられ、オークは一人残らず討ち取られた。
俯瞰ですべてを見ていたは、現実離れしたその光景に、言葉を発することができなかった。
乾いた大地に黒っぽい血が流れ、熱を帯びた叫び声ととめどない剣戟が響いていた。
それを、まるで映画でも観ているように人事のように眺めている自分…。
拷問のようだった。
だが、ここで自分が目を背けたら、命を賭して戦っている騎士たちに顔向けができない。
共に戦えなくとも、自分は現状を知るべきだ。
言い聞かせ、言い聞かせ、は時が流れるままに任せた。
すべての敵が倒れたのを確認したエオメルが、降りてくるよう合図をしてくるまで、鷲は空中をずっと旋回していた。
そしての身体も寝台に座り、手はドレスを握ったまま、身じろぎすることはなかった。
大きな羽音を立ててエオメルの篭手のついた腕にとまる。
戦闘の興奮冷めやらぬといった様子のエオメルは、息を弾ませていた。
顔は汗と埃に塗れ、手に持つ剣にはまだ乾いていない血糊がついていた。
「…十五人やられた。馬は十二頭」
誰に対してというわけでなく、エオメルは呟く。
と、エオメルは鷲の方に視線を移した。
「予想していたよりもオークの数が多かった」
もっと大勢連れてきていれば、というエオメルの無言の声が二人の間に漂う。
エオメルはすっと視線を鷲から外し、馬に降りてそれぞれ作業をしている同胞に目を向けた。
「騎士の三分の一は埋葬作業中だ。残りはオークの検分を。頭数を調べて、身につけているものは取り去り、骸は火葬にする。それからお前の言っていた旅人も探しているが、今のところ見つかっていない」
「そうですか…」
「どうして来たのだ?」
エオメルの声は苦渋に満ちていた。
「旅人の話を、わざわざ伝えるためだけではあるまい」
戦闘開始直後の興奮状態では感じられなかったが、冷静になると、例え仮の姿であれ若い娘が戦場の様子を間近で見ることは、良い事とは思えなかった。
ローハンの女も戦いには慣れているが、彼女たちはあくまでも戦場の外側にいるのだ。
戦闘には巻き込まないことが男たちの暗黙の了解になっていた。
そしては、ロヒアリムですらなかった。
このような光景は、衝撃が強すぎるだろう。
「エドラスからの要請で、エオメル様に引き返していただくよう、言付かっておりました。旅人の件がなければ、すぐに戻るようにと言ったのですが…」
「伝えられたところで、貴女が到着していた時にはすでに戦闘は始まっていたのだ…。途中で止める事はできない。黙っていてくれて助かった。お陰で戦いに集中できた」
鷲は俯く。
「…私がエドラスを出奔する時、止めようとしたのは伯父上とグリマだけだった。戻れと言ったのは、二人のうちのどちらかか?」
「いいえ、ハマ殿です」
エオメルの眉がピクリと動く。
「ハマが?…西の戦況になにか良くない事でも?」
百戦錬磨の騎士らしく、エオメルはの一言で大体を察した。
いまだ回復しきっていない伯父や、信用しきれない蛇の舌ではなく、忠臣であるハマからの要請だというのであれば、一刻を争う事なのかもしれない。
「はい…。でも、詳しいことは、わたしは…」
言えません、という声はエオメルには聞こえなかった。
エオメルは詳しいことを知らないのだと解釈し、すぐに次の行動を考え出した。
「東谷に戻っている時間はないだろうな。直接西へ向かえば良いのか?それとも…」
「一度、エドラスにお戻りくださいとのことです」
「わかった。そうしよう」
目的のオーク征伐も終わった以上、断る理由もなかった。
エオメルは愛馬の火の足から降りると、鞍の上に鷲を乗せた。
彼もオークの検分に行くので、しばらく時間がある、昨夜は寝ていないのだろうから、少し休んでいるようにと言い残し、煙の燻る森の縁に向かっていった。
は二日寝ていなかったが、目が冴えてしまい少しも眠たくはなかった。
だがふと気がつくと自分が座っていた寝台にひっくり返ったように倒れていたことに驚いた。
意識を鷲に向けると、太陽は中天を過ぎており、自分がいつの間にか眠ってしまったことに気付く。
エオメルたちは作業が一段落したようで、固まって食事にしていた。
そういえば自分もこの二日で一度しか食事を取っていなかった、とはぼんやり思った。
睡眠同様、食欲の方も麻痺してしまって、欲しいと感じなくなっていたのだ。
さすがに身体がだるくなってきたので、何か軽く食べようと立ち上がる。
身づくろいをして人を呼ぶ。
食事は食堂ですることになっているが、時間は過ぎており、あまり人に見せられる顔ではないと判断して、部屋に食事を持ってきてもらうことにした。
すぐに部屋に入ってきた侍女は、涙ぐんでいるようだった。
どうやら少女が心痛のあまり伏しているので近づかないようユルゼが命じておいたらしい。
そのようなことは最初の一日だけなのに、とは自嘲した。
まだ悲しいが、衝撃は去った。
喪失感はあるが、どこか釈然としない。
まだセオドレドの死を告げられて二日しか経っていないのだ。
たった二日だ。
彼はもっと長く留守をしていたことが何度もある。
いつか、ひょっこりと帰ってくるような気もするのだ。
そんなことがあるわけないと、理性は告げているのに…。
(…しっかりしなくちゃ駄目だ。まだ何も終わってないもの)
は目を閉じて己を叱咤した。
窓から聞こえる音はいつもと変わりがなかった。
男たちがほぼ出払ったため、静けさが勝ってはいるが、生活の音がする。
だが食事を終え、意識を鷲に戻そうとしたとき、大きなざわめきが上がった。
切れ切れに聞こえる声から、飛蔭がまた飛び出したらしいことを知ったが、はどこかほっとしてその騒ぎを聞いていた。
セオデンはすでに老齢、次期国王となるはずだったセオドレドもすでに無い。
ならば、王のみしか乗せないという飛蔭は、ここに留まる必要はないだろう。
もともと自由を愛していたのだし、ガンダルフの元から戻ってきて以来、誰にも触れさせようとしない。
彼にとってここは苦痛なだけなのだ。
ならば、己の赴くままに行けばよい。
どこまでも、どこまでも、駆けて行けばいい…。
は窓から離れると、再び鷲の中に意識を溶け込ませた。
「見つからない…?」
鷲の中に戻ったは、エオメルからの報告を聞かされて首を傾げた。
「ああ、オーク以外の死体はない。生存者もない。オーク以外の誰かがいたどんな痕跡も見当たらない」
「無事に逃げたんじゃあ…。小さい人だというんですもの、見落としたかもしれないでしょう?」
「その可能性は低い。貴女は戦闘開始後に来たのだったが、そもそもこの森の付近に到着したのは、我らの方が先だったのだ。そして奴らが森に逃げ込まぬよう包囲した。そこから抜け出したのだとしたら、何か尋常ならざる力を使ったとしか……」
エオメルはそこまで言うと胡乱げな眼差しになり、首を捻った。
「小さい人というのは、エルフ的な存在なのか…?」
「わたしに聞かれても…」
も困惑する。
「ともかく、この中には旅人はいない。貴女が会ったエルフが嘘をいっていないとしても、別のオークの一隊だったのかもしれないし、追跡に気付いて人質だけ別の道を行ったのかもしれない。理由はわからないが、これ以上はどうしようもないな」
「もし、森の中に入ったとしたら?」
森は上空から見ても先が見えないほど広大だった。姿を隠すにはうってつけである。
しかし広大であるということは、奥に入っては危険だということにもなる。
もしも怯えた旅人が森に入り、助かったとしたら?
可能性はあるはずだ。
戦闘は夜中に行われたのだし、レゴラスは闇夜に溶け込むようなマントを着ていた。
それと同じものを人質たちは着ていたというのだから、見落としたとしても不思議ではない。
は言い募ったが、エオメルはこれ以上、人も時間も割けないと突っぱねた。
エドラスに戻れと伝えた以上、も強制するのはためらわれた。
旅人はエオメルの言うとおり、実はいなかったのかもしれないが、マークの危険は回避不能なほど近づいているのだ。
「わかりました。では、わたしは森に入ってみます。エオメル様はエドラスにお戻りください」
「何を言うのだ?」
「旅人たちが生きていて、戦闘の恐ろしさに森の奥へ入り込んだとしても、わたしは少しも不思議に思いませんわ。ですが、食料を持っていなければ遠からず力尽きてしまいます。彼らはレゴラスたちが追っていることを知らないかもしれません。知っているにしても、このあたりにいてくれなければ、入れ違いになってしまいます。幸い、と言っては何ですが、あのオークを焼く煙は、良い目印になるでしょう?」
「しかしな、エント森というのは大層危険なところだと昔から言い伝えられている。いくら魔法の鷲といえど…」
「わたし自身には何も起きませんわ。だから、大丈夫です。それにいつまでも探したりはしませんから。そうですね、レゴラスたちがここに到着するあたりまでにします。彼らは徒歩ですから…明後日あたりでしょうか」
止めるのは無理だとエオメルは悟ると、深々とため息をついた。
「わかった。だが、探すのはわたしがエドラスに戻るまでだ」
「それはいつ頃です?」
「明日の夜だろうな」
「…短いです」
「旅人たちには帰還途中に会うこともあるだろう。そうでなくとも、そなたが責任を感ずる必要はあるまい。やるべきことはやったのだから」
「でも…」
「決して無茶はするなよ。ちゃんと寝て、食事をするようにな。それができないようだったら、このまま抱えて帰るが?」
どうする?とエオメルは目で訊ねてきた。
「…わかりました」
抱えて帰られてはたまらない、とは仕方なしに頷く。
「それでは、な」
名残惜しそうに鷲を放すと、エオメルは出発の合図を出した。
駆け出した馬は瞬く間に森から彼らを運んでいった。
騎士たちが見えなくなるまで見送ると、は森に向かって飛んでいった。
(どうしよう…)
捜索を開始したは、自分の予想が当たったことをすぐ知ることになった。
もしも旅人がいるとしたら川沿いを歩くだろうと当たりをつけて奥へ進むと、幾ばくもしないうちにそれらしい人影をみつけたのだ。
本当に子供くらいの大きさで、一人は金髪の巻き毛、もう一人は濃い色の髪をしていた。
そしてレゴラスのものと同じマントを着ている。
だが、声をかけることはおろか、近づくこともできなかった。
二人の小さな人影は、見上げるような巨人につかまれていたからだ。
(どうしよう、どうしよう、助けなきゃ…!でも、どうやって!?)
巨人は二人を両手に握ったまま、大きな歩幅で森の奥へ奥へと進んで行く。
一難さってまた一難、という言葉がの頭の中をぐるぐると回っていた。
(こんなのがいるのなら、危険だっていうのもわかるわ。でも…前もって教えてくれたら良かったのに。エオメルの馬鹿!)
このまま後をつけるべきか、レゴラスを探しに戻るべきか、判断がつかなかった。
(もう一羽作ろうか…)
気力も体力も大分回復した今なら複数羽を操作することはできる。
しかし、エント森にもう一羽がたどり着くのは、早くても半日後だ。
それでは遅い。
(まずは後をつけよう。行き先を確かめて、それからどうするか決めるしかない)
決意をすると、気付かれないよう木の影に隠れて巨人の後をつけた。
巨体だけあって、尾行するのが容易いのだけはありがたかった。
(…危険じゃ、ない、みたいね)
巨人は長い間歩き続け、ひときわ開けた場所に来ると歩みを止めた。
二人を地面に降ろし、なにやら喋っている。
どうやら彼らをもてなしていると気付いて安心したは、思わず安堵の息を吐いた。
今日はここで一晩明かすらしいことを確認すると、良い機会だとばかりに引き返した。
この鷲の羽根の力なら、今夜のうちにレゴラスと会えるだろう。
今後小さい人たちがどうなるかはわからないが、無事は確認できたのだ。
まずはそれで良しとしなければ。
達成感に思わず羽も軽くなったように感じる。自身が物理的に運動をしているわけではないので最初から肉体が疲労したりはしないのではあるが。
鼻歌でも歌いたい気分で飛ばしていると、広い視野を誇る鷲の目が人影を捉えたように思えた。
一瞬のことだったので、定かではなかったが、レゴラスという前例もある。
そこでそれらしき影があったところへ引き返そうと咄嗟に判断した。
すると…。
交信が途絶えた。
あまりの事に呆気に取られただったが、我に返ると鷲に意識を向けようとした。
しかし手ごたえはまったくなく、何も見えず、聞こえない。
この状況は式紙が消滅したことを意味していた。
は小刻みに震える手で己が口元を押さえる。
寒くもないのに、震えが止まらない。
思いがけないものを見つけたせいで、首筋が粟立つ。
信じられなかった。
最後に映ったのは、白い人影だった。
それは、
「サルマン…?」
彼女の敵のように見えた。
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