アイゼン川の浅瀬で行われたという合戦で、セオドレドが戦死したと伝えられた。
聴いた瞬間、一体何を言っているのかと思った。
何かを聞き間違えたのだと思い、聞き返す。
だが、何も間違えてはいなかった。
グリマは見るからに哀れんだような表情で、『若君は戦死なされた』と告げた。
一言一言、かみ締めるように言い含められ、ようやく事実が染み込んでくると、今度は立っていられなくなった。
信じられない。
信じたくない。
ほんの数日前まで、あんなに元気だったのに。
ほんの数日…。たった、四日前、あの人は雄雄しく出立していったではないか!
それが…死んだ?
嘘だ、嘘だ、嘘だ!











美貌の人











「朝だ…」
窓―ガラスではなく、木の板がはめ込まれている―の隙間から差し込む明かりで、夜が明けたことが知れた。
気がつくと、は部屋の中にいて呆けたように座っていたのだ。
何度か我に返ったのだが、怒涛のように激しい感情が押し寄せ、耐え切れずに意識を手放していたらしい。
誰かに声をかけられたように思うのだが、それがユルゼだったのか、エオウィンだったのか、それ以外の誰かだったのか判断がつかなかった。
『あの知らせ』が来たのが昼頃だったから、半日以上も呆けていたということになる。
しかし、そうしたままだった方がどれだけ楽だったかしれない。
こうして意識が現実に戻ると叫びだしたい気分になるのだ。
怒り、悲しみ、不信。
叫んで、叫んで、すべてを否定したかった。
だが、声にならない。

一晩寝ていないはずなのに、眠気はまったくない。
むしろ頭の芯が冴え冴えとして、人としての欲求を全て排除してしまったかのようだった。
空腹も感じない。
丸一日食べてないはずなのに。

…ィーン。

遠くから馬の嘶きが聞こえる。
(そういえば、今日はブレードを外に連れて行っていない)
他人事のようにの頭をよぎった。
(いいや…。外には出たくないもの…)
誰かに会うのが怖い。
話をするのが嫌だ。
だって、その中に出てくる話題は、きっとあの人のことだから。

は膝を抱えて頭を埋めた。


しばらくすると、ユルゼが入ってきた。
目は泣き腫らして赤くなっているが、落ち着きは取り戻しているようだ。
に朝食はどうするかを聞いてきたが、少女が無言で首を振ると、一つ頷いて退室していった。
出てゆく前に、ユルゼは窓を開けていった。
光の筋が室内を明るくする。
は自分では気付いていなかったのだが、明かりをつけないまま過ごしていたのだ。


風が揺らす木々の梢。
誰かが歩く音。
小鳥のさえずり。
何かをしているらしい音。
人の声。
時々混じる馬たちの鳴き声。

そのすべてが混ざり合い、静かな旋律となって部屋の中に満ちる。
室内からは物音一つしない。
少女は少しも動かなかったから。
そして旋律は少女の耳に入り、だが少しも聞こえてはいなかった。










密やかなノックの音がする。
はゆっくりと頭を上げた。
再び戸が叩かれる。
「…はい」
まったく気は進まず、誰とも会いたい気分ではなかったけれど、声をかけてこないあたり自分の部屋に気軽に出入りする人ではないのだろうとぼんやりと理解した。
「どうぞ」
誰何するのも自分で扉を開けるのも億劫だった。
とても身体を動かす気にはなれない。
このまま自分の身など、消えてなくなればいいのに。
取りとめも無いことを考えていると、厳しい男の声で失礼しますと中に入ってきた。
「………大丈夫、ですか?レオフォスト姫」
男は近衛隊長のハマだった。
中に入ったものの、の様子を見るや言葉を失くし、しばらく立ち尽くす。
ようやく開いた口から出てきたのは、腫れ物に触るような問いかけだった。
「…大丈夫?」
は鸚鵡返しにする。
「わからない…」
ふるり、と頭を動かすと、まとめていない髪が肩から背中に流れていった。
「姫様……」
「ああ、やっぱり。あなたもだ」
は顔を顰める。
「姫様…?」
「目が赤い。泣いていたんだね。ユルゼもそうだった。あんまり覚えていないけど、エオウィンも。他にもたくさんいるのでしょうね」
ハマは目を伏せた。
「若君のことは、生まれたときから存じておりました。子供の頃から聡明で勇敢で、お優しい。まことに次期国王にふさわしい方でした。惜しまぬ者などおりますまい」
「だったら、わたしはおかしいのでしょうね」
は自嘲するように唇を歪めた。
「全然泣けないのよ。苦しくて苦しくて、たまらないのに。わたしは誰よりもあの人の死を悲しまなければいけないのに…少しも涙がでてこないの。悲しいと思っているのに…。ロヒアリムではないからかしら。それとも、自分で思っていたほど、セオドレドを愛していなかったのかしら」
「それは違います!」
ハマは叫ぶ。だがは力なく頭を振るだけだ。
「姫様、わたくしは長年騎士を務めておりました。わたくしの目のまえで死んでいった者は両手の指でも足りませぬ。顔を知っていただけの者も、親しい者もおりました。…帰りを待つ者へ、帰らぬ知らせを、わたくしがした事もあります。その中には姫様のようになる方もいるのです。衝撃が強すぎて、泣けぬのです。決して、悲しみが小さいわけではありません」
ハマは哀れみ深くを見下ろした。
少女は元々小柄な身体が一層小さくなったように感じた。
淡い黄色の肌は血の気が失せて真っ白なのが痛々しい。
大きな目は生気を失い、淀んでいた。
動かなければ死人と間違えてもおかしくない、そんな状態だ。
とても平静ではいられない。
ハマは自分の目的を伝えるべきかどうか迷った。
は明らかに自分を見失っている。
この状態では何もすることができないだろう。
しかし、このまま手をこまねいていていいのかという思いがあった。
「姫様、お願いがございます。エオメル様を呼び戻してはくださいませんか?」
「エオメル…?」
は首を傾げた。
なにを言われているのか、わからないといった風情だった。
「呼ぶって?わたしが?なぜ?」
「戦場からの知らせでは…」
『戦場』という言葉に、はびくりと身を震わせた。
反応の強さに、ハマを思わず口をつぐむ。
なんとか刺激になりそうな言葉を外して話を進める。
「エルケンブランド卿が指揮を執っておられる。しかし、いつ何時援軍を求められるかわかりませぬ。卿は優れた騎士ですが、何分、年を取りすぎておりますゆえ。このような時に、オークの一隊に構いつけている場合ではないと、わたくしは思うのです。エオメル様にはエドラスに留まっていただかなくては。もしも敵が本当にここに攻めてきたら、その時には命を惜しまず戦うのは当然のことではありますが、それでも、守りきれないでしょう。エドラスの防備は、いまや丸裸同然なのです。近衛だけでは…」
は聞きたくないというように耳を手で押さえ、顔を膝に埋めていた。
「姫様」
強い調子でハマは呼びかける。
聞こえていないわけではない。
「姫様の魔法の鳥を飛ばしてください。今のエドラスには探索の使者を向けるだけの余力がないのです。エオメル様に、すぐにエドラスに戻るようにと」
はいやいやするように首を振った。
「姫様、お願いでございます」
「いや…」
「姫様」
「いや…言いたくない」
「姫様?」
言いたくない?
戻ってほしいということがなぜ嫌なのか、ハマには一瞬わからなかった。
そしてすぐ自分の思い違いに気がついた。
エオメルに戻るように伝えれば、なぜかと彼は問うだろう。そのときにセオドレドの死をも伝えねばならない。きっとそれが嫌なのだ。
「戦況が悪化する可能性がある、とだけ仰れば良いのですよ」
ハマは言い諭した。
それではエオメルは戻ってくるまで従兄の死を知らない事になるが…すでに起きてしまったことであれば、遅かれ早かれさしたる違いなどない。
死んでしまった人間は、二度と戻ってはこないのだ。
それよりも、為すべきことを為さねばならない。
サルマンは本気でマークを滅ぼそうとしている。
ここで踏む留まらなければ被害は大きくなるばかりだ。
ハマは唇を噛んだ。
本当のところをいえば、ハマには疑念があった。
セオドレドが死んだというのに、援軍は必要ないということに。
今のエドラスには余力がないことを考えれば、たしかにおかしなことではないかもしれない。どうしても必要であるのなら、マーク全土に召集をかけるしかない。
時間はかかるが、そうすればさらに数千人の兵が集められる。もっとも、それをするのであれば、西以外のどこからも攻められる可能性がない場合だが…。
しかし、エオメルの出陣を要請しなかったのはなぜだろう?
セオドレドが殺されるほどの戦いだ。軍団長が必要でないはずは無い。
エルケンブランドはたしかに立派な騎士だが、しかし彼は軍団長ではないのだ。
「姫様」
懇願するように、ハマは呼び続ける。
「エオメル様を呼んで…それで、あの人も戦いに行ってしまったら?それで、また何かあったら?そうなるかもしれないのに、呼ぶんですか…?」
顔を膝に埋めたままなので、少女の声はくぐもっている。
自棄のような、責めるような響きがそこにはあった。
「それでも、エオメル様が知れば行くでしょう。そういう方です」
は顔をあげて叫んだ
怒りのために、紙のようだった頬に朱が差す。
「死にに行くようなものよ!大馬鹿だわ!」
「それでも守れたかもしれないものを守れなかったと嘆くよりはマシです!!」
激昂したハマに、は息を飲んだ。
「もう一度申し上げます。エオメル様を呼び戻してください。マークの存続がかかった戦いが始まっているのです。もう局地的な合戦では済みませぬ。オルサンクと我々と…どちらかが滅びるまで戦わなければならない。エオメル様の出番がくるのは、そう先のことでもないでしょう」
「……わかりました」
うな垂れて、は承諾した。



引き受けたものの、すっかり参っていたはいつものように術を使う事ができなかった。
集中はできない。手も声も震える。
幾度も失敗して、ようやく鷲が飛び立ったのは昼を大分過ぎてからの事だった。










風を切って進む翼。
眼下には茶色く冬枯れた草原。
空は普段と変わりなく太陽が輝いている。
目に入るものはすべて、いつもと変わりのない風景だ。
もっともエオメルの話では、例年ならば冬の間でも放牧はしているというのだが、今年は戦火を懸念して引き上げさせたという。
本当だったらこの何もない草原には家畜が放たれ、牧夫のテントが張られていたはずなのだ。
のどかさを通り越して殺風景な景色に、徐々にの頭は冷えていった。
(こうして何かをしていたほうが気は紛れるものなのね)
自嘲するように少女は一人ごちる。
鷲は夕暮れ近くになって件の東壁付近に近づいた。
地図にあった通り、大きな河が流れ込む湖とそこから流れる大瀑布がある。
しかし、馬が走れそうなところには人っ子一人見つけられなかった。
(当たり前よね。東壁からオークが来たっていうんだから、とっくに移動してるのよ。だけどどう進んでいったのかしら。北寄りなのか、南寄りなのか…)
いつもならば数羽の式を飛ばしても操作に自信はあるのだが、今はまだ動揺が酷くて一羽飛ばすのがやっとだった。
それだけでは捜索にも限界がある。
(それでもやるしかない。ジグザグに飛べばなんとか…時間はかかってしまうけど)
エオメル、まさかもうこっちに戻ってきてるんじゃないのかしら。
それならいいけど、と調子の出ない頭を振って、は意識を鷲に戻した。



一時間経ち、二時間経ち、三時間が過ぎても騎士隊もオークの群れもみつからなかった。
ところどころに人家があるのを除いてはまったく変化のない景色にはうんざりしてきた。
おまけに夜である。
本物の鷲のように目は良くしているが、本物ではないので夜でも見えるようにしている。それでも朧な月以外に目印もろくにないので、気を抜くと自分がどこを飛んでいるのかわからなくなりそうだった。
(……?)
飛び続けて数時間が経った頃、は眼下になにか草以外の動くものがあったように感じた。
しかし目を凝らしても何もいないように見えた。
(気のせいかしら?)
エオメルを探すのが先決だとわかっているが、妙に気にかかった。
(もう一度あのあたりを飛んで、何もなければ先に進もう)
鷲は急旋回して後戻りした。念のため、高度を少し落とす。
(…やっぱり、何もいない…あ!)
やっぱり何か動いていた。
よく見ると、人影のようである。
見えにくかったのは闇に溶け込むような色のマントを着ているからだった。
動いているのは一人だが、さらに目を凝らすと眠っているのか倒れているのか、もう二人いるようだった。
(マークの人なのかしら…?)
は困惑した。
ロヒアリムなら問題はないだろう。冬の夜に野宿をしているというところが心配だが。
しかし、ロヒアリムでないとすればハマなりエオウィンになり、知らせた方が良いのだろうか?
旅人であっても、マークを通るなら王の許可が必要だ。これからエドラスに来るのだろうか?こっそり通り抜けようとしているのだろうか。
様々なことが思い浮かび、思案をしている間ぐるぐると三人の上を飛び続ける。
と、ふらふらと動いていた人影がふいに上を向いた。
「……っきゃあ!」
思わず悲鳴をあげたことで、の意識はエドラスに戻る。
ばくばくと打つ心臓を押さえるように胸を押さえた。
(び…びっくりしたぁ!)
上を向いた事に驚いたのではない。
見上げた人物と、高度を落としたとはいえ、かなりの高さを飛んだいた鷲の目とがあってしまったことに驚いたのだ。
(ありえないわよ、少なくとも二百メートルは離れていたのに!それに、それに…)
自分の見たものがいささか信じられなかった。
草原の謎の人物は、人間離れした美貌だったのだ。
夜目にもわかる、曇りない白肌。
特に色の濃い青空を切り取ったような青い瞳。
絶妙に配置された目鼻立ち。
マントの隙間から零れた金色は髪だろうか?
(金髪なら…やっぱりロヒアリムなのかしら?)
うーむ、とは唸った。
しかしあまりにもイメージが違う。
人影は、ずいぶんとほっそりとしていたのだ。
(あ、ひょっとして、女の人なのかしら?)
どうして夜中にふらふらしているのかさっぱりわからないが、女性なのだとしたら優雅な繊細さが伺える美貌であるのも理解できる。
(で、どうしたらいいのかしら…わたし…)
声をかけるべきか迷う。
意識を鷲に半分戻すと、人影が興味深そうに鷲を見上げたままなのがわかった。
何か言っているようだが、自身が起こす羽音と風の音にかき消されて、何を言っているのかはわからなかった。
(普通の鷲のふりして、少し様子を見てみよう。何かあったら逃げればいいし…)
決心をするとは急降下した。
降りてくる鷲に人影は嬉しそうに腕を差し出した。
その人物の腕には革の籠手があったので遠慮なくそこに留まる。
上からではわからなかったが、その人物は背がずいぶん高く、とても女性には見えなかった。
『君、どこの子?何をしているの?私たち、今ちょっと困っているんだけど、良かったら助けてくれないだろうか』
謎の人物は素晴らしく美しい形の唇から矢のように質問を繰り出す。
男の―よほどの大女でない限り、男だろうとは考えた―言葉はマークの言葉ではなかった。もちろん日本語でもないが、言葉そのものを理解したというよりは、意思がそのまま頭の中に飛んでくるようだった。
(鷲に当たり前のように話しかけるなんて、この人、どっかおかしいのかしら)
自分のことを知っているのならともかく、この男は明らかにロヒアリムではない。
『えっと、名乗ってないから不満なのかな?私は闇の森のエルフ王スランドゥイルの息子レゴラス。霧ふり山脈に住まっている鷲の王グワイヒアとは親しくしているのだよ』
(エルフ!?)
そうか、これが、と思いながらも、一方でこんな綺麗な生き物と自分とをどうしたら間違えられるのだと心の中で地団太した。
しかしそのことでかえって警戒心は解かれた。少なくとも敵ではないとは思った。
「このような夜更けに、何をされているのか、わたしの方こそ知りたいものだ。ここがマークであることはご存知か?」
女であることを気取られないよう、声を低くし尊大な口調で問う。
レゴラスと名乗ったエルフは気を悪くした様子もなく頷いた。
『そのことならばよく知っている。私たちの先導者は、あ、ここで寝てる大きい方だけど、中つ国のあちこちを旅している人だから。私たちは私たちの仲間を攫ったオークを追ってこの国に入ったんだ』
「オーク!」
もしかしたら、とは閃いた。
「そのオークは、どこから来てどう進んだのだ?」
『エミン・ムイルから東壁を下って、北西に進んでいる』
「では、そのオークが…」
エオメルが追っているオークなのだ。
『どうかしたの?』
「…何でもない」
モルドールからの帰りだとばかり思っていたオークが、エルフのいる旅人の仲間をさらったというのが腑に落ちないが、ともかく行き先はわかった。
「北東か。こちらこそ助かった」
では、と羽ばたこうとしたところを止められる。
『待って待って、まだ話は終わっていないよ!』
「わたしは急いでいるんだ!」
『それはこっちもだよ!』
レゴラスは叫んだ。
と、ううん、と下から呻き声のような声があがった。
小さい方の人影が寝返りを打つ。
「わかった。では手短に話してくれ」
はため息をついた。
レゴラスは視線を下から上に戻す。
『私たちは私たちの仲間を攫ったオークを追っている。ここまではいいね?オークは普通、日の出ているうちには外を歩けないはずなのだけど、何か特別な種類なのか、奴らは昼でも夜と変わりなく行動ができるんだ。おまけに休憩もほとんど必要ないらしい。それで私たちは引き離される一方なんだ。私なら一日中走っても平気だけど、二人の仲間は人の子とドワーフだからね』
「ドワーフ?」
聞きなれない単語に鷲は首をかしげた。
『ドワーフ、知らない?』
「知らない」
「そっか、彼が起きていたら紹介したんだけど」
レゴラスはふっと表情を緩めた。
『攫われた仲間はホビットという種族なのだけど、それは知っているかい?』
「…わからない」
『そうか、えーと、小さい人、と言う事もあるんだけど…』
「小さい人…」
それは、ボロミアや彼の弟の夢で聞こえたと言う謎の言葉に出てくる「小さい人」と同じものなのだろうか。
の頭はひどく混乱してきた。
『とにかく、彼らは人の子の子供くらいの大きさで、靴を履いていなくて、足にいっぱい毛が生えているんだ。それから私たちと同じマントを着てる』
「ちょっと待って、彼『ら』って」
『二人いるんだよ』
は眩暈がする思いだった。
彼は知らないだろうが、レゴラスたちの仲間が追っているというオークをエオメルたちも追っているのだ。馬に乗っているので、おそらくレゴラスより先行しているはず。
もしかしたらとうに戦闘は終わっているかもしれないのだ。
そのオークの中に、無関係なのが二人混じっている!?
非常にまずい。
背中に冷や汗が流れた。
「その二人を確保すればいいのか?」
『え?できるの?』
「わからない。ただ、マーク王の甥である騎士が兵を率いてそのオークたちを追っているはずだ。わたしは彼に用があって向かう途中だったのだ」
『追ってって…』
レゴラスの秀麗な顔に動揺が走る。
『殺しては駄目だ!いや、オークはいいんだけど、二人が巻き込まれでもしたら!』
「わたしもそう思った。すぐに行く。まだ戦闘が始まっていなければ良いが…」
『ああ…』
レゴラスは顔を覆った。
「それで、攫われた二人の名前は?」
『ああ、忘れてた。えと、メリーとピピン。正式にはメリアドク・ブランディバックとペレグリン・トゥック』
「メリーとピピンだな」
一度で覚え切れなかったので、略称の方でいいやとは思った。
「では」
『あ、ねえ!』
「何だ?」
急ぐんだろうと目で問うと、レゴラスは真顔で、
『君の名前を聞いていない』
は本名を答えるべきかどうか、一瞬躊躇した。
「…レオフォスト」
(これも一応わたしの名前だし)
とっさに出たのは、マークでの名前だった。
続けてレゴラスは『そう』と頷いて、少し首を傾げた。
『さっきから気になっていたんだけど、君、もしかして女の子?』
あまりの不意打ちには言葉に詰まる。
(女の子って、メスかって聞いてるのかしら!?まさか、人間だってバレたとは思わないけど…!)
『それに、何か魔法がかかっているみたいだね。今更だけど、君は私たちの敵ではないよね?』
(術のことがバレてる!あ、そういえば、エルフって魔法が使えるってセオドレドが…)
はセオドレドの名で我に返った。
慌てている場合ではない。
自分は為すべきことを為すだけだ。
魔法がバレようがどうしようが、関係ない。
はすう、と息を吸うと、
「あなた方がマークの敵でなければ、わたしもあなた方の敵ではありません」
演技をやめて答えた。
『そうか。ありがとう』
レゴラスはにっこり笑う。
さあ行って、とレゴラスが言い、は「縁があればまた会いましょう」と答え、飛んだ。





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