無我夢中で怪我人の手当てをしていたは、ようやく一段落がついたため辺りを見回した。
洞窟への唯一の入り口の前には多くの戦士が集まっている。
兵たちの中でも一際背の高い男がエオメルだ。
はそちらの方にまでは気を回していられなかったのだが、オークたちは扉の向こうにおり、エオメルは扉を守るために奮闘していたのだ。
閂をかけ、材木を置き、また岩で防ぐ。
ここは天然の要害で、入り口はここしかない。
はしごをかけて上から攻められる心配はないと彼は言った。
しかし、こちらから攻めることができなければ勝利は望めない。
は暗澹たる思いでエオメルを見つめた。
元々勝機の薄い戦いだ。
ここまではよく防いできたが、いつかは限界がくる。
彼は再び討って出る気でいるが、大勢の敵に囲まれるだけではないだろうか。
は張り裂けそうな心を庇うように胸を押さえた。
皆、死んでしまうのではないか?
もしも自分が死んだら、その魂はどこに行くのだろうか。
マークの人びとと同じところへ行けるのだろうか。
それとも故郷に魂だけで戻るのだろうか。
それとも…消滅して、何も感じることはできなくなるのだろうか。
(怖い…。助けてセオドレド…。助けて…!)
その時、峡谷全体に響き渡ろうかという凄まじい音が洞窟内を揺さぶった。
は思わず悲鳴を上げる。
だがエオメルは違った。
エオメルははっとしたように耳を澄まし、大声で叫んだ。
「ヘルムだ!ヘルムの大角笛が吹き鳴らされたぞ!セオデン王が再び打って出られた!我らも行くぞ!動けるものは武器を持て!進め、エオルの家の子よ!」
エオメルが剣を掲げると、一斉に鬨の声があがる。
洞窟は、内と外からとの大音声に震えたようだった。
彼らは扉を塞いでいたものを払いのけ、我先にと先に出る。
のいるところからは見えないが、どうやらこの大音声にオークは動揺しているらしい。
マークの男たちの快進撃を告げる叫びが聞こえてきた。











戦の痕










男たちが出てゆくと、ヒュイドは再び扉を閉ざした。
ちらりと見えた外はすでに朝日が昇り始めていたようだ。
ほの明るく染まった世界は、希望をも連れてきたように思えた。
だが、実際にはまだ戦は終わっていないだろう。
たちにはまた待つことしかできなかった。
できることがあるとしたら、重症を負って戦場に戻れなくなった兵を看護することくらいだ。
だがが思うよりも早く、それは終わりを告げた。
再び洞窟の扉が叩いたのは、興奮と喜びに溢れた声だったのだ。
「暗い夜は去った!我らの勝利だ!」
知らせを携えてきた騎士は開口一番にそう叫んだ。
「本当なのですか?ですが、どうして…?」
ヒュイドの顔に浮かぶ表情は、喜びよりも疑問の方が勝っていた。
とても勝ち目のない状況だと知っているのである。
「援軍が来たのです、お方様。ガンダルフがエルケンブランド卿を探して戻って参ったのです!」
「あの方が…!ああ、それでは我が夫も無事だったのですね。なんと良い知らせなのでしょう」
ヒュイドの目には安堵のために涙が滲んでいた。
しかし抑えることのできない喜びが後から後から湧き出ているようだった。
「陛下はご無事なのですか?それに、旅人の方は?エオメル様は大丈夫でしょう?少し前までここにいたのですもの」
が前に出て訊ねる。
「皆様、ご無事でございます。それに大きな怪我もいたしておりませぬ」
それでようやくも安心できた。
「では、わたしたちも外へ出てもいいのでしょうか?」
「ええ。それはもちろんでございます。我が方の負傷者や討ち死にした者もさることながら、オークの死骸が数え切れないほどあるのです。片づけをしなければ…。ただ…」
「ただ?」
言葉を濁した騎士には続きを促した。
騎士は頭を掻こうとしたが、自分が冑を被っていることに気付いて情けなさそうに眉を下げた。
「ただ、ですね…。ガンダルフからの命令なのですが、絶対に城壁の外には出てはいけません。最も、あそこを見て、出て行こうとする者などいるとは思えませんが…」
「どういうことです?はっきりおっしゃいなさい」
ヒュイドは急かす。
早く外に出てたまらないのだ。
西の谷の領主夫人にせっつかれて、騎士は当惑したまま口を開く。
「城壁から少し離れたところに、妙なものがあるのです。…森が」
「森?」
ヒュイドとは同時に顔を見合わせた。











外に出たは合戦の後の激しい光景に何度となく足を止めた。
まず初めに気付いたのは、斬りつけられ、堅いものをぶつけられてでこぼこになった鉄の扉だ。
これがたちのいた洞窟の唯一の守りだったのだと思うと、感慨も深い。
昨晩振った雨は水溜りがあちこちに残り、堅く踏みしめられていた中庭にも軍靴の後がくっきりと残っていた。
そこにも水が溜まっている。
(水だけじゃない)
地面に残る液体には赤いものも混じっている。
血だ。
それはあちらこちらに倒れている亡骸から流れ出たのだろう。
しかし倒れたままにされているオークの屍骸には、黒っぽい液体がこびりついていた。
オークの血は黒いのだろうとは思った。
折れた剣や散らばった矢が泥の中で踏みにじられている。
どこに目を向けても、傷ついていないものは何一つなかった。
一体どれだけの被害が出たのだろうか。
敵も、味方も。

「殿!エルケンブランドの殿!」
の思考はヒュイドの歓声によって破られた。
彼女の声の方に目をやると、義父である騎士が冑を抱えて大股で歩いてきた。
ヒュイドはいつもの落ち着きをかなぐり捨てて、夫の下へ駆け寄った。
「ヒュイド、我が妻よ。生きて再び相見えたな」
「ああ、あなた…。わたくし、もう駄目かと…」
そう言うヒュイドの声は涙に濡れている。
エルケンブランドは妻の身体をしっかりと抱きしめた。
は彼に声をかけたものか迷い、その場に立ち止まった。
エルケンブランドの無事は嬉しい。
しかしここで声をかければ、ヒュイドの邪魔をしてしまうかもしれない。
だがさきに話しかけてきたのは男の方だった。
、どうしてそなたがここに?エドラスのものは馬鍬砦に避難したと聞いているが」
は小走りで駆け寄って、ぺこりと頭を下げる。
「お帰りなさいませ、エルケンブランド卿。ご無事のお姿、嬉しく思います。わたしがここにおりますのは、エオメル様の思し召しです。なんでも、わたしは親元にいた方が良いのだとか…」
「エオメル様が?」
エルケンブランドは怪訝そうに首を捻る。
「はい。どうしても、と」
「ふむ…」
西の谷の領主は妻の肩に手を置いたまま唸る。
「卿。わたし、陛下やガンダルフ殿にもご挨拶をしてきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「ん?ああ。構わぬよ。陛下は城壁の傍にいらっしゃるはずだ」
それでは、とは挨拶をすると歩き出した。

城壁に近づけば近づくほど惨事のあとはひどくなっていった。
太陽に地面が温められたせいで、血の臭いが一層濃くなっているようだ。
は袖を鼻に当てながら、亡骸を踏まないように注意して進む。
眩暈がしそうだった。
戦争に混じったことも初めてならば、これほど多くの死体を見たこともなかったのだ。
しかし、やがて城壁が見えてくると、それまでとはまた別の眩暈には襲われた。
「…本当に森がある」
冗談のような光景だった。
まだ城壁までは距離があるが、大きく裂けた岩の割れ目からはっきりと見える。
そこは洞窟内まで聞こえた爆発によって破壊されたのだろう。
峡谷の入り口に続く道がそこから見え、その先は緑の葉で覆われた木々が隙間なく生えているのだ。

城壁の割れ目からセオデンたちが森を眺めているのが見えたので、はそこへ向かった。
「やあ、レオフォスト」
最初に気付いたのはレゴラスだった。
激戦だっただろうに、傷一つなさそうな白い顔はにこやかに微笑んでいる。
レゴラスの声に、そこにいた皆が振り返った。
セオデン、エオメル、ガンダルフ。それにアラゴルンとギムリだ。
「皆様…ご無事で…」
それ以上は言えなかった。
暗い夜を越えた事がようやく実感できたのだ。
それはどうやら、この森のお陰でもあるらしい。
「お帰りなさい、ガンダルフ殿。なんだかよくわかりませんけど、すごい魔法ですのね」
が言うと、セオデンは怪訝そうな顔になった。
反対にガンダルフは苦笑する。
「どうかしましたか?」
「いや、なに。この森はわしの魔法ではないと言ったら、殿はお前さんがやったのだと思うたようでな」
「まさか。わたしなら幻だろうが本物だろうが、森は呼びませんわ。それよりも屈強な援軍を呼ぶでしょう。その方が役に立ちそうですもの。…まあ、森というのも、一種異様な衝撃を与えますけれど」
ガンダルフが気を悪くしてはいけないと思い、最後の一言を付け加えたのだが、ガンダルフは朗らかに笑う。
「さっきも言ったが、あれはわしの魔法ではない。わしが意図したことでもないのじゃ。賢者の忠言を遙かに超えた出来事よ」
「まあ…?」
言っている意味がよくわからず、は首をかしげた。
だがこの話はすでに終わっていたようだ。
詳しいことはエオメルかレゴラスにでも聞くしかあるまい。
そう思っていると、ガンダルフはセオデンたちに向かって、約束の時間に遅れないようにと言って立ち去ろうとした。
「どこかへ行かれるのですか?」
エオメルが答える。
「アイゼンガルドだ」
「まだ戦うのですか!?」
驚いたは叫んだ。
「違う。話し合いをしにいくのだ。行くのは我らと随行員が数名だけだ。すぐに戻るつもりだから、お前はここで待っていてくれ」
「そんな少人数では、危険なのでは?敵の本拠地ではないですか」
「いや、ガンダルフも詳しくは話してくれなかったが、大丈夫らしい。もしも奴が塔から降りてきたならば、首を切ってやりたいところだがな…」
エオメルはちらりと剣呑な様子を見せる。
はエオメルを眺めた。そして遙か先まで続く森に目を向ける。
少しの間、逡巡していたは思い切って口を開いた。
「わたしも行きます。連れて行ってください」
「何を言うのだ。駄目に決まっている!」
間髪いれずにエオメルは拒絶した。
「ですが、危険ではないのでしょう?サルマンを恨みに思っているのは、わたしも同じです。だけど、首を切れとは言いません。ですが、恨み言の一つくらい、言ってやりたいんです。それに…」
エオメルは最後まで言わせなかった。
「たしかにガンダルフは大丈夫だと言った。しかし、その道すがらまでが安全であるかはわからん。逃げ出した敵が潜んでいる可能性が高いのだぞ。そんなところにお前を連れて行けるか!」
と、取り付く島もない。
「それでもわたしは行きたいんです!守ってほしいとはいいません。戦う力はないけど、敵が出てきたら精一杯遠くまで逃げてみせす!」
「駄目だ!まったく…どうしてお前はそう危険なことに首をつっこみたがるのだ…」
「お言葉ですが、エオメル様。わたしをここに連れてきたのはあなたです。エオメル様がよくわからない理屈をこねなければ、今頃わたしは馬鍬砦にいたはずでしょう?」
の反論に、エオメルは言葉を詰まらせた。
甥の危機にセオデンは助け舟を出す。
彼が頑なにの同行を拒んでいるのは、道行きの危険のためばかりではないことをわかっているのである。
よ、余からも頼もう。ここで待っていてはもらえぬか?アイゼンガルドへの道の途中には、そなたにとって辛いことがあるのだから」
もセオデンの意を察している。
「お辛いのは陛下も同じはずです。浅瀬でも取り乱したりしないよう努めます。先ほど言いかけていたのはそのことだったのです」
セオデンは目を見張った。
「お忘れかもしれませんが、わたしは浅瀬へ行ったことがございます。ここに来てすぐのこと、サルマンならばわたしを元の世界へ戻ることができるかもしれないと思い立ってのことでした。結果は、今日に繋がるサルマンの裏切りを発見しただけに留まりましたが…。ともかくその折に浅瀬を往復しているのです。あそこは、雨が降れば水の下に沈んでしまいます。昨夜も嵐だったではありませんか。あそこでは、セオドレドの塚はすぐに朽ちてしまいましょう。時間が経ってから、誰かに「あそこが彼の塚だ」と教えられたくはありません。覚えておきたいのです。たとえ、時とともに消えてなくなるものだとしても」
王の顔が苦痛に歪む。
エオメルは目を見張っていた。
ガンダルフは厳かに口を開く。
「わしは構わぬよ。覚悟があるのならば共に来るが良い」
そしてそれ以上反対する者はいなかった。









アイゼンガルドへ行く者は昼過ぎまで休む事になった。
出発は夕刻。
暗がりに紛れての行動になるということだった。
はエルケンブランドとヒュイドにその旨を伝えると、二人とも難色を示した。
やはりエオメル同様の心配をしたのである。
しかしの意志が固いことを知ると、渋々ながら承諾した。
それで気が済むのならば、そうすれば良いだろうと。

角笛城には以前にが使った部屋がそのまま残されている。
顔を洗って髪をとかし、着ているものを脱いで寝台に横になった。
しかし、一向に眠れない。
何度も寝返りをうつが、神経が少しも休まろうとしていないようだった。
午前中であることもさりながら、一晩続いた緊張がまだ解けていないのだろうと思った。
(人目につかないように行動するっていっても、夜の間ずっと走り続けるわけではないみたいだし、いっそ起きていようかしら。夜になれば身体も疲れて、嫌でも眠れるようになるだろうし…)
そうは思ったものの、今晩も眠れるかわからなかった。
何しろ浅瀬を通るのである。
取り乱さないと約束をしたものの、セオドレドが死んだ場所を見た自分がどんな行動に出るか、さっぱり予想できなかった。
は寝台から起き上がって、部屋に唯一ある小さな窓を開けた。
そこからは外が少しだけ見える。
は目をすがめ、意識を集中させた。
次には目を閉じて同様のことをする。
(駄目だ…。何も見えない)
焦りと悔しさにの目に涙が浮かぶ。
(魂だけでも良いから会いたいのに…。この世界はわたしの世界と違い過ぎるんだわ)
がっかりとして腰をおろす。
は元の世界では、いわゆる「幽霊」というものを見ることもできた。
それが本当にこの世に残った人の魂かどうかは知らなかったが、彼女の相棒は「あれは人の子の強い想いが残ったものだ」と言っていた。
にそれが見えるのは波長が合うからだという。
ならばこの世界に来てから、幽霊らしきものがまったく見えなくなったのは、波長が合わないからなのだろう。
昨夜だけでも大勢の人がここで亡くなった。
そんな場所で、強い想いを残した者がいないとは思えない。
ここでも何も見えないとなると、浅瀬へ行ってもやはり何も見えない可能性の方が大きかった。
(せめて、お別れを言いたいのに…)
叶わない願いなのだろうかと滲んだ涙を拭いながら思った。

それからしばらくして、どうあっても眠れないことがわかると、は着替えをして外に出た。
悶々と過ごすよりも、ブレードの世話でもした方が落ち着くだろうと思ったのだ。
彼女の金色の盟友は、洞窟内にいる。
特に移されてはいないだろうと砦を出たところで、レゴラスに出会った。
岩の破片に腰掛けて、ナイフの手入れをしている。
「あれ、どうしたの?」
「レゴラスこそ、休まなくていいんですか?」
「私は人の子のような睡眠は必要ないんだよ。レオフォストこそ、寝なくていいの?出発するまでにはまだ時間があるよ」
「目が冴えて眠れないんです。だからブレードの様子を見てこようかと」
「ふうん。…なら、私も行くよ」
「手入れは終わったの?」
「まだ途中。だけどこんな岩だらけのところで話ができる人がいないのって詰まらないんだよ。ミスランディアに止められてなければ、あの森に行って見たいのだけどね」
「…岩が苦手なんですか?」
「そうだね。あまり好きではないなあ」
閉所恐怖症かとも思ったが、ここは開けた場所である。
エルフの感性はよくわからないと思いながらも、は確認を取った。
「わたしが行くのは洞窟の中なんですけど、大丈夫ですか?」
「そうなの?うーん、じゃあ、どうしようかなあ」
レゴラスは困ったように頭をふらふらと揺らした。
「あの子の様子を見てきたら戻ってきますから、そうしたらお話をしましょうか?」
角笛城の外では大勢の人びとが働いていた。しかしその中にあって一人でいるエルフはいかにも寂しげに見えた。
レゴラス自身は少しも寂しげな顔はしていないのだが、どうやらここの人びとには避けられているようだ。
ここに来て早々エルフではないかと疑われたは、それが容易に想像ついた。
「わかった。待ってるね」
レゴラスは綺麗な微笑みを浮かべる。
どうにも放っておけない人だと思いながらも、はその場を後にした。

ブレードは水も飼い葉もたっぷり与えられ、ブラシもかけられていた。
が行くと彼女は嬉しそうに鼻面をこすりつけてくる。
強行軍の疲れはすっかり癒えたようだ。これならば夕方の出発も平気だろう。
せっかく来たのだからと角笛城の中にある厩舎に移しておこうとは手綱をとった。

城の入り口に戻ると、レゴラスは軽快な足取りで近づいてきた。
厩舎に行くとが言うと、レゴラスもついて来た。
空いていた馬房にブレードを入れると、レゴラスは真顔でを見下ろしてくる。
「私、思ったのだけど、あなたはやっぱりちゃんと休んだ方がいいと思う」
「それができるのなら、ここにはいませんよ」
は苦笑して答えた。
「どうにかできると思う。私に任せて」
「…?」

レゴラスに執拗に言われたは自室の前まで案内した。
「ここです」
「じゃあ、着替えたら戸を少しだけ開けてね」
「…わかりました」
この行為はあまり良くないのではないかとも思ったが、レゴラスは真剣だ。
エルフにとっては何か重要な意味を持っているかもしれないと思うと、無碍に断る事もできない。
は言われたとおりに寝巻きに着替えると、部屋の戸を少し開けた。
レゴラスと目が合うと、彼はを安心させるとうににこりと笑う。
綺麗な笑顔に不安が揺れる。
警戒している自分が馬鹿みたいだとは思った。

寝台に横になったかと思うと、外から旋律が流れてきた。
(レゴラス…。歌ってる…?)
緩やかな曲が部屋を満たす。
子守唄だろうか。
柔らかな手で優しく撫でられているようだ。
冴えていた頭の動きが瞬く間に鈍くなる。

ゆっくりお休み
怖いことは何もないのだから
目を閉じて、安らぎに身を任せて

繰り返し紡がれる歌に、いつしかも眠りに落ちていた。











夕方近くになって目覚めたエオメルは身支度を整えると宛がわれた部屋を出た。
「…歌か?」
どこかで誰かが歌っているようだった。
遠くて歌詞ははっきりしない。
だが聞きなれない曲調だった。
しかし優しい響きであることはわかる。
誘われるようにエオメルは声のする方へ歩いた。
するとそこで信じられない光景を目にすることとなる。
彼の天敵であるレゴラスが、の部屋の前の壁に寄りかかり、歌を口ずさんでいるではないか。
「レゴラス殿!?何をしているのです!」
「あれ、もう準備の時間?」
レゴラスは無邪気そうな表情で聞き返す。
「え、ええ」
エオメルは頷く。
「そっか」
レゴラスは壁から背を離すと、部屋の扉をリズミカルに叩いた。
「レオフォストー。レオフォストー。起きてー。起きてー。もう時間だよー」
歌うように告げると、奥からは寝ぼけたような声で「はぁい」と答えがあった。
あまりといえばあまりな光景に、エオメルは目の前の青年を殴りださないよう堪えるので精一杯であった。





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