丘の麓までゆっくりと回ったエオメルとは、大宴会に出席するために昼過ぎには黄金館へ戻っていった。
 それからは国を挙げての無礼講だ。歌いだす者に楽器をかきならす者、テーブルを脇に押しのけて、レスリングを始める者も出てきた。
 この狂乱の最中で、素面でいる者は少ない、宴を切り盛りしなければならないユルゼら女官たちと花嫁の母として最後まで付き添わなければならないヒュイド、それにとエオメルくらいだろう。エオメルは飲んでいないわけではないのだが、その酒量は常よりもずいぶん少ないのだ。
 日が没し、松明が館や通りを照らし出す頃、は宴席から退いた。ヒュイドがそっと合図を出し、部屋に戻れと言ってきたからだ。
 廊下に出ると、の退座に気付いたユルゼも追いかけてきた。
「夜のお支度を?」
 女官長が言葉少なに尋ねると、領主夫人は「ええ」と頷いた。
 部屋に戻るとそこには女官たちが控えていた。寒くないよう暖炉には火が入り、燭台には明かりが灯っている。
 女ばかりになるとは思わずほっとして息を吐いた。外での大騒ぎとは違って、館の宴に参加できるのは、ほとんどが男性だ。普段は立派な彼らも、酒が過ぎれば無遠慮な振る舞いに出ることもある。今夜のことについて、激励とも猥談ともつかない話をろれつのまわらない口で何人にもされたは、何度も自分も酔いつぶれたいと思ったものだ。
「お疲れでしょう。おかけになってください。まずは髪を解いてしまいますから」
 ユルゼは背もたれのない椅子を勧めてきた。自分のため息の原因に気付いているのではないだろうと思いながらも、はありがたく座った。
 すぐに数人分の手が伸びてきて、飾りが外され、きつく結った髪が解かれていった。目の細かい櫛で念入りに梳かされる。
「お化粧が落ちてしまいましたね」
 その様子を眺めていたヒュイドが、湯を持ってくるように侍女に命じた。
「一度全部落としてしまいましょうね。それから……もう一度白粉をつけた方がよいかしら? あなたはどう思って、ユルゼ」
「エルフヒルド様がお輿入れなさった時には、わたくしはまだ女官ではございませんでしたので、わかりかねます。ですが、白粉は触ると手についてしまいますから……エオメル王はお気に召さないのではないかと」
「そうね。それに寝室はどうせ暗いからお化粧をしてもあまり意味はないわね。やめておきましょう」
 女官長と花嫁の義母の会話に、は口を挟めないままでいた。妙に生々しいので居たたまれなくなり、思わず俯く。
「ああ、不安になっているのね。だけど大丈夫よ、こういうことは殿方に任せておけばよいの」
 訳知り顔でヒュイドは言った。と視線を合わせるために膝を付き、優美な微笑を浮かべる。
「陛下はきっとお優しくしてくださるでしょう。何事も陛下のお望みの通りに……わかりますね?」
「え、ええ……」
 仄めかされるのがかえって恥ずかしく、は顔を赤くした。これから何をやるのか知らないではない。マークではおおっぴらに語られない類の話であっても、の故国ではそうではないのだ。知識ならば、ある。しかし逆に言えば知識しかないのだ。
 髪を梳き終わると、一本の三つ編みにされた。ドレスを脱ぐために立ち上がり、再び侍女たちに任せる。ドレスは上半身が身体にぴったりとしており、背中側で紐を結ぶようになっていた。そのため、一人では脱ぎ着することができないのだ。
 ようやく胴体が自由になり、重さからも解放されると、は思い切り伸びをした。「重たかったー」とぼやくと、侍女たちが気の毒そうな顔をしながらも笑いをこらえている。
 肌着のまま化粧を落とし、夜着に着替える。後はエオメルが部屋に戻るまでここで待機するのだ。
 王妃の部屋は静かだった。侍女たちが片づけをする物音や時折薪が弾ける音くらいしかしない。館の内外から届く賑やかな様子が別世界のことのように思えた。
 皆、の不安や緊張が移ったのか、黙然として会話もない。それからどれくらい時間が経ったのか……広間の方でひとしきり大声が上がったかと思うと、ざわめきがこちらへ移動してくるのが聞こえた。
「陛下が引き上げられたのかしら。わたくし、見て参りますわね」
 ユルゼがすっと部屋を出る。は夜着をぎゅっと握りしめた。いよいよだと思うと心臓が信じられないほど早く脈打ち始めた。こんなことくらいなんでもない、結婚も新婚初夜も特別なことではないのだ。これまで一体何人の人びとが結婚をしているというのだと、軽く考えていただけに己のこの反応に困惑する。
「大丈夫よ、怖いことなんて、何もないの」
 ヒュイドがの手を握った。自分でも気付かないうちに震えていたのだとわかる。
「ヒュイド様……」
「陛下のお支度が整うまでもう少しかかるでしょう。その間に温かい飲み物でもいかが? 気持ちが和らぎますよ」
 はこくこくと頷く。自分でもどうしてこんなに緊張しているのかわからないのだが、とにかく緊張しているのだけは確かなのだ。どうにかしたいと、ヒュイドの申し出を受ける。
 飲み物はすぐ運ばれてきた。湯に蜂蜜を溶かしただけのものだったが、湯気を吹いているだけでも落ち着いてきたように感じる。半分ほど飲んだところでユルゼが戻り、隣へお移りくださいと告げた。
 カップを置くと、決然とした顔では立ち上がった。ここで躊躇していても仕方がないと腹を括る。足取りがぎくしゃくしているのは否めないが、さっきまでのように無為にエオメルを待っているだけよりは精神的に楽になっていると思った。


 エオメルの部屋に入ると、侍従などもすでに引き払った後のようで、がらんとしていた。
 彼は上着を脱いだだけの格好でを迎えると、暖炉の前に座らせる。
「すごい騒ぎだったな。疲れただろう?」
「そうですね、少し……」
 エオメルが何気ない口調で言ったので、も思ったままを答えた。しかしすぐにはっとなり、今の返事は不味かったのではないかと思い当たる。疲れた、などと言っては彼は気を悪くするのではないだろうか。
 だがエオメルはいつもと変わらない様子で、がいない間に起こった出来事を面白そうに話し始めただけだった。あまりに常通りなので、もだんだんと自分だけ緊張しているのが馬鹿馬鹿しくなってきたほどだ。
「――それでエオサインの奴、ひっくり返った拍子にいくつも杯をひっくり返してな、中身が入っていたんだ。頭からビールを被って、目にしみるわ鼻から吸い込むわで思いっきり咽ていてなぁ」
「うわぁ、お気の毒に」
「それだけじゃないんだ。慌てて立ち上がった拍子にテーブルの足に脛を強打してな」
「嫌ぁー、聞いてるだけで痛いー!」
 いつの間にか話に引き込まれていたは、笑いながら頭を抱えていた。
「片足だけでぴょんぴょん飛び跳ねている姿は見ものだったぞ」
 言いながらエオメルも笑った。その顔は酒のせいか火に当たっているせいかは知らないがだいぶ赤くなっている。
(……まさかと思うけれど、わたしがどうしてここにいるか、忘れてるのかしら)
 ひとしきり笑ってしまうと急に冷静になってしまい、は心の中で首をひねった。
(……ありえるかも)
 エオメルは陽気な酒が好きだ。傍目からは酒量を抑えていたようには見えたが、それでも宴会は長時間に及んだのだ。口調はしっかりしているようだが、記憶がどこかに飛んでしまっていてもおかしくはない。
(一人でドキドキしてて、わたし、馬鹿みたい)
 そういうことならさっさとエオメルを寝かしつけて自分の部屋に戻ってしまおうか。いや、結婚式の日に王を一人寝させたりしたら周りが黙っていないだろう。自分はここに残るべきだろうが、今夜何もなかったとしてもそれは自分の責任ではない。
 そう一人で納得していると、エオメルがの頬に触れてきた。
「何か?」
「お前なぁ……」
 がっくりしたようにエオメルは肩を落とした。
「まあいいか、そろそろ行くぞ」
「行くって、どこへ……あ、きゃあ!」
 返事も待たずに彼はを抱き上げた。それも子供を抱えるように、である。色気もなにもあったものではない。
「今日が何の日か忘れたのか? 笑い転げたまま寝られては夫の面目が立たん」
「いえ、別に忘れてはいませんけど……」
 エオメルの方こそ忘れていたのだと思っていたという言葉を寸でのところで飲み込んで、は大人しく運ばれていった。エオメルはすたすたと寝室に入ってゆくと、寝台にを下ろして自分は隣に腰掛けた。それから当たり前のようにシャツを脱ぎだす。は言葉を無くして目を丸くした。
(なんて直截的な人なんだろう……)
 甘い言葉がすらすらと出てくるような相手ではないことはわかっていた。無骨というか素直というか、好意も嫌悪もすぐ顔に出る、そんな人だ。ロマンティックなことは期待していない。いや、この結婚はある意味ではとても政略的なものであり、最初から夢想が入る余地などないのだが。
 が呆然としているうちに、エオメルはすっかり上半身を露わにしていた。胸板は厚く、腕もの腿くらいはある。そして意外に顔は日焼けしていたのだとぼんやりと思った。首を境にはっきりと色が違っているのだ。彼は、というよりもロヒアリムは本来とても色白な民族なのだろう。
 脱いだものを適当に床に放り出し、今度はブーツを脱いだ。改めて座りなおすと、大きな身体の下で寝台がきしむ。思わずびくっとしたに、エオメルは苦笑いした。
「そう怯えるようなことでもあるまい。夫婦の営みをして死んだ女などおらんぞ」
「わたしはエオメル様みたいに単純じゃないんです!」
 叫びながらつんと横を向く。男が余裕綽綽なことにだんだん腹が立ってきた。ところが夫となったマーク王は肩をすくめただけで、の不機嫌さなどまるで意に介していないようだった。
 夜着に手が伸びてきたので、反射的に後ずさる。しかし逃げ切れるものではなく、伸びてきたもう一本の腕にあっさりと囚われた。
「重たっ……ちょ、エオメル様……!」
 勢いのついたまま押し倒されたが、怖いなどと思うより先にその大きな身体で潰されてしまうのではないかという思いが勝った。犬に例えれば室内用の愛玩犬と大型の狩猟犬のような自分たちだ。エオメルが本気でじゃれついて来たら、骨の一本くらい簡単に折れてしまうだろう。
「ああ、すまん」
 さすがにまずいと思ったのか、エオメルは身体を起こすと少し離れた。ほっとしたのも束の間、の夜着を脱がしにかかる。抵抗する間もなく、は全身に夜の空気を感じ取って丸くなった。恥ずかしさもさることながら、純粋に寒かったのだ。
 そのまま動くことができなくなったに、エオメルがゆっくりと圧し掛かってきた。今度は潰さないように気をつけているようで、圧迫感はさほどない。触れ合った肌から熱が伝わってきた。
「エオメル様って、体温高いんですね」
 ふと呟くと、エオメルは喉の奥で笑った。
「お前は冷たいな。だいぶ温めたと思ったのだが……薄着のままでいたせいか?」
「さあ、どうかしら……っ」
 男の唇が胸に落ちた。髭のちくちくとした感触と相まって鳥肌が立つようなくすぐったさを感じる。手が背中に沿って移動する。もう始まったのだ。止まることはできない。
「エ……オメル、様……っ」
 自分に圧し掛かる男を、怖いと感じた。だが、すがれるのもその男だけ。
 不安が渦巻き、助けを求めるように手を伸ばすと、甲に口付けが落とされる。
「様はいらん。閨の中で肩書きが何の意味を持つというのだ」
 見下ろす男の眼差しは熱を帯びて揺れている。
「エオメル……?」
「ああ、そうだ。私はただのエオメル、お前の夫だ」


 毛布から出ていた腕を中へ入れ、頬にかかった髪を払った。
 は、妻となった娘は枕に頭を預けて眠りについている。目の縁は夜目にも赤くなっていることがわかるほど腫れていた。当人は堪えようとしていたようだが、痛みには勝てなかったようで、かなり激しく泣いたのだ。
 このことはエオメルにとってもかなりの衝撃だった。こんなことになっていたとは夢にも思っていなかったのだ。
 目まぐるしい一日から解放された妃の寝顔を眺めながら、エオメルは複雑な気分になる。
(セオドレド……どうして何もしなかったんですか!)
 頭を抱える代わりに、彼は枕につっぷした。
 マークでは婚約期間中に女が妊娠するということが珍しくはない程度に起こっている。男が騎士であればその確率はより高い。なぜなら騎士ならば状況しだいで何ヶ月も家を空けることがあり、結果として婚約期間が長引くことになるからだ。また、死亡する可能性も農夫や牧人などよりも高いことや、いずれ結婚するのだからという理由があるので、周囲も特に咎め立てたりはしない。婚約期間中に子を孕んだ女は、男がまだ戻ってきていないうちに婚家に移ることもあるということだ。
 だから当然、セオドレドはをすでに抱いていたのだろうと思っていたのだ。しかし状況はエオメルの考えを否定するものばかりだった。は男を知らなかったとしか思えない。
(セオドレドとが婚約していた期間は……実質三ヶ月というところか?)
 あの頃、従兄は非常に忙しかったはずだ。アイゼンガルドが本格的に動き出したので、頻繁に西の谷とエドラスを往復していた。
(何もしなかったのは忙しかったから、だろうか……)
 しかしたまにしか会えないのなら、かえって婚約者とは密度の濃い時間を過ごしたと思わないだろうか。とはいえ、己の婚約期間が一ヶ月しかなかったこともあり、エオメルには従兄の気持ちを測りかねた。
 最愛の娘をようやく見つけたのに、その温かさや柔らかさを一度も堪能せず父祖の地へ行ってしまったのだと思うとやりきれない。そして、自分は本当に、兄が得るはずだったすべてを己のものにしてしまったのだと思った。
 罪悪感は、にも向かった。
 初めてではないだろうと決めてかかっていたせいで、性急にことを進めてしまったのだ。途中でひどく痛がり始めたので、ようやく自分の思い違いに気がついた。そして足の間から流れ出た血を見て確信したのだった。
(だがなぁ、途中で引き抜くというのも、間抜けだろう……?)
 答えなどないとはわかっていても、問わずにはいられない。そして、どうせ入れなければならなかったのだから、と自分に言い聞かせた。

「……と…………?」

「…ぁ?」
 誰かに声をかけられたと思ったが、どうやら夢だったらしい。
 エオメルはまだ薄い膜がかかったような頭を振って、意識をはっきりさせた。外はやけに静かだが、すでに朝になっている。窓の隙間から細い矢のように光が差し込んでいた。
 はまだ眠っている。理知的な輝きを持つ大きな目が閉じているので、常よりも幼く見えた。
 結婚したばかりとはいえ、王としての仕事を休めるわけではない。さすがに今日は使い物にならない廷臣も多いだろうが――日が昇っているのに静かなのがその証拠だ。大勢がまだ酔いつぶれて寝ているか、二日酔いでのたうっているのだろう――起きるだけはさっさと起きておこうと、エオメルは寝台をそっと抜け出した。
 しかし大柄な男が動いたことで、寝台がきしんでしまい、小さく呻いてが目を開いた。まだ夢現のようで、その目ははっきりと像を結んではいない。数度瞬きをしてようやくエオメルに気付いたようで、彼女は一気に赤くなった。
「おはよう、
 その様子がひどく初々しく思えて、エオメルは笑みを浮かべた。
「お、おはようございます」
「身体は辛くないか?」
 ふいに昨夜の騒ぎを思い出したので訊ねてみた。すると彼女は泣きそうな表情で睨みつけてきたので、聞いてはいけなかったのだと察した。
「着替えるか? ユルゼを呼ぼうか」
「いえ、隣ですから、戻ります」
 もごもごと小さな声で答えると、は寝台を降りようと身を起こした。
(ん?)
 顔が伏せがちだったのではっきりと見えたわけではないのだが、身を起こそうとした一瞬、が顔をしかめたように思えた。気になったのでそれとなく観察していると、歩き出した彼女の足取りは確かにいつもと違っていた。力なく、よろめいている。
(まあ、大丈夫なわけがないよなぁ……)
 エオメルは自分の上着をとっての肩にかけると、ひょいと抱き上げた。
「え、ええ、あの……?」
 驚き戸惑うに、エオメルは苦笑する。
「部屋まで運ぼう。辛いのだろう?」
「……ごめんなさい」
 途端、娘がしゅんとなったので、エオメルは不思議に思った。謝られる理由がわからなかったのだ。
「何だ、急に」
「だってわたし……一人して痛いとか騒いじゃって……あの、でも、あれでも精一杯我慢してはいたんです」
「そんなことか」
 どんな侘びを入れられるのかと身構えていたエオメルは、あまりにも可愛らしい理由に噴出すところだった。
「初めてなのだから仕方があるまい。そういうものだということは知っている。気に病むな」
「……うん」
 ぽんぽんと頭をなでると、は恥らうように目を伏せて、エオメルの首に腕をまわしてきた。
 王妃の部屋へ行くと、すでにユルゼと侍女たちがそろっていた。彼女たちはエオメルが運んできたことに驚きながらも、妙にそわそわしていた。おそらく昨夜の首尾でも聞きたいのだろうが、自分がいるのでできない、というところか。
(王子を産むのが第一の役目だとはいえ……も大変だな)
 自分が王よりは気楽な第三軍団長ならば、ここまで一挙一動を見張られることなどなかっただろうに。
 しかし、とエオメルは思い直した。
 セオドレドが生きていたとしても、あんな風に期待に満ちた眼差しで見つめ続けられていただろう。彼はなかなか結婚しなかったので、半ば諦められつつも心配されていたのだから、王太子妃を娶ったとしたら、すぐにでも世継をと望まれていたに違いない。
(何だ、つまり今と変わらないということではないか)
 はずいぶんと面倒な男たちに惚れられてしまったのだなと、他人事のように思いながら、エオメルは自室に戻った。




 新年を境に、マークはどんどん春めいていった。
 エドラス内でも多くの家畜に子が生まれ、草原には若草が芽吹いている。雨は多くも少なくもなく、土は適度に温まり、春植えの作物を作るには絶好の状態となっていた。
 忙しくも平穏な日々。苦楽を共にした廷臣は骨惜しみすることなくエオメルに仕え、愛らしく聡明な妃は公私の別なく彼を支える。民はエオメルを讃え、永きに渡る治世を望んでいた。
 幸福というのは、こういうことをいうのだろう。エオメルは何度となく己の幸いをかみ締めた。
 しかし、その幸福に浸りきれない自分がいる。
 予兆などというものを感じたことなど一度もないが、もしもそのようなものがあるとしたら、こんな感じだろうと思われることが。
 夢を見るのだ。
 結婚式の晩に見たものと同じ夢だ。
 いつも同じ風景で同じ声がするその夢は、二日と途切れずエオメルを襲う。わずかな変化があると気付いたのはいつのことだったか。
 風景は少しも変わらないが、始めは聞き取れなかった声は徐々にはっきりするようになった。
 新年から二ヶ月目の朝、エオメルはとうとう声が何としゃべっているのかを理解した。
 声はこう言っていたのだ。
「妃と王子と、どちらを選ぶ?」
 と。





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