トンネルを抜けると、雪国だったり神様のお湯屋があったり。
洋服ダンスを潜ればナルニア国。
海の底には竜宮城。
天空にはラピュタ。
じゃあ、ここは?
「ここ……どこ……」

木々もまばらな荒野に風が一陣、吹き抜けていった―――。










さまよう少女はかく語り








初めて会った人なので自己紹介をすることにした。

わたしの名前はといいます。
種族は人間。人種はモンゴロイド。民族としてなら日本人ね。
性別は女。年齢は19。は?12,3歳くらいだと思った!?あなた目、悪いんじゃない?
職業は、巫女。
知らないって?う〜ん。それなら魔女は?それと似たようなものよ。


わたしは今、見知らぬ男性九人に囲まれている。
それでもって、傷の手当てをしてもらいながらこんなことになった状況を説明している。
わたしの左の二の腕はやっぱり折れていて、背中側から肘にかけて大きな抉れ傷が出来ていた。
全身をくるんでいたローブのおかげで、後はかすり傷がいくつかあるくらいだけど、治療をするためにローブを脱いだら、ものすごくあわてたような顔をされてしまった。
多分、こっちの女の人たちってドレスとかのすその長い服を着ているのだと思う。
男の人たちも、種族はそれぞれ違うけど、いかにもそれっぽい格好をしているし。
そういう服を見慣れている人たちからすれば、膝上10センチのタイトなワンピースって、結構はしたなく見えたりするんだろうな。
といっても、厚手の白のストッキングをはいているんだけどね。
ちなみに、ワンピースも、足元のショ−トブーツも白かったりする。
それから治療のほうは、抉れ傷のほうはさすがに縫わなくてはいけない、とのことで現在アラゴルンという方に縫合してもらっている。彼はレンジャーだそうでこの手の傷には慣れているようです。
ただし、わたしのほうは痛いのはやっぱりいやなので、背中に背負っていた仕事用の鞄(別名・四次元バック。やたらと物が入る。ちなみにもらい物)から、医療用キットを取り出し、麻酔を打ってあった。



ことの起こりは。
昨日のことだった。
わたしはその日、山にいた。こっちの世界じゃなくて、わたしがいた世界、ガイアのね。
わたしのいた国は、というよりも、世界は人間がすごく多い。だから山を削ったり、川や海を埋めたりして人間の住むための土地を増やしていっている。
そうするとどうなるかっていうと、「元々そこにいた者たち」がすごく迷惑するわけ。当然よね。自分たちのねぐらに、勝手に人間が侵入してくるのだもの。
だから「彼ら」は人間を排除しようと色々するの。
けど、人間の多くには「彼ら」を見ることができない。
結果、原因不明の事故が続発したり、とか、そこに住み着いた人間に不幸が立て続けに起こったり、とかいうことが起こるのよ。
見えないものは信じないって人間は多いからね、それでも気のせいだ!っていうのならそんなのは放っておく。
でも、どうにかして欲しい、って言う人もたまにいて、依頼があったらどうにかする、というのがわたしの役目。

具体的にどうするかって?

う〜ん。この役目ははっきりいって、人間のためにしているわけじゃない。だから「彼ら」を無理やり追い出すとかはしないわ。双方の妥協点を見出して何とか共存できる方法をとるのよ。
まあ、中にはどうすることも出来ないほど強力な方だった場合には、人間のほうに出て行ってもらったりもするし、その逆もありだし。ケース・バイ・ケースね。
で、そんな仕事を一件片付け終わって帰ろうとしたら、急に目の前が暗くなって、多分気絶したのだと思う。
気付いたら、わたしのいた国ではまず見られないような、荒野の真っ只中にいたのよ。
何が起こったのかよく分からなかった。
しばらく呆然としていたんだけど、とにかくここがどこか調べようと思ったの。
ちょうどいいことに今回の件で、「白鳥のローブ」を着ていたからそれで変身して、上から誰か話しの聞けそうな人を探したの。
そう。わたしが変身していたのはこのローブと、それからこの「眼水晶(クリスタル・アイ)」の力よ。
でもどこまで行ってもだーれもいない。
そのうち夜になっちゃったから野宿して、で、朝になってまた変身して。
…気が付いたら、やけに大きな鴉のようなものの集団に囲まれちゃって。
なんだか普通の鳥じゃなかったわ。悪意が目に見えるくらいはっきり分かったもの。

クリバイン?やっぱり普通の鴉じゃないんだ。

数が多くて何度か攻撃を受けてしまって、それでも何とか振り切ってここまで逃げてきたわ。
だけど運が悪いことに、変身を解除するスイッチになっているこの眼水晶が攻撃を受けた衝撃で壊れてしまって、元に戻ることができなくなってしまったの。
鳥のままでは手当てもままならないし、どうしようか途方に暮れていたところを見つけてもらったって訳。
改めて御礼を言わせてくださいね。
ありがとう。
あのままだったらわたし、きっと死んでしまったに違いないもの。





大変だったんだね、とわたしを見つけてくれた人……じゃなくて、エルフのレゴラスさんは本当に同情してくれているみたいだ。
なんていいひと、じゃなくてエルフなんだろう。
自分で話していても突拍子もないことこの上なくて、嘘ついてるんじゃないかって勘繰るのもばかばかしいほどの内容だ。嘘なんかついてない、これは現実にわたしに起こったことなんだって、わたし自身ははっきりいえる。だけど、すぐには信じてもらえないと思っていた。
だから、元の姿に戻ったのも、一世一代の賭けだった。
鳥の姿のままなら、おそらく手当てをしてもらった後、傷が治りさえすれば放してもらえたと思う。それまでの間、この人たちから必要な情報を得れば、どう見ても旅の途中であるこの人たちを必要以上に煩わすこともなかっただろうし。
でも、どうしてだか、そうする気にはならなかった。
……ずっと気を張っていて、人恋しくなっていたのかもしれない。
ああ、いけない。今は落ち込んでいる場合じゃないんだから。
わたしは少し俯いて自嘲すると、顔を上げてぐるり、と見渡した。
案の定、困惑した顔、疑わしそうな顔、ただひたすら難しげな顔、とお世辞にも好意的ではない。
迷惑、かけちゃってるなあと思う。
いや、困り具合はわたしも相当なものだと思うけどね。
急に消えてしまって、お父さん、お母さん、心配しているだろうし、遅かれ早かれ、友人たちにも知られてしまうことだろう。
姉様には迷惑かけることになってしまったし、それに……あの方、泣いているんじゃないだろうか。
家に帰ったら、既にわたしのお葬式が終っていたりしたらかなり嫌だなあ。

……帰ったら……

帰れるんだろうか……?


果てしなく暗い考えに陥りそうだったから努めて考えないようにしていたことを、うっかり頭に思い浮かべてしまい、今更ながら胸のうちに広がった不安は、氷のように冷たくわたしを満たしていく。
そんな内心にもにもかかわらず、わたしの唇はいつものように笑みの形を作り、考えるよりも先に言葉を紡いでいった。
「わたしにこちらの世界のことを教えてほしい」と。
いっそ、朗らかとさえいえる自分の声が、どこか遠くから聞こえるもののように響いた。






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