傷ついた鳥を拾った。と思ったら人間の女の子だった。
そして10人になった
「別の世界から来た」と言うの言葉には、さすがに皆が驚いていた。
さらに魔女のような存在であるというので驚きはさらに増したのだった。
あの登場の仕方から彼女が魔法を使うのは否定しようがないが、普通、人間はそんなものは使えないものだ。
中にはアラゴルンのように特殊な能力の持ち主もいるが、魔法と言うのとは少し違う。
ということは、やはりは本当に別の世界から来たのだろうか。
否定するだけの要素は、見当たらなかった。
そこまで考えると、レゴラスは改めてを見つめた。
レゴラスは人間の少女はあまり見たことがなかったが、それでもはっきりと、このあたりの人間とは顔立ちが違うのが分かった。
肌は淡いクリームのような色。
大きな榛色の瞳に、ベリーを思わせる唇。
艶やかに輝く飴色の髪は優雅な形に結上げている。
ボロボロになったローブの下の服装も、見慣れないものだ。
今、旅の仲間たちはを囲むようにして座していた。
と言っても、実際は半数以上の者が彼女を見てはいなかったが。
なぜか?
ホビットたちはの怪我の酷さに蒼白になっており、ちらちらと伺うようにしか視線を向けられないようで。
ボロミアはおそらく彼女の服装が気になって仕方がないのだろう、一生懸命視線をそらそうとしている。ドレスと呼ぶにはあまりにも短い裾から、すんなりと細い足が見えている上に、治療のために左の袖を切ってしまっていたからだ。
アラゴルンは治療に専念しているせいであまり顔を上げられない。この男のことだから話はしっかり聞いているのだろうが。
ギムリはボロミアとは逆で睨み付けるかのようにしてを見ている。
「なるほどのう。状況は分かった」
と話をするのは、専らガンダルフの役目になっていた。
「こちらのことを話すのはかまわん。が、その前にいくつか訊きたいことがある」
「なんでしょう?」
は可愛らしく首をかしげた。
「わしもこのような事態は初めてでな、お前さんはこんなことになったというのにあまり驚いているようには見えんのう」
「いやだ、驚いていますよ?でも、それはほとんど昨日のうちに済ませてしまいましたから」
はまるで、面倒な雑用はさっさと片付けたのだとでも言うようにあっさりと笑い飛ばした。
「それに、聞いたことがあるんです」
「何をだね?」
「どこか別の世界に飛ばされてしまうこと。ガイアではたまにあるみたいなの」
「ほう」
興味深そうにガンダルフは話を促した。
「姉様がそういうことにお詳しい方なの。だから、わたしが普通の行方不明じゃないって、気付いていると思うんです。姉様はガイアで最も力のある魔女で、以前にもわたしのような行方不明者を探していますから」
「それって、のことを迎えに来てくれるってこと?」
唐突なレゴラスの問いに、は少し困ったように笑い「ええ、多分」と答えた。
「多分?」
「いつになるか、分からないんです。何でも、世界ってたくさんあるんですって。それで、その世界の一つ一つに時間の積み重ね、歴史があるわけでしょう。例えここの世界をすぐに見つけ出せたとしても、ほんの一年、ううん、一週間前なだけで、私は見つけられない。逆に、100年先なら死んでいるでしょうから、やっぱり見つけてもらえない。本当に運次第だからどうなるか分からないんですよ」
「じゃあ、もし見つけてもらえなかったら?」
言ってしまってから、レゴラスはしまった、と思った。アラゴルンが眉を顰めてこちらを見ている。
無神経なことを言ってしまった。
「そんなこと、今考えたって仕方がないじゃないですか。わたしに出来ることと言ったら生き延びることだけです。死んでしまったら、迎えも何もないもの。わたしがここの世界に来てまだ二日よ。絶望するには早いわ。そりゃ、嘆いて事態が良くなるのならいくらでも嘆くけど」
そういうと、は目元に優しく笑みを作り、言外に気にするなと告げてきた。
(……なんだか、すごい子だな……)
レゴラスは心の中だけで呟いた。
人間で19歳と言ったら、成人していると言ってもいいだろう。
とはいえ、それで不安も痛みも心細さも、消え失せてしまうわけがあるはずもなく。
見知らぬ場所に一人放り出されて。
麻酔を使っているととはいえ、大の男でも大騒ぎしそうなくらいの怪我を負っていて。
それなのに、はさっきから笑っている。
青ざめた顔色ながらもその瞳は強く前を見据え、背筋を凛と伸ばしている様は、侵しがたい気高さに満ちていて、レゴラスは目を離すことが出来なかった。
そうしてどんどん彼女に対する興味が湧き出ていることに気が付くと、レゴラスはエルフらしい美しい瞳を輝かせ、微笑むのだった。
長い話になるだろうからと、話は食事をしながらすることになった。
は片手が使えないこともあって、レゴラスが食べるのを手伝うことになったのだが、やり易いから、と言う理由でレゴラスの膝の上に座らせられ、一口ごとにフォークを運ばれたは真っ赤になって抵抗した。
「右手は使える!」と言う抗議をさらっと聞き流し、上機嫌で人間の少女の世話を焼くエルフを、仲間たちはなんともいえない目で眺めているのだった。
そんな攻防戦も一段落し、旅の仲間たちは代わる代わる話をした。
アラゴルンやボロミアは人間のことを、小さい人たちはホビット族のことを、レゴラスはもちろんエルフ族のことを。
ギムリが短いながらもドワーフのことを話したのには皆が少なからず驚いた。
ガンダルフはこの世界の状況と、急ぎの旅をしていることを教えた。
だが、旅の目的については口を濁して話すことは無かった。
は物問いたげにしていたが、口にはだすことはなかった。
気が付くと日はすっかり落ち、ホビットたちとはうとうととしだしていた。
そこで不寝番を決め、後の者は休むことにした。
揺り起こされたははた、と目を開けると、例のやたらと物が入る鞄(本当にどういう作りになっているのか皆が不思議がっていた)から毛布を引っ張り出そうとし、それに気付いたレゴラスが手伝い、適当に落ち葉を集めたものの上に毛布を広げるとは礼を言い、ローブを被ってそっと身を横たえた。
それからパチンと音がしそうなほど勢いよく目を閉じると、あっという間に眠りに落ちていったようだった。
「一体どうしたものだろうか」
はぜる炎を見ながら、アラゴルンが呟いた。レゴラスは視線だけドゥネダインの族長に向けると、彼の言葉を待った。
「これがいつもの探索ならば、どこか近くにある人里にでも向かうところなのだが…今はそのようなことをしていられる余裕はとてもない。連れて行くのは危険極まりなく、かと言ってここに置いてゆけば間違いなく死んでしまう」
「だけど、ミスランディアは連れて行く気のようですよ。私としても置いてゆくつもりは全くありませんし。それよりも、アラゴルン?に指輪のことを言わなくても良いのですか?どのみち彼女はこれから我らの旅の連れになるのですから」
アラゴルンはちら、とを見ると、また考え深げに焚き火を見つめた。
「ああ、しかし彼女は指輪の恐ろしさを理解してくれるだろうか。指輪の力があればもといた世界へ帰れるのではと、考えないだろうか。が偽りを言っていないことは私にも分かるが、だからと言って今すぐ全てを話していいものかどうか」
「隠していてもいずれ知られてしまうことです。それより心構えをさせる意味でもには早めに我らの状況を教えておいたほうが良いと思う。これはエルフの勘なのだけど、彼女は信じていい人間だと思うよ」
穏やかな微笑を浮かべてを眺めているレゴラスに、アラゴルンはふと疑問を覚え、それを問おうと口を開いて、
「レゴラス、お前…」
「はい?」
やめた。
「いや、なんでもない」
まだ聞かないほうが良いような気がしたのだ。
「…おかしな人ですね」
にっこりと、それはそれは楽しげな笑みを向けると、レゴラスは再度眠る異世界の少女を愛しげに見つめた。
わずかに乱れた髪が顔にかかり、いまだに血色が戻らない肌が痛々しかった。
それでも命を刻む音は間違いなく響き、生きていることを教えてくれる。
(危険は去った。
大丈夫。大丈夫だ。
寄る辺のない小鳥よ。
貴女は私が守るから―――)
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