を愛していらっしゃるからですね」
エオウィンにそういわれたとき、アラゴルンは心底驚いた。
ついで、レゴラスに聞かれてやしないかと心配になり、後ろの仮小屋を振り返る。冷や汗がとめどなく流れた。
緑葉のエルフが出てくる気配はなかったが、誤解されたままなのも困る。
アラゴルンはエオウィンにとは恋仲でないことを力一杯主張するはめになった。
その後、そうであってもなくても死者の道へあの小さな娘を連れてゆくことには変わりない。だから自分も連れて行ってほしいと懇願するエオウィンを振り切って仮小屋へと入った。

するとそこでは車座に座ったエルフたちが、恋愛話に花を咲かせていた――。










恋の空騒ぎ











アラゴルンに当てられた仮小屋にはこれまで共に旅をしてきたエルフとドワーフ、それに裂け谷から駆けつけてくれた右腕のハルバラドと養い親の双子の息子、エルラダンとエルロヒアが割り当てられていた。
アラゴルンに気がつくと、部屋の中央を陣取っていたエルフたちはいっせいに彼のほうを向いて「遅かったね」と言った。
ハルバラドは武具の手入れをしながら族長に苦笑し、ギムリは喧しいエルフたちにやや呆れているようだ。
「ああ、エステル!わが友レゴラスは想い人に未だに告白の一つもしていないそうじゃないか!!」
エルロヒアが叫んだ。
「ぜひとも協力して差し上げなさい!私たちも手伝いをするから!」
エルラダンが真面目くさって命令した。とはいえ瞳の輝き具合から二人とも面白がっているのが見え見えであったが。
「よけいなお世話ですよ、二人とも」
レゴラスは憮然として答えた。
「だいたい、私が告白しないのはのためでもあるんです。男の心は彼女には毒になるそうだから。それなら彼女に対して私にできることといったら、指輪のこと以外で煩わせないようにすることだけじゃないか」
「男の心…ねえ」
エルロヒアは首をかしげた。
「ロリアンの方々もそう言っていたけどさ、それって、具体的になにがどうなるわけ?」
問われてレゴラスは言葉に詰まる。
「それは…知りませんけど」
「手を出したことは?」
「…ちょっとだけ」
「何かアルフィエルに変調はあった?」
「いいえ、見た感じでは何も」
「エステル、ギムリ殿、君たちは何か気がつかなかった?」
アラゴルンは首を振る。
「いいえ、エルロヒア。ですが、言わないだけかもしれません。彼女は必要ないと判断したことはまったく口にしませんから」
「まあ、言わないだけなのだとしたら、とうにレゴラスの気持ちには気付いているということも考えられるわけですが」
ギムリが続けると、レゴラスは目を丸くしてドワーフを見た。
「わ、私は今まで言わないだけであって、気持ちを隠していたつもりはちっともないのだけど…君たちから見て、私がを愛しているって、すぐにわかるかい?」
「もちろん」
「わからないわけがないだろう」
あっさりと肯定する野伏とドワーフに、レゴラスの顔から血の気が失せていった。
「ハルディアやエオメルの気持ちにも気付いていなかったから、って鈍いんだと思っていたんだけど…」
「ああ、それはその通りらしいよ」
エルラダンが口を挟んだ。
「ハルディアが彼女に、鈍いと言われることはないかと聞いているよ。よくあるんだってさ。まあ、だからといって今でもレゴラスの気持ちに気付いてないということにはならないだろうけど」
レゴラスは両手で頭を抱えた。
「じゃあ、じゃあ、もしが私の気持ちに気付いていて、あの態度を取っているのだとしたら、望みはまったく、少しも、完全にない…ってこと…?ちょっとくらいはって、思っていたのに…!」
レゴラスがあまりに衝撃を受けているので、面白がっていた双子たちは慌てて弟分のエルフを宥め始めた。
「いや、希望はまだ捨てるな。だいたい、君の気持ちに気付いてるのかどうかわからないじゃないか。気付いてないのならこれからまだまだ機会はあるし、気付いているにしても君のことなんとも思っていないとは限らない」
「でも、が愛しているのはヴァロマ殿なんですよ!私に機会があるとしたら、彼がいない今しかないんです!どうしよう…こうなったら、多少強引でも既成事実を作ったほうがいいのかも」
頤に指を当てて、レゴラスは考え込んだ。最後の方に行くにしたがって声が低くなっていったが、聞き逃すほど広い部屋ではない。
「それはやめたほうが」
「落ち着きなよ、レゴラス」
「どうしてお前はそう思考が飛ぶんだ」
「嫌われるどころか、恨まれるかもしれないよ」
「男子たる者がすることではございませんぞ、緑葉の君」
全員がいっせいにレゴラスを止めにかかった。放っておくとすぐにでも仮小屋を飛び出していきかねない。
「で、でもさ、気持ちは告げたほうがいいと思うよ。気付いてないかもしれないし、気付いていても、ちゃんと言われたわけじゃないから答えないだけかもしれないし」
エルラダンは頬に冷や汗を伝わらせながら、無理やり前向きな発言をする。
「そうそう、愛を告げる言葉が悪いなんてこと、あるはずないよ」
エルロヒアもこくこくと頷いて、兄に同調する。
「…そうかなあ」
半信半疑のレゴラスは半眼になって双子を見る。ヴァロマに直接会っているだけに、レゴラスは彼らのように楽観はできないのだ。
「エステル、同じ人間としてどう思う?アルフィエルって、レゴラスのことを恋人として好きになるかなあ」
エルロヒアは続けて谷で育った義理の弟を見やった。
「……返答のし難い質問ですね。ただ、の問題が片付いたとしても、彼女にはおそらくシンゴル王より無理難題をかけてきそうな方がついていますから…そちらのほうが難しいかと」
「ああ、そうか。こっちにきたらすぐにつれて帰りそうだからね。君みたく何年もかけてなにかを成し遂げるというわけにはいかないか。となると…ねえ、レゴラス」
「何でしょう」
「アルフィエルのためにどこまでやれる?」
「なんでも。向こうが要求するのなら、エルフの恩寵をすべて差し出しても構わない」
きっぱりと答えるレゴラスにエルラダンは真剣な表情になった。
「例えばの話、ガイアに婿に来いって言われても?」
「ガイアに?」
「絶対無いとは言い切れないだろう?」
エルラダンは、ね?と妙に可愛い仕草で軽く首をかしげた。
「ヴァロマ殿とアルフィエルは仮とはいえ夫婦の間柄だ。ヴァロマ殿はアルフィエルをこの上なく大切にされているのだろうね。そういった方をいくら王家に連なるとはいえ、エルフにくださるものだろうか?もしも試練を課せられるとしても、それはこちらでということにはならないように思うよ。だって、彼にはアルダに留まらなければならない理由がないのだから」
アラゴルンは頷いて兄に同意を示した。
「確かに、彼女はガイアでも特殊な、それゆえ代わりのきかない存在であるとのだと思います。ですからレゴラスがガイアに行くというのであれば、許される可能性はあるかもしれません。ああ、レゴラス。だからと言ってお前が取るに足らない存在だと言っているわけではないから気を悪くしないでほしい。お前は私たちにとって代わりのきかない大切な友人であり仲間であることには変わらないのだから」
「わかっているよ。でも、そうか。私が、あちらに行くという選択もあるのか…。考えてもみなかったけど…」
レゴラスは遠くを見るように茫とした瞳になった。
そんなレゴラスにアラゴルンは言葉を続ける。
「家族や友人、故郷のすべて、お前の慣れ親しんだもの、大切なものの一切と別れなくてはならないかもしれない。それこそ今ののように、本来持っている恩寵を失うことにもなるだろう。そして住む世界が変わることで、やはり今ののように、鍛えた技量を発揮することができなくなるかもしれない」
深刻な表情でアラゴルンは幾つもの「もしも」の事柄を挙げていった。
「もしも…そうなったら…」
レゴラスは表情を引き締めてアラゴルンを見た。そのまま室内の人々の顔を順々に眺める。
「アラゴルン」
「ああ」
「エルラダン、エルロヒア」
「ど、どうしたんだ?」
「レゴラス、目が怖いよ…」
「ハルバラド」
「はい」
「ギムリ」
「なんだい」
「君たちとの友情は、忘れないからね」
と、至極真面目な表情で言うのだった。
(既に行く気になっているよ…)
5人は同じことを考えていたが、さすがに口を出すのは控えた。
「じゃ、せっかくだから、私はこれからに告白してきます。このくらいの時刻ならまだ眠っていないだろうし」
晴れ晴れとした表情を取り戻したレゴラスは、軽々とした所作で立ち上がると、あっという間に部屋からいなくなっていた。
呆然としたように見送ったアラゴルンだったが、すぐにまた唖然とさせられることになった。
「さあ、私たちも行こうか、ロヒア」
「だね、ラダン」
レゴラスが部屋から出て行ってから一拍置いてから双子のエルフたちも立ち上がった。
「お二人とも、どこへ…?」
嫌な予感がしたので恐る恐る尋ねるアラゴルンに、
「レゴラスの応援」
「首尾を見守ってあげないと」
二人はにっこり笑って答えると、部屋から出て行ったのだった。



「アラゴルン」
堂々と野次馬に行った義理の兄二人に固まったままのアラゴルンは、朴訥な、しかしやや疲れたようなドワーフの声に我に返った。
「どうしたらいいんだろう、ギムリ。レゴラスはともかくとして、お二方は止めた方がいいんだろうか。しかし親切心から行動しているのだとしたら、それも悪いし…」
「あれは、面白がっているのですよ」
ハルバラドはあえて言わなかった族長の懸念を言葉にした。
アラゴルンは肩を落とすと、二人を連れ帰るべく立ち上がった。
「わたしは、今までエルフのことをちっともよく思っちゃいなかったのだけど」
ギムリはアラゴルンの背中に向かって語りかけた。
驚いたアラゴルンは歩みを止め、まじまじとドワーフを見た。
「古のエルフとドワーフの確執だけが理由じゃない。父が闇の森でレゴラスの父にされたことも含めて、エルフっていうのはとかくいけ好かない連中と思っていたものさ。それなのにこの旅にでてから、考えが変わることといったら!わたしはレゴラスを友だと思っているし、わたしの愛はガラドリエルの奥方様に捧げられている。ロスロリアンのエルフたちも、まあ、気に食わないわけじゃない。だがね」
ギムリは琥珀色の目をそっと伏せた。
「彼らはあれで成人したエルフなんだろう?なのにあの子供っぽさはどうしたことなんだい。レゴラスだけかと思っていたら…他にもまだいたなんて」
「ああ…まあ…エルフというのは、気だけは長いからな…」
答えにならない答えを返し、アラゴルンはよろりと扉を押した。






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