ペラルギアに着くと、そこはすでに混乱状態に陥っていた。
リンヒアで灰色の軍団を目の当たりにしたハラドリムが我先に逃げ出そうとし、逆にペラルギアで待機していた者達はそんな彼らを臆病者と罵り、船を持っていかれまいとする。
ハラド同士で船の奪い合いをしていたのだ。
アラゴルンの一行がついたのはそんなときだった。
ハラドリムの多くは彼らに気がつくと討って出ようと武器を取った。
数の上では、まだハラドのほうが多かったからだ。

「レゴラス。…レゴラス?」
水穂は合戦になる前にアロドから降りたほうがいいだろうと、手綱を持っているレゴラスを振り返った。すると彼は半ば放心したように空を見上げていた。
「レゴラスってば!」
水穂がエルフの腕を叩くと、彼はようやく少女に気付いたように瞬きをした。
「え?」
「どうしたの?」
「・・・鴎の声が聞こえる」
ぼんやりと答えるレゴラスに水穂は怪訝そうに眉をひそめた。
「・・・まあ、あれだけ川幅が広ければ、海も近いんでしょうね」
それがどうかしたのかというように見上げる少女にレゴラスは微笑んだ。
「何か用があったんじゃないの、ミズホ」
問われて水穂は当初の用を思い出し、レゴラスにアロドから降りてもいいかと聞いた。
レゴラスは少し考えてから頷いて了承した。
「このあたりには身を隠せるところがないから、承知したくはないけど…ミズホを抱えて弓は射れないし、流れ矢が飛んでこないとも限らないからね。だけど、充分注意するんだよ。女の子が一人でいると知られたら、何をされるのかわかったものじゃないんだから。昨夜のようなことがあるかもしれないから、飛んで逃げるのもあまりしてほしくないな。代わりにこれを被っていてよ」
レゴラスは着ていたマントを外すと水穂に手渡した。
少女が馬から降り、ドゥネダインたちから離れるのを待ってアラゴルンが鬨の声をあげた。
灰色の軍団がいっせいに動き出す。
決着がつくまで多くの時間はかからなかった。










Into the West










味方の勝利を確認した水穂が河岸まで行くと、捕虜とされていたゴンドールの民が船から続々と降り、解放された喜びに賑わっていた。
水穂は人でごった返しているところをすり抜け、レゴラスを探した。
エルフのマントを片腕に抱え、白いローブの裾を翻して駆ける小さな娘に、あちこちから好奇と驚きの視線が飛んでくる。
水穂は近くにいる者を捕まえては金髪のエルフを見なかったかと聞いた。
さすがに目立つらしく、すぐにも答えは返ってくる。また水穂は気付いていなかったが、レゴラスの行方を捜すことで、彼女がイシルドゥアの世継ぎアラゴルンの身内であることがすぐに知られ、余計な手出しをされなくて済んでいたのだった。
「レゴラス!」
人の流れに逆らってようやく大型船の甲板にたどり着くと、レゴラスは舳先に立って下を見下ろしていた。
レゴラスは呼ばれて振り返った。
戦場にあっても余裕を失わないエルフが、常ならず苛ついているようだった。
「どう…したの?」
ミズホ!」
レゴラスは苦しげに叫ぶと少女を抱きすくめた。水穂は突然のことにとっさに避けられず、あっという間に虜となった。
「ちょっと、やめて、レゴラス。どうしたっていうの!?」
襲われた時の恐怖が蘇り、悲鳴のような声で抵抗した。
「逃げないで、ミズホ。ここにいて!」
ぎゅうと少女の肩口に額を押し付け、必死でしがみついてくるレゴラスに水穂は抵抗するのをやめた。自分よりも余程切羽詰っていると思ったからだ。
「レゴラス」
水穂は顔の横にあるレゴラスの耳にそっと囁いた。
途端、レゴラスはびくりと身体を振るわせる。
「レゴラス、落ち着いて。わたしはここにいるから」
水穂は戒められていた両腕を何とか外すと小さな子どもをあやすように背中に回して優しく叩いた。それからふと思い立って片手を髪の中に差し入れる。腕を伸ばすと滑らかな金色の髪は、少女の開いた指の間からするりと抜けていった。
何度か繰り返しているとレゴラスが動いた気配がした。
目だけを動かして横を見ると、水穂の肩に耳をつけるように頭をもたせかけてレゴラスがこちらを見ていた。
すっかり落ち着いたようで、深い青い目を細めて微笑んでいる。
あまりに間近で見つめられて、水穂は急に恥ずかしくなった。
「もういいでしょう?」
赤くなった頬を背けて離れようとしたのだが、レゴラスは、
「もうちょっと」
と離さない。決まり悪げにため息をつくとレゴラスはくすりと小さく笑った。
彼は心持ち頭を持ち上げると少女の無防備な首筋に唇を押し付けた。
次には息を飲んで身体を固くした少女の頬にキスをする。
「ん…」
さらには唇に。
噛み付くようではなく、ただ愛おしさを込めてそっと触れるだけのキスだ。
「目を閉じて」
レゴラスは囁く。
水穂は抗わなかった。










日の昇らない一日が終わり、夜になってもまだ一帯はざわついていた。
翌朝の出航のためにあちこちの船では準備に余念がなく、またアラゴルンの噂を聞いたゴンドールの南方諸領の民たちが集ってきていたからだ。
これらの応対にはアラゴルンと彼の右腕であるハルバラドが当たっていた。アラゴルンの義理の兄である双子たちも手伝っていたが、他の者は明日のために休むように言い渡されていた。特に水穂は陣中唯一の女性であるということで、旗艦に選ばれた船の個室を与えられていた。
「アルフィエル」
甲板に出て夜風に当たっていた水穂は呼ばれて振り向いた。
「どうしたの、眠れない?」
そこにいたのは黒髪のエルフ。珍しいことに一人だけだった。
「エル…ロヒア」
「正解」
にっこりとエルロヒアは笑った。
「アルフィエルは私たちの区別をつけるのがずいぶん早いね。レゴラスなんて何年もかかったのに」
「…それはレゴラスだけの責任で?」
聞くと、エルロヒアは肩をすくめてちらっと舌をだした。
わざとそっくりに振舞ったりしたのだと暗に答える。
「エルロヒア。向こうの岸はどうなっていますか?」
水穂は船の手すりに乗り出すようにして指差した。川幅が広く、暗いため人間の目には対岸は見えない。
「ここと同じだよ。違いといったら船がないことくらいかな」
「そう。じゃあやっぱりわたしの身長じゃ立てないのね」
水穂たちがいる側は、岸からすぐ深くなっている。ハラドリムが作った簡素な船着場によって船を停泊させているのだ。
「多分ね。水浴びでもしたいの?」
「そんなところです。水浴びじゃなくて、禊と言ってほしいんですけど」
「ミソギ?」
聞きなれない単語にエルロヒアはきょとんとした顔になった。
「禊というのは穢れを洗い流すことを言うんです。水辺でするのが一番いいんですけど、これじゃあ無理ですね。池ならともかく、背の立たない川じゃ、さすがに溺れそうだもの。ミナス・ティリスにつくまで待つしかありませんね」
頬に手を当てて残念そうにため息をつく水穂に、
「溺れるとか言う前に、ここが開けた場所で君が女の子だということのほうが問題だと思うのは私の無知ゆえの考えすぎだろうか。服を着たまま水に入るわけじゃないだろう?男たちの目の毒になる」
真面目くさってエルロヒアは言った。
「単があればそれを着ますよ。ぬれたら多少は透けるけど、気にするほどのものじゃないでしょう。そもそも私、そんなに立派な身体してませんもの。毒にも保養にもならないわ」
「甘いよ!君のこととなると途端に理性と冷静って言葉が空の彼方まで飛んでいってしまうのがいるじゃないか」
立てた指を左右に振ってエルロヒアは笑った。
「まあ、確かに昨日今日のレゴラスの様子にはわたしも驚きましたけど…」
水穂はうっすら頬を染めた。
ただでさえ大人の間で育った水穂だ。自分が取り乱すことはあっても周りの誰かが取り乱したことなどほとんどない。どうしたらいいか記憶を探って、結局自分がしてもらったようにしてみたのだ。
無論、キスは予想外だったが。
「また君に襲いかかったりしたら大変だからねえ。どうしても水を浴びたいのなら大きなたらいがあったはずだから、それに汲むといいよ。個室に鍵をかければ…って、どうしたの?」
エルロヒアはぱちくりと不思議そうに瞬いた。
「…エルロヒア」
水穂は顔を真っ赤にして恨めしげに黒髪のエルフを見上げている。口から出る言葉は地の底から響いてきているようだった。
「なんで…知ってるんです?」
「あ……」
エルロヒアはぱっと己の口を押さえた。余計なことを言ってしまったようだ。
「エルラダンも知ってるんですか?」
羞恥と怒りを抑えながら水穂は尋ねた。
「えーと」
きょろきょろとごまかすようにエルロヒアはあちこちに視線を泳がす。水穂はごまかされるものかとさらに力を込めてエルロヒアを睨みつけた。
言い逃れはさせてもらえなさそうだと判断したエルロヒアは降参したというように両手をあげた。
「レゴラスがばらしたわけじゃないからね?」
「じゃあ、あなたたちが覗いていたんですね」
「いや、覗いていたんじゃなくて、聞いていただけで…」
「どっちでも同じです!信じられない!!なんだって止めてくれなかったんです!?わたしが喜んでレゴラスに組み敷かれていたとでも思ったの?怖かったんですから、とってもとっても怖かったんですからね!!」
水穂は憤然と怒鳴りつけた。
エルロヒアは両手をあわせて謝った。
「ごめん。でもさすがにやばいなと思って止めに行こうとはしたんだよ。その前に終わっちゃったんだけど」
「エルロヒア」
額に青筋を浮かべて、水穂はエルフの公子の胸倉をつかんだ。
「正直におっしゃって。あなたとあなたの兄君の他にこのことを知っている人はいるの?」
「…離れたところで聞いていたから、彼には聞こえなかったと思うけど…エステルが…」
それを聞いて水穂はすうと息を吐いた。
頭が痛いというように手すりに倒れこんで額を押さえる。
「最悪だわ」
「ごめんなさい」
「信じられない」
「悪気はなかったんだけど」
「高貴な方が盗み聞きだなんて」
「友の恋を応援したかったんだよ」
「言い訳は結構!」
振り返ってぴしゃりと言い放つと、エルロヒアは叱られた子犬のようにしょんぼりとうなだれた。
水穂はしばらく黙っていたが、ややあって顔を背けたまま尋ねてきた。
「レゴラスがガイアに行ってもいいと言い出したあれは、あなた方の入れ知恵なの?」
「まあ、そうなるのかな。強制的に迎えがくるなら、そうした方が無理にこちらに留めようとするより良いかと思ったんだけど」
水穂が憮然としながらも怒りを納めたのでエルロヒアもいつも通りに戻った。
「どうしても無理なの?」
「どうして、そんなにレゴラスをガイアに行かせたいんです」
「理由はもうアルフィエルもわかってると思うけど。レゴラスは君のことを何よりも愛しているのだよ。あんなに心を傾けてしまったら、失った時に彼は嘆きで死ぬことになるだろう。エルフ同士の婚姻であっても伴侶が亡くなることはある。それでもマンドスの館にいるのだと知っているせいかな、残された方は悲嘆にくれてもそれによって死ぬことはないよ。だけど、数少ないエルフと人の子の婚姻では、残された方―エルフだけど―は人の子の死とともに死んでしまうんだ。
ガイアに行っても歓迎はされないかもしれない。でも君がアルダに残れないのなら、まだしもレゴラスがガイアに行くのがいいと思ったんだよ。短い間であっても心底惚れた乙女と過ごせるのならそれはそれで幸福なのではないか、とね」
淡々と答えるエルロヒアに水穂はゆっくりと向き直った。
「…それでそのあとはどうするのです?わたしが死んだ後は?たとえレゴラスがガイアに来れたとしても、わたしが死んだからといってアルダに戻ることは出来ないでしょうよ。それこそレゴラスは永遠にガイアの終わりがくる時まで一人になる。そんなことは承知できません。ええ、そう。今となっては絶対に」
「アルフィエル?」
「西に渡りたいのですって」
水穂は努めて表情を引き締めて手すりに背を預ける。
エルロヒアはただ納得したように頷いただけだった。
「あなたはずいぶんと落ち着いているようですけど、平気なんですか。レゴラスは、エルフには誰にでも海への憧れが潜んでいるものだと言っていましたが」
「平気なわけではないよ。ただ、私たちは鴎の声を聞いたのはこれが初めてではないんだ。私たちはよくあちらこちらと旅をしているから。
港にも行ったことがある。エルフが船出する、灰色港だ。海を目にし、波の音、鴎の声を耳にして心穏やかでいられるエルフはいない。だけどそうなった時に船出するかどうかはそのエルフ次第だ。中つ国への愛ゆえに留まるのもいる。私たちもその中の一人だよ」
とエルロヒアは笑った。
「だけど、辛いことなのでは?ずっと抑えていられるものではないのでしょう?」
「それを言ってしまっては身も蓋もないよ。いつかはそんな日がくるだろうね。でも少なくとも、今じゃない」
水穂は黙った。黒髪のエルフは普段の陽気さを潜めて、年経た者だけが持つ灰色の瞳を大河に転じた。
少し間をおいてエルロヒアは口を開いた。
「それで、私がこんなことを言うのはお門違いではあるのだけど、もし君に少しでもレゴラスの心に応えてくれる気があるのなら、戦ってはくれないだろうか」
彼にしては珍しいことに歯切れの悪い口調だった。
「戦う?何とです」
水穂は怪訝そうに眉をひそめる。彼の言っていることの意味がまったくわからなかったのだ。
「何と言われれば私もよくはわからないのだが、しいて言えば、世界の違いと、かな。それに種族の違いと」
「……」
「それからあなたへ恩寵を与える方と」
「無茶をおっしゃる」
水穂はやんわりと微笑んだ。
何千年も年下の少女が、完全にエルロヒアを子ども扱いだ。
己が望むがままの要求を突きつける幼子のように思えてエルロヒアはひるんだ。
気おくれしながらも言葉を続ける。
「レゴラスは戦う気でいる。そうせずにはいられないんだよ。それはあなたもわかっていると思う。アルフィエル、あなたは?あなたは動いてくれる気はまったくないの?あんなにも彼の心を奪っておいて、見返りもしない。彼の独り相撲ぶりを見ていると、哀れすぎてかける言葉もないくらいだ。あなただって彼を愛しているくせに」
「あなたに責められるいわれはありません、エルロヒア。あなたこそレゴラスのためといいながら、一体どなたのためにそれほど必死になっているの?」
口調も眼差しも優しかったが、水穂の言葉は厳しかった。
見透かされてエルロヒアは頬を赤らめた。これでは一体どちらが年上なのかわからない。
「あなたがレゴラスのためを思っていることを疑ってはいませんよ。でも彼のためだけではないでしょう。ご自分の思惑を伏せておいてまわりを思い通りに動かそうだなんて、良いやり方とは言えませんね」
「…ごめん」
居たたまれなくてエルロヒアは目を伏せた。
「アルウェンを知っている?」
口ごもるように聞いたエルロヒアに水穂は小さく頭を振った。
「いいえ。どなたです?」
「私たちの妹だよ。…エステルと婚約している」
一瞬、水穂はぽかんと口を開けた。それからはっとして押さえると下を向いて考え込む。
「エステルも、彼の父もまたその父もその前の前も裂け谷で育っているんだ。私たちは彼らを愛している。人の子の寿命は短く、それが私たちに悲しみをもたらすとしても。
だけどそれとこれとは別なんだ。エステルはアルウェンを見初め、アルウェンは応えた。例えこの戦の先に勝利があったとしても、私たち、父とわれら兄弟は愛する娘、愛する妹と永遠に別れることとなる。定命の人の子を愛し、そして失う定めによって、アルウェンと我らの間には超えることの出来ない境ができたのだ。
だがね、アルフィエル。異世界のヴァラに愛された方よ。親族のことのみを考える愚か者と蔑まれても仕方がないが、同じ思いを分かち合う者がいるとしたら、尽きぬ嘆きも少しは和らぐのではないかと思ったのだよ。闇の森の緑葉は、わが妹と同じ運命をたどるのだから」
「ひどい…」
水穂は目を潤ませてエルロヒアを見た。
「わたしには選択権なんてないのに。だからこそ思い切ろうとしていたのに。なのにどうあっても幸福な結末がありえない。どうしろというんです。あなたは戦えとおっしゃったけど、それは無理です。戦うということは少なからず相手になる程度の力量がいるんですもの。わたしにできることといったら、吾が神の足元にひれ伏して、慈悲をこいねがうだけ。それでも奇跡が起こる望みはないというのに」





それができたとしても、アルダに残れば故郷への思いに引き裂かれるだろう。
ガイアに帰ったら愛するエルフを思って泣くのだろう。
彼を死なせたいとは思わない。独りにさせたいとは思わない。
だが中つ国の西方にあるという浄福の地ならば、きっと別れの悲しみも優しい思い出に変えてくれるだろう。
だから。
「わたしは止めないわ」
悲しげな顔は一瞬。水穂がきっぱりとそう答えると、ピピンはしおしおとその場を離れていった。
彼女が何を思っているかは知らないが、決意を変えるのは無理だと悟ったのだ。
療病院の中庭には種族の違う5人がいた。だが今は話すものもおらず、遠く人の声と風が過ぎる音だけがさやさやと通り過ぎるだけだ。
「まあ、なんにしても」
メリーがようよう気詰まりな空気を払拭しようと、別な話題をふった。
「それだけのことがあったというのに、馳夫さん、よくペレンノール野の合戦で旗持ち役をするのを許しましたね。ただでさえ合戦で弓矢や大岩が飛び交っているのに、また墜落するかもしれないミズホに飛んでいいだなんて、普段だったら絶対言わないでしょう?指輪の魔力も戻ってきていたわけだし。そりゃ、ゴンドールもローハンも、ミズホのおかげで思い切り士気があがったけどさ」
途端、水穂はくすくすと笑い出した。
「違う違う。あれはわたしが思い切り駄々をこねてもぎ取ったの!これだけやらせてくれたら、あとは絶対無茶はしないし、なんだったら白鳥ローブはアラゴルンに預けて、どこかに隠してくれても構わないからって」
本当はそれでも渋っていたアラゴルンだったのだが、水穂はそっと耳打ちしたのだ。
もしも旗持ち役をさせてくれるなら、野次馬なお兄さんたちを止められなかったことについては許してあげる、と。
アラゴルンは天を仰いで了承したのだった。
「へえ、そうだったんだ」
無邪気に納得したメリーに、水穂は微笑んだ。
「これからまだ戦いは続くけど、わたしの旅はここでおしまい。あとは時間との勝負よ。わたしも死を望んでいるわけではないから、目一杯抵抗しないとね」
さらりと言い放った少女に一同はぎくりと身をすくませた。
そこへ甲冑に身を包んだ兵士が一人、中庭を突っ切って近づいてきた。
彼は五人の前に来ると、恭しくお辞儀をした。
「ご歓談中失礼いたします。アラゴルンの殿よりご伝言がございまして、これより大広間で会議を開くとのこと。エルフ殿、ドワーフ殿にはぜひ出席をしていただきたいとの由。また、アルフィエル姫さまのご体調がよろしければ一緒においでいただきたいと申しておられました」
エルフとドワーフと少女はさっと立ち上がるとホビットたちに挨拶をして立ち去っていった。
残された小さい人たちは不安の混ざった表情で環状区の最も高い場所に目を向けた。
「これから、どうなっちゃうんだろうね、メリー」
「わからない。でも、この戦いの最悪の部分はこれからやってくるように感じるよ」
そう囁き交わして、彼らは黙り込んだ。






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