ジャマイカは首都キングストンにて。

    

    熱帯地域の鉄道事業に投資することにしたため、現地視察の利便を考慮し、居を移してしばらく、私たちは

   楽しく過ごしていた。特にジュディは冬だというのに暖かい気候と、真っ青な海が殊の外気に入ったようで、日

   に一度は海辺へ出かけて散策をしている。

    時には暑くてやりきれないこともあるが、概ね楽しく過ごせていると思う。ここの社交界はとても規模が小さい

   ので、時間を持て余したときにはきっと退屈で仕方がないだろうと考えていたのだが、妻と娘がいるので、その

   不満も表に現れることもなかった。

    少し前までは。
    そうなのだ。最近の私は時間を持て余している。

    それというのも、ジュディが部屋にこもることが多くなったからだ。

    その理由の心当たりはある。彼女は創作意欲に取り付かれているのだ。

    結婚してからも、ジュディは新しい話を思いつくと当然のように執筆をしていた。作家としての才能は天与のも

   のかもしれないが、それが形になるように導いたのは私であるので、止めるのも本末転倒と我慢していた。

    それに、作家というのは、基本的には紙とペンさえあればできる仕事なので、私たちの行動を阻害するような

   ものではないと思っていたということもあるが。

    そうは言っても、さすがに妊娠中に机に長時間齧りついているというのはあまりよくないように思えたので、控え

   させてはいた。娘が生まれた後も、ナースがいるとはいえジュディも子供の世話をしているし…。

    実に意外というべきか、話を聞けば当然というべきか、ジュディは子供の世話が上手なのだ。

    それというのも、ジョン・グリアでは年長の子供はより年下の子供の面倒を見るように各自割り当てられていた

   ので、ジュディにとっては慣れっこなことだったからだ。

    とはいっても、彼女の担当は主にF室だったので、もう自分で歩いたり走ったりできる子たちばかりだったそうだ

   が(だから、抱き上げたり、よだれを拭いたり、ミルクを飲ませるということはあまりしたことがなく、ほつれた衣類を

   繕ったり、喚く子供たちを宥めたりすることが多かったというが…)子供は子供だから平気らしい。初めて子供を生

   んだ母親とは思えないくらいしっかりと面倒を見ていた。

    と、随分脱線してしまったが、どうやら最近、彼女はどうしても書きたいものが出てきたみたいで、これまでの無

   創作期間を取り戻そうとしているかのように熱心にペンを握っている。

    一体どのような話を書いているのかとある時訊ねたら、「海賊が出てくる話」だということだ。

    その発想を引き起こしたのは、家からも見えるあの青いカリブ海であることは、火をみるよりも明らかだった。

    最近、ずいぶん熱心に本を読んでいるなと思っていたが、どうやら資料用の本だったみたいだ。それまでの彼女

   の海賊知識は「宝島」から得たものしかなかったので、もっと詳しいことを知る必要があったということだ。

    実在の海賊について。海賊の生活について。どんな風に戦い、どんな風に金を使うか。それにこのカリブ海近辺

   の詳細な地図。

    しかし、女性であるジュディが海賊の話を書いたとしても、うまく書けるものだろうか。これはなかなかクリアするこ

   との難しい問題だと私は考えているのだが、つまり女性の作家が書く男性というのは、当の男性から見ると不自然

   な行動やものの考え方をするケースが多いということだ。男性作家が書く女性も然り。

    だから、海賊ものを書くとなると、その登場人物はまず男性がほとんどであろうということは容易に想像がつくの

   で、私はジュディにはその話を書くのは無理だと思ったのだ。

    しかしジュディは「主人公は女性よ」と言って、私を驚かせた。




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ナース…看護婦(今は看護師と言うのよね…)さんではありません。
言うなれば「育児担当の使用人」のこと。ジャーヴィスの階級が雇うナースなら「子守」と
訳すとちょっと軽く感じますし、「乳母」ともちょっとニュアンスが違うように思いますので、
そのままカタカナにしました。


F室…ジョン・グリア孤児院で4〜7歳の子供がいる部屋