親愛なるあしながおじ様

   おじ様にこうしてお手紙を書くのも、ずいぶん久しぶりになりますね。何も報告をしなくなったの

  で、怒っていらっしゃるのかしら? いいえ、そんなことはありませんよね、だって、あなたは何も

  かもご存知なんですもの。

   その、何もかもご存知な方にこのようなことを書くのも滑稽に思えますけど、でも、ぜひとも聞い

  ていただきたいことがあります。

   私は婚約いたしました。そのことも、ご存知のことと存じます。

   相手はジャーヴィス・ペンデルトン氏で、何度も手紙に書いたことがあるので覚えていらっしゃい

  ますよね。ジュリアの叔父さまでもある方です。

   これは、一番聞いていただきたいことではありません。

   必要なことを書くための、云わば前ふりになります。

   あのね、おじ様。その方と私、喧嘩をしている最中なのです。

   でもその方は、自分には少しも悪いところなどないと思っていらっしゃるようなの。

   だからあの方は私をすっかり駄々をこねる子供扱いをして、困ったもんだという顔をしているん

  ですのよ。

   でも、言わせていただきますとおじ様、私にはジャーヴィスに非が少しもないだなんて思えない

  んです。あの人は、人を放ったらかしにしたあげく、勝手に嫉妬して私のことを怒っているんですわ!

   だいたい、十分二十分ならともかく、一人の人と二時間もパーティで話し込むことなどないで

  しょう。そんなに積もる話があるのなら、後日お家に招待して、好きなだけ話をすれば良いではな

  いですか。そうは思われなくて? おじ様も、お若い頃にはたくさんパーティに出席されたことと

  思います。私の言っていることはおかしいかしら?

   それにおじ様、あの方は私があの方以外の男の人と踊ったことに対して、大層お冠でした。です

  が、パーティのようなところで、ダンスの申し込みをされた女性が、強情に何度もそれをお断りす  
  るというのが、正しい振る舞いといえるでしょうか。それも、パートナーがその女性のことを長い

  こと放っておいているという時に。

   そんなもの、失礼というものではありませんか?
   男性にとっても、女性にとってもです。

   一体、私やその方のことを何だと思っていらっしゃるの? 私には理性があります。それに、その

  時踊っていた男性は、イギリス人ですわ。フランス人でもイタリア人でもありません。 

   でも、恋をすると独占欲が強くなると申しますわね。ジャーヴィスのあの振る舞いも、私を愛する

  がゆえに起こしたことなのですから、このことについては許しますわ。私だって、彼が見知らぬ女性

  と親しくしているのを目撃したら心穏やかでいられるとは思えませんもの。でも、パーティ会場で

  見知らぬ女性と踊っていたとしても、私は騒ぎ立てたりはしません。だって、ああいう場所は、ただ

  楽しむだけの場所ではないということを、私はちゃんと理解していますもの。付き合い、というもの

  が発生してしまうんです。それが面白くない付き合いだったとしても、これが上流の方々のお仕事な

  のですから。

   あらまあ、そういえば、私はもうじき、その上流階級の夫人になってしまうのでしたわ。

   ジョン・グリアで育った、このジルーシャ・アボットがですよ! こんな不思議なことが起きてしま

  うのですもの、アメリカの自由もここに極まれり、ですわね。




次へ   目次






ダンスしていた相手はフランス人でもなければイタリア人でもなくイギリス人だってのは…
この三国のそれぞれの男性の、女性に対する反応のイメージみたいなものももちろんあるのですが、
(フランス、イタリアは口が上手くて手が早そうで、でもイギリスは紳士、みたいなやつね)
男女の付き合いに関するカトリック系の国とプロテスタント系の国の違い、みたいなことも念頭に入れて書いてます。
イギリスはイギリス国教会なので、完全にプロテスタントというわけではないですけど、でも恋愛に関するスタンスはどっちかいうと、プロテスタントに近いので。
私はイタリアの方はよくわからないので、イギリスとフランスで比較しますと(ちなみに、結婚前の若い女性向け)

フランス(カトリック)→肉体の弱さを確信しているので、無知と監視しか若い娘の貞節を守る方法はないと考える。
そのため、外界から切り離して(修道院に入れるとか、家の置いてもほとんど外出させないとか)母親や告解師が
目を光らせている。結婚前に男女交際はできない。結婚は家と家を結ぶための商行為であり、本人の気持ちは関係ない。
イギリス(プロテスタント)→宗教のみではなく、理性の力を強めようとする。信仰心があればそれゆえに処女を守れる
と信じたので、婚前前の男女交際が認められていた。

という違いがあるのだそうです(参考文献「乳房とサルトル」鹿島茂 その他同氏の著作物色々)
今もそうであるかどうかは、よくわからんのですが。19世紀頃は大体こんな感じだった、ということで。
(「あしながおじさん」は二十世紀の作品ですが、辛うじてWW1の前のものですので、まだ前世紀の価値観の方が強かっただろうなーと。

だから、ここでジュディが言っているのは
「理性的なイギリス人と、上流社会のマナーに従って踊っていただけなのに、なんでそんなに怒ることがあるの?訳わかんない!」
ってことです。わかりにくくて、すみません。