*今回の話はフランス語の初歩的内容から発しています。フランス語をご存知の方はいまさらなことですのでバックぷりーず。
2012/03/ 追記しました。追記分はこの色で書いています。
オペラ座の怪人的二人称
いつものようにネタになりそうなものがないかと図書館を物色していた時に見つけた本にこんなことが書いていました。
『フランス語では相手に話しかける際は"vous"(ヴー)か"tu"(テュ)を使います。日本語の「あなた」の場合、所かまわず使うと失礼なこともあるようですが、"vous"を一応「あなた」と訳すと、"tu"は「きみ、おまえ」といったところ。二人の人間のあいだに適当な距離を保持する敬語の"vous"と親密な関係を前提とする"tu"への移行は、二人の関係の重要な転換を意味します。したがって相手の自尊心を傷つけないように配慮しつつ、二人の関係を深めよう、友だちづきあいをしよう、というこの申し出をする瞬間を慎重に選ばなければなりません』(『フランス語はじめの一歩前』長谷川イザベル著)
日本語には二人称がそれこそたくさんあるのですが、英語では"you"のみなので、なんとなく外国語は二人称は1つしかないと思い込んでいたものですが(私がね)、フランス語は2種類あるという話に「へー」と思いました。
そういや、以前にもさんざんお世話になった鹿島茂先生の「明日は舞踏会」にもこの二人称が二つあるということを思わせるような引用箇所を目にしていたのですが、そんなことは知らなかったため、頭の中では「???」となっていたものです。これでようやく納得いきました。その引用元はバルザックの「二人の若妻の手記」。修道院から7年ぶりに帰ってきたルイーズが母親と再会したシーンなのですが、そこで母親は娘を『あなた』と呼ぶのはやめて『お前』と呼ぶようになります。二人称が二つないとこんな風にはならないですね。
さて、この二つの二人称を使い分けるにはもう少し注意点があります。上述の『フランス語はじめの一歩前』から続きを抜き出します。
「挨拶でだれかれかまわず頬にキスをする流行に、私は抵抗を感じています。とはいえ、私も「六八年」の学生運動世代の人間なのです。人びとのあいだに親密なくつろいだ関係を築くことを願って、"vous"に代わる"tu"の使用を率先して実行した世代の人間なのです。パリで学生運動が最高潮を迎えた一九六八年五月。全フランス人の間に平等と友愛を永久に確立しようというユートピア的な願望とともに、"tu"の使用は青年男女のあいだから学生と教師のあいだ、隣人どうしのあいだ、そして未知の者とのあいだへとみるみるうちに拡がっていきました。」
「つい最近、大学のキャンパスで若いフランス女性と出会いました。素朴な感じで、愛想のよい彼女にすぐ好感を持ちました。そこで肯定的な返事が得られると思い込み、"tu"で話すことを提案したら、どうでしょう。意外にも彼女はこう答えたのです。「ごめんなさい。私、"tu"で話す習慣がないの。両親にも"vous"で話しているから」
"vous"を使う習慣は、躾(しつけ)が厳しく伝統を重んじる貴族やブルジョワの家庭、それもしばしばカトリックの家庭にいまなお残っています。この事実を私はすっかり忘れていました」
「ここで夫の、次のような体験を紹介しましょう。フランスに留学していたとき、ある医師を訪ねたところ、いきなり"tu"で話しかけてきた医師の唐突ななれなれしさにショックを受けたというものです。日本語で「きみ」「輝夫くん」と呼ばれたのと変わりない、このときの"tu"をどう解釈したらよいのか、いろいろ考えられます。医師が常日頃、外国人にたいして家父長的な態度をとることにしていたのかもしれません。かつて家長といえば子どもや召使いに"tu"で話しかけていましたから。あるいは年長者の特権を行使しただけなのかもしれないし、医師が打ちとけた態度をわざわざ見せたかったのかもしれません。こんなぐあいによい意味に解釈することもできますが、いずれにしても夫の心にわだかまりが残ってしまったのは確かなようです。もし相手を傷つけるつもりでなければ"tu"で呼ぶ際は必ず、相手の許可を求めるべきなのです」
ということは、つまり。
・"vous"と"tu"では心理的な対人距離感に差がある。
・家族以外の人を"tu"で呼ぶ場合は許可を求めたほうがよい。
・とはいえ、家族間でも"vous"で呼び合うこともある。
ということが言えます。
そこで思いました。
「オペラ座の怪人」では誰がどう言っているのか?と。
邦訳で読むのとは違った発見があるに違いない、せっかく原書もあることだし(←これが最大の理由だろうな…)じゃ、やってみよう。
特にファントムがクリスティーヌをどっちで呼んでるのかに興味があるわ〜。
ということで調べてみました。(しかし、たいがいヒマだな、私も)
・導入部が長くなったので、次のページへ。
・疲れたので戻ります。